学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*08 《真眼》

(見えた?…………まさか、ただのこけおどしよ)

 

一気に変わった綺凛の雰囲気に、隠行で姿を消した沈華は動揺を隠すように音もなく移動する。

場所は綺凛の左側面。それに合わせて沈雲もまた分身と共に動き出す。

 

「…………では、参ります」

 

カチリと腰の鞘を鳴らして綺凛がハッキリと宣言する。

 

「ああ、行ってこい」

 

晶はそう言って静かにヴィタボウに矢をつがえる。

二人には幻術への恐怖など無い態度だ。

そして、綺凛が『左に動いた』。

 

「ーーー其処ッ!」

 

「なーーっ!?」

 

迷うことなく振るわれる千羽切は、寸分違わず沈華を捉える。

沈華は咄嗟に後ろに跳び退くが、制服の肩口を裂かれていた。

 

「やはり、精度がまだ甘いですね……」

 

少し残念そうな顔でそう呟く綺凛に沈華は隠行を続けながらも顔をひきつらせた。

何せ完璧に、気配や星辰力さえも欺瞞した隠行中の自身を平然と……まるでそこに居るのを知っているように斬りかかって来たのだ。

しかも。

 

(私を視ているーー!?)

 

真っ直ぐと、迷いの無い瞳が沈華を射抜くように見つめる。

想定外……否、有り得ない、あってはならない事態についには笑みすら消えた。

変わりにやってきたのはこれまで師と仰ぐ星露以来感じることのなかった『恐怖』だ。

半ば精神の揺らいだ沈華を漠然と眺めて、綺凛はただ千羽切を正眼に構える。

 

「隠れても駄目です。逃げても駄目です。喩え貴女が何処に居たとしてもーーー私の刃は貴女を捉える」

 

冷徹な怒気を顕に告げた綺凛の言葉に、沈華は否が応にも理解する。

自分が踏んだのは虎の尾では無く……紛れもない麒麟の尾だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーー?」

 

訳が分からない、と沈雲は目の前の光景を見て思った。

妹の沈華の隠行は兄である自身でも完璧だと言えるレベルの物だ。

これまでの鳳凰星武祭の戦いに於いても、自分の『分身』。そして沈華の『隠行』を破れた者は存在しなかった。

それがどうだ。まるで隠行など無いかのように刀藤綺凛は容赦無く沈華に斬りかかったではないか。

僅かに揺らいだ空間を見て、千羽切の刃が沈華を捉えたのは間違いないだろう。

 

「なんだ、黎沈雲。妹の十八番が破られたのがそんなに驚きか」

 

驚愕する沈雲の耳に晶の声が刺さる。

その顔には呆れがありありと浮かんでいた。

 

「何を不思議に思う?何を驚く?まさか……『自分たちの力が破られることは無い』とでも思っていたのか?」

 

「ーーっ!」

 

図星を突かれたとばかりに息を詰まらせ、沈雲は晶を睨む。

 

「はっ、図星か……顔にありありと出ているぞ。分かりやすい位にな」

 

言うが早いか、晶はつがえた矢を沈雲へ射る。

マスターシュート。最速点に到達した矢は四つに分裂し分身へと殺到する。

そして、右から二番目の沈雲が攻撃を『避けた』。

たまらず口端が上がる。

 

「……お前っ」

 

「煽られるのには慣れていないようだな?疎かになっているぞ」

 

分身が消え、一人残った沈雲へ挑発混じりに首を振る。

ギリギリと歯を噛み鳴らして沈雲はどうするか考える。

 

(先の一手……確かに油断した。コイツらの力は想定外だったんだ。何より一番の想定外はーーー)

 

再び分身を作り上げながら、ちらと綺凛へ視線を動かす。

そう、彼女の眼こそが最大の想定外。

攻撃を見極めるならまだ分かる。だが、隠行を完全に見破るなど想像の埒外だ。

焦燥に駆られる感情を押さえつけ、沈雲は次の手を考え、行動に移す。

 

「……ちっ、やはりそう来るか」

 

沈雲は分身の内二体を綺凛に向かわせると同時に、残った分身と晶へ呪符による攻撃を仕掛ける。

舌打ちしながらも冷静に後ろへ跳びながら飛来する呪符を撃ち抜く。

途端、組み込まれた式が発動し、呪符が爆発を起こす。

 

(爆撃の呪符……これまで使ってきたものと同じか)

 

殆どの試合で沈雲達はこの符を使い相手をいたぶって来た。

だが、どうやら今はそれが目的では無いらしい。

爆風でかすかに悪くなった視界に晶はそれを捉え、即座にその場から離脱する。

 

(やる……!)

 

直後、晶が立っていた場所で爆発が起きる。

先の二枚を囮に、本命を爆風を潜らせていたのだ。

初歩的だがそれを気取らせない巧妙さに舌を巻く。

晴れた視界で戦場を眺めると、綺凛の方でも動きがあったようだが……。

 

(容易く、動かせてはくれないか。まあ、向こうは大丈夫だろう)

 

晶を行かせまいと沈雲が眼前に立つ。

一つ息を吐き出して、ヴィタボウを構える。

 

「……いいだろう。来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

避ける、避ける、避ける。

時に駆け、時に跳ね、時に回る。

見えざるを視、識別して動く。

 

呪符の数々、その尽くを回避ないしは『爆破する前に斬り捨て』られて、沈華はもう泣きたくなっていた。

 

(何なの、何なのよ!?コイツはぁ!!)

 

訳が分からないとはこの事かと若干涙目になって沈華は声無く叫ぶ。

先程からずっとこうだ。

フェイントを交えようが背後から放とうが関係無しに綺凛は全てを無効にしている。隠行で見えなくなっている呪符にも関わらずだ。

沈雲が寄越した分身でさえ来て五秒程度しか保たなかった。

 

「ーーーー!」

 

(こ、の…………っ!!)

 

高く跳躍して、制服の袖から何十枚もの呪符を綺凛の頭上からばら蒔く。

半ばヤケに近いが、これならば幾ら見えていようとも避けようは無い。

 

「ーーー勅!」

 

渾身の気合いで呪符へ『気』を通す。

次の瞬間、符が一斉に爆ぜステージを赤く照らす。

これならばひとたまりも有るまいと、爆煙を眺めていると。

 

「……ん?」

 

黒煙の中からズルリと這い出るように刃が現れた。

 

「ぁ……?」

 

続けて足が。

 

「……言った筈です」

 

そして何処までも冷悧な瞳を持った顔、全身が沈華の目に映った。

 

「私の刃は貴女を捉える、と」

 

「~~~っ!!」

 

目が合った。合ってしまった。

途端に恐怖が沸き上がり、冷や汗が流れ、身体が震える。

 

「逃がしません。この《真眼》で貴女を視る限り、絶対に」

 

煤けた制服の埃を気にも止めず、綺凛は米神をコツコツと人差し指で叩く。

《真眼》……これを使えるようになったのはつい先日だ。

元々他者の星辰力の流れを感じられる綺凛の目に晶が着目し、その精度が上がるよう特訓した末に得た『異能』。

それによって綺凛は隠行した沈華の姿を星辰力のヒトガタとして認識することが出来ているのだ。

つまり、今の沈華にとってこれ以上無い天敵なのだ、綺凛の存在は。

 

「御覚悟をーーー。刀藤綺凛、罷り通ります」

 

「あ、ぁああああああああああ!!」

 

半ば宣告のように告げて一直線に駆け出す綺凛に、沈華は隠行を安定させるのも忘れて呪符を絶叫と共にばら蒔き出す。

さらに遮二無二それらを矢鱈滅多らと爆発させる。

 

「落ちろ、落ちろ、落ちろ落ちろ落ちろ落ちろぉぉぉ!」

 

錯乱状態に陥り、狂ったように眼を限界まで見開きながら呪符を際限無く放ち続ける。

だが。

 

「却下です。落ちるのは、貴女です」

 

それでも『麒麟』には届かない。

煙の尾を引きながら沈華の頭上に綺凛が現れる。

肩に担ぐように千羽切を構えるその姿はさながら雷雲のように。

 

「《真眼》壱式―――」

 

そこから振り下ろされる刃は……。

 

「―――斬雷」

 

まさに、雷帝の一撃に等しい。

空を蹴りつけて加速した上段からの一閃は、寸分の狂い無く沈華の校章を切り裂き両断した。

 

『校章破壊!黎沈華、リタイア!』

 

「―――ふぅ」

 

過剰な心労なのか、校章が斬られたのと同時に気を失った沈華を一瞥して、綺凛は肩の力を軽く抜いた。

晶が戦っている方を向けば、沈華の脱落を知った沈雲が焦りを見せながらも呪符を間断も隙も無く放っていた。

 

(先輩の援護に行かないと)

 

幾ら以前より動けると言っても病み上がりなのは変わりない。

手は多い方が良いと思い足を向けたところで、晶が綺凛に一瞬だけ視線を送る。

その意味を察して綺凛は動きかけた体を止める。

 

(『待っていろ』、ですか……)

 

何か策があるのだろう。

心配になりつつも綺凛は大人しく試合の行く末を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

「どうした、真奥とやらはまだ見せてはくれないのか?」

 

「だまれ……!」

 

まるで空に舞う布でも相手している気分だと沈雲はイラつき混じりに舌を打つ。

妹の沈華が落ちた事で戦況は沈雲にとって最悪の状態に陥った。

刀藤綺凛は『無傷』。八十崎晶もまた多少のダメージこそ有れどまだ健在だ。挙げ句攻撃の殆どを矢によって迎撃されている。

この時点で既にもう沈雲のプライドはボロボロといっていい。

そこに更に追い打ちを掛けるのは、晶の目だ。

 

「その目で、僕を見るな……!」

 

まるで次の一手を期待するような、それでいて一つ一つの行動を見透かすような、戦士の目。

自分が見下してきた者達と同じ目が、どうしようも無く神経を逆撫でする。

 

「気持ち悪いんだよ!」

 

「ちっ……!?」

 

分身に紛れ、呪符を複数放つ。

気によってコントロールされたそれらが上下左右から晶を囲い、爆ぜる。

追撃とばかりに正面からもう一枚放ち、爆撃する。

逃げ場を無くしてからの本命の一撃。直撃は必至だろう。

 

「もう、終われ」

 

だが沈雲は止まらず、袖から出した数十枚にも及ぶ呪符を一塊に纏め上げると頭上高くに構える。

単純火力で言えばビルを軽く倒壊させられる程の、沈雲の切り札とも言うべき技。

直撃すれば間違いなく重症は免れず、喩え余波だけ当たったとしてもかなりのダメージになる。

何を思ったか、刀藤綺凛はこちらに来ない。

ならばこの一撃で八十崎晶を落とし、戦場をリセットすれば良い。

 

「不愉快なんだよ……!」

 

黒い感情そのままに、呪符の巨塊を投げる。

 

「っ、先輩!!」

 

綺凛の叫びが木霊した。

直後、桁外れの爆発がステージ全体を深紅に染め上げ、アリーナを揺らす。

黒煙がステージを包み、その中で沈雲は高らかに笑う。

 

「あは、はははは!僕を、僕たちを見くびるからこうなるんだよ!」

 

直撃したという確信が気分を高揚させ、知らぬまに感じていた不安が晴れていく。

アナウンスが流れない事から、まだ息はあるのだろう。だがもう反撃する余裕すらない筈だ。なら後は止めを刺すだけだ。

 

(そうすれば残る刀藤綺凛を対処すればいい。沈華が良いようにやられたが、幾らでもやり様は――)

 

そこで、沈雲の思考は止まった。

何故なら、額に硬い『ナニか』が押し当てられたからだ。

 

「え?は?」

 

「―――御機嫌よう、黎沈雲」

 

困惑する沈雲の正面。薄らぎ出した黒煙から晶が姿を現す。

校章に罅(ひび)こそ入っているものの、身体は殆どダメージを受けた様子が無かった。

 

「な、んで?」

 

「何故?簡単な話だ。貴様の呪符、その爆風を借りたまでよ」

 

沈雲の額に銃剣型煌式武装、〔ブラオレット〕の銃口を当てながら晶はさも簡単そうに答える。

つまりは最初の牽制弾、その爆風に乗って残りの攻撃全てを回避したということだ。

 

「は、はは……馬鹿げてるよ、そんなの」

 

それがどれだけ人間離れしている事か。

沈雲の口から乾いた笑いが溢れる。

 

「おかげで囮に使った弓がイカれたが、安い物だ……さて」

 

ガチャリ、と音を鳴らして晶はブラオレットの銃爪(ひきがね)に指を掛ける。

 

「見くびったのは、貴様らの方だったな」

 

「待っ―――」

 

銃声が四つ、響き渡る。

非殺傷レベルまで威力を落とされた光弾が沈雲の頭を揺らし、そこで彼の意識は暗闇へ落ちた。

 

 

『黎沈雲、意識消失!試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛ペア!』

 

そして歓声が、ステージを包み込んだ。

 


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