学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*03 波乱の予兆

「リスティ、紗夜!無事か!」

 

バンッと勢いよくドアを開け、晶は綺凛と英士郎を引き連れて控え室に駆けつけた。

 

「ちょ……おま……はやす、ぎ……」

 

「夜吹先輩!?」

 

アリーナ間を全速力で往復させられた英士郎が息も絶え絶えにダウンするが、とりあえず綺凛が看病に入ったのでスルー。

部屋を見渡すと、ソファに疲れきった様子で横になっている二人と、こちらも急いで駆けつけたのだろう、綾斗とユリス。そしてクローディアが居た。

 

「あっきーが久しぶりに名前で呼んでくれた……だと……」

 

「……明日は槍が降る?」

 

「それだけ言えれば大丈夫そうだな……」

 

体中に包帯を巻かれた痛々しい姿ながらも、本人達はどうやら軽口を言える程度には状態が回復したらしい。

 

「……問題ない。むしろ校章さえ砕けなければいけた」

 

「いやいや先輩、あれ以上はお互い体が持ちませんって!?」

 

仏頂面でぼやく紗夜にリスティが苦笑いを浮かべて首を横に振る。

来る途中で試合の映像を英士郎が見せてくれたが、リスティの言うとおり、あれ以上は体が持たなかったのは明白だ。

ただでさえ強いアルディがさらに強化された状態に真っ向から立ち向かい、あまつさえ最後は防御障壁をまともに張れなくなるまで消耗させたのだ。

二人の、文字通り心身を削って。

 

「あーあ、悔しいなぁ……〔リミットブレイク〕まで使って圧しきれないなんてさ」

 

盛大に溜め息を吐き出してリスティは悔しさに顔を歪める。

 

「あっきーや天霧先輩たちにも申し訳ないよ……はぁ」

 

「そう思う事はなかろうよ。そも、〔リミットブレイク〕をまともに受けきるなぞあの鉄の体でなければ無理だろうさ」

 

リスティの額を撫でながら励ましの言葉を掛ける。

かつて〔リミットブレイク〕状態のリスティと戦った事がある晶から言わせれば、あのアルディこそが異常なのだ。

晶でさえまともに受ければ吹き飛びかねないパワーとスピードに至るのだから、あの躯体の頑強さ、膂力が桁外れなのは確かだ。

 

「まだまだ精進が必要だなぁ……」

 

「そうだな。何、トレーニングなら幾らでも付き合ってやるさ」

 

「マジで!?ッあ痛ぁ……!」

 

ギョッとした表情でリスティは立ち上がろうとしたが、激痛にすぐ顔をしかめる。

 

「全く、怪我人が跳ねるな……メディカルチェックの方は大丈夫だったのか?」

 

そんなリスティを再びソファに落ち着かせて、ユリスが問う。

 

「私は全身筋肉痛&星辰力切れで明日まで安静だって」

 

「八十崎といい、お前達はタフ過ぎないか……?」

 

「「そんなバカな」」

 

呆れた様子で言われて二人揃ってショックを受ける。

 

「晶のタフさはちょっとおかしいから……紗夜の方は?」

 

「……私も全身筋肉痛。ただそれよりも煌式武装がいくつかダメになったのが痛い」

 

〔ヴァルデホルト〕と〔アディスバンカー〕はまだしも、〔エンディミオン〕と〔ファイナルインパクト〕は一度オーバーホールしなければ使い物にならない。

特にファイナルインパクトはバレルから内装各部が過剰熱で焼き付いてしまい、酷い有り様だ。

 

「まあ、準決勝では我々が仇をとってやるから安心して休め。なあ、綾斗?」

 

「そりゃまあ、そうしたいけど……あの試合を見た後だと、安請け合いは出来ないよ」

 

ユリスの声に綾斗は難し気な表情で答える。

端から見ても、過剰火力に見えたリスティと紗夜の全力を受けきった存在なのだ。

幾ら綾斗が純星煌式武装を持っていようと、『枷』がついたままの現状では勝利するのは難しい。

それでも。

 

「だが、私のパートナーとなった以上は請けて貰うぞ。私の目的を忘れた訳じゃないだろう」

 

「星武祭の、グランドスラム」

 

「そういう事だ。こんな所で躓く暇などない……だから、何がなんでも付き合って貰うからな」

 

決意を声に出し、最後には悪戯っぽく笑うユリスに綾斗は妙に気恥ずかしくなって顔を赤らめる。

それを見たリスティが一言。

 

「リースフェルト先輩が、デレた……!?」

 

「何を今さら。ペアを組んでからリースフェルトは綾斗にデレdぐふぉぁ……!」

 

「だ、誰がデレただと!?誰が!」

 

余計な一言を言い掛けた晶の腹にユリスの強烈なストレートとぶちこまれ、堪らず床に沈む。

横になった視界に英士郎が映る。

 

「welcome to 床ぺろぉ……」

 

どうやら変な扉を開いてしまったらしい。

冷たい床の感触を感じながら、まぁいいかと開き直る晶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~してやられたね!まさか彼処まで食いつかれるとは!」

 

控え室へ向かう通路を歩きながらエルネスタは笑う。

その後ろを歩くカミラは対照的に顔をしかめ、如何にも不機嫌だと態度に示している。

その理由は単に先の試合内容に起因する。

 

「ねーねー、カミラー。そろそろ機嫌直しなよー。アレを使わないと『確実に』勝てなかったんだから仕方ないよー」

「…………わかっている。わかっている、が」

諭すように語るエルネスタの言葉に歯切れ悪く答える。

そして大きく深呼吸して、改めて口を開く。

 

「純粋に、悔しいのだろうな……正しく、試合に勝って勝負に負けた。そんな気分だ」

 

「確かにねぇ……虎の子の『合体』を使った時点で私たちは勝負に負けたようなものだしね」

 

「それに使って圧勝したならまだしも、結果はギリギリ。薄氷の勝利と来た。悔しがるなと言われても無理な話さ」

 

言って、盛大に溜め息を吐き出す。

 

「だいたい何だ、あのトンデモ兵器の数々は。個人の持っていい火力じゃないぞ!戦略兵器を個人間の戦いに持ち込むか!?」

 

「いやー私たちも人の事は言えないようなー」

 

高速回転するハンマーヘッドを叩きつけるあたり自分たちも大概であるとエルネスタは珍しく突っ込みに回る。

 

「沙々宮博士は頭がおかしいんじゃないか……あんな物野に放ったら焼け野原になるぞ……」

 

「え?面白い設計機構じゃなかった?特にあのファイナルインパクトとか言うの」

 

「……そうだな、頭おかしいのは此処にも居たな」

 

「あっれー?さりげなくディスられてるー?」

 

「安心しろ、事実だ」

 

そんな風に言い合っている内にカミラも何時もの調子に戻り、眉間の皺もやわらいだ。

そうこうしている内に控え室の前にたどり着き――、唖然となる。

 

「随分と、面白い有り様だったな才女共よ」

 

通路の壁に寄り掛かり、言葉とは裏腹に淀んだ声音を出したのは、【仮面】だった。

 

「……ははは、まさかあの"死神"サマにお褒め戴けるとはね。それで――どうして私たちの前に現れたのかな?」

 

隠しようの無い濃密な『死』の匂いに身体の震えを抑えながらエルネスタは問う。

"裏"に関われば誰しもが知る死神。六花はおろか、世界に指名手配されているような『化け物』が自分たちに何の用があるというのか。

 

「……さしずめ、『未来』への投資とでも言うべきか」

 

独白のようにそう答えて、壁から背を離し、【仮面】はエルネスタ達に正面から向き合い、二人の想像だにしない言葉を告げた。

 

 

 

「――取引だ。エルネスタ・キューネ、カミラ・パレート」

 

「「……は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで八十崎、道中でフローラを見なかったか?」

 

少しばかりの雑談の後、すっかり立ち直った晶にユリスがそう問い掛ける。

 

「いや、見ていないな……綺凛と夜吹はどうだ?」

 

「それらしい姿は見てないですね……」

 

「俺もだな。昨日写真で見せて貰ったが、あんだけ目立つ格好だ。見かけたらすぐわかる」

 

「そうか……試合後にここで合流する予定だったのだが、幾らなんでも遅すぎる」

 

不安げに呟いてユリスは顔を曇らせる。

試合が終わって随分時間が経つ。彼女が幼いとはいえあまりに遅い。

 

「携帯に連絡は?」

 

「さっきから何度もかけているが、反応がない」

 

そう言って端末の画面を見せてくるが、確かに履歴に応答した形跡は無い。

計五回以上、流石にこれだけ呼び掛けて反応がないのはおかしい。

 

「一体どこを歩いて……む?」

 

ユリスが嘆息を吐いて額を抑えたその時、あれだけ無反応だった携帯端末が着信音を鳴らす。

 

「フローラからだ……音声通信だと?」

 

画面を見つめ訝しそう気に眉をひそめながら応答ボタンを押し、投影ディスプレイを展開すると、聞こえてきたのは少女の声ではなく……低い男の声だった。

 

『ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトだな?』

 

「誰だ貴様!なぜその端末を持っている!」

 

ユリスが怒りの形相を浮かべ、声を荒げて問い質す。

それを見て、晶は隣に立つ英士郎に声を掛けた。

 

「夜吹」

 

「ああ……面倒なことになったなこいつぁ」

 

展開されていく話を聴きつつ英士郎は苦笑いで応える。

 

「声の主……いや、フローラの位置を特定できるか?」

 

「お前さんもお人好しだねぇ……ま、出来ないこともない。手間は掛かるがね」

 

「上等だ。言い値で取引しよう」

 

「へへっ、毎度あり」

 

携帯端末を少し弄り、英士郎はニヤリと笑って部屋を出ていった。

それと同時にユリスの方も通話が終わった。

 

「フローラが……誘拐された――」

 

「ふん……ふざけた真似をしてくれる」

 

相手側の要求は綾斗の所持する《黒炉の魔剣》の緊急凍結――つまり使用を禁ずるというもの。

付随して警備隊、星導館の特務機関への連絡、さらに《星武祭》の棄権が行われた場合、フローラの身の安全は無い。

端末を持った手をだらりと下げ、ユリスの顔は青ざめふらついてしまう。

その肩を抱き止め、クローディアが声を掛ける。

 

「落ち着いてください、ユリス。相手の狙いは綾斗……あなたが狼狽えてしまえば相手の思う壺ですよ」

 

「エンフィールドの言うとおりだ。深呼吸して、心を落ち着かせるといい」

 

クローディアに支えられながら近くの椅子に座ったユリスにそう言うと、晶はパンッと手を鳴らした。

 

「まずは状況の把握だ。相手の要求は綾斗の《黒炉の魔剣》の緊急凍結処理……。さらに棄権も通報も許さないと来た」

 

「晶、その緊急凍結処理っていうのは?」

 

「有り体にいえば強制的な封印だ」

 

「……そうなったら、綾斗は二度と《黒炉の魔剣》を使えなくなるだろうな」

 

晶の言葉に次いでユリスが断定する。

心当たりがあるのか、綾斗も発動体を取り出して苦笑いを浮かべた。

 

「だね。確実に、こいつは俺を許さないだろうし」

 

「つ、つまりフローラちゃんの解放の後に処理を解除しても……」

 

「《黒炉の魔剣》は天霧先輩に力を貸してはくれない、と」

 

《黒炉の魔剣》のこれまでの動きを見てもそうなるのは目に見えている。

何せ『適正化』すら出来ていない程の気難しさなのだから。

代償こそ大きいが、性格的には《闇鴉》の方がマシとも思える。

つまり相手は綾斗の今後、六花での活動を左右しかねない要求を一方的に叩きつけてきた、という事だ。

 

「それじゃぁ封印して、フローラちゃんを解放してもらうしか……」

 

「……いや、選択肢はまだある」

 

綺凛の言葉を遮って小さな声がそう告げる。

声の主たる紗夜はじっと晶を見つめて質問した。

 

「晶、夜吹を動かした?」

 

「……ああ、念のためにな」

 

「……なら最初からそう言えばいい。どうせそれしか選択肢はない」

 

やれやれと、器用にも寝ながら肩を竦めて紗夜は首を振る。

そんな些細なやり取りで何かを察したのかクローディアはポンと手を打って、納得顔で頷く。

 

「成る程。確かに『私たちがフローラさんを探してはいけない』とは言っていませんでしたね」

 

「……そういう事だ。屁理屈じみてはいるが、何、バレなければ問題ないだろう?」

 

その為に先んじて英士郎を雇い、先行させたのだ。

この面子の中で最も裏に通じ、隠密に長けた彼はこういった手合いにはうってつけなのだから。

 

「ええ、八十崎君の言うとおり、バレなければ問題はありません……さて」

 

前置きを置いてクローディアは部屋にいる全員を見渡すと口端を吊り上げた。

 

 

 

 

「一つ、策を思いつきました。これに乗るかはユリスたち次第ですが」

 

 

 

 





クリスマスなんて無かった(血涙

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