学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
「あ、あの、晶先輩……やっぱり恥ずかしいのですが」
「医務室までの辛抱だ、我慢してくれ」
試合後のインタビューをキャンセルして、晶は綺凛を抱えて通路を進んでいた。
先の一戦で無茶をした綺凛を念のため医務室で診てもらおうと考えてのことだ。
「で、でもこの格好は、その……あぅぅ」
抱えられた綺凛が顔を赤らめながらか細く声をあげる。
というのも今の彼女の状態は俗に言うお姫様抱っこそのものであったからだ。
異性とのコミュニケーション自体少ない綺凛にとって、これはかなり刺激的に感じられ、知らずうちに小さく身じろいでしまう。
衣服越しに感じる体温や心音が気恥ずかしいようなそうでないような不思議な感情を浮かばせる。
(……すまない、綺凛。しかし背負った場合、私も色々とマズイのでな)
目下でたじろぐ綺凛をちらりと見やりつつ、晶も内心で謝りつつも、気まずさを紛らわす為に咳払いする。
晶とて男だ。そういった事は気になるし気にしてしまう。その割には鈍い所もあるが。
微妙な空気になりながらも通路を進んでいくと、医務室の前に誰かが立っているのが見えた。
「先程ぶりだな。八十崎君、刀藤君」
近付いていった所で医務室の前に立っていた二人……つい先程まで戦っていた宋と羅が声をかけてきた。
「さっきの試合は見事だった。……我々の完敗だ」
「全くだ。まさか殆ど一人に抑えられるとはな」
宋は左腕をギプスで固定しながらも笑い、羅も悔しげながらもまた笑った。
その視線の先の、当の綺凛はというと。
「あ、ありがとうごひゃいます……!」
羞恥心で頭がパニック状態に陥っていた。
「そちらの怪我の程は?」
綺凛の代わりに晶がそう訊ねると、宋は右手でコツコツとギプスを叩いた。
「何、左肘の骨が少し折れた程度だ。あまり気にすることはない。羅も軽傷だ」
「そうか……」
「正面から戦って出来た傷だ。誇りと思えど恨みはないさ」
そう言って軽く肩を叩かれ、却ってこちらが励まされてしまう。
この辺りはやはり、経験の差というものだろうか。
「さてーー君達にはもう一つ、話しておきたいことがある」
少しの間を置いて宋が放った一言に柔和な雰囲気はなりを潜める。
穏やかではないと察した晶は医務室前の椅子に綺凛を座らせて二人と向き合う。
「話、というのは私達の次の対戦相手のことか?」
「察しがいいな。その通りだ」
「まあ……色々と噂は聞いているからな」
言いながら、自分達の次回の対戦相手を思い出す。
準々決勝は彼らと同じ界龍のペアにして《冒頭の十二人》に名を連ねる者達だ。
「たしか名前はーーー」
「黎沈雲(リーシェンユン)、黎沈華(リーシェンファ)だ。オレたちはアイツらとは、どうにも反りが合わない。木派と水派だからではなく人間性の問題でな」
「今回の試合での戦いを見て、一応の忠告をしておこうと思ってな」
まあ、君たちにエールを送りたいというのも本音だがね。そう付け足して宋は肩を竦めた。
どうやら他意は全くないらしい。
話を続けても良いか綺凛を見やると、小さく頷いたのでそのまま会話を続ける。
何かしら有用な情報が得られる可能性もある。聞いて損はないだろう。
「それで忠告というのは?」
「簡単な事さ。あの二人に今回のような戦法は通じない。いや、寧ろ『搦め手や策は通じない』」
問う晶に宋はキッパリとそう答えると言葉を続けた。
「そういった領分はあの双子が最も得意とするところだ。不意打ち、騙し討ち、撹乱からの闇討ちーーーこと策を使った戦法は天才といえる能力がある。余程の奇策でもなければその面で勝つことは難しいだろう」
「ふむ……」
宋の話を聞いて、晶は確かにと頷く。
双子の試合映像を記憶から思い出してみれば、確かに下手な策は容易く潰され、逆に利用すらされてしまいかねないと想像に難くない。
「連中は常に相手を見下し、確実に有利な状況を構築して一方的に玩(もてあそ)んで潰す。対戦相手への敬意は一切持ち合わせない、それがあの双子のやりかただ。オレたちはそれが気に入らない」
思い出した試合でも、決定打をわざとらしく外して相手をいたぶるような展開がいくつもあり、決して見ていて気分のよいものでは無かった。
彼らの言うとおり、かなり嫌味な性格なのだろう。
「とにかく、策を練るなとは言わないが、十分に気を付けることだ」
「忠告、痛み入る。肝に命じておこう」
敵であったにも関わらずわざわざ話してくれたことに感謝を述べると、「気にするな」と笑顔を浮かべてそう言い残して宋と羅は踵を返して立ち去っていった。
その背中が見えなくなってから、晶は一つ息を吐いて肩を下ろす。
「界龍も界龍で色々とあるようだな……」
「でも、あの人達は悪い人ではないみたいですね」
「そうだな。二人の忠告も考慮しながら作戦会議……と行きたいところだが、まずは綺凛の怪我を治して貰ってからだな」
「え、いや、これくらいの距離だったら歩けますからーーーひゃわぁ!?」
話している途中で当初の目的を思い出し、問答無用で綺凛を抱えると、丁度よく医療班の女性が中から扉を開けてくれた。
「あら、お姫様抱っこ。羨ましいわね~」
「怪我をしているようなので診てもらえない……ですか」
慣れない敬語で求めると快く女性は招いてくれたので、会釈をしつつ晶は医務室へと入っていくのだった。
「……ふう、何だかんだと夜まで掛かってしまったか」
真っ暗な星導館学園の寮の自室に入って、晶は疲労をため息と一緒に吐き出しながら荷物の入った小さな鞄をデスクに投げ置く。
同室の人間が居らず、晶自身も多く物を持たない性格なのもあって部屋はどこか閑散としている。
夏休み故に歓楽街にでも遊びに行っているのか、寮も何処か静けさがあり、耳に入るのは虫の鳴き声くらいなものだ。
「…………」
灯りも点けずに空調を切って窓を開けると、少し湿ったような涼しい風が入り、虫の鳴き声もはっきりと聞こえてくる。
「……懐かしい感覚だな。まさか、六花で感じるとは」
前世で住んでいた町を思い出して、クスリと笑う。
時計を見れば、時刻は九時を回っていた。
疲労もあるので今日はこのまま寝ようかと思い、ベッドに腰掛けた所で唐突に端末から着信を知らせるメロディが鳴った。
応答のボタンを押すと空間ウインドウにぱっと顔が写し出された。
『……よう……あ、晶』
「っ……ああ、こんばんはイレーネ。……珍しいなそちらから電話とは」
少し照れた顔で名前を呼ばれて心臓が跳ね上がるような錯覚を覚えながらも何とか平常心を保って言葉を返す。
『いや、まあ今日の試合観たからよ……なんだ、からかってやろうかと思ったんだよ!』
「何故逆ギレされなければならないのだ……」
途中でいきなり語気が荒くなったイレーネに苦笑しつつベッドから立ち上がり、椅子に座り直す。
からかうと言ってはいるが、本心では無いことは丸わかりだ。
どうにも誤魔化しが下手なイレーネに、溜まらず笑い声が漏れてしまう。
『って、なに笑ってんだよ?』
「……いや、可愛い所もあるなと思ってな」
『ーーーーーー』
素直に答えるとイレーネは絶句して……赤面した。
『おおおおお前だからそういうのはいきなり言うんじゃねぇ!?』
「質問に答えただけなんだが」
『率直すぎんだよ!恥ずかしいだろあたしが!』
威嚇する猫のように肩を跳ね上げて吼えるイレーネのそんな反応にやはり耐えきれずに笑ってしまう。
こうして何も気を張る必要の無い会話が、晶は好きだった。
『はぁ……ったく、調子狂うぜ……危うく本題忘れかけたぞ』
「本題?」
『あー、あれだ、お前の体の事、プリシラが心配してたからな。一応訊いておこうってことで連絡したんだよ』
「ふむ……」
空いた左手を握ったり開いたりしながら自身の体調を確かめて、晶は答えた。
「本調子まであと少し、といった所だな。決勝までには戻っているだろう」
『だと思ったよ……』
呆れた様子でため息を吐かれ、思わずムッとした表情になってしまう。
「まるで私がおかしいような言い方だな」
『……ぷっ、ははっ!拗ねるなよ、ちょっとした冗談だっての』
「む……」
まさか冒頭の言葉通りからかわれるとは思っておらず、イレーネに図星を突かれ、気恥ずかしさもあってか言葉を詰まらせる。
そして何の気なしに放たれた次の言葉に晶は硬直した。
『ははは……晶だって可愛い所あるじゃんか』
「………………え?」
沈黙。
(いやまて今のは意趣返し的なあれであってべつにいつも通りに返せばいいだろうになんで私はこうも言葉が出ない所か若干照れているんだというか何故にイレーネまで赤面している……!?)
晶の意識が混迷極まる中、イレーネもまた自分がポロっと吐いた言葉に脳の処理が追い付いていなかった。
(何言ってんだアタシーーーっ!?そう考えたのはまあ確かに事実だけど言葉に出すとか何考えてんだ!何も考えてなかった!)
もう自分の感情を言語化することすら難しいレベルまで大混乱しながらも、この気まずさを取り払う為にやけに煩い心臓の音を意識外に放り投げ、辛うじて言葉を絞り出す。
『い、今のは忘れろ!いいな!』
「忘れろと言われてもな……」
『答えはハイかyes!』
「ハイ……」
見たことのないイレーネの剣幕に気圧されて頷くと、彼女は未だに少し赤さを残した顔で盛大に息を吐き出した。
『んんっーーと、兎に角だ……明日の試合もちゃんと勝てよ。刀藤にも伝えとけ』
「あ、ああ……わかった」
『話はそんだけだ、またな…………頑張れよ』
最後に素っ気なくエールの言葉を残してプツリと通信が切れた。
ディスプレイが消え、ほの暗くなった部屋の中で晶はむず痒そうに笑みを浮かべた。
「全く…………最高の発破を掛けられてしまったな」
胸に込み上げる熱を握り締め、上々の機嫌のまま晶はベッドに横たわると直ぐに眠りに着くのだった。
一方その頃、ウルサイス姉妹宅では。
「あ、お姉ちゃん……って電話切っちゃったの!?」
「ん?ああ、まあ言うこと言ったしな……」
「お姉ちゃん、顔が赤い……何かあったでしょ?」
「き、気のせいじゃないか~?」
「……聞かせてもらいます!」
「プリシラ!?」
妹による姉の尋問が始まろうとしていた……。