学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
「どう思います?」
今しがたステージで起きた事態を特別席で眺めながらクローディアは訊ねた。
「――例外(イレギュラー)だ」
その背後、外と隔たれたブースの壁際に立った存在がくぐもった声で答える。
闇そのものを象ったような存在の名は、【仮面】。
ここ六花の裏社会において知らぬものは居ない、死神。
「例外、ですか」
「ああ……『この展開は無かった』。あの二人がここまで戦えるのはな」
眼下にてリムシィの武装と合体を果たしたアルディに対峙する二人の少女を見据えて、【仮面】は静かに呟く。
その声音には微かな驚きが籠っていた。
それを聞いたクローディアは小さく口端を吊り上げ微笑む。
「とすれば、貴方が嘗ておっしゃった『始まり(0)に最も近いもう一つ(1)』になるかも知れませんね?今回は」
「さて、な……確信に至るにはまだ早い」
クローディアを見ることすらせず、【仮面】は頭を振った。
「――所詮、これは始まりの途中なのだからな」
諦めたような、それでいて何かに期待するような、二律背反の感情がない交ぜになった声が吐き出される。
それきり二人は会話を止め、試合の行く末を見んとステージへと意識を集中するのだった。
「滾る、実に滾るぞぉ!これこそが我輩の真の姿!」
鋼の巨躯を揺らしてアルディが興奮を顕に大笑する。
「ていうか合体とかロマン過ぎない?」
「ずるい……かっこよすぎる」
そんな彼の姿を眺め、リスティと紗夜は幼子のように目を輝かせた。
根っからの(熱血的な)ロマンチストなリスティとメカニックな紗夜にとって今のアルディの姿はズルいにも程がある。
しかし、今は試合中。個人的趣味趣向にうつつを抜かしている場合ではない。
頭を振って邪念を払うと、リスティは目線を鋭くしてアルディを観察した。
(ぱっと見じゃ、射撃武装と装甲が増えただけ……でも、それだけじゃない)
これもまた勘というやつだが、どうにも単に武器が増えただけとは思えないのだ。
しかし目算では限界がある。もとより考えるのは得意ではないのだ。
であれば、後は実際に感じとるしかない。
「……さっきも言ったが、援護は任せろ」
「了解!」
紗夜からの心強い言葉にリスティは拳を強く握る。
「準備は完了したか?」
此方も『慣らし』が終わったのだろう。アルディが巨大な鉄槌を片手に問う。
「「何時でも掛かってきな」」
挑発するように笑いながら二人同時に答える。
「そうか。では――参る!」
アルディが叫んだ。
その瞬間、リスティは反射的に拳を出した。
フリッカージャブ。高速の三連撃がアルディの鉄槌と打ち合う。
そう、彼は正に一瞬で彼我の距離を詰めて鉄槌を振るってきたのだ。
先程までとは文字通り、次元が違う。
「ハッ――!」
横凪ぎに襲い来る鉄槌を掻い潜り、空気を潰す勢いで鋭く拳を放つ。
ダッキングブロウ――攻防一体の剛拳はしかし、防御障壁に阻まれその躯体に届かない。
その『衝撃』さえ。
(マジ……っ!?)
追撃を転がるように回避しながら見た光景にリスティは内心が驚愕に染まる。
アルディはあろうことか、防御障壁を積層して展開したのだ。
衝撃の起点をずらすのが『裏打ち』ならば、その起点全てを潰せば良いと結論づけたのだろう。事実、『裏打ち』は機能せず、アルディにかすり傷一つ刻まれていない。
「ぬぅん!」
「まだまだぁ!」
上段からの振り下ろしを回り込むように避けながら裏拳を三発叩き込む。
サプライズナックルと呼ばれる技もやはりアルディの身体を捉えることは出来ず、防御障壁に阻まれてしまう。
「やっぱり……このままだとキツいか!」
「ほう、貴殿はまだ手を残していたのか!」
ガツン、とジェットブーツと鉄槌をぶつけ合い、その反動を使って一度に距離を取る。
そこへ紗夜の砲撃がアルディに炸裂するが障壁に阻まれ霧散してしまう。
「あっきーには止められてるんだけどねぇ……でもまあ、こういうときにこそ使わないと、ね」
態勢を立て直して両拳をぶつけ合わせ、気合いを入れる。
「先輩、準備はオッケー?」
「……何時でも。アイツのタネは解った。楠木は好きに暴れていい」
リスティの背後で冷却を完了したエンディミオンを担いだ紗夜がGOサインを出す。
そうと決まれば、後はやるだけだ。
身体を弛緩させ、星辰力の流れを組み替える。
炎のゆらめきのように全身から星辰力が沸き上がり、ナックルとジェットブーツからは赤い光が吹き出す。
そして、かつてPSO2の中で何度も言ってきた言葉を唱える。
これより先、楠木リスティは"凶犬"となる。
「敵ノ殲滅ヲ最優先トスル」
――枷が、外れた。
「むぅ!?」
警戒していたアルディが即座に鉄槌を前に構えるとダンプカーでも突っ込んできたのかと思わせる程の衝撃が襲った。
その正体は他ならない、リスティだ。
何をしたか……単純に、ジェットブーツで近寄ってただ殴っただけだ。
その威力は以前とは比較にならない。
でなければ全体的な出力が跳ね上がったアルディの腕を弾くなど出来るはずがない。
「ふんっ!」
「ははっ!」
衝撃音。
アルディの振るった鉄槌とリスティの蹴りがぶつかり相殺する。
出力が上昇したアルディの膂力に拮抗するリスティの姿に観客席がどよめき立つ。
「ぬぅおおおお!!」
「シャアアアアッ!!」
鼓膜が破れるのではないかと思わせる爆音を響かせて怒涛の連撃がぶつかり合い、喰らい合う。
――PSO2には、ファイターと言うクラスがある。
中でもリスティの使う剛拳(ナックル)は超近接戦に特化した武器だ。
そしてそんな剛拳と相性の良いクラススキルが存在する。
名を、〔リミットブレイク〕と言う。
PSO2では体力上限を極限まで下げ、対価として攻撃力を跳ね上げる効果を持つそれを、リスティはこの世界で独自に開発、修得した。
「この力……よもや貴殿、血迷ったか!?」
「ハハハ、どうだろうねぇ!」
そのカラクリを解析したアルディが叫ぶ。
リスティの〔リミットブレイク〕、その効果とは即ち――特攻である。
防御に回す星辰力を僅かに残し、他の全ての星辰力を攻撃に回す、ある意味自殺染みたものだ。
いっそ狂っているとも言えるだろう。
一撃でも擦ればそれだけでリスティは紙のように吹き飛ばされ、下手をすれば二度と動けなくなる。
だが、それでも。
「アンタに勝てるなら安い代償よ!!」
「ぐう!?」
振り下ろされる鉄槌にスライドアッパーを叩き込んで"弾き返す"。
幾ら予想外や想定外を求めるアルディでもこれは理解出来なかった。
《星脈世代》であれ誰であれ、本能的に傷付く事への恐怖がある。
だからこそ身に危険が迫れば星辰力を防御へと回す。それは"ヒト"である以上当たり前の事。
だが、彼女は……今のリスティはその本能を『理性』で御し、異常なまでの力を発揮している。
もはやヒトの所業ではない。いっそ狂ってさえいる。
「ゼェアアッ!!」
獣染みた咆哮と同時に尋常ならざる速度で左右から揺さぶるような蹴りがアルディを襲う。
モーメントゲイルと呼ばれる連続攻撃だ。
「まだまだぁ!」
しかしこれをアルディは鉄槌と防御障壁を巧みに操り防ぎ切る。
そしてリスティを突き放す為に全身の射撃武装を起動、砲門を向けるが、そこにリスティの姿は無かった。
代わりに見えたのは離れた位置から此方に砲口を向ける紗夜の姿だった。
「特六十六式煌式単装破城砲……ファイナルインパクト」
黄と白のツートンカラーに彩られた流線型の巨砲は花弁のような四つのパーツを展開して、中央の砲口へ星辰力を集約している。
(あの大出力は確実に躯体そのものにかなりの負荷を掛けている筈……なら、多少無理にでも力を出させればそのタイムリミットは早まる)
眼前に投影された光学レティクルに照準を合わせ、腰に懸架された小さな箱から発射された四つのアンカーで身体を固定する。
そして躊躇いなくその銃爪を引いた。
「スフィアイレイザー……《バースト》」
掛け声と共に放たれるは光の大奔流。
リムシィの《ルインシャレフ》、その最大出力すら霞む巨大な光が一直線にアルディへ殺到する。
「全射撃武装、鎮圧解除……撃てぇぃ!!」
負けじとアルディも全身の射撃武装のリミットを解除した一斉射を開始する。
ぶつかり合う光と光。
眩い閃光がアリーナを白く染め上げる。
互いに押し合う拮抗状態。
(リスティが無茶を通した……なら、私も押し通す……!)
覚悟を決め、紗夜は更に強く、深く銃爪を押し込む。
「ファイナルインパクト……《フルバースト》」
「な、に……!?」
更に膨大になった力にアルディの声が呑まれる。
あまりの反動にアンカーで固定したベルトが食い込み、砲身は赤熱してトリガーを握る指も手も焼ける。
それでも構わぬと紗夜は両手で暴れる砲身を抑え込む。
「これが……私の、全力全開」
そう呟いて最後の一押しとばかりにトリガーを限界まで引き絞り、ついにはアルディの姿は見えなくなった。
やがてエネルギーの全てを出しきったファイナルインパクトが、至るところから煙を吹き上げて沈黙したところで、光の奔流は消え失せ、その爪痕が顕になる。
この光景を一言で言い表すなら、焼け野原という他ない。
床は捲れるどころかガラス状に溶け、蒸気にも似た白煙が焦げた異臭を漂わせる。
壁際も当然似た様相になっており、戦争でも起きたのかと観客に錯覚させる。
「ふ、ふふ……はははははははは!」
そんな地獄の直中から空気を震わす大笑が響き、紗夜の耳朶を叩いた。
「見事……お美事という他ない!よもやこの状態の我輩が此処まで圧されるとは!やはり人間は面白い」
煙を纏って現れたアルディが鉄槌片手に称賛してくる。
全身の射撃武装はスフィアイレイザーの威力に耐えきれなかったのか砲口付近から所々溶解してしまっている。だが、本体は多少煤けた程度で未だに健在だ。
「あんだけやってまだ耐えるとか、設計者様は神様でも殺す気なの?」
上空に退避していたリスティが若干げんなりとした表情で紗夜の隣に降り立つ。
「確かに耐えられはした。しかしお陰でこちらも危ういのも事実だ」
そう残念そうにいうアルディを見れば確かに、今まで吹き上がっていた青い光の粒子が、弱々しくなっているのが確認できた。
「そりゃどーも……こっちも全力出して後一発ってとこだよ。先輩は?」
「……同じく。だから、次で決める」
「では次の一合に、互いの全霊を賭けるとしよう」
アルディはそう宣言して鉄槌を二人に向けると、その先端部分が回転を始める。
対するリスティは両拳を腰あたりに起き、大きく深呼吸する。
「先輩、あの一発は私がどうにかする。後は頼んでも?」
「……了解。取って置きのラストワンがある」
リスティに答えながら、紗夜はファイナルインパクトを床に突き立てると新たな発動体を取り出して起動する。
準備は整った。
そして、リスティが気勢猛々しく吼えたてた。
「さぁ、掛かってきな!アルディ!」
「応とも!――ウォルニールハンマー、発射ぁ!!」
その合図を待っていたと、アルディが負けじと応え、自らの鉄槌を『射出』した。
大質量を高速で対象に叩きつける。単純にして凶悪な威力のそれに対し、リスティは臨界まで高めた星辰力を右足に纏い、渾身の蹴りを放つ――!
「ヴィント――ジーカァァァァァァ!!」
鉄槌とジェットブーツが衝突し甲高い音を慣らしながら火花を散らす。
「オォォォォォォ――!」
叫び、咆哮する。
肉体がもう止めろと警鐘を鳴らすが知った事か。
ジェットブーツが悲鳴を上げ、亀裂が走る。
「根性、見せろ……!」
歯を喰いしばって得物(相棒)に喝を入れる。
噴射口から噴き出すジェットが格段に高まる。
これなら、行ける。
「吹ぅぅぅきぃぃぃ飛ぉぉぉべぇぇぇ!!」
そして、オーバーヒートによって赤熱化したジェットブーツが赤い残光を走らせ、鉄槌を『蹴り返した』。
巻き戻しのように弾き返された鉄槌がアルディに衝突し、態勢を崩す。
同時にジェットブーツは砕け散り、その役目を終えた。
「後は……よろしく」
肉体的にも精神的にも限界を迎えたリスティは落ちていく意識の中、そう最後に言い残して瞼を閉じた。
「――任せろ」
倒れ行くリスティを追い越して、紗夜は起動した最後の煌式武装を抱え一直線にアルディへ突っ込んでいく。
迷いなく只真っ直ぐに、この一撃に全てを込めて。
「特七式煌式貫徹杭砲〔アディスバンカー〕」
「ぐ、おおおおお……!」
ギリギリで態勢を立て直したアルディが腕を振りかぶる。
「ゼロ、ディスタンス……!」
紗夜もまた、決死の覚悟でアディスバンカーを突き出し、引き金を引く。
瞬間、破砕音。
「…………」
「…………」
沈黙がアリーナに落ちた。
アルディの左腕は肩から大きく吹き飛ばされ、左胸部も僅かに抉れていた。
そして、紗夜は――。
「……ああ、悔しいなぁ」
その胸元にはアルディの右の指先が微かに突き立ち、校章を砕いていた。
「…………良い、戦いだった」
『試合終了!勝者、エルネスタ・キューネ&カミラ・パレートペア!』
――こうして、壮絶を極めた戦いは紗夜達の敗北で幕を閉じた。