学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*02 剣嵐舞刀

『さぁ!いよいよ来ました本日一番の注目試合!五回戦最終試合!先ず入場してきたのは、昨日の四回戦にてレヴォルフ黒学院序列三位《吸血暴姫》と激戦を繰り広げた、星導館学園序列一位《告死鳥》八十崎晶選手と、刀藤綺凛選手です!』

 

耳朶を揺らす大歓声と照りつける照明。

流石に何日も繰り返せば慣れるもので、晶も綺凛も特に緊張することなくステージに上がる。

 

『そしてもう一方のゲートからは、界龍第七学院の宋選手と羅選手の入場です!』

 

実況の声にさらに盛り上がる歓声の中、宋と羅と呼ばれた二人の青年がステージへと上がり、晶達と対面する。

 

「流石は界龍の『木派』、体つきが違うな」

 

「そういう君こそ、中々の肉体をしているな。八十崎君」

 

筋骨隆々とはまた違う、引き締まった身体の界龍の二人を見て素直に称賛すると、その内の一人、宋が腕を組んでそう返してきた。

木派、というのは界龍の中にある流派の一つだ。肉体の鍛練を主としており、こと武術に精通している。

対の派として水派が存在するが、こちらは符術などを専門としている。

 

「今回、噂の真相がなんであれ、私も羅も全力で相手をさせてもらう。……本音を言えば、万全の状態の君と闘いたかったが、これは《鳳凰星武祭(タッグ戦)》だ。悪く思わないでくれ」

 

「当然、こちらもその心算(つもり)だ」

 

「そして、刀藤綺凛。君との戦いも我々は楽しみにしていたのだ」

 

「わ、私ですか?」

 

予想だにしていなかったのか自らを指差す綺凛に宋と羅は頷いた。

 

「これまでの戦いを見て《疾風刃雷》に偽りない強さを持っているのは知っているからな」

 

「君の速さと我々の力。どうなるか期待しないほうが難しいというものだ」

 

まさか対戦相手からそんな言葉を掛けられるとは思っても見なかった綺凛は口をパクパクとさせて声をつっかえさせる。

そんな綺凛の頭を軽く撫でると晶は宋に右手を差し出した。

 

「では、共に後悔の無い戦いを」

 

「……ああ!」

 

一度強く手を握り合って、それぞれ規定の位置へと距離を置く。

試合開始まで後数十秒。晶は綺凛に声をかけた。

 

「綺凛」

 

「は、はい!」

 

「任せたぞ」

 

「ーーーはい!」

 

どこまでも力強く帰って来た返答に、晶は小さく微笑み、この頼りになる後輩の背中を守ると決意をきめた。

 

そして。

 

 

「《鳳凰星武祭》五回戦第八試合、試合開始!」

 

開戦の合図が鳴り響いた。

 

「参りますっ!」

 

合図がなるのとほぼ同時に綺凛が一直線に駆け出し、晶はその場から動かずに手に持つ発動体を起動した。

淡い光が弾け、現れたのは大型の弓と矢筒だった。

銀河製長弓型煌式武装《ヴィタボウ》と呼ばれる、アスリートが持つ競技用の弓に似たそれを構え、腰の矢筒から矢を装填すると即座に射る。

 

「マスターシュート」

 

今や懐かしい技の名を呟いた瞬間、『矢が分裂した』。

分かたれたそれぞれの矢は綺凛の背後から回り込むように軌道を変え、対岸で駆け出していた宋と羅に殺到する。

 

「ちぃっ」

 

「矢か?!」

 

出鼻を潰すように射たれた矢だが、宋は星辰力を通した拳で、羅は得物の棍によって容易く払い除けられてしまう。

更に言えば足を止めるにすら至っていない。

だが、一瞬だけでも視線を反らせたのなら、十分なのだ。

 

「ーーー疾っ」

 

それだけの時間があれば彼女は彼我の距離を零に出来るのだから。

 

「!?」

 

何時の間にか眼前に迫っていた綺凛の姿に羅は声にこそ出さないが驚愕する。

 

(開始時点でまだ距離は開いていたのだ。どう考えても速すぎるーーー!)

 

跳ね上がるように放たれる千羽切の一閃を咄嗟に引き戻した棍で防ぐ。

剣閃が止まった間を見極めて身を引いて体勢を立て直し、持ち替えた棍を右から薙ぐように振るう。

しかしその場に綺凛の姿は無く、棍は空を殴る。

そこから直感で棍を背後へ打ち出すと小さな衝突音が聞こえた。

 

(捉えたか……いや、違う!)

 

スローモーションのような体感時間の中で目線を動かし、羅は背後を見る。

そこには得物を当てられ弾かれた千羽切の鞘だけがあった。

 

(どこに……っ!?)

 

「羅、上だ!」

 

宋の焦ったような叫びを聞き、羅は足に気を流しその場から後退するように跳ねた。

直後その鼻の数ミリ先に千羽切の銀の刃が通過し風を切り裂いて綺凛が降り立つ。

 

「やはり、一筋縄では行きませんか」

 

(これが《疾風刃雷》だと?そんな生易しいものではないだろう)

 

床に落ちた鞘を拾い上げ、そう呟く少女の姿に羅も……宋でさえ冷や汗を流した。

端から見ればいっそ美しく見えただろう彼女の動きを、羅は内心でこう捉えた。

 

(まるで、剣の嵐ではないか……!)

 

只の二閃。言葉で言えば簡単だが、綺凛のそれはあまりにも速度が違う。

先の振り下ろしに至っては宋の声がなければあっさりと校章を斬られていただろう。

星武祭(フェニクス)開催以前から警戒してはいたが、羅はここにその認識をあらためる。

対する綺凛もまた、警戒心を持って羅を見つめた。

 

(あの速さに対応し、尚且つ反撃まで……流石、界龍の武闘派ですね)

 

これまでのように容易くはない。そう確信して綺凛は千羽切を鞘に戻し、その場で素早く身を屈めた。

 

「これを躱すか……!」

 

その一瞬後、接近していた宋の放った拳が綺凛の頭部があった場所を空気の破裂音を纏って通過する。

続けて放たれる羅の棍による突きも斜め前に前転するように回避。

どうやら二人の標的は綺凛に絞られたようだ。

 

「…………」

 

千羽切の柄に手を掛けながら、綺凛は現状を把握するべく視線を動かす。

形としては宋と羅を中心に綺凛達が挟み撃ちするような立ち位置だ。

標的を絞ったとはいえ彼らとて歴戦の雄。当然、背後の晶の動向も警戒しているだろう。

先の一射で煌式武装程度の出力の矢では容易に対処されるのは理解している。恐らく後ろを振り向かずとも矢の迎撃も可能だろう。

身体のこともあって、晶もそう連発して矢を射てない。せいぜいが細やかな妨害程度になることは承知済みだ。

 

(だからこそ、その小さな隙を最大限に活かさなくてはいけない……)

 

刀藤の剣は専ら一対一。多人数を相手にするのは得意ではない。

そしてその悪条件を翻す為の『武器』を綺凛は持っている。

 

即ち、速さだ。

 

ジリジリと、互いに距離を測るように動き出す。

 

(この身体の全てを使って……斬る)

 

高密度に練られた星辰力を足へ集中させ、上半身を傾ける。

 

躯を疾風と化し、迅雷が如く刃を振わん。

 

(先輩を……護る……!)

 

白熱の決意を両足に込め、自らを風と成す勢いで綺凛が駆け出す。

それを見越してか、至近距離戦への対応力の高い宋が四肢に気を纏い迎撃体制に入り、羅はその背後で隙を窺うように棍を構える。

この時宋たちは綺凛が正面からくると予想していた。

十中八九、晶から何らかの妨害が入るとも。現に背後で星辰力の動きを察知しているのだから。

だが。

 

「では驟雨をお見せしよう……トレンシャルアロー」

 

「ぬぉぉ……!?」

 

矢の雨が降ると、どう予想が出来ただろうか。

そしてその中を平然と銀の少女が突っ込んで来るなど想像の埒外だ。

味方の攻撃、しかも狙いの定まらない矢の雨だ。自身が当たらない保障等無いというのに。

 

「はぁっ!!」

 

「かぁっ!」

 

刃と拳が打ち合う。

だが直後に綺凛の姿は無く、二の打は空振る。

あまりの速さに幻を殴ったかのような錯覚すら覚える。

 

「ぐっ、く……!」

 

側面から再度一閃。降り落ちる矢を片手で防ぎながらもどうにか対処する。

先程よりも上がった速度に宋は舌を巻く。

 

(あれでまだ本気ではないというか……!)

 

「ちぃ!」

 

宋の背後に立つ羅もまた、曲芸じみた綺凛の動きに混乱していた。

矢の雨自体はさしたる問題ではない。問題は矢によって視界を乱される中で放たれる神速の刀だ。

今でさえ矢の小さなダメージを無視してどうにか『三閃目』を耐えたのだ。

瞬く間もなく矢の雨を縫うように放たれた下からの一撃が脇腹を裂く。

 

「づ、ぉぉ!?」

 

そこで漸く矢の雨が止み、剣閃の嵐もまた綺凛が晶の前まで後退したことで止まる。

トレンシャルアローの発生時間は三秒。その間綺凛が放った攻撃の数は五。

凡そ人間業ではない。

 

「ふぅ……」

 

「技量、剣の冴えも去ることながら、恐れるべきはその胆力か」

 

巌の如き拳を再度構えながら宋は口端を吊り上げる。

その様子を見て、晶は顔をしかめる。

 

(追撃を入れるべきだったが……この体ではこれが限界か)

 

矢をつがえる為の右手の指先は微かに痙攣し、星辰力の精練も安定しない。

これ以上の経戦は肉体への負担が掛かりすぎてしまうだろう。

射てて後一度。

それを仕方ないと割りきって、晶は目の前に立つ綺凛の背に話し掛けた。

 

「綺凛、次で最後だ」

 

「……了解しました」

 

短い応答。

しかしそれだけで十分綺凛は晶の意図を理解し、結果を以て応えると覚悟を決めて千羽切を正眼に構えた。

 

「では……」

 

「いざ」

 

「「参る(ります)!!」」

 

双方が踵を弾いたのは同時だった。

先んじて羅が棍を振るい綺凛の進行を妨げ、そこから縫うようにして宋の鋭い右拳が放たれるが、これを鞘を放り投げて反らしながら滑り込むように宋の懐に入り込むがーーー

 

「破ぁ!」

 

烈迫の気合いと共に宋の左肘鉄と羅の払い上げが殺到する。

姿勢が不安定なタイミングでの上下からの挟撃。鞘を捨てた今、どちらも防ぐ手だては無い。

 

 

「ーーっ!」

 

否。無いのなら作ればいい。

 

「っあぁぁぁぁ!!」

 

ブチリと筋肉の裂ける嫌な音と痛みを意識の外に追いやって千羽切を逆手に持ち変えると宋の肘へと柄を叩き付けながら勢いのまま身体を前に押し出して左腕を使って棍を無理矢理防ぐ。

 

「ぐ、ぁっ……!」

 

カウンターに対するカウンターに宋の左肘は砕け、たまらず呻く。

瞬きの間。その隙を綺凛は見逃さなかった。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

千羽切を放し空いた右の掌底に星辰力を込め、がら空きの胸目掛けて打ち抜く!!

 

「か、は……っ」

 

身体を突き抜けた衝撃が混乱する意識を更に揺らがせ、そして。

 

『校章破壊ーーー』

 

泥寧の闇に落ちる最後に、宋は自らの校章が砕ける音を聞いた。

 

 

「ち、ぃ……!」

 

眼前で宋が倒れるのを見て、羅は焦る己を宥めるように舌を打つ。

即座に綺凛の状態を確認し引くか攻めるかを判断する。

左腕はだらりと下がり、右手は得物を放した故に空。

満身創痍と呼ぶに相応しい状態だ。

ならばこそ、ここで倒さねば。

そう答えを出し、弾かれた棍を再び突こうと動いたその時。

 

「…………!?」

 

肉体を両断されたような感覚が羅を襲った。

明確に死を意識させるような絶対的な『錯覚』に、羅の身体はすくむように止まってしまう。

それが、致命的な隙を生む。

 

「隙有り、だ」

 

トス、という音と共に羅の校章に星辰力で形成された矢が突き刺さった。

小さな音を鳴らして校章が砕ける、その間際。羅は自身を襲った錯覚の正体を知る。

 

「まさか……君、なのか……」

 

そんな問い掛けに申し訳なさそうな表情を浮かべる綺凛に、羅はさも悔しげに笑った。

 

「我々もまだまだ未熟、というワケか……」

 

 

 

 

『試合終了!勝者、八十崎晶選手&刀藤綺凛選手!』

 

 

ブザーと同時、アリーナを大歓声が包んだ。

 


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