学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
今回から原作四巻スタートです
*01 Prologue
「ふむ……調子はそこそこと言った所か」
右手の握り開きを繰り返しながら晶は自身の身体状況を確認する。
《鳳凰星武祭》十一日目。通いなれたシリウスドームの控え室にて、晶と綺凛は試合に向けて待機していた。
「晶先輩、無理はしないで下さいね?」
「医者にまで嗜められてしまったんだ、流石に前線には出んよ」
先日のウルサイス姉妹との戦いで負傷してしまった晶だが、担当医から前線に出ず、尚且つ全力で動かないことを条件に退院を許されたのだ。
「すまないが前線は綺凛一人になるが……その代わり、『これ』で援護する。背中は任せろ」
「はい、よろしくお願いします!」
ソファーの傍らに置いていた少し長い煌式武装の発動体をコツコツと叩くと、対面に座る綺凛は信頼しきった笑顔でぺこりと頭を下げた。
「しかしまぁ、人の口には蓋が出来ぬとはいえ、一晩でこうも広まるとはな……」
あらかじめ起動していた端末の空間投影ディスプレイの数々を眺めて、晶は辟易としたように肩を竦める。
ディスプレイに映っているのは専ら晶の持つ《闇鴉》、その真の姿である《雪鴉》についてだ。
マスコミや各学園の情報系部活が書いた記事の数々は、大半が眉唾物や適当な文章で埋まってはいるが、所々で正確な情報が記されている。
「でも、こういうのってどうやって調べているのでしょう……?先輩の言うとおりたった一晩しか時間が経っていないのに」
「各学園の諜報機関が適宜リークしているのだろうさ。そうでなければこうは行くまい。連中は学園によって多少の差異はあれど、足が早いからな」
呆れ混じりに笑みを浮かべてそう説明すると、開いていたディスプレイの内一つを残して全て閉じる。
「まあ、恐らく《銀河》側から少しばかり情報を流したんだろう。そうすれば余計な詮索は入らんと踏んでな……ふむ、これか」
そう言葉を付け足す片手間に端末を操作して《鳳凰星武祭》参加者の中から今回の対戦相手の情報を幾つかのサイトから集めた物を映し出す。
「今回の対戦相手は界龍(ジェロン)第七学院の序列二十位と二十三位の二人。学院のトップである《万有天羅》の直弟子だ」
「確か、私より年下なのでしたっけ?《万有天羅》は」
「ああ、齢九つにして界龍の最強とうたわれている」
晶も一度、何でも屋の依頼で界龍の外縁区に入った時、遠目に確認したが、見た目からしてまだ童女と言って差し支えない外見とは裏腹に体感した覇気は年不相応に完成しきっていた。
強さの次元が違うと、本能が感じ取ってしまうほどだった。
「まあそれはいいとして。話を戻すが、今回の相手二人はどちらも近接特化型だ。先程も言ったが綺凛には前線でその二人と戦ってもらう事になる」
「はい、大丈夫です!」
再確認を兼ねての作戦の提案に綺凛は即座に頷き、胸の前で握り拳を作った。
「先日は先輩に守って貰いましたから……今度は私が、先輩をお守りします」
そう言って綺凛が思い出すのは、昨日の試合での晶の姿だった。
肉体の限界を超え、それでもなお誰かの為に立ったその姿に胸に熱を感じたことを覚えている。
そして、そんな彼を支えたいとも。
「……全く、最高の後輩だな、綺凛は」
決意の籠った綺凛の瞳を見て晶はふと口許を緩めて少女の頭を優しく撫でる。
「あ、わ、晶先輩?」
「……ありがとう、綺凛」
「あ……ふふっ、暖かいです」
感謝の念を口にして手を動かすと、綺凛は年相応の柔らかい笑顔を浮かべて手を重ねた。
どうやらこうされるのがお気に召したようだ。
しばらくそうしていると、試合直前を告げるアナウンスが部屋に流れた。
『試合開始十分前となりました。出場選手はステージ前ゲートまでお越し下さい。繰り返しますーー』
「時間か……行くとするか、綺凛」
「はいっ!」
軟らかな感触から名残惜しく手を離して、煌式武装の発動体を握って立ち上がる。
却って綺凛は何処と無く上機嫌な様子で千羽切を持って晶の背を追う。
少し緊張しやすい彼女だが、どうやらうまい具合に解れたようだ。この調子ならば、普段通りの強さを発揮できるに違いない。
そう考えつつ部屋を出たところでその綺凛が控えめに晶の服の裾を引っ張って呼んだ。
「あ、あの、先輩」
「ん?どうした綺凛」
「この試合で無事に勝ったら……ま、またさっきみたいに頭を撫でて貰っても、いいですか?」
少し気恥ずかしそうに顔を上気させて、上目遣いに見てくる綺凛に晶は「そういうことなら」と微笑んだ。
「いいとも。但し、言った通り無事に勝ったらだぞ?」
この時晶は気付いていなかった。
綺凛の戦闘意欲が嘗て無いほどに高まった事を…………。
「ーー師父、そろそろ気になさっていた試合のお時間です」
「おお、もうそんな時間じゃったか虎峰」
六花の南東に位置する界龍第七学院。オリエンタルな色調に彩られた中華風の学園。
その内の一室に師父と呼ばれた『小柄な少女』が楽しげに笑いながら入ると纏う衣に皺が付くのも厭わずに身長に合わない椅子に腰掛ける。
斜め後ろに控えるように虎峰と呼ばれた青年、趙虎峰(ジャオフーフォン)が立ち、ハンドサインで部屋の壁に取り付けられたモニターの電源を入れる。
「うーむ、楽しみじゃのう」
あらかじめチャンネルを合わせていたのか、即座に映った《鳳凰星武祭》のステージ映像に、《万有天羅》范星露(ファンシンルー)は高揚した気分を口にする。
そして、舞台にあらわれた目当ての人物を見つけて笑みをさらに深くする。
「師父、それほどに彼が気になりますか?」
「うむ。天霧綾斗とかいった小僧も中々気になるが、昨日の試合で興味が湧いたのじゃ。あのーー八十崎晶がの」
「第十一試合でしたか。確かに凄まじいものではありました」
星導館の現序列一位と元序列一位というある意味注目のペアとレヴォルフの序列三位がぶつかった試合はそのインパクトも含めて記憶に新しい。
虎峰もテレビで観戦をしていたが、あれほどの戦いはそうは見れないものだと当時思っていた。
しかし。
「ですがあの試合で彼は重傷。今日の試合ではあの純星煌式武装は使わないのでは?」
「だからこそ、じゃよ。どんな動きをするのか楽しみで仕方がない」
「今日の相手は宋たちですが……」
顎に手を当てて虎峰は晶たちの対岸に立つ弟弟子の宋(ソン)と羅(ルオ)の姿を見る。
どちらも在名祭祀書に名を載せる程の実力者だ。
健常ならばまだしも、今の晶は前線で戦えるほど回復しては居ないだろう。
となれば攻めようは幾らでもある。
ネックである《疾風刃雷》、刀藤綺凛も実質的な二対一でれば圧すことも可能なはずだ。
そう考えたところで星露は目を細めた。
「おぬしの考えることもわかる。じゃが、戦いというのは解らぬものじゃよ……?」
予想や予測どおり全てが上手く運ぶとは限らない。言外にそう告げられて虎峰は瞑目する。
「…………失礼しました」
「何、弟弟子が戦うのじゃから、そう考えるのも仕方ない。ーーお、始まるようじゃの」
少しばかりのフォローを付け加えた星露だが、試合が始まるアナウンスが流れた途端、スパッと今までの話が無かったかのようにモニターに顔を向けてしまう。
真面目だった空気は何処へやら飛んでいってしまったようだ。
そんな師の姿を見て、虎峰は「自由なお方だ」と心中で呟きながら小さく肩を竦めるのだった。
次回、綺凛ちゃん無双