~051~
暁美ほむらが待ち合わせ場所に指定したのは、とある公園。
ほんとはショッピングモールにあるファーストフード店に来るよう伝えられたのだが、ドーナツを大量購入してお金がないという何とも情けない理由で、仕方なくこの公園を指定し直して貰った訳だけど。
ただ公園と一口に言っても、僕がさっきまでいた遊具で遊ぶことを旨とした児童向けの公園とは全くの別物である。青々と茂ったけやきの街路樹に、整備された石畳の遊歩道、更には噴水まで設置されたかなりの大きさの誇る公園で(分類とすれば、緑地公園となるのだろうか)、都市開発の進む見滝原に於いて、緑との触れ合いを体験することができる憩いの場となっているようだ。
「阿良々木暦。つまり、あなたの話を纏めると――佐倉杏子と一悶着あって、その現場に居合わせた知り合い……あなたの妄言を渋々ながら鵜呑みにするとして、幽霊である小学生の女の子からソウルジェムについて言及されたということね」
そしてつい今し方、ほむらへ諸々の事情を説明し終えたところだった。
客観的にみればなかなかに胡散臭い話だ。本来であれば一蹴されてもおかしくない、僕の正気を疑って然るべき場面である。
それでも、彼女がこの荒唐無稽にも感じられる話を信じたのは――ひとえにソウルジェムに関する事柄が、紛れもない真実だったからに他ならない。
まぁ明らかになった経緯(八九寺の事)をそのまま伝えた所為で――胡乱な眼差しで僕を睥睨するほむらではあったのだが。
「で……この話、他の誰かに話した?」
ともあれ――幽霊のことを掘り下げても時間の無駄にしかならないと判断したのか、一も二もなく話を進行する対応は相変わらずと言えた。
「いや、まだっつーか、安易に教えていいもんでもないだろ。お前に話すのだって本当はどうかと思ってたんだからさ」
「そう。あなたにしたら賢明な判断ね。彼女達にこの真実は重すぎる…………伏せておくのが正解でしょう。口外は避けるべきだわ」
それがほむらの下した結論だった。いや“結論”ではないのか。
慎重を期し探りを入れてから事の真相を打ち明けた訳だけど、僕が伝えるまでもなくほむらは既に知っていたのだから――これは“現状維持”であり僕に対しての“口止め”である。
さりとて、ほむら自身はこの事実を何時どういう経緯で知ったのだろうか?
素朴な疑問として訊いてみたいところではあるが…………如何せん、詮索は禁じられている。
気難しい彼女の機嫌を損ねるのも得策とは思えないし、ここはぐっと質問したいのを我慢して――
「ああ、わかった。この件に関することは誰にも漏らさないようにするよ」
――了承の意を示すだけに止めておく。
ほむらにはほむらなりの心算や都合がある筈。
ソウルジェムの秘密だって、彼女は開示すべき事ではないと判断していたからこそ、ずっと独りで黙し続けてきたのだ。
八九寺が僕に忠告したように、知らなければ知らないままでいた方がいいなんて事は、この世の中に沢山ある。
今はまだ、ほむらの判断に身を
「で、呼び出しておいてアレなんだけど、相談したかった事はこれだけなんだ。わざわざ出向いて貰ったのに悪いな」
もう少し話が難航するかと思っていたのに、ものの15分足らずで話が済んでしまった。まぁ話がこずれずに済んだのは、全然いいことなんだけどね。
「別にそれは構わないのだけど…………なら、事の次いでに此方からも一つ相談事があるわ」
「ん? 相談?」
これはこれは。
また、珍しいこともあるものだ。
ほむらから僕に相談だなんて、予想外というか何というか。
「いいぜ。相談の一つや二つ、何だって乗ってやるよ」
びしっと相談に乗ってやって、少しでも名誉挽回したいところ。
「それで、内容は?」
「…………………………」
僕が先を促すも、なぜかだんまりを決め込んでしまうほむら。
心の内で葛藤しているのだろうか、顔を顰め苦渋の表情を浮かべていた。それ程までに深刻な内容なのか…………ソウルジェム関連のことで、新たな情報でも教えてくれるつもりなのか…………。
一つ深呼吸をして、動じない様気構えておく。
そして、やっとのことでほむらは切り出した。
「…………その…………恋の相談よ」
「…………………………は?」
沈黙。頭の中で理解するのに数秒の時を要し――
「恋の相談だとっ!? お前が!? 僕に!?」
気構えていたのに思わず鸚鵡返しに訊き返してしまった!
この冷徹な少女が恋の相談とは…………失礼ながらそれほどまでにミスマッチな相談内容だ。
晴天の霹靂とは正にこのこと。
「勘違いしないで。恋の相談とは言っても私のではなく、恋愛関係の悩みで思い詰めている知り合いの女の子に、私がどうアドバイスをしたらいいか、という話よ」
が、直ぐに補足説明が入った。
なるほど。それならば、まだ納得はできる。
だけど、まさか恋愛相談とは…………予想外過ぎる!
「で、具体的にはどういった話なんだ?」
大見得を切って相談に乗ると宣言した手前、取り敢えず話だけでも訊いておかないと。
「個人名や詳しい説明は省かせて貰うけど、そうね。平たく言えば、自分に自信が無くて意中の相手に思いを伝えることができない――告白する勇気がないその子に、どうやって勇気を与えるか、どう決心させるか……そういった話よ。私も私なりに色々と苦心しているのだけど、どうにもその手の話に疎くて……お手上げなのが現状ね」
所謂恋のキューピットとして、恋路の応援、手助けがしたいってのが今のほむらの立ち位置か。
うむ、有り触れていると言ってしまってもいい程に、よく聞く話だ。が、それ故に僕は思う。
「大筋の話は分かったけど…………こんな真っ当な恋愛相談を僕にするのは…………判断ミスというか人選ミスじゃないのか? 相談して貰っといて申し訳ない限りだけど、正直、力になれそうもないぜ」
人様の色恋に対し、指南できるほど僕は恋愛事情に通じてなんかいない。
「でしょうね。駄目もとで訊いてみただけだから、初めからあなたに期待なんてしていないわ」
身も蓋もない事を……。
「そう言うなら、僕じゃなく他をあたってくれよ」
「ふふ、そんな
肩に掛かった髪をさっと手で払いながら、自嘲気味にほむらは笑う。
澄ました態度とのギャップで痛ましさが倍増していた。まぁ転校してきたばっかって話だし、身近に頼れる人物がいないってことなんだろう。そういう事にしておこう。
「ともあれだ。こーゆうのって外野からアレコレ言ってもロクな結果に結びつかないって気がするけどな。だとしても、お前が応援してやるだけで、その子は救われているんじゃないかな?」
「そういった綺麗事で済ませていい話ではないのよ。如何なる手段を以ってしても、この恋路を成就させなければいけない!」
僕の何の根拠もない励ましが逆鱗に触れてしまったのか、わなわなと拳を握り込み――危機迫った表情で物騒な事を言う。
如何なる手段って何だよ…………こんな恋のキューピットがいて堪るか。怖ぇよ。
と、続けて何やら、ぼそぼそとした呟きが――
「………………幾度となく繰り返し、何度説得してもあの女はウジウジと言い訳をして……」
親身になってアドバイスを与えようという相手の事を中傷する不適切な発言(独り言)が聴こえたような気が…………いやいや、流石にこれは気のせいだ。
そんなほむらの様子に面食らいながらも、僕は気を取り直し思索に耽る。
彼女なりに譲れない事情があるのは、恐ろしいまでに伝わってきた。
ならば、どんな形であれ協力したい。
しかし、恋愛相談となると…………幾ら僕の頭を悩ませたところで、妙案が出てくるとは思えない。
恋人がいる身の上とはいえ、僕の恋愛偏差値は低すぎる。
付きあっていると言っても、まだ一度たりともデートしたことがないもんな……。
告白も戦場ヶ原からだったし…………ん?
そっか。戦場ヶ原ならば恋に悩む少女の相談にも乗ってやれるんじゃないのか?
なんせ、告白経験者だ。実体験に基づくいいアドバイスができる………………筈ねーだろーが!
あの女に、そんな殊勝な事ができるはずがない! それに、今回はその女の子に対してではなく、ほむらに対してアドバイスを送ることになる。
ほむらと戦場ヶ原は言ってしまえば、塩素系洗剤と酸性洗剤のような間柄だ。対面すれば有毒ガスが発生するのは必定。その被害を喰らうのは僕なのだ。
一瞬でも名案だと思ってしまった自分自身が愚かしい。
とは言え、取っ掛かりとしてはいい線いっているような気がする。
「あ、そうだ」
と、僕はふと思い至った。
「何?」
無意識の内の発せられた閃きの声が耳に入ったようで、ほむらが鋭い視線を寄越す。
「ああ、こういった恋愛相談を、何百回ともなく受けてきたスペシャリストが身近にいるのを思いだしてさ」
「…………占い師の知人でもいるの?」
「いや、占い師の知人はいない」
訝しげなほむらの問いは、全くの見当外れだ。
確かに、占い師でもなければ、こんな膨大な数の恋愛相談を持ちかけられることは普通ないだろう。
だけど、残念なことに奴は普通じゃないのだ。うん、ほんと残念過ぎることに。
「なら、その人は何者?」
口早に急き立ててくるほむらに対し、僕は言った。
「阿良々木月火。僕の妹だよ」
阿良々木家の末っ子。ちっちゃいほうの妹。
正義の味方ごっこに明け暮れる、栂の木二中のファイヤーシスターズの片割れにして参謀担当。
戦場ヶ原に負けず劣らず厄介極まりない性格をしているので、性格面での折り合い――ほむらとの兼合いが少々気掛かりではあるが、二人とも中学二年で同学年だし、月火はアレでいて地元一帯の中学生達から、崇拝とも言えるレベルで信望を集めているような奴なのだ。コミュニケーションスキルも非常に高い。
無愛想で取っつき難いところがあるほむらであっても、上手く対応してくれるんじゃないだろうか。
まず間違っても戦場ヶ原のように、排他的な振る舞いをすることはないはずだ。
そして何より――こと恋愛相談に於いて、これほど優れた適任者もいない。
前述の通り、仲間内(地域規模)から数々の恋愛相談を受けてきた月火は、引く手数多の敏腕
あくまでも月火による自己申告なので、真偽のほどは確かではないのだが、ファイヤーシスターズとしての評判を訊く限り、口から出任せってことでもないのだろう。
それに、恥ずかしながら僕も、『恋かもしれない相談』に乗って貰ったことがあるから、月火の恋愛偏差値の高さは実感として知るところである。
ほむらの“如何なる手段を以ってしてもこの恋路を成就させる”というスタンスと、月火の有する“相談さえ受ければ、どんな相手とでも絶対必ず恋縁を結んでみせる”というスタンスは、見事なまでに合致している。
名も知らぬ恋煩う少女の想いが、成就することを願って――僕はほむらと月火を引き合わせる事を決めたのだった。
この決断が、あんな悲劇を引き起こすことになろうとは知る由もなく。
阿良々木くんが仲介役となって意外なコンビが結成されました(正確には結成予定)。
悲劇譚の幕開けです。