学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*6 プリシラ・ウルサイス

「へえ、晶さんの友人ですか」

 

「ああ。どうにも昔から面倒に巻き込まれるというか、無自覚に首を突っ込む体質でな・・・」

 

日曜日の午後、カフェにあるパラソルの刺さったテーブルに座ってコーヒーとカフェモカ片手に晶とプリシラは談笑していた。

 

晶がプリシラ・ウルサイスと出会ったのは中等部三年の頃。ちょうど今時期の季節だった。

それまで碌に外を出歩かなかった沙夜に頼まれて市街地を案内していた時、沙夜が晶の傍を離れて迷子になってしまったのだ。

その時、路地裏で同じレヴォルフの学生らに絡まれていたプリシラを見付け、助けたことで二人は知り合った。姉の方には嫌われてしまったようだが。

 

「そういえば"イレーネ"はどうした?私がプリシラと居るとすっ飛んで来るような奴だが」

 

「えぇと・・・牢屋入りしてます」

 

「は?」

 

プリシラから返された言葉に思わず晶は口をポカンと開けてしまう。

そしてその言葉の意味を理解すると額に手を当て、溜め息を吐く。

 

「あの莫迦者が・・・また暴れたのか」

 

「なんか『プリシラに手を出した奴とちょっと話してくる』とか言ってそのまま・・・今は学院の地下に居るみたいです」

 

レヴォルフ黒学院の地下には通常では御しきれない能力をもつ生徒や、目に余る悪行をした生徒等を幽閉する為の牢獄があるとは知っていたが、そこに知人がぶちこまれるとは晶も思い至らなかった。

あのシスコンは想像以上に猪突猛進だったらしい。

 

その猪突猛進娘の名はイレーネ・ウルサイス。プリシラの姉であり、純星煌式武装《覇潰の血鎌(グラヴィシーズ)》の担い手。実力は一線級で、素面の晶では苦戦を免れないだろう。

ただしシスコンだ。過去に色々あったらしいが、それを踏まえても重度のシスコンだ。

男がプリシラをナンパしようとすれば殴り飛ばされ、更にプリシラが一人の時に数人がちょっかいを掛けようとすれば何処からともなく飛んできては蹴り倒す。

晶の場合は初対面で《覇潰の血鎌》を振り回されたくらいだ。

なまじ実力があるので、なおたちが悪い。

 

「あのじゃじゃ馬娘が。妹に心配かけさせるような事をしてどうする」

 

呆れた声音でそう言って晶がコーヒーを煽れば、それに対してプリシラは苦笑いを浮かべる。

 

「生徒会長が言うには私の身の安全はちゃんと確保しておく、だそうで」

 

(あの肉達磨・・・《猫》を使ったな。道理で先刻から視線を感じるわけだ)

 

「晶さん、どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない・・・さて、そろそろ行くとするか」

 

一瞬の思考を誤魔化すように頭を振ると、晶はプリシラの分のレシートも持って店内にあるレジに向かって歩き出す。

 

「あっ、晶さん、私のレシート」

 

「久方ぶりに会えたんだ。これくらいはさせてくれ」

 

肩越しに振り向きながらレシートをひらひらと遊ばせると、プリシラは気恥ずかしそうにはにかんだ笑みを見せた。

 

「ずるいですね、晶さんは」

 

「む?」

 

「なんでもありませんよ」

 

プリシラの言葉を疑問に思いながらも晶は支払いを済ませると、彼女を連れ立って店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、晶さん。送って貰ってる上で荷物まで持ってもらっちゃって」

 

「構わんさ。お前を置いて一人帰るワケにはいかんしな」

 

時間は過ぎ去り夕方。斜陽が照らす住宅街区画を二人は歩いていた。

あれからプリシラの買い物に付き合い、今は彼女を自宅であるマンションに送っている最中だ。

 

「むぅ、子供扱いしないでくださいよ。一つしか歳違わないんですから」

 

「子供ではなく、女性として見ているからだ。どうもプリシラは危なっかしいからな」

 

「・・・・・・晶さんのジゴロ」

 

「何か言ったか?」

 

「何でもないです!」

 

急に頬を膨らませるプリシラに、晶は首を傾げる。

前世からこっち、六花に来る前まで女性と色恋沙汰という物を経験していないからか、晶はそういった女性の心の機敏に疎いのだ。本人は理解しようと努力しているらしいが。

それをプリシラも度重なる交流で解っているが、つい気恥ずかしさからこんな態度を取ってしまう。それもこれも思わせ振りな科白を言う晶が悪い、とまでは言わないが原因なのは確かだろう。

 

「もう晶さん、女の子だったら誰彼構わずそういうこと言ってないですか?」

 

「私の女性との交友関係の狭さを知ってるか?」

 

「・・・・・・ごめんなさい」

 

携帯端末のアドレス帳に入っている女性の名前は母親と沙夜とクローディア、それとプリシラのみという狭さである。

しかし、クローディアとアドレス交換をしているという時点で一般の男子生徒から妬まれるということを彼は知らない。

 

「まあ、軟派な人間に成るつもりも無し。別段このままでも良いのだがな」

 

前世でやっていたファンタシースターオンライン2・・・通称PSO2でもチームメンバーはたったの六人と、かなり少なかった。

どうにも自分は交友関係を広げるのが苦手らしい。

ただ、今も前世もその交友関係を築く人々のキャラが濃いのは確かである。

 

「私も、軟派な晶さんは見たくないかなぁ。想像もつかないし」

 

「だろうな。私も想像できん。というかしたくない」

 

そんな会話をしていると、見知った建物の前に辿り着く。

目的地であるマンションだ。

 

「晶さん、今日はありがとうございました。久し振りに会えて楽しかったです」

 

「ああ、こちらこそ。楽しかったぞ」

 

「いつかお礼させて下さいね?」

 

「ふっ、だからよいと言うに・・・まあ、期待して待っていよう。それではな」

 

「はい!また今度」

 

マンションの入り口前で手を振り合い、晶はプリシラに持っていた荷物を渡して別れ、一人帰途につく。

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの空は夜の闇に半ば染められ、微かに冷えた風が体を撫でては消えて行く。

来た道を迷わず遡れば、宵闇に沈む前にプリシラと会ったカフェに到着した。

帰宅時間というのもあってか、市街地は多くの人で賑わっていた。

こうも人が多いと流石に鬱陶しい。そう思い、晶は寮への近道である公園へとその足を向ける。

 

「時間も時間か・・・人が少なくて助かる。む?」

 

人気の無い敷地内を歩いていると開けた場所に出る。

しかしそこには、無数の戦闘跡がそこかしこに刻まれていた。

 

「また決闘騒ぎでもあったのか?いや、この場合は乱闘か・・・」

 

大気中にある複数の星辰力の残滓を感じ取り晶はそう当たりを付けると広場の中心まで進む。

 

「・・・それで、また乱闘でもする気か?ーー人形師」

 

晶がそう言い切ると同時、茂みの中から一本の光矢が彼目掛け放たれる。

明らかに直撃コースのそれに見向きもせず、晶は手を軽く振った。たったそれだけの行動。しかし、それだけで彼の指先に触れた光矢は雲散霧消した。

 

「星辰力によって形成される弾丸や矢と言うものは同質、或いは同出力の星辰力をぶつける事で相殺することが出来る。簡単な理屈だろう?」

 

首をコキリと鳴らし挑発するように嗤えば、まわりの茂みから斧型の煌式武装を持った『人影』が三体現れ、無機質な切っ先を晶へと向ける。

 

「くはっ、私も警戒されたものだ。まあ、あれだけやれば当然か」

 

それに対して恐怖するわけでもなく、晶は懐から一本の機械的な棒を取り出すと、迷いなく自らの星辰力を流し込む。

長い柄が象られ、その先端は三叉に別れる。穂先に埋め込まれたマナダイトが一つ輝けば、蒼い光刃がその姿を顕す。

 

「さて・・・お前の遊びに付き合ってやろう。精々耐えろよ。でなければ、つまらんからな」

 

銀河製煌式武装・改《ヴィタハルベルト》。

量産品としての面影を一切残さないそのパルチザン型武装の刃が空を裂く。

 

 

ーー宵闇が、世界に満ちた。

 

 

ドゴンッ!!

前左右、全くの同タイミングで晶へと接近した人影が何の躊躇も無く斧型煌式武装を振り下ろす。

如何に星脈世代と言えども生半可な実力では回避すらままならぬ攻撃はその大質量を以てアスファルトを粉砕する。

だが、『そんなノロマな攻撃』が当たる筈がない。

 

「遅いな。その程度で私をやれると思っているのか?」

 

三体の人影、その後ろに傷一つなく晶は佇んでいた。

くるり、と《ヴィタハルベルト》を弄ぶように回すと、蒼い穂先が軌跡を残す。そこに今度は三方向から光矢が飛来するがそれも体を少し反らすだけで回避する。

 

「手の内は終いか?では、此方の番だ」

 

音もなく槍を構え口端を吊り上げて晶が笑うと、殺到するかの如く、人影が駆け出す。

しかし、遅い。

 

「鳴け。スピードレイン」

 

轟ーーっ!!

 

素早く、疾く風もかくやと言わんばかりに《ヴィタハルベルト》を五度振るえばその軌道をなぞるかのように衝撃波が走る。

飛び掛からんとしていた人影らに避ける術は無く、斬撃の嵐に曝され、切り刻まれる。

衝撃波はそれだけに止まらず、人影の背後、光矢を放った存在が居る茂みすら切り裂き蹂躙する。

圧倒的な風圧は、人影達に確かな隙を生じさせ、晶がその間隙を見過ごす事は無かった。

 

「果てろ。スライドエンド」

 

槍刃一閃。

瞬の速さを誇る斬撃が斧型煌式武装を持った三体の外套を裂き、その躯体を斬り刻む。

だが晶はその瞬間、視界にある物を捉えた。

先端が白く塗られた筒状の物体。それの正体を理解すると攻撃力に回していた星辰力を身体の防御へと再構築し、目を閉じた。

 

直後、盛大な破裂音と共に強烈な光が広がった。

 

「ちっ・・・厄介な物を使ってくれる」

 

十秒か、一分か。星脈世代の力をもってしても抑えきれない耳鳴りに顔をしかめつつ、晶はゆっくりと瞼を開く。その視界には人影一つ見当たらず、ズタボロになったアスファルトの上にその役目を終えた筒状の物体だけがあった。

それを取り上げて少し眺めた後、晶は溜め息を吐いた。

 

「最新式のフラッシュバン、か・・・成程、バックは確定したな」

 

《ヴィタハルベルト》の起動を解除して懐に戻し、入ってきたのと逆方向にある公園の出口へと歩みを進める。

天を見上げれば遥かな夜空。

そんな空へと小さく呟きを吐く。

 

 

 

 

 

「ーー明日が楽しみだな?"サイラス・ノーマン"」

 


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