学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
投稿遅れて申し訳ない……
今回短めです。m(__)m
「ーーーらーーー晶ーーー」
ノイズ混じりの声。
視界はぼやけ、景色の輪郭は曖昧。
鼻孔を突く匂いも無ければ風の一つも感じない。
「大丈夫ですーー遥さん」
漸くハッキリと見えた風景と声に晶はこれが夢であると理解した。
覚えのある場所に、今より幼い少年の自分と、それに手を伸ばす菫色の髪の少女ーーー天霧遥がそこに居た。
(これは……ああ、『あの日』の記憶か)
木張りの床の軋む音、帰巣する鴉達の鳴き声、茜に染まりだした空の色……何もかも覚えている。
純和風の屋敷、その横にある道場との渡り廊下で幼い晶は遥と鉢合わせてぶつかり、そして今に至る。
普段ならそう慌てることもなく、人とぶつかることもない晶だが、この日ばかりは事情が違っていた。
「ここを出ていく、というのは本当ですか……?」
「……やっぱり君にはバレちゃってたか」
掴んだ手をそのままに遥を見上げて問う晶。
その眼差しは確かな戸惑いが見てとれた。
自身がこの世界に産まれ落ち、物心付いた時から本当の姉のように接してくれた人が居なくなってしまうと、寂寥感があったのだ。
何より、どうして実の弟(綾斗)になにも語らずに出ていってしまうのか、その理由が知りたかった。
遥は少し困ったように笑って、晶の頭を撫でた。
「ごめんね……でも、これが私にとっての『成すべき事』だから」
「成すべき事……?」
前世ではついぞ見ることの無かった覚悟を決めた瞳に、その時の晶はある意味、惹かれていた。
恋と云うべきなのか、あるいは只の憧れかーーーいや、きっとそう言ったモノとはかけ離れた感情の脈動。
幼いながらに、未熟ながらに、晶は『支えたい』とそう願った。
(そうだったな……私が今世で漸く『私』を持ったのは、この刻だった)
身に余る力がある、前世からの知識がある。故にこそ誰かの為に、その持ちうる力を使って手助けしたい。
今ならば……他ならない遥の為に。
そんな甘いーーーこの世界の広(悲惨)さを知らないからこそ浮かんだ思いを、言外に感じたのだろう。
「うん。晶の言いたいこと、分かるよ。でもーー」
遥は幼い晶の両肩に手を置いて、穏やかに微笑んだ。
「今回は私だけで大丈夫だから。きっと、戻ってくるから」
景色が滲み出す。
音が遠ざかる。
まるでもう十分だと言うように。
(ああ、そうとも。忘れるはずがない私はその為にーーー)
「その後、私が困ってたらーー支えてくれるかな?」
(六花(ここ)に居る)
夢は、そこで終わった。
pppp...pppp...
「………………」
少しの蒸し暑さとアラームの音に目が覚める。
部屋の中は微かに明るく、アラームを止めた端末で時間を見れば早朝の五時丁度。
いつも通りの朝だ。
ごそりと上体を起こして欠伸と一緒に身体を伸ばす。
「…………随分と、懐かしい夢を見たな」
開いた右手を眺めて苦笑する。
夢の内容は確かに覚えている。
まるで誰かに忘れるなと警告されたような、そんな気がした。
「言われずとも、一度も忘れた事などないさ」
誰に言うでもなく呟いてベッドから立ち上がり、着たままになっていた制服を脱いで私服に着替える。
そのまま顔を洗ってから闇鴉とヴィタボウの発動体を懐にしまい、脱いだ制服を小脇に抱え、靴を履くと晶は部屋を出た。
非常灯だけが淡く照らす廊下を歩き、途中にある洗濯室で制服を洗濯機に投げ込んでから静かに階段を降りて一階へ。
案の定、エントランスにも人影は無く、霧によって弱くなった光が窓から差し込むだけだった。
「…………」
まるで世界から孤立したような錯覚を覚え、頭を振る。
昔を思い出して少し感傷的になってしまっているのかもしれない。
エントランスを横切り、停止中の自動ドアの脇にある非常用の手動式のドアを開けて外に出る。
湿った風が頬を撫でる感触が少し心地よい。
深く息を吸って新鮮な空気で肺を満たすと、そのまま宛もなく歩き出す。
霧で視界こそ悪くなっては居るが、歩き慣れた場所なので特に足が迷う事もない。
そのまま暫く歩いていると道の傍らに置いてあるベンチに腰掛けた人影が見えた。
気になって近付いて行くと、そこに居たのは見知った顔だった。
「おはよう。珍しいな、綾斗」
「あ……おはよう、晶」
挨拶をすると、少し遅れて綾斗が此方に顔を向けた。
幾分か元気の無い綾斗を見て、晶は綾斗の隣に腰を下ろした。
「どうした、何かあったのか?」
「……昔の夢を見ちゃってさ。懐かしくなっちゃって」
「奇遇だな。私も昔の夢を見た」
綾斗の言葉にニヒルに笑って肩を竦める。
「晶も?」
「ああ……お前の見た夢の内容を当ててみようか?ーーー遥さんの居なくなったあの日だろう」
「…………正解。晶はエスパーか何かなの」
「お前が『そんなになる』のはあの人の事以外無いだろうよ。簡単にわかる」
当然の事だと言うように手をヒラヒラと揺らしてみれば、綾斗は苦笑して「敵わないなぁ」とぼやいた。
近くの街路樹に止まった雀の鳴き声が聞こえる中、綾斗が話し出す。
「晶はさ、どうして六花(ここ)に来ようって思ったの?」
「また唐突な問いだな……まあ良いが」
そこで言葉を切って一つ咳払いをしてから問いかけに答える。
「私が六花に来た理由は単純だ。ーーー遥さんを探すためだ」
「やっぱり、か」
「あの日の事が気掛かりでな……それに、約束もある。簡単には割り切れんさ」
徐々に晴れていく霧と、そこから垣間見える青空を眺めて夢に見たかつての光景を思い出す。
郷愁にも似たその思いはいつの時も胸にある。
忘れようにも忘れられないのだ。
「私がここに来た理由はそれだ……それともう一つ、ここに来て出来た願いもある」
「六花に来て……?」
「ああそうだ。私はーーーイレーネとプリシラを救いたい」
真上にある蒼天を見上げて胸中にある願いを吐露する。
ーーそれは此処に来るまで解らなかった感情(モノ)。
ーーそれは此処に来て漸く理解した思い(モノ)。
「救う、というのは烏滸がましいのかもしれない。二人はそれを良しとしないのかもしれない。それでも、私は……そうすると決めた」
あの二人に絡まる物は余りに多い。
一重に救うといってもその道は果ても知れず、痛苦と困難も待っているだろう。
だが、そんな事でもう止まるつもりはないのだ。
否、『止まりたくない』。
「じゃあ、晶の願いは二つあるってことだね」
「ああ。そしてーーそのどちらも叶えてみせる」
「ーーっ」
強くそう言い切り、唖然とする綾斗をよそにベンチから立ち上がる。
霧は完全に消え去り、日が六花のビルの森を照らす。
一歩踏み出し、振り返らずに晶は綾斗に話す。
「綾斗。お前はまだ迷いの途中に居るのだろう。自分の願いに全てを掛けられるかの」
「…………」
「人間というのはそういうものだ。迷い、悩んで、そして進んでいく。誰しも苦悩せずに生きられる訳じゃない。……今一度、自分の願いに真正面から向き合ってみるといい」
「晶……」
「ーーまあ、お前の事だ。私が言わなくとも自ずと理解するだろうさ」
聡いのがお前の長所だからな。そう悪戯っぽく言って、朝日を背に綾斗へと振り返る。
「さあ、1日の始まりだ」
人は悩みながら進んでいくもの。
自身の放った言葉を胸に刻んで、晶は笑うのだった。