学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*10 圧潰

世界には理不尽が溢れている。

貧しいだけで暴力を振るわれるもの。理由なく居場所を追われるもの。

 

ーーそして、人と少し『違う』だけで親に売られてしまうもの。

 

自らが育ったかつての世界とは大きく異なったこの世界、独自の摂理。

彼女達を知る以前から、その違いを否が応にも理解させられた。

己が身一つ救うためなら全てを欺き使い捨てる。他者とはすなわち体の良い駒だ。

それが出来なければ一生『使われる』だけだ。心を隠した者達に。

故に思う。

 

ーーこんなルール、クソ喰らえ。

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

真白に照らされたステージの上、止まぬ歓声を身に受けて晶はそこへと降り立った。

傍らには瞑目した綺凛が得物を手に並んでいた。

 

『さぁ、各会場で白熱の試合が続いております四回戦!ここシリウスドームでトリを飾るのは星導館学園、八十崎&刀藤ペアVSレヴォルフ黒学院、ウルサイス姉妹です!』

 

「……先輩、本当に宜しいのですか?」

 

実況と解説の話が続く中、綺凛が目を開いて最低限聞こえる程度の声量で晶に訊ねた。

 

「ああ、事前の打ち合わせ通りで頼む……すまないな、一人でやらせて欲しいなどと言って」

 

そう、この戦いはイレーネとの約束もあって一対一でやりたかったのだ。

他の理由としては綺凛とイレーネの《覇潰の血鎌》との相性の悪さもある。

なので今回綺凛にはいざというときのバックアップを頼んであるのだ。

苦笑しながら答えた晶の顔をみて、綺凛はゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ……先輩のこと、信じていますから」

 

「ははっ、ならばその信用には結果でもって応えねばな」

 

もうじき戦場となる場所で優しげに微笑む小さな後輩の言葉に背中を押され、前に出る。

同じタイミングで相手であるイレーネも足を踏み出した。その手には煌々と暗い輝きを放つ《覇潰の血鎌》が握られていた。

 

「約束の日だ。覚悟はいいか、八十崎」

 

「抜かせ……容赦無く往くぞ。泣いても知らんぞ」

 

「ハッ、上等だ泣かせてみろよ」

 

互いに獰猛な笑みを浮かべて挑発し合いながらも闘気を高めていく。

 

(我が心、静謐なる湖面の如し、連ね我が刃、注ぐ月光の如し)

 

アベレージ、フューリースタンスを発動し体内の星辰力を活性化させる。

《闇鴉》が戦いに歓喜するように脈を打ち、今か今かと待ちわびる。

準備は整った。

 

(さぁ、お前を止めさせてもらうぞ)

 

『《鳳凰星武祭》四回戦第十一試合、試合開始!』

 

(ーーイレーネ!)

 

 

地を踏みしめ、風を裂いて一気に距離を詰める。

《覇潰の血鎌》を相手取る上で最も注意すべき事は二つ。

 

「ちっ、相変わらずバカみてぇに速いなっ!」

 

「捉えられたくはないのでな!」

 

相手に動きを予測されないこと。

そして、接近したら離れない事だ。

加速した勢いで抜刀された《闇鴉》と《覇潰の血鎌》が火花を散らして打ち合う。

 

「こ……のっ!」

 

「ソレの力は身に染みて分かっているからな。おいそれと使わせる訳にはいかん」

 

《覇潰の血鎌》の能力は重力操作。主な使用例は範囲指定からの対象の圧潰だ。しかしこれにはデメリットがあり、距離によっては使用者も能力に巻き込まれる可能性がある。

つまり超近接戦であるならばその能力の最大火力をある程度封じられる。

 

「らぁっ!」

 

「っ!」

 

ガゴンッ、と鈍い音を立て大鎌の石突と妖刀の鞘とがぶつかり合う。

大型武器だけあってその衝撃はかなり大きく、防いだ上で次の行動が止まってしまう。

そのコンマ数秒の間を見逃さず、イレーネは後退しつつも目の前に重力球を一瞬で無数に精製するとすかさず晶へと撃ち放つ。

だが。

 

(そう簡単には当たらないよなぁ……!)

 

「ーーっ!」

 

即座に体勢を立て直した晶はあろうことか重力球の射線より低く体を傾けてその全てを避けながら突っ込んでいく。

荒唐無稽、あるいは無謀とも言える行動に驚く以前にやはりかとイレーネは笑う。

そうだ。そうでなくては。

 

「楽しくないよなァ!!」

 

「何っ」

 

切迫する直前、イレーネが大振りに《覇潰の血鎌》を薙ぐと、その軌跡に沿うように重力の波が晶に襲い来る。

 

「波濤竜胆!」

 

咄嗟の判断で横に飛びながら斬波を撃って無理矢理に相殺する。

完全に初見の技だったがどうにか防げた。だが、その代わりに彼我の距離は大きく開いてしまった。

 

「驚いたな。あんな技を持っていたとは」

 

「アンタの戦い方も、アタシの戦い癖もいやって言うほど見たんでね。対策の一つや二つ、出来て当たり前だろう?」

 

「全く……末恐ろしい奴だよ、お前は」

 

言いながらもイレーネの星辰力の動きに注意を払う。

もうすでに晶が立っている場所は彼女のヒットラインだ。下手を打てばあっさりと潰されかねない。

それだけ《覇潰の血鎌》の能力は厄介なのだ。

 

「末恐ろしいついでに負けてくれてもいいんだぞ」

 

「ハッ、言ってろーー!」

 

ニヤリと口端を吊り上げて、《闇鴉》の鞘をイレーネに向かって勢いよく投げつけると後を追うように駆け出す。

 

「させるかよ!」

 

「朝霧連断ーー!」

 

ギリギリの所で鞘を上に弾き飛ばすともう既に晶は自らのブレードレンジに入っていた。

高速の六連撃。それら全てを小型に展開した重力障壁と鎌を手繰って防ぎ切る。

しかしそれを予測していた晶はさらに動き続ける。

腰を深く落とし、バネのように刃ごと体を跳ね上げる!

 

「月見山茶花」

 

「っぁ!?」

 

間髪入れずに打たれた一閃が鎌の柄を弾き、イレーネの体は大きな隙を晒す。

当然、それを見逃す手は無い。

中空で鞘を掴み、今度は落下しながらの縦一文字を校章目掛けて降り下ろす。

 

「月下柘榴(ゲッカザクロ)」

 

「させ、ねぇ……!」

 

命中は必至。だと言うのにイレーネは諦めるという選択肢をかなぐり捨てていた。

《覇潰の血鎌》が呼応するように輝き、能力を発現させる。

 

「過重領域(シュヴァルツシルト)ーー!」

 

瞬間、晶の体が後ろに『引かれた』。

 

「なんーーだと?」

 

スローモーションのように感じる時間の中、背面を覗いて晶が見たのは、ひび割れた床の上に浮遊する小さな一つの球だった。

即ち、超高密度の重力発生装置。

 

「擬似的なブラックホールか!」

 

吸引が強まるギリギリのタイミングで《闇鴉》を床に突き立てて耐えながら晶は驚きを隠すことも無く口に出すと、イレーネは一矢報いたとばかりに犬歯を覗かせて笑った。

 

「馬鹿みたいに星辰力を持ってかれるが……アンタのその面が見れただけで儲けモンだな」

 

「何とも厄介な……」

 

冷や汗を流しながら強がるようにそう言うイレーネに舌を巻く。

咄嗟の反応、おそらく『仕込み』は最初からしてあったのだろうが、発動のタイミングが絶妙過ぎた。

彼女が《覇潰の血鎌》の力を使う場合、その殆どが上からの重力負荷による叩き潰しだ。

この過重領域(シュヴァルツシルト)のような相手を吸い寄せるような技は見たことがない。

 

「アンタの一番怖いところは、その一度喰いついたら離れない執念深さだ……だったら、無理矢理にでも引き剥がせばいい」

 

「先輩っ!」

 

重力球の奥、安全圏にいる綺凛がこちらに来ようとするがそれを手で制する。

無理に近寄ろうとでもすればたちまち過重領域に引き込まれてしまう危険がある。感じられる星辰力の総量から見ても、下手に発生源のあの重力球の側まで行こうものなら骨折は免れないだろう。

 

「…………」

 

耐えながら何か策は無いかと思考を巡らせる。

このまま行けば過重領域そのものは勝手に消えるだろう。しかしその致命的な隙を彼女が見逃すはずがない。

現に、彼女の周囲には百個近くの重力球が出来上がっていた。

 

「ダメ押しだ。持ってけ!万重壊(ディエス・ミル・ファネガ)!!」

 

指揮棒の如く《覇潰の血鎌》が降り下ろされ、数多の重力球が一斉に襲い掛かる。

その最中、晶は一つ覚悟を決めた。

 

(一か八か、賭けるかーー!)

 

極限の集中を以て体感時間を引き延ばし、スローモーションに見える世界の中。

あろうことか晶は突き立てていた《闇鴉》の刀身を抜くと鞘に納めた。

当然、体が背後の過重領域に引き摺られていくが、それよりも先に飛来する重力球の一つが晶に接触しようとしたその刹那。

星辰力でブーストを掛けた腕を振るい、《闇鴉》の鞘でそれを『タイミング良く防いだ』。

 

「禍反……っ!」

 

衝撃を逆に利用して放たれるは応報の閃。

呼び声と共に枷が外れ、体内に蓄積された星辰力が奔流となって溢れ出す。

 

「刃車、起動ーー」

 

瞬間、空気が爆ぜた。

まるで紫炎のように見えるまでの濃密な星辰力を纏った肉体が過重領域の引力を振り切って重力球の弾幕を《闇鴉》で引き裂きながら突き抜ける。

晶がやった賭け。それは刃車発動による力業での脱出だ。

あまりにもリスキーかつ型破りなその賭けは、どうにか勝つことが出来た。

 

「おぉ!」

 

「マジかよおい!」

 

ガギリ、と音を立て切り結ぶとイレーネは焦りを口にした。

 

「なんつー、無茶苦茶しやがる」

 

「当事者には言われたくはないがな」

 

攻撃を弾いて後退するイレーネを追わんと足を踏み出した所で《闇鴉》の刃が突如として現れた重力の檻に阻まれてしまう。

 

「重獄葦(オレアガ・ペサード)、か」

 

「ご名答……ったく、肝が冷えたぜ」

 

気付けば其処はすでにステージの端に程近く、プリシラが退避していた場所があった。

 

「プリシラ」

 

「う、うん……お姉ちゃん」

 

イレーネが前進攻勢に出なかったのはこれが理由なのだろう。

遅かれ早かれ大技である過重領域を使って撃破を狙い、不可能だった場合は即座に後退。『補給』して再度攻撃に入る算段だったのだろう。

おもむろにイレーネはプリシラに近づくと、顕になった首筋に牙を立てた。

 

「…………」

 

その最中も晶は止まる事無く重獄葦をどうにか破れないかと攻撃を加え続ける。

だが、元々プリシラを守るために作られた為か容易く刃が通る事はなく、精々が削る程度になってしまう。

刃車によるブーストが掛かっているにも関わらず、だ。

 

「アンタのその力については刀藤との試合を何度も見たからな。お陰で普段の倍は星辰力を使っちまった」

 

「易々とは行かない、か」

 

「そう言うこった」

 

補給を終えたイレーネがニヤリと笑い大鎌の先を晶へと向けると同時、重獄葦が霧散する。

 

「さて、そんじゃあ……続けようかぁ!」

 

より一層深紅に染まった瞳で晶を捉えて吠え立てると、

再び万重壊を発動して一気にけしかける。

その軌道は一つ一つ様々で容易には防ぐことは出来ないだろうことは想像に難くない。

 

(今の《闇鴉》では斬ることは出来ないだろう……なら)

 

上下左右から来る重力球を知覚して、居合いの構えを取る。

そして全てが間合いに入った瞬間ーー。

 

「不動梔子(フドウクチナシ)」

 

抜刀と共に放たれた見えざる星辰力の波……否、剣気とも言える物が全ての重力球を『止めた』。

不動梔子……普段ならば精々が範囲内に居る人間を一時的に麻痺させる程度の技だが刃車による莫大な星辰力(リソース)を使うことで重力球の勢いを殺すまでに至った。

 

「ちっ……インチキの塊か、アンタはっ」

 

「お前を止める為ならばインチキでもチートでも使ってやるさ」

 

自分自身に言い聞かせるように呟いて、晶は闇鴉を大上段に構えると星辰力を集中させる。

これで『どうか終わってくれ』と願いながら。

やがてそれは巨大な刃へと昇華し、顕現する。

 

「クソッ、間に合いやがれ……!」

 

あれに当たればまずい、そう直感で判断したイレーネが重獄葦を最大出力で組み上げるのと刃が落ちて来るのは、同時だった。

 

「華斬撫子・零式ーー」

 

瞬間、音が消えた。

星辰力の塊同士がぶつかり合い、視界を塗り潰すほどの光を発する。

それはやがて消えてゆき、お互いを視認するほどまでに収まっていく。

 

「ぐっ……く、流石にキツイか」

 

大技の連発による負荷から来る左目の痛みに小さく呻きながらも予断なくイレーネを見据えて……異変に気付いた。

 

「………………」

 

両腕をダラリと下げて俯く姿はまるで糸の切れた人形のようだ。

脳が、感覚が警鐘を鳴らす。

逃げろ、後退しろ、退避しろ、『お前は失敗した』と。

だが、晶は見た、見てしまった。

 

「お姉、ちゃん……?」

 

ーープリシラがイレーネに近づくのを。

 

「止まれ、プリシラァァ!!」

 

叫び、手を伸ばし、駆け出す。

しかし声は虚しく響き、手は虚空を掻いて、辿り着くには遅すぎた。

 

「…………え」

 

足を止めたプリシラの首にイレーネが噛み付いた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてーーーー全てが潰された。

 


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