【完結】孵化物語~ひたぎマギカ~   作:燃月

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コネクト(connect):【(二つのものを)つなぐ 】【関係をもつ】


ほむらコネクト~その1~

~027~

 

 阿良々木暦。

 隣町に住む、私立直江津高校在学の高校三年生。

 

 肩まで伸びた男にしては長めの黒髪。目鼻立ちのくっきりした小奇麗な顔。

 小柄で痩身気味な体躯なれど、露わになった右腕は筋肉質で、ひ弱そうには見えない。

 

 黙っていれば美男子に準ずる類の男性なのだとは思う。

 そう、黙っていればだ。

 

 口を開けば、軽佻浮薄。魔女に邪な感情を抱くような、危険極まりない性癖の持ち主で、でき得る限りまどかには近づけたくない。

 

 

 幾度となく繰り返してきた世界の中で、突如として現れた、男ながらにキュゥべえを視認することが出来る、稀有な人物。

 

 彼の言葉を鵜呑みにすれば、半吸血鬼化しているとのことらしい。キュゥべえのことが見えるのも、その影響ではないかと語っていた。

 

 混血。

 人間の血と、吸血鬼の血が混ざりあった状態。人間と吸血鬼との間に産まれた『ヴァンパイア・ハーフ』とは全くの別物のようで、色々と込み入った事情があるらしいが、あまり私には関係ないことなので、その辺りの説明は割愛して貰った。

 本人としては話したかったようで、少しばかり落胆していたが、正直どうでもいい。

 

 

 ただ、腕が食い千切られた程の重傷さえも完治する治癒能力は、注目に値する事柄だ。

 一応、腕と一緒に噛み切られたという、肩口から破けた学生服が、状況証拠として機能しているけれど、この件に関しては、直接見ていないので、眉唾物の話ではある。

 

 それならばと刀で切り落として実演して欲しいと頼んでみたが、魔法少女とは違い、痛みは痛みとして成立しているとのことで、物凄い剣幕で拒否された。

 

 頭のないキュゥべえの死体は、魔女の注意を逸らすため、囮として使用した結果だという。キュゥべえにこんな有用な活用手段があるなんて……なかなか侮れないことをする。

 

 

 ここまでの話は、まだ許容することは可能だった。

 だけど、まさか『お菓子の魔女』を仕留める程の力を有しているだなんて、なんの冗談だろうか。

 

 

 

 

 正直な話、私は巴マミの命は諦めていた。

 リボンが解けたのも、彼女が魔女に()られたからだと、そう判断した。

 この魔女の強さは他の魔女よりも抜きんでている。

 

 生半可な攻撃が通じる相手ではなく、あの雑草のようにしぶとく再生し続ける魔女には、根っこ諸共吹き飛ばすぐらいの高い火力でなければ、有効ではない。

 その為、『お菓子の魔女』と相対する時は、改良に改良を加えた特製の『連鎖型時限爆弾』を使用する。

 

 刀で斬った程度で、どうこうなる相手ではないはず…………。

 

 

「それで――――いったい、どんな手品を使ったというの?」

 

 黙って訊いていれば、順次説明していってくれたのだろうが、それでも私は、腑に落ちない最大の疑問点を口にせずにはいられなかった。

 

 

「手品? 確かにほむらから見たらそうなるかもな――――真相は類稀なる大太刀。伝説の吸血鬼から借り受けた、この刀の効果のお陰だ。この世ならざる者を殺す刀。妖刀『心渡』」

 

「この世ならざる者?」

 

 私は一連の言葉の中で、尤も引っ掛かった部分を鸚鵡返しに口にする。

 『伝説の吸血鬼』というふざけた単語も気になったが、一度吸血鬼関連の説明を拒否している手前、それには触れない。

 

「簡単に言えば妖怪や幽霊なんかの超常的存在――知り合いの専門家は総じて『怪異』って呼んでるな。確証はなかったんだけど、魔女もその範疇とみなされたみたいだぜ。借り物だから、僕も詳しい仕組みまでは解らないけど、この刀は『怪異』に対して絶大なる効果を示す代物だそうだ」

 

 肩に担ぐように持った大きな日本刀に視線をやりながら、阿良々木暦は飄々と語りだす。

 

 銃器にはそれなりに詳しくなったが、生憎、刀剣類の知識には精通していない。

 それでもその日本刀が、規格外の長さだとは解る。時代劇で観る様な腰に下げて帯刀できるような寸尺ではなかった。

 

 確かに『魔女』の存在を定義すると、超常的存在に分類されるだろう。

 一番近いところで言えば『幽霊』だろうか……死者の魂が怨念とともに顕現した存在。

 

 

「お前は僕が足手纏いだとか、僕が加勢したところで一つも利点がないから関わるなって言ってたよな」

 

「ええ、そう言ったわ」

 

 そこで阿良々木暦は、にやりと笑う。

 言質をとった、そう言わんばかりのしたり顔だ。

 

「だったら、この『心渡』はどうだ? かすり傷一つで“怪異を殺し尽くす”キラーアイテムなんだぜ。これが利点と言えなけりゃ何が利点と言えるんだ? 僕的に自分の力じゃないみたいで不本意だけど……いや実際問題借り物の力だけどさ…………なぁ、ほむら――“この刀は”役に立つんじゃないのか?」

 

 言い逃れができるならしてみろと、畳み掛けるように捲し立ててくる。

 彼の言葉を要約すると……。

 

「刀が役に立つから、その刀を持ったあなたも必然的に役に立つ。そういうこと?」

 

「僕がおまけみたいで少し悲しいが……そういう事だ。ほむらにとっても悪い条件じゃないんじゃないか?」

 

「……そうね、その刀は使えるかもしれないわね」

 

 自然と口から、そんな言葉が漏れ出ていた。

 

「だろ?」

 

 何がそんなに嬉しいのか無邪気な笑顔を向けてくる。

 

 私には解らない。

 

 彼は魔法少女の戦いに身を投じて、いったい何を得ることができるのか?

 腕を食い千切られるような悲惨な目にあっているというのに――なぜこんなにも平然としていられるのだろう? 魔法少女(わたしたち)のように痛覚が緩和されている訳でもない。

 普通の感性の持ち主なら、二度とそんな危険な境遇に身を置きたいとは思わないはずだ。

 

 だけど彼は…………阿良々木暦は、自ら率先し、首を突っ込んでくる。

 

 魔法少女の為に、力を貸そうとしてくれている。

 

 頭がおかしい。常軌を逸している。常々思っていたことだけど……本当に……本当に変わった男だ。

 

 押し付けがましく、何度断っても諦めない。煩わしくて、相手をするのもいい加減うんざりで、私の邪魔にしかならない――そう思っていたのに…………純然たる結果を見せつけられてしまった。

 

 

 

 ――――“もう誰にも頼らない”

 

 

 

 そう心に固く誓ったはずなのに…………心が揺らぐ。

 

 

 自分自身の心が、判然としない。

 

 私の願いは、まどかを救う事。

 絶望の運命から、彼女を解き放つ……それだけが私の望む未来。

 

 

 まどかを救う為に必要な事…………それだけを考えるなら――――

 

 

 私は決断を下す。

 

 

 

「わかったわ…………あなたのその力、私に貸して貰える?」

 

「僕は始めっからそう言ってただろ」

「そうだったかしら」

 

 素直に肯定するのが癪で、惚けてみせる。

 

「よし、提携関係が成立ってことでいいんだな!」

「そうね。でも、邪魔だけはしないで。私にとって益にならないと判断した時点で、即刻この関係は打ち切らせて貰う。それで異存はないかしら?」

 

 そう、これは信用した訳ではなく、この男――阿良々木暦の利用価値を見極める為の猶予期間。

 相手の善意を搾取するだけの、軽蔑されるべき利己的な行為。

 

「ああ、勿論」

 

「でも考えてみれば、その刀を私に渡せば別にあなた自身は必要ないんじゃない?」

 

 ふと思いついた妙案を提案してみたけれど――

 

「ふ、残念だったな、ほむら。この刀は吸血鬼専用にカスタマイズされてるから、お前には扱えない。まぁそもそも借り物の刀を又貸しするのは、気が引けるし、それは却下だ」

 

「そう、残念ね」

 

 強奪しても意味はない、か――いえ、流石にこれは冗談だけど。

 

 

 

 

 

「ところで、グリーフシードはどこにあるの? あなたが持っていても何の役にもたたないでしょう」

 

 手持ちには十分な数のグリーフシードが備蓄されているけれど、数があるに越したことはない。

 

「グリーフシードって……魔女が落とすとかいう?」

「そうよ」

 

「落とさなかったぞ」

「なんですってっ!?」

 

 思わず大きな声を出してしまった。

 

「何をそんなに驚いているんだ? お前言ってなかったか、落とすのは時々だって」

「そうね…………でも、この魔女に限っては……」

 

 グリーフシードは確かに、全ての魔女が持っている訳ではない。

 しかし、私が繰り返してきた統計上、それはあり得ない……はず。『お菓子の魔女』に関しては、確実にグリーフシードを落としていた。

 偶々今回に限って孕んでいなかったと考えることもできるが…………私の中では既に、一つの仮説が組みあがっている。

 

 ――仕方ない。

 

 小盾の収納スペースの中から、予備のグリーフシードを取り出す。

 それをそのまま左手の甲に張り付いた状態のソウルジェムに当て、穢れを取り除く。

 とは言っても、魔力をほとんど行使していないので、その穢れの量は微々たるもの。アメジストのような煌めきを放つソウルジェムに、大した変化はなかった。

 

 まだまだ使用可能で、勿体ないけれど…………。

 

「これを、その刀で切ってみて」

 

 そう言ってグリーフシードを地面に落とす。

 

「いや、え?」

「いいから」

 

 私の申し出に戸惑う阿良々木暦に対し、有無を言わせぬ力強い声で強要した。

 手首を掴まれた状態では、刀が扱い難いだろうと判断して、掴む場所を腰元に移す。

 離れると彼の時間が止まってしまうとは言え、こうも長い時間、異性と接近した状態というのは、少し気恥ずかしい……いえ、相手が誰であってもだ。

 

 

「…………ほんとにいいんだな」

「ええ」

 

 難色を示しながらも――阿良々木暦は刀を構え、ゆっくりと刀身を下ろしていく。

 アスファルトの上に転がったグリーフシードに、刀の切っ先が触れた。

 グリーフシードは硬質な石のような強度がある。普通なら表面に当たった時点で、弾かれるはず。

 

 しかし――刀は何の抵抗もなくすんなりと突き刺さり…………気付いた時にはグリーフシードが消失していた。

 

 

 ということは…………。

 

 

「阿良々木暦」

 

 努めて平静な声で、彼の名前を呼ぶ。

 

「……はい」

 

「この刀の特性を復唱して頂戴」

「…………かすり傷一つで怪異を…………この世ならざるものを殺し尽くす…………そんな性能だと伝え聞いています」

 

 だとしたら、私の仮説に間違いはないだろう。

 

「“鶏が先か、卵が先か”」

「えっと、それは?」

 

「循環する因果性のジレンマを現す言葉。グリーフシードは魔女の卵のようなもの。要は、その刀の力で、魔女と一緒にグリーフシードも、殺し尽くしてしまったってことでしょうね。魔女に効果があるのなら、それと同様の性質を持つグリーフシードに効果が及ばない理由はないでしょう」

 

「…………知ってれば……こんな……いや、でも……ああ……僕は……何てことを……」

 

 取り返しのつかない事をしてしまったと、罪悪感に苛まれて狼狽する憐れな男が居た。

 

 

 だけど、彼が思う程、私はこの件を問題視していない。寧ろ、その絶大な効果を再確認できて、内心ではほくそ笑んでいるぐらいだ。

 

 

 魔女を問答無用に一太刀で殺す事ができるというのは、驚異的な力であるし、便利だと思う。

 しかし、魔女をこの妖刀『心渡』で倒すと、グリーフシードも一緒に消失してしまう。

 もし、私がこの刀に依存して魔女を狩り続ければ、今後グリーフシードを得ることが出来ないということ。

 

 ここだけを切り取って考えれば、大問題だけど――だったら、この刀に頼らければいいだけの話。

 

 私は別に、“ただの魔女”如きに後れを取るつもりはない。

 刀の力を借りなくたって、今までも一人で対処してきている。

 

 

 でも――最悪最凶の魔女『ワルプルギスの夜』に私の力は及ばない……。

 この『心渡』が如何なる効果を齎すのか、全くもって検討もつかないけれど――――もしかしたら…………孵卵器(インキュベーター)の策謀さえも無に帰す、途轍もない切り札になるかもしれない。

 

 それに、使い魔相手なら、デメリットもない有用な武器足り得るだろう。使い方次第で、幾らでも応用が利く。

 

 ただ、この事をすぐに教えるのは惜しい――

 

 

「……あの……ほむらさん…………先ほど結んだ提携関係の件ですが…………」

 

 年下相手に、(へりくだ)った言葉遣いで――主人の気を窺う情けない仔犬のように、不安気に私の顔色を見る阿良々木暦。

 その姿はまるでチワワのよう――阿良々木ではなくて、チワワ木だ。

 

 まどかに妙な誤解を与えた恨み。やむを得ない事情があったにせよ……私を放置していった事への腹いせも兼ね、敢えてからかい目的で私は短く言い捨てた。

 

 

「解消」

 

 

 その言葉を真に受け落胆するチワワ木の姿に、私の心の穢れ(ストレス)は“解消”されていくのだった。

 

 

 


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