学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*03 『二人目』と幼馴染み

天霧綾斗が星導館学園に転入して二日目の早朝。

朝靄に包まれた整備された道で晶はジャージを着て日課であるランニングをこなしていた。

走り始めて二時間も経つというのにその呼吸もフォームも一切乱れていない。

 

「ふむ、この辺りか」

 

暫く走っていると、学園の敷地内にある小さな池の前に辿り着く。

木々に囲まれ、鳥の鳴き声しか聞こえないそこで、晶は足を止めて軽くストレッチを始める。

 

「しかし、エンフィールドも面倒な手順を踏むものだ。犯人について大方目星も付いているだろうに・・・或いは、綾斗の試金石の心算か」

 

綾斗が転入早々に起こしたユリスとの決闘。その最中に放たれた不意打ちの攻撃。

明らかにユリスを狙っていたその犯人について調べ、尚且つユリスの身辺の監視にあたる。というのがクローディアからの依頼だ。

最近起こっている《鳳凰星武祭(フェニクス)》参加予定者への襲撃事件とも関連がある。というのが晶とクローディアの共通認識だ。

恐らく犯人は今後もユリスを狙ってくるだろう。

そこで、決闘相手にして彼女と現状もっとも強い関係性をもつ綾斗が表立ってユリスを護衛、というか目を配り、晶が裏方を持つといった具合だ。今日の内にクローディアが綾斗に話を付ける予定らしい。

ストレッチを終えて小さく呟く。

 

「しかしあの襲撃犯・・・あれは本当に人か?」

 

光の矢が飛んでくる瞬間、小さな害意を感じたが、それだけだ。殺意も無ければ敵意も無い。

人間が攻撃を行う場合、少なからず殺意など、相手を傷付ける意思というものが現れる。中にはそれらを感じさせない暗殺者のような者も居るが、そもそもそんな連中を雇って星武祭参加者を傷付けるだけなら金の無駄だ。

ふと、そこで気付く。

 

「なら・・・人でないなら?」

 

顎に指をコツコツと当てて晶は思考する。

思い当たるのは擬形体(パペット)と呼ばれる機械人形だ。コアにマナダイトを使用することで煌式武装の使用を可能にした人型兵器であり、代替不可能な人間の兵士の代わりに戦場で使われることもあれば、介護などの福祉関連でも使われる。

しかしこれには欠点があり、メンテナンスの手間もあるが、何より命令通りに動かすためには大規模なサーバー設備などが必要になる、ということだ。命令も複雑なモノは処理できず、しかも無線制御出来てもその距離は余り長いとは言えず、先に上げられたような事意外では無用の産物とも言えた。

現代のブリキ玩具と揶揄される事もあるそれが、果たして不意打ちを行った直後に逃走等という『まともな』事ができるだろうか?

そこまで考えて晶は頭を振って思考の海から抜け出す。

 

「何にしても裏付けが足りん。結局は己の足で探せということか」

 

面倒だ。

そう言い掛けた処で晶は唐突に自身の得物である《闇鴉》を顕現させると、迷わず刀身を鞘走らせ背後へと振るった。

 

「ちょ!?危なっ!」

 

振るった先に居たのは晶の肩ほどまでしか身長のない、小柄な少女だった。

《闇鴉》の妖しく煌めく切っ先はその頸筋に触れるか触れないかの位置でピタリと止まっている。

 

「・・・ふん、この程度の剣速、お前なら余裕で防げるだろうよ。楠木(くすのき)」

 

「あっはは~、買い被りすぎよ『リーダーくん』?」

 

「ここはあのゲームの世界ではない。その呼び名は止めろと言っているだろう」

 

嘆息一つ。闇鴉を収めた晶に楠木と呼ばれた少女は赤銅色のサイドテールに纏めた髪を揺らしてくつくつと笑う。

楠木 リスティ、それが少女の名前だ。

何を隠そうこの少女、晶と同じ転生者であり、しかも生前やっていたオンラインゲーム《ファンタシースターオンライン2》に於いて、晶が所属していたチームメンバーの一人でもあった。

 

「昔の癖ってヤツだよ"あっきー"。あいたっ」

 

「その呼び名も止めんか阿呆」

 

からかい癖のあるリスティの額を小突いて晶は鼻を鳴らす。

前世のゲーム内で最も長い間パートナーとして戦っていたが故のじゃれつきだと彼も解ってはいるが、気に食わないものは気に食わない。

 

「それで。何故、中等部のお前がこんな所にいる。寮からここまでかなり距離があるだろう」

 

中等部含め、女子寮は校舎を挟んで男子寮とは真反対に位置している。

距離的に考えてあまり近いとは言えない。

 

「あれ?言ってなかったっけ。ここ私の散歩コースなんだけど」

 

きょとんとした顔で告げるリスティ。

中等部二年の頃からの付き合いだが、そんな事は一度も聞いていない。

 

「知らんな」

 

「ありゃ。まあ良いや」

 

「いや良くないが」

 

「晶の方はここで何してるの?」

 

会話の流れをぶった切るという、リスティのいつものパターンに内心呆れつつも晶は答える。

 

「日課のランニングだ。それこそ中等部時代に言っていた筈だが」

 

「忘れた」

 

「おい」

 

にべも無く切って捨てられ流石の晶もこめかみをひくつかせるが、これも何時もの事なので溜め息を吐いて落ち着ける。とうのリスティはニコニコと悪びれもせずに笑って晶の身体を中心に回りだす。

その様子はまさに無邪気な子供のそれだが、その実力は確かなものであり、《在名祭祀書(ネームドカルツ)》上位に入る程だ。

 

「ところで晶の親友だっていう天霧綾斗先輩、さっそくやらかしてくれたね」

 

「流石に知っているか」

 

「当然。今じゃ中等部でも噂になってるよ、《華焔の魔女》と久々にやり合った男だって」

 

「暫く決闘していなかったからな」

 

「良いなぁ、私も戦ってみたいかも。その天霧先輩と」

 

相変わらずの笑顔だが、闘気を溢れ出させるリスティについぞ晶は額に手を当てる。

リスティという少女は根っからのバトルジャンキーで、入学早々に自作の煌式武装を以て先輩、他校生問わず決闘を仕掛けまくっていたのだ。

その姿から《凶拳絶脚(クレイジー・コメット)》という、外見とは全く似つかわしくない二つ名を付けられる程には闘い好きで最早愛してるとすら思える。

流石に今の綾斗では手を焼きかねないし、犠牲にはしたくないので静止の声をかける。

 

「止めておけ。そんなに溜まってるなら後で軽いスパーリング位は付き合ってやる」

 

「ホント!?」

 

「ああ、本当だ。わかったらさっさと戻れ、そろそろ良い時間だぞ」

 

「やったー!絶対だからね、覚えててよ!それじゃ!」

 

言うが早いか、リスティはそう言い残し、ハイスピードで薄れ始めた朝靄の中に消えていった。

段々と遠くなっていく足音を聞きながら晶は朝焼けに染まり出した空に向かって盛大に溜め息を吐いた。

 

「ああ、全く面倒だ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く経ち、朝食等諸々を終えて教室に入った晶が見たのは珍しい光景だった。

 

「おはよう、ユリス」

 

「ああ、おはよう」

 

先に入っていたのだろう綾斗がユリスに声を掛けると、挨拶を返したのだ。

中等部一年からユリスを知っている人間からすればかなり珍しい事だ。晶ですら彼女が普通に挨拶をしたのが何時以来なのか思い出すのに考え込むほど。

 

「おい、お前ら今の聞いたか?」

 

「聞こえた」

 

「確かに聞こえた」

 

「私のログにも確保してある」

 

「「「「・・・あのお姫様が挨拶を返した!?」」」」

 

「失敬だな貴様ら!私だって挨拶くらいは返す!」

 

謎の連携感をもってざわめき立つクラスメイト達にユリスが憤慨の表情で吠えるも、妙な一体感を持ち始めたクラスメイトには効く筈もなかった。英士郎に至っては特ダネだ!とか言って叫びだす始末だ。

俄に騒ぐ教室の中をスルリスルリと縫って進み、綾斗の肩を叩く。

 

「おはよう、綾斗。お前は何時から《魔術師(ダンテ)》になったんだ?」

 

「おはよう、って晶までそう言うのか」

 

「まあ珍しいからな。全く、お前が来てまだ二日目だと言うに珍事がよく起こるものだ」

 

トラブルメイカーは変わらずか?と続けると綾斗は首を左右に振るう。

 

「トラブルメイカーになった積もりはないよ。そう言えばこの隣の子って・・・」

 

「む?」

 

綾斗がユリスの席とは反対側、昨日は空席だった窓際の席で腕を枕変わりに眠る人物へ向く。

これだけの喧騒の最中、堂々と眠るその人物について晶は知っているが、敢えて答えるのを止めた。実際に顔を見てもらった方が面白そうだから。

 

「ああ、そう言えば昨日は居なかったな。では感動のご対面といこう。起きろ、沙々宮」

 

「ん?"沙々宮"?」

 

「・・・もう時間?晶」

 

「残念ながら違うな。お前の待ち望んだ相手が来たんだ」

 

「・・・む、ぅ?」

 

むくりと顔を上げた少女が肩を揺らす晶の後ろから顔を覗かせる綾斗を見る。

本当に高校生かと思えるほどのあどけない顔立ちは眠気が晴れないのか未だに気だるげだが、その目線は綾斗を離さない。

綾斗も顔を驚愕に染め、漸く少女の名を呼ぶ。

 

「もしかして・・・沙夜?」

 

「・・・綾斗?」

 

「メトメガアウー」

 

「「それは違う」」

 

何とも熱い視線を交わす二人に晶がからかい混じりの科白を吐くと二人仲良く突っ込みを入れる。

二人が最後に会ったのはずいぶん前だが、息は相変わらずピッタリのようだ。

 

沙々宮 沙夜(ささみや さや)。晶と綾斗の幼馴染みと言える存在だ。

制服を着ているというより着られていると言った方が正しそうな感じがする彼女は綾斗とは対をなすように無表情だった。

だが、その目の揺らぎを見て晶はクックッと笑う。

目の輝きが普段の気だるさを一切感じさせないレベルで強まっているのだ。今の沙夜に猫の尻尾をつけたなら間違いなくその尾を楽しげに揺らしていることだろう。

 

「お、何だ何だ、綾斗は沙々宮とも知り合いなのか?」

 

そこで話題ネタの匂いを感じたのか英士郎が綾斗に肩を組んで訊ねる。

 

「知り合い、っていうか幼馴染みだよ。まあ会ったのは六年ぶりくらいだけど」

 

「の割りには沙々宮、驚いてなさそうなんだけど」

 

「沙々宮はこれがデフォルトだからな。実際は綾斗に会えて嬉しすぎて抱きつきーーぐおぉぁ・・・」

 

言葉の途中で沙夜に弁慶の泣き所を思いきり蹴り飛ばされ堪らず晶は膝を突く。

 

「・・・余計な事を言わないで良い」

 

「身に染みて痛感した・・・」

 

沙夜のジロリとした睨みを受けて晶は苦笑いを浮かべて立ち上がる。雉も鳴かずば射たれまい、晶はその言葉の真意を身を以て体験した。

 

「・・・こほん」

 

閑話休題、そう言わんとするように咳払い一つして、沙夜は綾斗に右手を差し出した。

 

「改めて。久し振り、綾斗」

 

その言葉に綾斗は笑顔を浮かべて、彼女の小さな手を握った。

 

「うん、久し振り、沙夜」

 

何とも良い空気を醸し出す二人を眺めて晶と英士郎は視線をチラと交わすと静かに自らの席へと戻っていった。

 

「・・・・・・」

 

二人をさも面白くなさそうな顔で見ている薔薇の少女に気付きながら。

 

 

 


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