学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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迎えてくれるのは海鳥達だけなのかーー?(BYED


*12 夏の夕暮れ

カタカタと、薄暗い部屋の中にキーボードを模したタップ音が残響しては消えていく。

ここはアルルカントアカデミー内の隅にある、エルネスタ・キューネが持つ研究室だ。

雑然と散らかった雑貨の数々を気にも止めず、部屋の主であるエルネスタと友人であるカミラは黙々と空間投影ディスプレイを睨んでいた。

 

「…………で、どうだ。あの《純星煌式武装》について何かわかったか?」

 

「全然、だね。天霧綾斗君の《黒炉の魔剣》並みに情報が少ない」

 

沈黙を破って訊ねたカミラにエルネスタは肩を竦めて答える。

今彼女らが調べているのは今日の試合で暴走したイレーネーー厳密に言えば《覇潰の血鎌》だがーーを倒した晶の持つ《闇鴉》、ひいては《雪鴉》についてだ。

 

「担い手がそれほど少なかった、ということか」

 

「そもそもそれ以前に彼以外の担い手が居なかったんじゃないかなぁ?じゃなきゃ《闇鴉》の情報が噂レベルみたいなのと、あの白い別形態の情報が全く無い説明がつかないし」

 

こりゃ参った、と凝りを解すために首を回しながらエルネスタは苦笑する。

詳細なスペックデータは無し。あるのはやれ切れ味が鋭い、刀身から殺気を感じる、斬った人間の血を吸う等と与太話のような物ばかり。

《雪鴉》に至っては幾ら調べても出てこない始末だ。

こんな結論になるのも仕方がないと言うものだ。

そもそも何故今になって《闇鴉》について調べているのかというと、一重に試合中に見せたあの力にある。

 

「高純度に精製された星辰力の重力球を原子レベルまで刻むなんて、トンデモ武器すぎるよねぇ……《黒炉の魔剣》の溶断も大概だけど、《闇鴉》のあれはちょっとオカシイよ」

 

「ともすればアルディの《絶対防御》も破りかねんからな……」

 

試合中の万応素と星辰力のパラメータを渋顔で眺め二人は同時に溜め息を吐いた。

星辰力を真っ向から断ち斬る刀……しかも発動の余波だけで《覇潰の血鎌》の重力場を文字通り消してしまう程の代物。ことと次第によってはこちらの『虎の子』も破られかねない。

 

「天霧綾斗に八十崎晶……全く、例外が二人とは星導館は魔窟か何かか?」

 

「まあでも~?だからこそ面白そうじゃない?」

 

一転してにやけた顔になったエルネスタにカミラが怪訝な目線を向けると、さも楽しそうに身体を揺らして先を語る。

 

「私達の『技術(チカラ)』が勝つか、あの二人の『規格外(チカラ)』が勝つか……さ」

 

まるで幼子のような眼差しで画面を見ながら言い切ったエルネスタを見て、カミラは肩を竦めて首を振った。

 

「では、アルディとリムシィの調整を頑張らなければな」

 

「にしし~、私は最初からそのつもりだよ~」

 

そう笑顔でお互いに言い合って二人は対策を練るべく画面と向き合うのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『数ヶ所の筋肉断裂に血管からの内出血及び神経系の疲労、さらに内臓にもダメージ有り、と……治癒系能力者のおかげで何とか治りましたが、正直今こうして生きてるのが不思議な位ですな』

 

「全くもってして自分でも不思議なものだな」

 

かれこれ三時間ほど前に聞かされた医者からの話を思い出して、晶は窓から見える夕暮れのアスタリスクを眺めていた。

場所は試合会場のシリウスドームからそう離れていない位置にある病院の一室。

あの後倒れた晶はここで治療を受け、今日一日は絶対安静と医者に宣告されてしまい、今はベッドの上で暇をもて余している。身体のいたる所に巻かれた包帯のせいでいやに動きづらい。

傍らにはずっと付いていてくれたのだろう。綺凛がベッドに腕を乗せて眠っていた。

 

「…………迷惑をかけたな」

 

「ん……先輩のお役に立てたのなら、嬉しいです」

 

ゆっくりと頭を撫でると、綺凛は顔を上げると柔らかな笑顔を見せた。

夕暮れ時の魔法なのか、或いは彼女の隠された一面の発露か。

その笑顔は大人びて見えた。

 

「ああ、本当に……ありがとう」

 

「あぅ……先輩くすぐったいです」

 

端からみたらもう完全にいちゃついているようにしか見えない光景だが、それを破るべく唐突にドアが壊れかねない勢いで開かれる。

 

「ロリコン的なラブコメ空気を感じて俺参じょぐふぉらば!?」

 

「病院内では静かにしろ阿呆パパラッチ」

 

全て言い切る前にツッコミを入れつつ備え付けのテレビのリモコンを額に投げつけると、妙な悲鳴を上げて英士郎が倒れた。

 

「何故こいつは毎度の如く吹っ飛ばされるのだ?」

 

「マゾだからじゃないかなぁ……」

 

「ちっげぇよ!?まかり間違ってもそんなんじゃ無いからな!?つーか中々に酷いな、綾斗!」

 

英士郎の後から呆れ顔を浮かべたユリスと綾斗が部屋へと入ってくる。

 

「先輩、ロリコンって何ですか?」

 

「…………綺凛にはまだ早い。いや、知らなくていい」

 

こんなワードは覚えて欲しくない、そう思いつつ首を振る。

 

閑話休題。

 

「それで、綾斗達は見舞いに来てくれた、ということで良いのか?」

 

「私は変に押し掛けるべきでは無いと言ったのだがな……綾斗が聞かなくてな」

 

落ち着いたところで問い掛けてみるとユリスが溜め息混じりに綾斗を親指で指しながら答える。

当の本人は誤魔化すように笑いながら頭を掻いていた。

 

「いや、いきなり倒れたから心配になっちゃって。沙夜も不安そうだったよ」

 

「そうか……わざわざ来てもらって、感謝する」

 

頭を下げて礼を言うと綾斗は笑顔を浮かべ、ユリスは照れなのか顔を背けてしまった。相変わらずのツンデレである。

 

「おい今失礼なことを考えなかったか?」

 

「……いや別に。して、夜吹は何故ここに?今時期は忙しい筈だろう」

 

夜吹の所属する新聞部は星武祭の時期こそ最も活動が盛んになる。スクープの為に昼夜すら問わないレベルだ。

当然ながらフリーの時間など少ししか無く、晶はそう言った事も含めて訊ねた。決して話題を切り替えたいからと思ったわけではない。決して。

 

「さすがに学友がぶっ倒れたとあっちゃ気になっちまってな。見舞いがてら今お前さんが欲しそうな情報を持ってきたのさ」

 

「情報?」

 

いたずらっぽく笑うと英士郎は手に持っていた端末の画面を晶に見せた。

そこには妙に堅苦しい文字でイレーネとプリシラが無事であったことが書かれていた。

 

「いやいや苦労したぜ~?他校の生徒の情報は入手が難しくてよ」

 

「良かった……そうか、無事だったか」

 

「まあ、サプライズはこれだけじゃ無いんだがな」

 

「何?」

 

ホッとしたのも束の間、英士郎が部屋の外へと一度出ていってしまった。

そして少しもしない内に戻ってきたかと思うと、ありえない人物を連れてきた。

 

「よ、よう……」

 

「お邪魔しまぁす……」

 

気まずそうな顔で入ってきた二人を見て晶は息を呑んだ。

英士郎が連れてきた人物、それはつい先程無事だとわかったばかりのイレーネとプリシラだったのだ。

 

「……夜吹、これはどういうーー」

 

「じゃ、後はごゆっくり~。俺らは退散するぜ」

 

「なっ、謀ったな!?」

 

予想だにしなかった事態に問い詰めようとするも英士郎は綾斗達と綺凛を連れてそそくさと出ていってしまった。

あの様子だ、恐らく綾斗達も一枚噛んでいるのは間違いないだろう。

してやられた、と思いつつもその溜飲を下げて部屋の入り口辺りで固まっているイレーネらに声を掛ける。

 

「立ちっぱなしもなんだ、まあ座ってくれ」

 

「……おう」

 

椅子を勧めると普段とは真逆の、少し肩を縮めた座りかたをするイレーネに小さく噴き出してしまう。

 

「なんだよ、何かおかしいか」

 

「いや……そう改まる必要はないだろう?知らぬ仲でもあるまいし」

 

「流石にあたしだってこういう時くらい、態度は弁えるっての」

 

少し不貞腐れたように口を尖らせた後、一つ咳払いしてイレーネとプリシラは頭を下げた。

 

「八十崎……プリシラを助けてくれて、あたしを止めてくれてありがとう」

 

「ありがとうございました……!」

 

思いの籠った感謝の一言。

それを聞いて晶は、自分が救えたモノを改めて認識した。

かけがえのない大切なものを守れたのだと。

こうしてまた話すことが出来るという事実を。

 

「本当にーー」

 

胸から込み上げる感情の波を押さえきれず、声が震えるのも構わず晶は二人の肩に手を置いた。

 

「良かった……お前達が無事で、本当に良かった……」

 

心底安堵したという感情を吐露するかのように何度も『良かった』と繰り返す。

笑顔を浮かべながらも感極まって涙が流れ出す。

 

 

「お、おい、何で泣いてんだ?こういう時どうすれば良いんだ、プリシラ!?」

 

普段の皮肉家な面ばかり見ていたからか、こんな表情の晶を初めて見たイレーネは慌てふためいてしまう。

というかここまで晶が喜ぶとは思っていなかったのだ。

精々、いつものニヒルな笑みを浮かべて「一つ借りだな」程度のものだと予想していたばかりに余計に混乱する。

たまらずプリシラに助けを求めると。

 

「え、ええとええとぉーー抱き締める!」

 

どうやらプリシラも混乱しているようだった。

いつもなら絶対にノゥ!と言うところだが、晶と話をしたい以上一度落ち着いて貰う必要がある。

そうこれは必要なことなのだ。そう言い聞かせてやけに煩く打つ胸の鼓動を誤魔化すように晶を抱き寄せた。

 

「ーーー!?」

 

「喋んな。大人しくこうされとけ!」

 

いきなりのことに反応出来ず、結果的にイレーネの胸元に顔を突っ込んだ晶が何かいう前に先手を打って言いつける。

 

「………………」

 

「……なあ……その、だな……アタシ達は、生きてる。今アンタが聞いてる心臓の音がその証だ」

 

晶を抱き締めたまま、言葉を続ける。

 

「こんなになりながら、助けてくれたんだよな……」

 

思い出すのはあの試合の最後。

微かに戻った意識の中で感じた、確かな暖かさと視界に映ったボロボロの彼。

満身創痍であるはずなのに、抱き抱えた腕はしっかりとしていて。それでいて、笑っていた。

その時初めてイレーネは、安心というものを知った。

 

「ありがとうなーー」

 

そして同時に、小さな胸の高鳴りも感じたのだ。

まだ短い人生の中で、恐らく最初で最後の気持ちの発露。

だからきっと……これは自分なりの距離の詰めかたなんだろう。

 

「ーー『晶』」

 

 

 

 

 

初夏の夕暮れ、激戦の果て、八十崎晶とイレーネ・ウルサイスは初めて恋をした。

 

 

 

 

 





次回キャラ紹介を挟んで原作四巻へと向かいます(予定

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