学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*07 幻映

準々決勝、当日。

空調の効いた控え室に入り、晶は生き返ったとばかりに息を吐き出した。

 

「やはり、猛暑日というのは厄介だな」

 

「ほんとうですぅ……」

 

外の天気は頗る快晴。

今頃、中天に差し掛かった太陽がここぞとばかりにアスファルトを焼いていることだろう。

おかげで試合前だというのにそれなりの汗をかくはめになってしまった。

 

「まあ、文句を言っても仕方ないか……さて、作戦会議と行くか」

 

「はい!」

 

備え付けの冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して一口。

晶と綺凛はソファに座って携帯端末を開き、一枚の画像を展開する。

そこには瓜二つの顔をした男女のペアが映っていた。

 

「今回の試合相手、黎兄妹だが。過去の戦闘記録を調べた結果、彼らの傾向は至ってシンプルだ」

 

「シンプル、ですか」

 

「ああ。基本的に徹底して相手の弱点を突いて、なぶり倒すということだ」

 

「……確かに、宋さん達もそう言っていましたね」

 

綺凛の言葉に重く頷いて、二人の戦闘映像を共有して流す。

一方的に相手をいたぶるその様は、あまり見ていて気分の良いものではない。

映像を見終えてからため息混じりに晶が口を開く。

 

「……黎沈雲の二つ名は《幻映創起》。沈華は《幻映霧散》。見た通り、厄介な相手だ。下手な搦め手など効かないとみていい」

 

「下手な搦め手、ですか?」

 

晶の言葉に何か引っ掛かったのか、綺凛が訝しげに首を傾げる。

それにニヤリと笑うと晶は自分の胸をトンと叩いた。

 

「最初に言っただろう?徹底して相手の弱点を突く、と」

 

「あ……」

 

合点がいったように綺凛ははっとなる。

 

「先の映像でもそうだったが、彼奴らはそこに執着しやすい。なら、そこが相手の弱点だ。そしてそれを踏まえて、もう一つ…………綺凛、『眼は見えるか』?」

 

意味深げに人差し指を立てて綺凛に問う。

彼女はその意味を理解した上でこくりと頷いた。

 

「ーーーはい、『認識(み)えます』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁ皆様お待ちかね!いよいよこのシリウスドームでも準々決勝の試合が始まろうとしています!まず東ゲートから現れたのは、星導館の八十崎晶&刀藤綺凛ペア!そして西ゲートからは界龍第七学院の黎沈雲、黎沈華ペアが入場です!』

 

「す、すごい熱気です……今までとは全然違います」

 

「まあ準々決勝ともなればこうもなるだろうな」

 

実況の声に煽られた観客達の大歓声に戸惑う綺凛と、特に気にした様子もない晶。

そこへ、ステージに降り立った黎兄妹がやってきた。

 

「初めまして、《告死鳥》に《疾風刃雷》。僕は黎沈雲」

 

「私は黎沈華。以後、お見知りおきを」

 

人を見下したような笑みを浮かべて、二人がそう挨拶する。

改めて見てみれば正に瓜二つと言っていいほどそっくりだ。界龍特有の余裕のある制服を着ているのもあって、声と身に付けているシニヨンなどでしか判別がつかない。

 

「界龍の双子が何の用だ。まさかただ挨拶したいなどと、殊勝な事を考えていまい?」

 

「ははは、いえ一応お詫びをと思いまして」

 

「先日私らの同輩が不甲斐ない戦いをしてしまったので、ね」

 

ニタニタとサディスティックに沈雲と沈華が語る。

その言葉に綺凛の肩が小さくぴくりと動いた。

察するに、宋と羅のことなのだろうが、そこには侮蔑したような意志が籠っていた。

 

「僕らも《万有天羅》の直弟子があの程度と思われては困るんだよね」

 

「だから、私たちが見せてあげる。ーーー星仙術の深奥を」

 

そう言い残して双子は踵を返して戻っていった。

 

「ーーー先輩」

 

騒がしい歓声の中、双子の背を見つめながら綺凛がポツリと声を出した。

見れば、手が白くなるほど千羽切の鞘を握っている。

 

「なんだ、綺凛?」

 

「私、今ーーーすっごく怒ってます」

 

纏う空気が変わる。

気弱そうな雰囲気はなりを潜め、現れたのは冷徹なまでの闘気だ。

 

「あの方達は強かった。一手でも間違えればそのまま崩される程に……それを不甲斐ないと、あの程度と言うのは……腹に据えかねます」

 

「ああ、そうだな……全く同意見だ」

 

今まで見たことがない綺凛の感情の発露に、晶は強く頷く。

これは理屈じゃない。戦い合った者同士の矜持の問題だ。

それを愚弄されて黙っていられる程、大人しい人間ではない。

 

「「だからーーー本気で倒す(します)」」

 

 

ハッキリと、双子に聞こえるように告げて、武器を構える。

それ以上語る事もなければ、話を聞く必要もない。

ただ、倒すのみだ。

準備が整ったのを悟ったのか、会場が静まり返る。

そして。

 

『《鳳凰星武祭》準々決勝第四試合、試合開始!』

 

試合開始のブザーが鳴ると、綺凛が一息に沈雲へと距離を詰め、居合い斬りの構えから千羽切を抜き放つ。

晶が訓練の間に教えた剣閃だが、その速度は正に神速と言っていい。

しかし、最初から警戒していたのか、沈雲は難なくそれをバックステップで回避する。

 

「さすが《疾風刃雷》、恐ろしい速さだ。でも、そう来ると解っていたら避けるのは容易い」

 

「…………」

 

お返しとばかりに放たれた呪符を無言で切り捨て、沈雲を睨む綺凛。

しかし、無理に追撃をしようとはせず、一度後退して晶の前に即座に戻ると、沈華が放った多数の符を事も無げに裁ききる。

試合前に、自身を重点に狙ってくるという晶の予想は当たりだったようだ。

 

「先輩、ご無事ですか」

 

「すまない、世話をかけたな」

 

前回よりはましになったとは言え、晶の体はまだ完治していない。無理を効かせられない以上、綺凛の動きに試合が掛かっていると言っていい。

それを理解した上で、綺凛は笑った。

 

「いいえ、今の私は先輩を守る剣ですからっ!」

 

「ーーーやれやれ、やっぱり厄介だな」

 

遠目にその様子を見て、沈雲は目を細める。

最初の一閃の時点で理解した。『速すぎる』と。

来ると解っていたからこそあれは避けられた。それでもコンマ一秒遅れたなら沈雲の校章はあっさり斬られていただろう。

 

「それじゃ、予定通り?」

 

沈華の問いに沈雲は小さく頷くと、指を複雑に絡み合わせた印を結ぶ。

 

「急急如律令、勅!」

 

そして、沈雲の声を皮切りに何処からともなく煙がステージのそこかしこから発生し、瞬く間に全体を包み込む。

最悪になった視界の中、晶は「ふむ……」と煙を眺めて鼻を鳴らす。

 

「《幻映創起》……なるほど、確かに」

 

見た目、空気の流れ等、特有の息苦しさの無さを除けば完璧な煙幕だ。気配すら上手く感じ取ることが出来ない。

 

「先輩」

 

だが、そんな中を綺凛は煙など無いかのように晶の目の前に現れた。

 

「その様子だと、ちゃんと見えているようだな」

 

「はい……でもまだ距離によっては精度が甘いです」

 

「いや、十分だ。あの二人にはそれだけでも問題ない」

 

綺凛の報告に満足げに口端を吊り上げる。

そこで、観客席からのブーイングに応えるように煙が晴れると、沈雲と沈華はステージの端に立っていた。

 

「やれやれ、最近のお客は辛抱できないね」

 

「ハッ、鼠が無駄に逃げるからだろうよ」

 

やれやれと肩を竦める沈雲に煽り言葉で笑い返す。

それに対して、沈華がわざとらしく驚いた顔になる。

 

「あら?今からそうなる自身のこと、わかってるのね」

 

「精々逃げ回るといいよ。さぁ、次の手だ」

 

再度、沈雲が印を結ぶと先程と同じように沈雲の周囲がゆがみ、やがて霞んだ景色がハッキリとなるかのように形を成す。

都合四体。沈雲と全く同じ姿をした幻影が具現した。

 

「ふふ、それじゃぁ、鬼ごっこと行きましょうか」

 

具現と同時、沈華もまた印を結ぶと空間へと溶け込むように姿を消す。

これが二人の十八番、『分身』と『隠行』だ。

気配や纏っている星辰力さえも誤認させるある意味完成された撹乱戦術だろう。

つまりはここからが本番。彼らは徹底的にこちらをいたぶり、嘲笑うつもりだ。

 

「「「「さぁ、始めようか」」」」

 

だからこそ、晶は嗤う。

『それを待っていたと言わんばかりに』。

 

「あぁ、始めようーー弄ぶぞ、綺凛」

 

「ーーー諒解」

 

晶の呼び声に、閉じていた綺凛の瞼が開かれる。

何も変わらない、静かな瞳が。

 

「ーーーー認識(み)えました。全て」

 

世界を、捉えた。





次回、綺凛ちゃん。本気出す。

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