~062~
そもそもこの作戦に阿良々木火憐が参加するに至った経緯だが、端的に言ってしまうと、ただの成り行きである。深い考えがあったわけではない。
道場での稽古を終え帰宅した火憐が、阿良々木家の一室で行われていた密談に興味を示さないはずもなく、なし崩し的に作戦に加わったってだけの話。
除け者にして駄々を捏ねられても困るし、人手があるに越したことはないという感じで参加を認めたのだ。
今にして言えば、認めてしまったというしかないけれど…………ただしそれはあくまでも結果論であって、取り立てて火憐の責任だなんて言うつもりは毛頭ない。
まさか火憐に一目惚れするだなんて、誰が予測できるかって話だ。
ともあれ、痛ましい結末を招いた誘因であるそこら辺の裏事情について振り返っておくべきだろうか。
ただ前以て提言しておくと、いやはや情けない話ではあるのだが、僕が語り部として語れることはさほど多くない。
繰り返しの説明になるが、上条君を誘導する為の説得ないし交渉は妹達に一任していたこともあり、どうにも詳細を把握しきれていないのだ。
特に、見滝原中学内部で行われた一連の“騒動”については、僕の監視下にはなかったから、直接のやり取りは知る由もなく――『伝令役』の火憐経由で月火からの経過報告を受けていたものの、それもあまり当てにならない言とうか、自分達にとって不利な情報は寄越さないだろうし……なので、大よそのあらましぐらいしか語れない点については、どうかご寛恕いただきたい。
ちなみに『伝令役』というのは、妹達がまだ携帯電話を所持していない為、校内に潜入していた月火と外で待機する僕との連絡手段として、火憐には行ったり来たり何往復も走り回って貰っていた。
前置きが長くなってもアレなので、本題に入ろう。
僕達、阿良々木兄妹に課せられた任務はもうご存知の通り、美樹が告白することを拒んだ場合の強硬策として、上条君を病院の屋上に連れて行くというもの――それも出来うる限り迅速に。
その理由は言うまでもなく、美樹が逃亡する恐れがあったが故。
美樹をその場に止まらせるのにも限度がある。
その為、予定では事前に上条君を病院近くまで誘導しておく手筈になっていた。
それならば合図があり次第、直に連れて行くことができる。
月火の行った潜入調査に於いて、上条君が足のリハビリの為病院に行く予定であることは掴んでいたので、病院に前以て向かうことに抵抗はないはずだ。
が、予定通りに事は進まなかった。
困ったことに上条君は学校で先生と話し込んでしまって、一向に帰宅する気配がなかったのだ。
久方ぶりの登校ということもあり、遅れた授業の補修や、まだ完治していない足の怪我などの対策なんかについての話し合いでもしていたのだろう。
そこに割り込んで上条君を連れだすことは流石に難しく、ここで相当時間をロスしてしまっていた。
最終的に、痺れを切らした月火が“何らか”の策を講じて分断を図ったようなのだが、方法は不明である。
……月火は関係ないと否定していたが、けたたましく鳴り響いていた火災報知器が無関係だとは思えない。
人命が懸っているが故の緊急処置なので、僕としても強く詮索はしなかったが……何を仕出かしてくれてんだよこの妹は……。
そういった事情もあり、交渉役の月火が上条君と接触する頃にはもう時間が押しに押していたのだ。
ただ月火の交渉能力の高さ(口八丁にそれっぽい理由をでっち上げていただけなのだが)と、見滝原中学の制服で在校生として接していたこともあって変に警戒されることもなく、説得にあまり時間が掛からなかったのは幸いだった。
もしここで話が拗れでもしていたら、僕達は最悪の手段――略取誘拐も視野に入れて行動しなければならなかったんだよな…………そんな危ない橋は渡りたくないのでほんと助かった。
だがそれでも時間がないことには変わりなく――ほむらからの合図がいつきてもおかしくない頃合いだったので、早急に少しでも病院に近付いておく必要があった。
しかし幾ら急いでいるとはいっても、上条君に走って貰う訳にもいかないし、タクシーなんてそうそう都合よく見つかるものでもない。
どうするべきか――打開策が見つからず焦燥を募らせていたその時の僕は、傍らで待機していた火憐に、駄目もとで何か案はないかと問い掛けていた。
僕としては参考意見を聞きたかっただけなのだが…………悲しいかな、相手が単細胞の馬鹿であることを忘れていたのだ。
気付いた時には、もう既に火憐は行動を開始しており「あたしに任せろ!」なんて言葉を残して放たれた矢のように突っ走っていく。
僕が制止の声を上げるも――時既に遅し。
火憐は、上条君の前に姿を現してしまっていた。
あくまでも火憐は裏方として働いて貰っていたので、言うなればこれが火憐と上条君の初めての邂逅ということになる。
そして上条君にとっては、衝撃的な出会いだったことだろう。
それはもう“いろんな意味”で。
なんせ言葉を交わす間もなく、いきなり“抱きかかえ上げられた”のだから。
もう少し情景を判り易く解説しておくと、火憐が上条君を『お姫様抱っこ』している図である。
その上で器用に松葉杖も持って、そのまま疾走を開始する。
そう――火憐は短絡的にも、自らの脚で上条君を送り届けようというのだ。
そこいらの女子中学生とは一線を画す身体能力を持った火憐ならではの芸当であり、そこいらの女子中学生とは一線を画すおつむを持った火憐ならではの発想である。
普通、そんな考えにはいきつかないだろ。
その現場を見届けていた月火は、どうやら僕の指示なのだろうと判断したようで姉に声援を送っていやがった。
一応、上条君との間に交渉は成立しており、同意は得られているから、誘拐事件にはならないのが救いだった。
ただ、この時の上条君の心情を推測すると、お姫様抱っこで連行されたことにもだが、それに加え、火憐の“見た目”にも衝撃を受けていたのでないだろうか?
初めて火憐が“その姿”で現れた時は、僕も度肝を抜かれた。
どういうことかというと、火憐が“体操着”を着用していたのだ!!
だからどうしたと、何もそこまで騒ぎ立てるようなことじゃない、なんて思う人もいるだろう。
しかし待って欲しい。それは早計というもの。
段階をおいて説明させて貰う。
まずどうして火憐が体操着を着ているのかと言えば、それは月火同様、見滝原中学の生徒に扮する為である。
ならば指定の制服を着ればいいのではという話なのだが、ほむらが持っている予備は一着分しかなく、火憐の分を用意することができなかった――という理由もあるのだが、どちらかというと火憐がスカートを穿くことに抵抗を示したが故だ。
用意しようと思えば夏物の制服だってちゃんとあって、実際候補にあがっていたのに、本人の意志で体操服の方がいいと決めたのだった。
スカート姿を衆目に晒す状況に、なぜか尋常ではない拒否反応を持っている。
まぁそんな経緯があったのだが、今から言うのが一番のポイントだ。
なんと!
見滝原中学が正式に採用している女子体操着(下)は、なんとブルマ―なのである! ブルマ―なのである! ブルマ―なのである!
絶滅が懸念され、衰退の一途を辿るブルマ―を直にこの目で拝むことができるとは、いやはや、万感の思いだ。
そりゃ、資料に残っている写真などで見たことがないわけでもないが、やはり有難みが違ってくるよな。感覚的な話になるので理解できる人だけ理解してくれればいい。
授業にノートパソコンを導入しているような、最先端をいく見滝原中学に於いて、なぜ時代に逆行した遺物であるブルマ―が採用されているのだろうか? 謎だよな。
そんな僕のブルマ―に対する熱い想いはさて置いて――とは言ってもだ、別に上条君はブルマ―に心奪われたってことではないはずだ。
僕は兎も角として、見滝原中学に通う彼にとってブルマ―なんてものは、体育の時間などに幾らでも見る機会はあっただろうし、ごく当たり前のものとして認識されている。
だけど――上条君は火憐の姿に釘づけになっていた。その理由は至極単純。
火憐が着ている体操着が、サイズがあってなくてぱっつんぱっつん状態――身体のラインが扇情的に露わになっており、有り体に言ってしまうと、エロい! 途轍もなくエロかったからだ!
借りた時に試着もせず、ほむらと火憐の体格差を考慮していなかったのが原因だった。
なんかスポーツブラが薄っすら見えているし、丈の短いシャツ(火憐基準)からおへそがチラリと見え隠れしている。更にブルマ―から覗くすらりとした素足は艶めかしく、実の妹ながら中学生離れしたモデルのような体型には、目を見張るものがあった。
まだ僕は実の兄だからこそ妹という
やはり人を好きになる上で、見た目は大きなウェートを占めるのは間違いない訳で、一目惚れしたみたいな発言もあったことを踏まえると――上条君が火憐に心惹かれた一因に、“視覚的要素”が多大な影響を及ぼしていたのはないかと、思わずにいられなかった。
そんな心を揺さぶられた状態で、肌を密着させたお姫様抱っこなんてされようものなら…………落ちてしまうのも無理からぬこと。男の
いや、これは僕の勝手な憶測であって、上条君がどの段階で火憐に好意を寄せるようになったかは判らないし、もしかしたら搬送(?)されていた最中に、何らかの会話があって、火憐の人となりに惚れた可能性も否定できないが。
真相は定かではない。
とまぁ斯様な経緯があり、火憐のお陰で予定通り任務(上条君を送り届けること)は完遂できたのだが…………同時に本末転倒な結果に繋がってしまった訳だ。
最後に――『瑞鳥れんげ』という人物は当然のことながら見滝原中学には在学していないので、今後再会する可能性などある筈もなく、そもそも火憐には既に付き合っている相手がいるとかいないとか(詳しく知らないし知りたくもないが)。
上条君にとって相当に分の悪い恋になるのは確かなのだった。