【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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トリック(trick):【策略】【悪計】【巧妙な手段】


つきひトリック~その3~

~056~

 

 テレビだけの情報で、芸能人の性格や人物像を得意気に語るような傲慢さを感じるけれど――しかし、ここは黙って月火の言い分を訊くとしよう。

 兄妹ならではのアイコンタクトで先を促す。

 

「ほむちゃんの未来予知によると、上条くんは志筑さんの告白を受け入れる訳でしょ。でも、別に二人っきりで出かけたって事もなかったようだし、志筑さんが取り立てて好きだというアピールをしたってことはないはずだよ。だったら二人の間に言う程親交はないと予測できる。なのに上条くんは告白を受け入れた。まぁ志筑さんは文句のつけようもない才色兼備のお嬢様だって言うし、断る理由はないだろうけど、上条くんが、ずっと志筑さんの事を好きだったとはとても思えない――故に、これと決めた特定の相手としてではなく、偶々、好意を寄せてきてくれた子が、自分の中の基準点を上回っていたから、告白をオッケーしたって感じじゃないのかと私は愚考するね」

 

 理論立てて饒舌に自身の見解を語る。

 言いたいことは何となくわかったような気がするが…………所々、月火の中では当たり前のことと処理されていて、説明不足に感じる部分があった。

 

「えっとさ。志筑さんが上条くんに対して、何にもアピールしてないって思うのは、何を根拠にしてだ?」

 

「ん? だって、志筑さんに打ち明けられるまで、美樹さんは彼女の気持ちを知らなかったんだよ。だったらずっと志筑さんは、自分の気持ちをひた隠しにしていたとみるのが普通じゃない? まぁ自然と視線が吸い寄せられて見つめたり、偶然を装って話しかけたりするぐらいのアピールをしていた可能性は否定しないけど、露骨な好き好きオーラは発していないはず」

 

「おー、なるほど。そういうことか」

 

 それが当たり前の情報として組み込まれているんだから、恋愛上級者様にはついてけねーな……。

 

「お前の言ってることに、異論はないんだけど…………なぁ月火ちゃんよ。流石にちょろいって評価は酷過ぎないか? 誰だって志筑さんクラスの人間から告白されたら、受けいれちまいそうなもんだぜ」

 

 余りにも上条君の立つ瀬がないので、男子代表として物申してみる。

 いや、別に、上条君と僕自身の境遇を重ねあわせた訳じゃないよ。全く接点のなかった戦場ヶ原の告白を受け入れたのは、ちゃんと僕の中では明確な理由があるのだから、これは上条君の名誉を守る為に言っていることなのだ!!

 

「うん? 別に表現は何だっていいんだけどね」

 

 ただ、当の月火は何となく言葉をセレクトしただけのようで、特に悪意はなかったらしい。しかし、無意識に暴言を吐いているようなものだから、それはそれで問題あるような気もするけれど。

 

「まぁちょろいは言い過ぎにしても、一途に相手を想っているような頑なな人より、何倍も落としやすいのは確かだよね――ある程度好意を抱いている人からの告白は、断らないってことの証明なんだからさ。付け入る隙は幾らでもある」

 

 と、更に月火の持論が展開される。のべつ幕無しによく舌が回る奴だ。

 

「それらを踏まえて美樹さんのスペックを見直してみれば――ちゃんと一定の基準は満たしてると思うよ。お兄ちゃんとほむちゃんから見ても、十分可愛い顔立ちをしてるって話だし、連日お見舞いに行って、それが自然に受け入れられるってのは、相当心を許している間柄じゃないと無理な事だと私は思うんだよね。上条くんにとっては、まだ幼馴染の親友としてしか映っていないのかもしれないけれど、ちゃんと異性ということを意識付ければ、コロッといっちゃうんじゃないのかな?」

 

 ふむ。今の美樹の立ち位置は言わば『友達以上、恋人未満』――あと一押しすれば、恋人関係に発展するってことは大いに有り得るか。

 

 というか、こう改めて訊くと、美樹の好意の示し方は露骨でさえあるな。お見舞いにほぼ毎日通うなんて、どこまで甲斐甲斐しいんだよ! それを平然と受け流している、上条君が如何に鈍感なのかって話だ。

 

 こんな好意を抱いてくれる相手がいて羨ましい限りである。

 多分、僕が入院したとしても、彼女である戦場ヶ原は見舞いに来ないんじゃないだろうか……まぁ、吸血鬼体質故に、入院するなんてことはそうそうないんだろうけどさ。

 

 何にしても、月火の予測がただの勘ではなく、それなりに根拠があるものなんだと理解できた。

 

 

「そうね。月火さんの言う通り、告白さえできればきっと上手くいく…………けれど、それが一番の問題点だと私は考えているわ。美樹さやかの意気地のなさは致命的」

 

 ただ、ほむらが一番危惧しているのは、美樹のメンタル面のようで、相当に評価が低いことが窺える……僕の印象では男勝りなぐらい勝ち気で、それなりに度胸もある奴だと思うんだけど…………そうは言っても恋愛となるとまた別の話になってくるのだろうか。

 

「どう発破を掛けても、言い訳を並べ立てるのが目に見えている」

 

 何とも辛辣な物言いで、ほむらは続けた。

 

「うん、だからほむちゃんの言った通り、まず大前提として、その美樹さんをどう説得するか――どう決心させるかって話になってくるんだけど、志筑さんのとった方法はあながち間違っていないと思うんだよね。期限を設けて後をなくし、自分が動き出さなきゃジリ貧になる状況をつくり出す。相手を焚き付ける手法としては上策なんじゃないのかな?」

 

「それって、このまま黙って志筑仁美に宣戦布告をさせるということ? それは駄目よ、絶対に! 親友を傷付けたくないという尤もらしい言い訳を盾にして尻込みする。彼女は筋金入りのヘタレなのよ!」

 

「ふっふふーん、そうじゃないってばー。ほむちゃんの懸念は重々承知してるから心配しないで頂戴な」

 

 ほむらがもの凄い剣幕で異議を唱えるも、対する月火は涼しい顔で、寧ろその言葉を待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑う。

 どうやらほむらの反論は、想定の範囲内――織り込み済みだったようだ。

 

 しかし……筋金入りのヘタレという表現は、もっとどうにかならなかったのだろうか…………美樹が不憫で仕方がない。

 

 兎にも角にも――

 

「志筑さんが動き出すのは明日の放課後。残された時間は限られている。悠長に美樹さんを説得している時間はないし、そもそも普通に説得しても埒が明かない。だったら、リスクは多少高くとも、強引な方策を取らざるを得ない。以上の点を踏まえ、私が導き出した解決手段は――」

 

 月火が要点を羅列していき、纏めに入る。

 

「――志筑さんが動き出す前に“他の誰か”が先手を打って、美樹さんに宣戦布告をする! (けしか)けるという意味では、これ以上効果的なプレッシャーの与え方はないからね。これっきゃない! 相手が志筑さんでないのなら、親友云々の言い訳を使うことができなくなるし、美樹さんを焚き付けるには、これぐらいの荒療治は必要だよ」

 

 自信満々に月火が提言するも、ほむらの反応は芳しくなかった。

 

 月火の提案した作戦は、時間がない故の、窮余の一策であることを差し引いても、とても正攻法とは言えない。相当に危ない橋を渡ることになる。

 でも、ある程度のリスクはほむらも承知しているだろうから、この場合――ほむらが渋い顔をしている理由は別にある。

 

 僕にとっては対岸の火事なので、ここは黙って静観するとしよう。

 敢えて、火中の栗を拾う必要はないのだ。

 

「…………月火さん。その“他の誰か”って、具体的にいうと?」

 

 顔を引き攣らせほむらが恐る恐る尋ねると、月火は意味ありげに微笑した。

 それで、月火を言わんとすることを察したのだろう。ほむらの血の気が一気に引いていく。

 

「でも…………それは難しいと言わざるを得ないわ。私、上条恭介と面識は皆無よ」

 

 と、月火の作戦の欠陥を指摘する。

 まさか自分が表舞台に上げられるとは、微塵も考えていなかったのだろう。平静を装っているが、なんか必死そうだ。

 

「ん? 同じ中学に通う同級生でクラスも一緒なんでしょ? 別に話したことがなくたって、ずっと影から見てました、でいいんじゃない?」

 

「……その、私、今月の上旬に転校生してきたばっかりで……」

「また中途半端な時期だね」

 

「身体が弱くて、それまでずっと病院で入院していたものだから」

「そうなの? なんでそんな大事な事、先に言っといてくれないかなー」

 

「ごめんなさい、折角月火さんが考えてくれた案を台無しにして……」

 

 根底が崩れた事への謝罪をするも、ほむらの表情はどこかホッとしているように見える。

 

 が、しかし――

 

「違う違う。寧ろ好都合だって私は言ってるんだよ」

 

「え?」

 

 その安堵の表情は数秒と続かなかった。

 

「だって上条くんも入院してたって話だし、ほむちゃんと上条くんには、病院という共通項があるってことだよ。この接点を使わない手はないね! 病院という特殊な空間での出会いだなんて、如何にもらしいし説得力は増す。学校じゃないんだから、美樹さんに疑われず、それっぽい理由をでっち上げることも比較的、簡単になる!」

 

 墓穴を掘るとは、正にこの事。完全に利点として、月火の作戦に組み込まれてしまっていた。

 

「まぁほむちゃんがどこの病院に入院していたとか、美樹さんが知っていたら無理な話だけど」

 

「…………それは知らないはずよ」

 

 ここで嘘を吐けば、回避できたのに…………それでは誠意に欠けると判断したのか、渋々ながらも正直に答えるほむらだった。

 

「……けど、ほんとに私が?」

「まぁ、無理にとは言わないよ。半端な気持ちでやっても失敗する可能性が高くなるだけだろうから」

 

 覚悟を推し量る月火の言葉を受け、ほむらは逡巡する。

 心中で様々な葛藤が行われているであろうことは、想像に難くない。

 

「………………」

 

 目を閉じ俯いて。懊悩し思いを巡らせる。

 

 そして、瞑っていた目を開けると、しっかりと月火を見据え――ほむらは重い口を開いた。

 

「いえ……そうね、これは私が頼んだこと。如何なる手段も選ばないと言ったのも私自身――なら、それは当然、私にも適応されるべき――」

 

 決意の表情でほむらは言った。

 

「――私に出来ることは、何だってするわ」

 

 

 


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