~061~
装飾のない、シンプルな告白。
されど、それは決して簡単なことではない。
散々やきもきさせられたが、よく勇気を振り絞ってくれた。僕は心中で惜しみない賛辞を贈る。
これで後は色よい返事さえ貰えればいいのだが――
「…………何て言うか……さやかがそんな風に僕のことを思っていてくれたなんて、正直、驚いたよ。さやかは子供の頃から一緒に過ごしてきた、家族のような存在だからね」
そこで上条君は一度言葉を切り、逡巡をみせた。
「……でも、ごめん。さやかのことは好きだけど…………それは……さやかが僕に求めている好きとは、違うものなんだと思う」
苦心の末発せられた返答は、美樹を気遣っての言葉なんだと痛いほど伝わってくる。
しかし、結果は受け入れて貰えなかった。
可能性としては想定しておくべき事ではあったが、敢えて考えないようにしていた結末だ。
――恋に破れた時、その少女は命を落とすことになる――
なんてほむらは言っていたが、これってまずいんじゃないのか?
告白さえできれば、上手くいくと踏んでいただけに、振られた場合の対応策が全く立てられていない!
「…………うん、わかった。あたしこそごめんね、困らせるようなこと言って」
申し訳なさそうに目を伏せる上条君に対し、美樹は努めて明るい口調で言った。
気丈に振る舞っているのは想像に難くないが――現段階においては、変に取り乱したりはしていない。
それでも、いつでも飛び出せるように身構えておく。
一見大丈夫そうに見えるというだけであって、いつ
もし早まった真似でもしようものなら、全力で阻止しなくては。それが僕の役目だ。
が――僕の憂慮を余所に、事態は明後日の方向へと転がっていくことになる。
まさかまさかの、予期せぬ展開が待ち構えていた。
「そんなことないよ。ほんとにさやかの気持ちは嬉しいんだ。だからこそ、ちゃんと正直に白状しておくとね、今僕には好きな人がいる――いや、できたんだ」
ん? これはどういうことだ?
月火の見立てでは、上条君が特定の異性に好意を寄せていることはないはず。
まぁそれはあくまでも予測であって、そもそも人の心情を正確に推し量ることなんて不可能なのだから、月火が読み間違えたってだけの話か?
ただ上条君の言い回しが引っ掛かる。敢えて言い直して“できた”と言った意図はなんだ?
「好きな人が…………でき、た?」
どうやら美樹も、僕と同じような印象を持ったらしい。
「うん。さやかからしてみれば、胡散臭い話に聞えるかもしれないけど、その人と知り合ったのは、今日、学校でのことなんだ」
「今日って……恭介はその人に、一目惚れしたってこと?」
「そう、なるのかな。すごく惹かれているというか、こんな強い感情を抱いたのは初めての経験で、まだ僕自身、戸惑っているのが現状なんだけどね」
美樹を振った手前、上条君は少しきまりが悪そうに述懐する。
でもこれは、彼なりの誠意なのだと僕は思う。心中を隠し立てることなく打ち明けるというのは、最大限の信頼の証なのだから。
そんな一連のやり取りを経て――
「そっか、そうなんだ。そうだったんだ………………今日……学校で……一目惚れって…………そんなの、“アイツ”しかいないじゃんか」
再確認するように美樹は呟く。
そして――
「ねぇ! ほむら!! あたし達の会話、聞こえてたでしょ! アンタ、こっちに来てちゃんと自分の言葉で伝えなさいよ!」
続けざまに、声を張り上げほむらを呼び寄せた!
上条君の話を訊いて、美樹は悟ったのだ。
『今日』『学校』で『一目惚れ』したという情報から、容易に一つの図式が成り立つ。
一目惚れとは、基本的に初対面の相手に恋心を抱いた場合にのみ成立する言葉であって、上条君は入院していたといっても、その期間は二ヶ月に満たず――久しぶりに登校したとはいえ、学校には見知った人間しかいないはずなのだ。
だが、一人だけ例外がいる。
上条君が入院していた期間に転校してきた暁美ほらむだけは違う。
付け加えて、ほむらは美少女と呼ぶに相応しい容姿だ。
幾ら性格に難があろうとも、それは外見には反映されないのだから、見てくれに騙さ……もとい見目麗しい相貌に魅了されることもあり得る話。
即ち、これがどういう状況なのかと言えば……美樹は有ろうことか、上条君とほむらの仲を取り持とうとしているのだ!
「ちょ! 美樹さやか!! あなた、何を馬鹿な事を!?」
不意の呼びかけに、ほむらが慌てふためくのも無理はない。
離れた位置で傍観していたほむらだが、このままではまずいと二人の元へ急行する。
だが、その途中に足をもつれさせすっ転びそうになっていた(どうにか持ち直したが)。
想定外の事態に、動転しまくりだった。クールビューティーが台無しである。
「勝手なこと言わないで!」
取るもの取り敢えず駆け付けたほむらは、美樹に向かって一喝した。
だが、美樹は怯むことなく言い返す。
「それはこっちの台詞よ! あたしに好き勝手なこと言ったのはアンタでしょうが! それに、もともとその気だったくせに、今更、怖気ついたとか言わないでよ!」
気持ちを伝え玉砕したことで吹っ切れてしまったのか、えらく強気になっていた。なんか、もう怖いものなしって感じ。
また理由はどうあれ美樹が言った通り、散々告白しろと彼女を煽り倒したのはほむらなのだ。
それが今、立場が逆転し、自身の発言がそっくりそのまま返ってきているのだから、下手な言い訳は通じなくなってしまった。
相当に厄介な展開になってしまったぞ、これは。
上条君はというと、いきなり言い争いを開始した二人の少女の剣幕に圧されたのか、呆気にとられている。
「いえ、そういう問題じゃなくて!」
「じゃあどういう問題なのさっ!?」
「だから、私は別に彼のことなんて……」
そこで、ほむらの言葉は止まった。いや、止めざるを得なかったと言うべきか。
その先を言ってしまえば、本当に本当の意味で破綻してしまう。
「何? もしかして、あたしに気を使ってんじゃないでしょーね。やめてよね。アンタらしくもない!」
本来であればある種の叱咤激励であり、凄くいい台詞だったはずなのだが――もはや、ほむらの退路を断つ追い討ちでしかなかった。
「……………………」
とはいえ、好きでもない相手に告白などできるはずもなく、だんまりを決め込むしかないほむら。
「恥ずかしがってないで、いつもの調子で言っちゃいなさいよ」
それを無自覚に追い詰める美樹。
なんだろう。美樹の認識では、ほむらは上条君に想いを寄せる女の子だもんな。加えて上条君は、ほむらにほの字。
だからきっと……嫌がらせって訳でもなく、純粋によかれと思ってのお節介なのだろう。
うん、まぁ、事実関係を知らない美樹に非があるなんて、とてもじゃないが言えないけれど。言えやしないけれど。
しかし、こんな有難迷惑な話もない!
「……えっと……今一つ状況が呑みこめていないんだけど」
と、そこで――沈黙の合間を縫って、上条君が恐る恐る発言する。
渦中の人物でありならが、全くもって状況を理解していないようだ。
「なに鈍いこと言ってんのよ、恭介。それにほむらも黙りこんじゃってさ――――はぁ、ほんと仕方のない二人だね」
やれやれといった風に、美樹はわざとらしく嘆息してみせる。
そして、ぎこちない笑顔を貼り付け言った。言ってしまう!
「もう埒が明かないから言っちゃうけどさ、二人は相思相愛なんだって」
「え?」
「ほら恭介、男を魅せる時だよ。こうなったら恭介の方から気持ちを伝えてあげなくちゃ! あたしのことは気にしないでいいからさ。こんな美人そうはいないし、ほむらに惚れちゃう気持ちもわかるよ。ちゃんと祝福するって、そりゃちょっと、ううん、かなり嫉妬しちゃうだろうけど、恭介には幸せになって欲しいもん」
目を見張り当惑する上条君に対し、美樹は一気に捲し立てた。
割り切れているようでいて、全く割り切れていない。だからこそ、これが美樹の本音なのだろう。
上条君のことを、本当に大切に思っているからこその、痛切な言葉。
なんて、いい話風に纏めようとしてみたけれど……周知の通り、ほむらが上条君に想いを寄せているという事実がないのだから、目も当てられない。
何とも噛みあっていない、ボタンを掛け違えたような話である。
だが、ボタンの掛け違いに気付いていないのは、何も“美樹だけ”ではなかった。
間抜けなことに。
愚かなことに。
滑稽なことに。
致命的なことに。
僕もほむらも勘違いしていた。
状況を理解していないのは、上条君ではなく僕達の方だったのだ!
困惑した表情を見せる上条君が、それはもう控えめな態度で、精一杯の気遣いを感じさせるトーンで口を開く。
「いや……困ったな……あのね、さやか…………何か勘違いさせてしまったようだけど…………その……相手は……暁美さんじゃないよ?」
「え?」
「え?」
見事にシンクロして、フリーズする少女達。
それでも、どうにか気を持ち直した美樹が慌てて問い質す。
「でも! でも!? ほむらじゃなきゃ、その相手っていったい誰なのさっ!?」
「誰って……えっと…………一つ上の先輩で、僕をこの場所に連れて来てくれた
「瑞鳥……さん?」
「あ」
美樹は聞き覚えのない名前に首を傾げ、ほむらは遅蒔きながら過ちに気付いたようだ。
そして僕はその名前を訊いて、ほむら同様、己の勘違いを嘆くと共に複雑な心境にならざるを得ない。完全に失念していた!
瑞鳥れんげ。
この名前を訊いて、ピンときた方もいるかもしれない。
だけど、大多数の方はこんな名前の人物に心当たりはないはずだ。
そりゃそうだろう。
なんせ、そんな名前の人間はこの世界に存在しないのだから。いや、もしかしたら、この広い世界、そういった名前の人物がいるかもしれないけれど、少なくとも僕の知り合いにはいない。存在しない。
でも、知っている。僕はその名前を知っている。
別に禅問答をしようって訳じゃないので、早々に真相を明かしてしまうと、この『瑞鳥れんげ』という名前は偽名なのだ。
もう、ここまで情報が出揃えば、察することができたのではないだろうか?
それでも一応、最終確認をしておこう。
彼をこの病院まで案内した人物、それは知っての通り僕の妹だ。
見滝原中学の生徒に扮して学校へと潜入し、偽名を用いて上条君を病院まで連れてきたのは、僕の妹だ。“妹が手引きして”連れてきたのは間違いない。
とは言っても、それは阿良々木月火のことではない。上条君の発言を思い返して欲しい。そう、一つ上の先輩と言っていた。
上条君を説得する主要な役目は月火に任せたが、案内役はもう一人の妹の役目。足の怪我がまだ治りきっていない上条君を、“連行”するにはそれ相応の身体能力が必要だったのだ。
だから上条君が恋してしまった、一目惚れしてしまった瑞鳥れんげの正体とはつまり!
栂の木二中ファイヤーシスターズ実戦担当。
当初の予告通りの悲劇的な結果と相成りました。或いは喜劇的でしょうかw
実のところ一番の被害者は、上条君とのフラグが消失した仁美なのかもしれません。
※作中のヒント
苗字は言わずもがな、名前は漢字に変換して読み方を少し変えると……