学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*08 闇刃双舞

「ちっ・・・!」

 

「さあさあ、もっと力を見せてくださいよ《華焔の魔女》!」

 

再開発エリアに存在するビル群の一つ。その最中でユリスは何十体もの擬形体を相手に責めあぐねていた。

幾らフロア内に柱くらいしか障害物が無いとは言えど、立派な閉所。迂闊に大火力、大規模の魔法を使えばビルを崩壊させかねない。星脈世代だって完璧ではない。どれだけ星辰力を防御に回しても、ビルの崩壊、その衝撃には耐えられないだろう。

それにプラスして今この場所にはレスター・マクフェイルも居る。巻き込んでしまえばそれこそ今彼女の眼前に立つ男の思惑通りになってしまう。

 

サイラス・ノーマン。

レスターの腰巾着だった彼はその矮躯を揺らしながら醜い笑顔を浮かべ嗤っていた。

彼こそがユリスを襲い、他の星武祭参加予定者を棄権させた張本人だ。

彼は擬形体を以てユリスを負傷させ、呼び出したレスターと決闘し、相討ちになった事にして二人を星武祭から棄権させようとしている。

だからと言って「はいそうですか」とやられてやる訳には行かない。

 

己の願いの為にもこんなところで終わってなるものか。

 

自身にそう言い聞かせてユリスは細剣型の煌式武装をタクトのように振るい、焔を放つ。

相手は所詮擬形体。通常ならこれだけで擬形体の躯体はたちまち熔解し、赤熱しながら果てるだろう。

"通常ならば"。

 

「ええい、面倒な!」

 

「貴女の焔、その威力は厄介ですからねぇ。擬形体には最大限の耐熱処理を施してあるんですよ!」

 

サイラスの粘着質な声がユリスの耳朶を叩き苛立たせる。

正に激流と称すべき焔に身を焼かれているのに、擬形体らはまるで何事も無いかのように武器を構え、ユリスへと近づいていく。

舌打ち一つ、ユリスは身を翻して距離を取りつつ再度焔を放つ。

 

「咲き誇れ、六弁の爆焔花!」

 

轟ーーッ!!

細剣の切っ先に描かれた魔方陣とも呼べる幾何学的な円陣から巨大な蕾のような焔弾が放たれ爆ぜる。

たとえ耐熱処理を施されていようと、副次的に発生する衝撃は逃れようがない。

動きの止まった擬形体の隙を突き、サイラスの横へと回り込む。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

そこに、レスターの叫びと共に細身の擬形体がサイラスの目の前に派手な音を立てて落ちる。

装甲がひしゃげ、関節から火花を上げる鉄人形に目もくれず、サイラスは未だ数体の擬形体に囲まれているレスターへと視線を向ける。

 

「おや、まだ立ってたんですか。見た目に違わずしぶといですね」

 

「サイラス、てめぇ・・・!」

 

得物である斧型煌式武装《ヴァルディッシュ=レオ》を乱雑に振るい、レスターは眦を吊り上げる。

戦いに特化した、筋骨隆々の肉体からは押さえきれない怒りが溢れだしていた。

 

「出来れば抵抗しないで頂きたいんですけどねぇ・・・うっかり殺しちゃうかも知れませんからね!」

 

「このっ・・・クソヤロウが!!」

 

「そのクソヤロウに貴方は倒されるんですよぉ!アハハ!」

 

けたたましい、それこそ耳障りな笑い声を上げてサイラスは複数の擬形体をレスターへ仕向ける。その躯体は先程吹き飛ばされたモノよりも二回りも大きく、見てからに頑強さを際立たせている。

それらが四体、逃げ場を無くすように、或いは獲物をいたぶるかのようにゆっくりとレスターへと進み出す。

 

「ーーっ!」

 

「おっとぉ、貴女も下手に動かないで下さいね?でないとその端正な顔がボロボロになっちゃいますからねぇ」

 

「この、下衆が!」

 

サイラスの意識がレスターへと向かっている隙を見て、ユリスが細剣を構えた所に幾筋もの銃弾が放たれ防御を余儀なくされる。ただの銃弾であれ、それがざっと見て三丁も連続で放たれてしまえば星脈世代でも脅威を感じざるおえない。

さらにその奥にはさながら壁のように擬形体の群れが整列し、レスターへの道を塞いでしまっている。

 

「ぐ、お・・・っ!!」

 

「レスター!」

 

その間もレスターはリンチ染みた多方向からの攻撃を受け続け、最早立っているのが精一杯の状態にまで陥ってしまう。

 

万事休すか。

 

たった一言浮かんだ諦めの言葉を臍を噛んで掻き消す。

 

許さない、認めない、負けてなるものか。目的を果たすまで、この願いを叶えるまで、私は倒れられないーー!!

 

「さあ、レスターが終われば次は貴女だ《華焔の魔女》!」

 

耳障りな声を鼓膜でシャットアウトし、細剣を構える。

その眼には徹底抗戦の意志が溢れていた。

 

 

 

 

 

サイラス・ノーマンはそれを視界の端に捉えて嘲笑う。

《冒頭の十二人》が何だ。結局そんなものは個人の力でしかない。

ありとあらゆる人間と情報を使って『数』でそんなものは覆せる。

現に《冒頭の十二人》の二人を同時に相手にして自分は圧倒的優位に立っている。それが何よりの証左だ。

 

「は、ははは!アハハハハ!そうだ、僕は強い!何もかも、僕の盤上(てのひら)で踊ればいい!」

 

慢心。彼の心を表すならこれほど的確な言葉はない。

ーー故に。

 

「ーーーーほう?ならばその盤をひっくり返してみせようか」

 

「王様(キング)気取りの歩兵(ポーン)さん?」

 

その優位性は一瞬で瓦解する。

窓を割って現れた二人のイレギュラーによって。

片や、妖しく煌めく紫の刀を持ってレスターの前に立ち。

片や、純白の刀身に漆黒の紋様が浮かぶ両手剣を持ってユリスを抱きかかえ。

音もなく、眼前の擬形体達の首を刎ねていた。

ごとり、と一斉に十数体もの擬形体の頭がコンクリートの床へと落下して積もった埃を撒き散らす。

 

「あ、綾斗!?それに八十崎まで!」

 

「ごめんユリス、遅れた」

 

「遅刻はヒーローの常だ、許せ」

 

「八十崎、お前・・・」

 

驚きの声を上げるユリスとレスターに、綾斗と晶は余裕の表情で応える。

それを見て漸くフリーズした思考が復活したサイラスが口を開く。

 

「どうやって此処を割り当てたのですか、八十崎晶・・・」

 

「何、ちょっとした幸運と協力者のお蔭さ。さて、サイラス・ノーマン」

 

サイラスの問いをニヒルに笑って流し、晶は《闇鴉》の切っ先を向ける。

 

「選べ。大人しく捕まるか、足掻いて叩き潰されるか。まあ私はどちらでも構わんがな」

 

「は、はは、何を言うかと思えば・・・"星導館の何でも屋"も存外愚かのようですねぇ!貴方達が来た所で、僕の優位は揺らぎはしない!」

 

そう吐き捨ててサイラスが指を鳴らすと、柱の影から、天井から、床に空いた穴からまるで巣から沸き出る蟻の群れのように擬形体が現れ、彼を守るように整列する。

それら一体一体が斧、双剣、機銃型の煌式武装を持った、機械兵団。

 

「《無慈悲なる軍団(メルツェルコープス)》、総数にして百二十八体。これだけの数、相手取れますかねぇ!!」

 

声高らかに叫ぶサイラスの周囲に集った、まさに圧巻と呼べる軍勢を前に、しかし綾斗と晶は余裕の表情を崩さず、寧ろ笑っていた。

 

「はっ、侮られたものだな。"たった"百二十八体の人形で私らを潰すだと?笑わせる。なあ?綾斗」

 

「まあ、頭数はもう少し増やさないと俺達は倒せないかな。とりあえず」

 

「「俺を倒したいなら後二万は人形を持ってこい」」

 

「なっ・・・!?」

 

威圧的な光景を目にして尚、笑って吐き捨てる二人に逆にサイラスは気圧されて一歩後ろに下がってしまった。

 

「さて綾斗、六十四体ずつできっちり半分だ。鈍った体には丁度いいだろう」

 

「そうだね。まあウォーミングアップにもならなそうだけど」

 

「な、なめた口をぉ!!」

 

二人の挑発じみた発言にサイラスの堪忍袋の緒が切れる。そしてその感情に呼応するかのように擬形体の軍勢が動き出す。

そう、これから始まるのは一方的な蹂躙。

 

「内なる剣を以て星牢を破獄し、我が虎威を解放す!」

 

綾斗はその手に持つ純星煌式武装《黒炉の魔剣(セル=ベレスタ)》を掲げ、口上と共に己が軛を解き放つ。

 

「我が心、静謐なる湖面の如し」

 

晶が詠うかのように言葉を紡いだ途端、紅いオーラの様に視覚化した星辰力がその体から溢れ出す。

『アベレージ・スタンス』。自らの力の一端を解放し、晶はほくそ笑む。

準備は整った。

 

「「さあ、始めようか」」

 

二人のその言葉に、サイラスの指揮の下、擬形体達が動き出す。

ある擬形体は機銃を放ち、またある擬形体は刃を構え振りかぶる。

晶はその嵐とも呼べる攻撃の全てを闇鴉を振るい、切り捨てながら駆け抜ける。

 

「はっ、思った通りだな。チェスの用量で擬形体を動かしているか」

 

「な、何故・・・!?」

 

擬形体の首を撥ね飛ばし、胴を両断しながら語りかければ、サイラスは狼狽した声を上げる。

 

「何、動きをよく見れば分かることだ。同時稼働数は最大で六体。他は半自動制御による稼動、それも十六体程度。解るなと言うほうが無理だ。だがな、貴様のそのプレイングでは"メルツェルのチェス人形"にも劣るぞ?ああ、いや比べるのも烏滸がましいか」

 

「だっ、黙れぇぇぇ!!」

 

晶が種明かしを兼ねた単純な煽り言葉を吐けば、サイラスは彼へと擬形体の攻撃を集中させる。綾斗に背中を晒す形になるがそちらには装甲の分厚いタイプを向かわせたので問題はない。

しかし彼は計算に入れていなかった。

何であれ、純星煌式武装と言うものは"規格外"なモノであること。

 

「全く、言ったはずだよ」

 

そして、

 

「俺を倒したいなら後二万は必要だってさ」

 

『天霧綾斗』の実力を。

振り向いたサイラスが見たのはユリスの焔にすら耐えた擬形体の尽く、その上半身が消し飛んだ姿だった。

 

「ぼ、防御を無視する刃だとぉ・・・!」

 

「何を驚く、サイラス・ノーマン。この程度出来ないで純星煌式武装など、名乗れるワケが無かろうよ」

 

「ひっ」

 

前に向き直せば、丁度晶が最後の擬形体を細切れにしたところだった。

擬形体をけしかけて凡そ一分足らずでサイラスの軍勢はガラクタへと変わってしまった。

 

「それで、手の内は終いか?ならさっさと捕まってくれ。貴様の下らない御遊戯に付き合うのも面倒だからな」

 

《闇鴉》の刀身を鞘に収め、さも面倒そうに首をコキリと鳴らす晶にサイラスは恐怖を感じる。

何より恐ろしいのは彼が持つ純星煌式武装《闇鴉》だ。これまでの戦闘記録において、能力不明、その対価も不明、分かるのはただただ『鋭すぎる』という一点のみ。

だが、アレと相対した者は軒並み言うのだ。

 

『刀から殺意を感じる』と。

 

ああ、成程。と一周回って冷静になった一部の思考が呟く。

確かに《闇鴉》から殺意を感じるのだ。"自分の死に様が見えてしまうほどの"殺意が。

死ぬ。殺される。現実には有り得ないと解りながらも心がそのワードをけたたましく吐き出し続ける。

 

「な、なんだ・・・お前は何なんだああああああ!!?」

 

脳内に満ちた『死』の一文字に恐慌状態に陥ったサイラスは自身の切り札である女王(クイーン)を隠蔽していた瓦礫の山から呼び出す。

その姿はこれまでの擬形体よりも更に巨大な躯体を持ち、その腕はビルの柱よりも太いという、女王の名から遥か遠いものだった。

それを眺めて尚、晶の表情に変わりは無く、余裕綽々といった顔付きのままだ。

 

「全く、それなりに斬り応えがありそうなのが居るじゃないか。最初から出せと言うに」

 

カチャリ、と小さく音を鳴らして《闇鴉》の鯉口が切られ、紫に耀く『ウルム=マナダイト』のみで構成された刃を覗かせる。

 

「綾斗、悪いが見せ場は貰うぞ」

 

「任せたよ、晶」

 

「ああ」

 

短く答え、晶は腰を深く落とす。

左半身を後ろに、右手を鞘に添えたその構えはまるで爪を振るわんとする狼を彷彿とさせる。

そこへ、女王の拳が降り下ろされ、コンクリートの床が派手に吹き飛ぶ。その余波によって煙が巻き起こり、フロアを包む。

レスターもユリスも、そしてサイラスも確実に当たったと確信してしまう程のタイミング。

だが、煙の中から聞こえた声にその確信は砕かれる。

 

「瞬け、紅蓮鉄線(グレンテッセン)」

 

放たれる一閃。

その閃きは煙を晴らし、夕暮れ照らすフロアを顕にする。

あまりの事にユリス達は閉口し、目を見開いたまま固まる。綾斗を除いて。

 

「他愛無し」

 

"女王の背後に立った"晶が夕日の光すら呑み込む刀身を鞘へ戻し、締めくくりとばかりに軽く手を振るった次の瞬間、真一文字に刻まれた線をなぞるように女王の上半身が自らが開いた穴へと吸い込まれるように落ちてゆく。

 

「幕引きだ、サイラス・ノーマン。神妙に縄についてもらおうか」

 

「は、はは・・・僕は、僕はああぁ・・・!」

 

「っ!?」

 

自分の理想からかけ離れた現実に思考が再び暴走したのか、頭を半狂乱に掻き毟ったサイラスはあろうことか窓際へと駆け、そのまま飛び降りてしまった。

駆けよって下を覗いてみても、あるのはビルが重なった深い闇だけだった。

 

「・・・・・・もう一つ仕事が増えたか」

 

闇から目を反らし、小さく呟いて髪を掻き上げる。

何にしても『表』はこれで終わった。

後のことは裏方に任せればそれでいい。

そう考えて、晶は綾斗達のもとへとその足を向ける。

 

もうすぐ、夜が来ようとしていたーー。

 

 

 

 





無駄に長くなってしまって本当にすまない・・・

因みに作中に晶が言ったメルツェルのチェス人形ですが、18世紀に実在した『トルコ人』というカラクリ、機械人形のことです。
エドガー・アラン・ポーの短編集で見かけた方もいるかもしれませんね。

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