【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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【第05章】そんなの、戦う前から見切っていたさ!
さやかスイッチ~その1~


~038~

 

 今日も今日とて僕は、見滝原の地に足を踏み入れていた。

 

 今僕が居るのは、繁華街の一角にあるファーストフード店。その飲食スペースで、僕と巴さんは向かい合って腰を下ろしていた。

 傍から見れば、デートの最中とも映る光景かもしれないが、別に二人っきりで逢瀬を楽しんでいるということでもない。

 

「美樹の奴……遅いな」

 

 右腕に装着した腕時計(捻くれ者仕様)に視線を落とし、僕はぼやく。

 そう。これはただ、待ち惚けをくらっているだけなのだ。

 

 約束の集合時間は17時。そこから10分ほど経過していた。

 

 そういや、決まった時間――だいたい今日と同じように、17時を目安に集合することが多くなったので、無理に学校を早退する必要はなくなった。マウンテンバイクで飛ばせば、余裕で間に合う。

 

 まぁ副委員長としての責務は、連日ほっぽり出している現状な訳だけど。

 居ても居なくても羽川一人で十分という見解もあるが、そういう問題でもない。どこかで埋め合わせしとかないとな…………何も訊かず、笑顔で送り出してくれる羽川さんが怖い。

 

 

 ああ、話が逸れたが――美樹の遅刻に対し、苛立っているということではないのだ――

 

「そうですね。連絡もないし…………美樹さん、どうしたのかしら。心配だわ」

 

 正面に座った巴さんが言うように、僕と巴さんの携帯には遅れる旨を伝えるメールも、電話による一報も入っていないのが、少し気掛かりだ。あれでいて、結構しっかりした性格だと思うし。

 

 此方から掛けてみるも、一向に電話に出る気配はない。

 別に電源が切れている訳でも、電波の届かない場所にいるってことでもないのに……。

 

 もしかしたら、うたた寝してしまったのかもしれない。

 ここ最近は、あまりぐっすり眠れるような状況でもなかったからな…………学校が終わってから集合時間まで、微妙に時間が空いてるし、着信に気付かないほど深く、家で熟睡しているのかもな。

 それなら、今度会った時に、軽口の一つか二つでも言ってやればいいだろう。

 

 だけど……それはあくまでも可能性の一つだ。

 念の為ではあるが――まどかちゃんに電話を掛け、何か知らないか訊いてみることにした。

 

 すると――――

 

『う~ん……家に帰ってるってことはないと思います。さやかちゃんと一緒に駅前のショッピングモールでぶらぶらして、その場で別れたんですけど…………そのまま待ち合わせ場所に向かうって言ってましたし…………あの、さやかちゃん、まだ来てないんですか?』

 

 ――そのような証言が得られた。

 

 巴さんが言うには――駅前のショッピングモールから、待ち合わせ場所に指定した、ファーストフード店まで、徒歩約20分。

 まどかちゃんが美樹と別れたのは、16時30分ぐらいとのことだ。

 

 どんなにゆっくり歩いても、到着してなくちゃおかしい……。

 

 そうなってくると…………どうも胸騒ぎがするな。

 まどかちゃんには、何か進展があったら連絡すると伝え、通話を終える。

 

 

「仕方ないな。少し辺りを探しに行ってくるよ」

「なら私も一緒に――いえ、ここは手分けして探した方が効率的ですかね?」

 

「いや、巴さんは此処で待機していてくれないか。入れ違いになって美樹がやってきたらそれも面倒だし。見つけたら連絡入れるから」

「……そうですね。わかりました」

 

 手短にそんなやり取りを終え、僕は店を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 多くの人が行き交う、喧騒に包まれた繁華街。僕の地元の商店街とは比べ物にならない程賑わっている。

 こんな中を闇雲に探しても、そう簡単に探し当てれるとは到底思えなかったので、ここは、頼れる相棒に協力を仰ぐことにした。

 

「忍、起きてるか?」

 

 僕は適当な路地に身を滑らせると、影に封じられた金髪幼女に声を掛ける。

 

『ふぁあああああ――――んぁ?』

 

 どうやら惰眠を貪っていた所を、起こしてしまったらしい。

 大きな欠伸をした後、何事かと不機嫌そうに訴えかけてくる。

 脳内にダイレクトに響く声は、未だ慣れないな…………有り体に言ってしまえば、“テレパシー”みたいなものだ。

 とは言っても、一方通行だから、僕の方はちゃんと、声を発しなくてはならないけれど。

 

 

「お寝んねしてたとこ悪いな。でだ、ちょっと人探しに協力してくれないか?」

 

 謝罪を挟み、簡潔に要件を伝える。

 

『…………………………はぁ? 人探し、じゃと?』

 

 寝起きで、頭がまだ回転していないのか、数秒程の間を置いてから忍が反応を示す。

 

『嫌じゃ、面倒臭い。儂は寝る』

 

 即断即決。すげなく断られた!

 経緯はどうあれだ、僕の事を主君と見定めた奴が、こんな愛想の欠片もない態度をとっていいのかよ!

 主の頼みより、睡眠を優先させやがった!

 

 だが、今は忍の態度に腹を立てている場合ではない。

 事態は切迫しているかもしれないのだ。あまり悠長に事を構えている暇はなかった。

 だったら手っ取り早く、より確実に――

 

「報酬としてミスドに連れてってやる」

『ふ、少し寝ぼけておったわ。我があるじ様の命とあらば、砂漠に落ちた針一本であろうと探し出してみせよう!』

 

「………………」

 

 想定通りとは言え、この物悲しい感情はなんだろう…………卑しい奴め。お前は餌がなきゃ芸をしない犬か。

 

『っと、そういえば人探しと言っておったか。また何時ぞやのように、黒髪無愛想な魔女っ娘を探せばいいのかのう?』

 

 ほむらの事を言ってるんだろうけど、魔女っ娘って……これはまた。

 僕の個人的な感想だが、より幼児性の増した言い回しだよな。

 

 

「いや、探して欲しいのは、美樹。美樹さやかって子だ。お前、わかるか?」

「ん~全く。名前を言われても、さっぱりじゃ。際立った特徴もない有象無象の輩なぞ、判別できん」

 

 だよな。

 でも、際立った特徴なら――ある。

 名前までは覚えていなくとも、ちゃんとほむらの事を、認識、区別できているのであれば、きっと大丈夫だろう。

 

 有象無象の一般人は無理でも、美樹ならば、問題ないはずだ。

 

 

 だって彼女は――

 

 

 

 ――『魔法少女』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~039~

 

 今日は5月19日の金曜日。

 あの日――『お菓子の魔女』との戦いを終え、なんだかんだでほむらと提携関係を結び、その流れで巴さん達とも交流を持つようになり、そして、戦場ヶ原と付き合い出した、あの日から一週間。

 

 この一週間の間に起こった、中でも取り分け今回の件に関した事について、順を追って説明していこう。

 

 僕個人としては、母の日――日付で言えば5月14日に出会った、『蝸牛(カタツムリ)』の少女、八九寺真宵との間に起こった出来事についても触れておきたいが、今は割愛させて貰う。それはまた別件だ。

 

 

 さて、美樹がキュゥべえと契約することになった経緯についてだが、遺憾ながら、僕は何も知らない。何も“知らなかった”。

 

 当たり前の話だが、僕が関与しないところでも、物語は紡がれるのだ。

 僕が知った時には、もう既に『確定』していた。

 

 故に、彼女が一人で懊悩し、一人で逡巡し、そして、一人で決断を下したことについて――僕は、語るべき言葉を持ち合わせていない。

 

 

 

 事が起こったのは、5月15日の夕暮れ時。

 ほむら共々、一人暮らしをしているという巴さんの自宅に招待(半強制)され、紅茶を飲みながら色々と話しあっていた時のことだ。

 

 まどかちゃんからの着信があり、巴さんが電話に出ると――まどかちゃんは酷く気が動転した様子で、差し迫った窮状を訴えかけてきた。

 今にも泣き出しそうな状態のまどかちゃんから、巴さんがどうにかこうにか状況を訊き出す。

 

 念の為補足しておくが、吸血鬼イヤーのお陰で、巴さんによる説明がなくても、直接まどかちゃんの声を聞き取ることができていた。

 

 

 肝心の電話の内容だが――どうも、『魔女の口づけ』を受けた人達(その中にクラスメイトの友達もいるようだ)を助ける為に、一人で奔走しているらしい。

 

 『魔女の口づけ』と言うのは――魔女による洗脳とでもいうのだろうか。

 『口づけ』によって魔女の支配下に置かれると、紋様のような刻印が首元に現れる。

 

 魅入られた人間は、自意識がなくなり、心が闇に支配され負の感情が増大していく――終いには、生きる気力を無くし、自らの命を絶とうとする。また、それだけに飽き足らず、近くにいる他者までも道連れにしようとすることが、ままあるようだ。

 

 この世界で起こる、多くの自殺や、一部の傷害事件ないし殺人事件などは魔女による影響だという。

 誘因となった魔女を倒さない限り、『口づけ』が消失することはない。

 

 無論、今のまどかちゃんは大変危険な状態にあると言えた。正気を失った人達が、いつ襲い掛かってくるとも限らない。

 

 そして、『魔女の口づけ』を受けた人間がいるということは、その近辺に、魔女そのものが潜伏していることを示唆していた。

 

 

 状況を把握した僕達は、すぐに行動を開始する。

 ほむらの指示で、まどかちゃんには、それ以上迂闊に近づかないように注意しておき、伝え聞いた郊外にあるという、とある町工場跡に急行した。

 

 

 

 

 だがしかし――――

 

 

 僕達が駆け付けた時には、事は既に終わっていた。時間にしたら、ほんの僅かな差ではあったのだろうが、僕達は出遅れてしまったのだ。

 

 ただ、“手遅れだった”という意味合いではない。

 先んじて駆け付けていた、一人の『魔法少女』が、事態の解決に尽力し――うらぶれた工場跡に巣食っていた魔女を、速攻で仕留めていたってことだ。

 

 白のマントが印象的な、青を基調とした、身軽そうな衣装。

 その魔法少女こそが、『美樹さやか』なのだった。

 

 

 魔女に魅入られた人達も、まどかちゃんも無事だった訳だし、本来ならば、美樹の功績を褒め称えてあげたいところではあるが――僕達は、一様に沈んだ表情で美樹を注視することしかできない。

 

 その視線に晒された美樹は、極まりが悪そうに頭を掻くと、

 

「いやー、あたしも見滝原の平和の為に、何か役立てないかなぁーなんて思っちゃいまして…………キュゥべえと、契約しちゃいました、たはははは」

 

 乾いた笑いでお茶を濁す。

 

「……さやかちゃん。……もしかして、上条くんの為に?」

「…………うん」

 

 まどかちゃんの窺うような控えめな問い掛けに、美樹は小さく頷くと、弁解でもないのだろうが、事の顛末を教えてくれた。

 

 訊くところによれば、美樹が魔法少女になる対価として願った祈りは、幼馴染の怪我を治してあげるという、慈しみ溢れる献身的なもので――そんな彼女を責め立てるようなことはできなかった。

 

 キュゥべえの怪しさも、魔女の恐ろしさも、十分に理解しているはずなのに…………美樹が早まった真似をしたのは間違いない。だけど、一方的に糾弾できるものでもない。

 

 感情のぶつけどころがない、もどかしさだけが残った。

 

 

 加えて、明らかになったことがある。

 美樹が真っ先に現場に駆け付けれた要因は、キュゥべえにあったのだ。

 どういう事かというと、契約完了後、そのままキュゥべえから魔法少女としての心得や諸注意を受けていた美樹なのだが、その折に、キュゥべえがまどかちゃんの危険を察知したらしい。

 

 キュゥべえからの報告を受け、いの一番に駆け付けることができたとのことだ。

 

 これもまた、本来であれば、キュゥべえに感謝しなければいけないところではあるのだが、どうも作為的な意図が感じられるのは、僕の考え過ぎだろうか……?

 

 

 その時の僕は、どうも考え方が、マイナス方面に偏りがちだった。

 

 だって…………まどかちゃんから連絡があった時に、僕達が話しあっていた内容というのが、魔法少女になる可能性の高い人物への対応や対策だったってのは、滑稽で、不条理で――

 

 ――余りにも皮肉な話じゃないか。

 

 

 

 

 

 ともあれ、このような経緯があって、美樹は魔法少女として生きていくことになったのだ。

 美樹が魔法少女になったことは、歓迎できた事態ではないけれど、嘆いていても仕方がない。

 見滝原に出現する魔女は、他の町に比べて“異常”とも言える程多いらしく、戦力が多いに越したことはないとは、巴さんの弁。

 

 だが、まだ実戦経験の少ない美樹を、一人で魔女と戦わせるのは危険だとの判断で、ここ連日、巴さん主導による特訓が行われていた。巴さんもこの師弟関係が嬉しいらしく、笑顔で美樹をしごきまくっている。

 

 当然、並行して魔女や使い魔を狩るのも怠らない。まぁ魔女と出くわすことはなかったけれど。

 ソウルジェムを用いなければ、魔女や使い魔を見つけだすことができないので、僕もそれに同行するかたちだ。

 

 ちなみにほむらは、魔法少女同盟に美樹が加入したことによって、巴さんのマークが薄れたのを好都合と、一人で別行動することが増えた。

 基本あいつは群れたがらない、一匹狼なのだ。今日もいったいどこで何をしているのやら……。

 

 

 

 

 そうこうしている内に、忍探知機のお陰もあって、美樹の居るであろう場所にたどり着くことができた。

 

 繁華街から少し外れた場所に位置する、寂れた印象の付き纏う区画。外壁がボロボロに風化したビルディングの窓には、『テナント募集』の文字が――だけど、こんな場所を借りようなんていう物好きは、そうはいないだろう。

 

 さっきまでいた、活気溢れる街並みとはえらい違いだ。此処はなんというか廃墟の一歩手前といった感じ…………栄養を吸い取られた成れの果てとでも言うのだろうか。

 一部に人が集まれば、その分、どこかにしわ寄せが生じる。それが世の摂理。儘ならないものである。

 そんな場所に好き好んで足を運ぼうなんて人がいる訳もなく、辺りに人の気配は全くない。

 

「この先に美樹が……」

 

 僕の視線の先――ビルとビルの間に、薄暗い路地が伸びている。

 湾曲した路地で、奥の方までは見通すことができなかった。街灯も設置されていないので裏路地と言ったほうがいいだろうか。

 

『うむ、間違いなかろう。魔女っ娘特有の、血の匂いを感じる』

 

 忍は確信に満ちた声音で言い切った。次いで――

 

『いやしかし……少しばかり過剰じゃな』

「過剰?」

 

 何やら、よく分らないことを言い出した。

 

『充満しているとでもいうのかの……濛々と血の匂いが立ち込めておる』

 

 僕の疑問に答えてくれているのだろうが、何を言っているのかさっぱりだ。

 それでも、忍が警戒した雰囲気を発しているのは感じ取れたので、辺りを警戒しつつ慎重に、早足で裏路地を進んでいく。

 思いのほか道幅は広く、舗装もしっかりされていた。足を取られるようなゴミが転がっているということもなく、足取りは軽やかなもの。

 

 その折に、巴さんに連絡を入れておくのも忘れない。

 

 つーか、美樹はこんな所で、なに道草を食ってんだ?

 

 と――不意に、湿り気を帯びた、生ぬるい風が肌を打つ。

 正面から吹き抜けてくる風は、じっとり皮膚に粘りつくようで、あまり心地よいものではなかった。

 所謂、ビル風って奴か。

 

『我があるじ様よ、気を付けよ!』

「ん? いや、別に突風ってほど強い風ってこともなかったろ」

 

『阿呆。そうではない。くっ……一方の“溢れ出た血の匂い”に紛れて気付くのが遅れたが、どうやら、この先に居るのは一人ではないようじゃの。“同種”の匂いをもう一つ感じる』

 

 警鐘を打ち鳴らすような、きつめの口調で忍は言い立てる。

 忍の声は重く、おちゃらけた雰囲気は霧散していた。

 

 

 同種の匂い、か…………それが何を指し示しているのかは多分だけど察しが付く。

 いや、そんなことよりもだ、溢れだした血の匂いって……何だよその表現は……。

 

 ドクンと、大きく心臓が跳ねる。言い知れない不安が、止め処なく湧き上がってくる。

 心がざわめき、焦燥が募る。

 

 次の瞬間には、駆け出していた。

 警戒なんてしている場合ではなかった。

 僕の予感が正しければ……いや、それは杞憂でなければならない。僕の思い過ごしの筈なんだ!

 

 

 

 

 だけど――――往々にして、嫌な予感ほどよく当たるものなのだ。

 

 僕は立ち尽くす。声を荒げたい衝動に駆られているのに、言葉が出てこない。

 眼前の光景を、ただただ眺めることしかできないでいた。

 

 

 其処には血塗(ちまみ)れで地に倒れ伏した美樹さやかと、真紅の衣装を纏った見知らぬ魔法少女――そして、その二人を悠然と、観察する様に眺めるキュゥべえの姿があった。

 

 

 




 進行重視で、がっつり話が飛んでます。
 『化物語』に於ける『まよいマイマイ』や、『まどマギ』に於ける『さやか関連の話』は、程度の違いはあれ、起こった事はだいたい一緒なので割愛。ほぼ原作準拠。
 描写不足の部分は、回想なんかで簡単にですが補足していく予定です。

 あれ……タイトルを冠しているのに、さやかの出番が…………ほぼ皆無?

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