学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
翌日の放課後、晶は学園の校舎裏で英士郎と対峙していた。
綾斗はどうやら純星煌式武装の使用テストへと向かったらしい。
「すまんな、部活もあるだろうに」
「構わねえよ、ダチの頼みとあっちゃ断れねぇ。それで?ここに来たってことは『裏』の情報か?」
「ああ」
英士郎の問いに首肯し、晶は懐から先日の襲撃犯から奪った煌式武装を取りだす。
「そいつは・・・」
「知っていると思うが、昨日リースフェルトが再度襲撃されてな。私と沙々宮が巻き込まれた。これはその時の戦利品と言うわけだが・・・」
晶から煌式武装を受け取った英士郎は黒光りするクロスボウ型のそれを様々な角度から眺める。
隠密用に黒く塗装されてはいるものの、特に改造された形跡もない。至って普通の量産品だ。
「こいつは・・・特に改造されてねぇな。だが形が星導館(ウチ)の支給品とは違う。ってことは」
「この学園の生徒が主犯だろうが、恐らく襲撃の実行犯は別だろう」
「そうなるよなぁ・・・」
鋭く細められた英士郎の普段からは想像も出来ない眼光に怯えるでもなく、晶は説明を始める。
「矢吹、昨日の詳細については知っているな?」
「ああ、沙々宮からも聞いたしな」
「なら話は簡単だ。夏も近いが、まだ春の気温の最中にマントを被っただけの奴が、噴水の中で延々と何時来るか解らない人間を待ち続けられると思うか?私には無理だな。喩え星脈世代と言えど、体感温度は人間のそれと変わらん。だのにあんな所でじっとなどしていられん。そこでだ」
言葉を区切り、晶は英士郎に予め展開してあった携帯端末の画面を見せる。
「擬形体?おいおい、まさかこれが襲撃犯だっていうのか?」
「そのまさかだ。擬形体なら水の中にいようが何時間だろうと待つことが出来るだろう。次いで接触した感じ、どうにも『硬すぎた』からな。あれは人ではなかろうよ」
「確かに一理あるけどな。だが擬形体の制御だとか制作が出来るのなんてここじゃアルルカント位・・・・・・おいまさか」
「今回の件、裏を引いてるのは連中だろうな。どの派閥かまでは解らんが」
アルルカントアカデミー。六花に於いて唯一、煌式武装の独自開発を許可された学園であり、数多の技術者、あるいはその卵が集う。しかしその内部は多数の派閥に別れ、好き勝手に研究を行っているという、ある意味武闘派集団のレヴォルフ黒学院とは違ったベクトルでやりたい放題な生徒が多い。
レヴォルフは最早世紀末な感じではあるが。
とかく、擬形体が襲撃犯だと前提するならば、アルルカントが関与している可能性は極めて高い。
「連中の『眼』は侮れん、待ち伏せ先の案内なぞ、余裕でこなすだろう」
「成程な・・・その線でも調べてみるか」
「さて、それで今回欲しい情報なんだが・・・この学園で『物質操作』系の《魔女(ストレガ)》、《魔術師(ダンテ)》はどの程度いる?」
「物質操作系?ちょい待ち」
晶の言葉に何故このタイミングで?と疑問に感じつつも英士郎は迷いなく携帯端末を操作する。
そして目当ての結果に行き着いたのか、その画面を晶へと見せる。
「ウチの学園に限定するなら三人程度だな。その内の二人は中等部だ。三人共、能力レベルはかなり低いって話だ。精々がナイフを自由自在に動かせる程度だろうな」
「ふむ・・・」
画面に映る情報を素早く、隅々まで見て晶は顎に指を当てる。
その様子を見て英士郎は疑問を口にする。
「ところで何でさっきの話からこれに繋がるんだ?」
「・・・ああ、先程のはあくまで実行犯の話だ。所詮、私見でしかないがな。今聞いたのはこの中に擬形体の使い手が居ないかと思ってな」
「おいおい、三人共ナイフ程度が精々って言ったろ?どうやって擬形体を動かすってんだ?」
「それは正確に計測した結果か?」
言葉尻に被せられるよう放たれた質問と眼差しに思わず英士郎は言葉をつっかえる。
基本的に六花の何れの学園にも入学する際、《魔女》《魔術師》は自身の持つ能力を申告する必要がある。しかしその能力は千差万別。ユリスの火焔のように分かりやすいものもあれば、固有空間制御など、複雑なものもある。それ故に能力を測定したとしてもそれが本人の持つ実力か否か解りづらいという事もあり、正確さに今一欠けるのだ。
「自身の能力の程度を偽っている者が居るのだろう、と思ってな。それこそ『複数の擬形体を操ることが出来る』奴が、な」
そう言って晶は画面の最下部、そこに映る一人の男子生徒の証明写真を指差した。
「矢吹、この男のデータを可能な限り出してくれ」
「ん?こいつはレスターの取り巻きじゃねぇか。どうしてまた」
「どうにもキナ臭くてな」
「・・・サイラス・ノーマン、ねぇ。最近の動きとかも入れると少し掛かるけど、どうする?」
「時間と金に糸目はつけん、なるべく詳細が知りたい」
晶がキッパリと言うと英士郎はにししと笑って携帯端末の画面を閉じる。
「毎度あり、ってな。まあ明日明後日まで待っててくれ、それまでにゃ揃えるさ」
「期待しているぞ?《影星》」
「お任せってな、《便利屋》さん」
軽口を言い合って拳を突き合わせると先程まであった空気は弛緩し、一転和やかなものへと変わる。
『仕事』の話は終わり、一学生としての立ち位置に切り替えて二人は校舎裏から歩き出す。
「しっかしまあ綾斗の奴、転入早々に面倒ごとに巻き込まれたなぁ」
「昔からそういう奴だよ、綾斗は。無自覚に面倒ごとに首を突っ込んでは回りを巻き込んで解決してしまう。それこそ一昔前の漫画の主人公のようにな」
「なら綾斗は間違いなくハーレム系主人公だな」
「違いない」
ユリスや沙夜、クローディアに囲まれる綾斗を思い浮かべると想像以上にしっくりきたのか、英士郎は小さく噴き出す。つられて晶も口元を笑みに変える。
その後もつらつらと他愛の無いことを話して、二人は別れた。それぞれにやるべき事を抱えて。
「これで大抵の情報は揃った、か・・・」
翌々日、市街地中心部に程近いオープンテラスのカフェの一席にて晶は携帯端末片手にコーヒーを飲んでいた。
端末の画面には英士郎から送られてきたサイラス・ノーマンについての情報がびっしりと表示されている。
(サイラス・ノーマン、15歳。《魔法使い》であり、能力は物質操作。入学前の能力測定での結果は精々鉄骨一本を浮かせられる程度、か。・・・高等部に上がった直後にレスターの取り巻きとなる。決闘も中等部の頃に数回やったのみで、その全てにストレート敗けしていると)
頭の中で情報を整理して思う。幾らなんでも"わざとらし過ぎる"と。
全戦敗北はわかる。だが対戦相手を見る限りストレート敗け等あり得ないのだ。
サイラスの能力を考えれば敗北しても善戦することが可能な相手も中には居た。添付されていた映像を見る限りでもサイラス自身の戦闘スキルはそれなりにあることが解る。第一、六花に入る以上必要最低限は戦い方というものを戦闘系能力者は学んでいる。そんな人間が大した足掻きも見せずやられるなどはっきり言って論外だ。
しかも敗け方が碌に動かず棒立ちで校章破壊で試合終了という始末。ここまでくれば何のために六花に来たのかすらわからない。
故に。
「あからさまに過ぎるな」
「何があからさまなんです?」
「む?」
不意に掛かった柔らかな声に晶が目線を上げて見るとそこには淡い赤髪の少女が手提げ袋片手に立っていた。
「"プリシラ"か。久しいな」
「お久しぶりです、晶さん」
晶の言葉に穏やかな笑顔で答える少女の名は"プリシラ・ウルサイス"。
ーーかつて沙夜が迷子になった時出会った、《吸血暴姫》の妹だ。