学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*09 束の間の

翌日、もはや通いなれてしまった居住区の一角にあるマンションの前に、晶と綺凛は立っていた。

 

「よう、時間通りだな」

 

マンションのフロアーからイレーネが軽い調子で出てきた。自宅前ということもあり、ダメージジーンズに半袖のTシャツといったラフな格好である。

 

「礼をする、と聞いて来てみたが。これでは何時も通りではないか?」

 

言葉面こそ疑問系ではあるが、晶の口許は笑みを浮かべていた。

何となく予想は出来ていたのだろう。

先日のプリシラを助けた一件にてイレーネが礼をしたいと言うことで食事に誘われたのだが、来いと言われた場所はウルサイス姉妹宅だったのだ。

 

「別にいいだろ、下手な店よかプリシラの飯の方が美味いんだし」

 

「ふふっ、違いないな」

 

「だろ?……さて、立ち話もなんだ。部屋に行くとしようぜ」

 

イレーネに促され、晶は先程から緊張で固まっていた綺凛の手を引いてマンションへと入っていく。

マンションの内装は建築自体が比較的最近のためか至って清潔かつ、小洒落たものだ。

エレベーターに乗り、三階で降りて、廊下の突き当たり。

そこが、ウルサイス姉妹の部屋だ。

 

「プリシラ~、連れてきたぞ」

 

「フロアーまで迎えに行っただけでしょ、もう……いらっしゃいませ!晶さん、刀藤さん」

 

部屋に入って早々食卓に座るイレーネに頬を膨らませてから、エプロン姿のプリシラが晶達にぺこりと頭を下げた。

 

「二日ぶりだな、プリシラ」

 

「お、お邪魔します」

 

「今お料理を持ってきますから、テーブルに座っててください」

 

「了解だ」

 

プリシラに促されるままイレーネの反対側の席に腰を下ろすと、料理が運ばれてくるまでの間、タイミングを見計らって綺凛がか細く声を上げた。

 

「あ、あの……ウルサイス、さん?」

 

「イレーネでいい、呼びにくいだろ。で、なんだ?」

 

「えと、私はなんで呼ばれたのでしょう……?」

 

そういえば、と晶は盲点だったとばかりに手を打った。

なんと今の今まで綺凛が共に呼ばれたことに疑念を持っていなかったのだ。完全に一人になる休日以外、基本的に行動を共にしているが故に思い当たらなかった辺り、綺凛とのペアの収まりのよさというのを感じる。

対してイレーネは一瞬きょとんとした後、質問にあっさり答えた。

 

「単に気になっただけさ。この性格ひん曲がった奴と組んだパートナーがな……実際見てみると結構でけぇな」

 

「誰が性格ひん曲がりか。そしてどこを見て言った」

 

即座にツッコミを入れると「冗談だよ、冗談」とイレーネは悪戯が成功した子供のように笑った。

 

「ほんとの所、《疾風刃雷》がどんな奴かは気になってたんだよ。ま、いい機会だと思って一緒に呼んだってことだ」

 

「な、なるほど」

 

「そういう事だ。何、そう緊張することもない。少しばかり肩の力を抜いても問題はないさ」

 

まだ何処か緊張が抜けきっていない様子の綺凛の頭を撫でて宥めるようにそう言うと、多少はほぐれたのか上がっていた肩が下がっていった。

そうして暫く談笑しつつ待っていると、プリシラが料理を運んできた。

 

「お待たせしました!ひよこ豆とトマトのサラダ、ポテトのアリオリソース、小エビのニンニク唐辛子炒め、マッシュルームのセゴビア風です」

 

「これはまた……手の込んだ」

 

「す、すごいです……輝いて見えます」

 

「へへ、だろ?」

 

食卓に置かれていく皿の数々に唖然としていると、何故か当人よりもイレーネが自慢げに鼻をならした。

 

「お前が偉ぶってどうする……全く」

 

「姉として、妹が誉められたらうれしいだろうよ」

 

「お姉ちゃんったら、もう……あ、冷めないうちにどうぞ!」

 

若干顔を赤らめたプリシラに促され、「いただきます」と一言言ってから出された料理へとフォークを伸ばした。

 

「これ、美味しいです……!えっと、すごく!」

 

小エビを口にした綺凛が目を輝かせて、左右に結った髪房をパタパタと揺らしながらプリシラに拙いながらも感想を伝える。

 

「ふふっ、ありがとうございます…………晶さん、可愛すぎませんかこの子」

 

「プリシラ落ち着け、目が色々と危ない感じだぞ」

 

はにかんだ笑顔から一転、真顔になったプリシラに苦笑する。

どうやらプリシラも綺凛の小動物的な雰囲気に当てられたらしい。事実、パクパクと料理を食べては先程のような感想を言われる度にプリシラの表情は見事にとろけていた。

 

「おい、一体何がどうなればプリシラの表情があんなんになるんだ。催眠術か?」

 

「私に聞かれてもな……まあ、綺凛の雰囲気は良い癒しになるといった所だな」

 

「……はぁ」

 

納得顔で頷くと、イレーネはよくわからないといった表情で首を傾げたが、明るい笑顔のプリシラを見て口許をふと緩めた。

 

「ま、悪くないんじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれから、かれこれ一時間後。

 

「だぁあ、くっそまた負けた!」

 

「ふっ、年季が違うのだ。負けるものかよ」

 

「同い年だろうが!?」

 

テレビ画面を前にしてイレーネが悔しげに叫んだ。その隣では晶がニヒルな笑みでどや顔をしている。

画面には堂々と『1P Win !』の文字が輝いていた。

前菜もメインディッシュも見事に食べきった後、イレーネに誘われて晶がいつの間にやらハードごと持ち込んでいたレトロゲームをやることになったのだ。

ジャンルは3D格闘ゲームで、通常のK.O.の他にステージ外に相手を押し出すことでも勝利することが出来るというものだ。角ついたポリゴンのキャラがなんとも時代を感じさせる。

 

「つーかお前のキャラはおかしいだろ!なんで忍者なのに格闘全振りなんだよ!しかも自爆して場外いってんじゃねーか!」

 

「勝てば良いのさ、勝てばな」

 

「ちくしょう……もう一回だ」

 

「幾らでも掛かってこい」

 

そう言い合って楽しげにゲームをする二人の背中を、キッチンから眺めて、プリシラは目を細めた。

 

「お姉ちゃんったら、あんなにはしゃいじゃって」

 

「確かに、試合で見たときとは正反対に見えます……」

 

プリシラの洗った皿を拭きながら綺凛は頷いた。

以前、テレビ中継で観戦した時は野生の獣を想起させるような荒々しさがあったが、今見ている彼女は年相応に思える。

 

「晶さんが来たとき位なんです。私と一緒の時以外でお姉ちゃんがあんな風に笑うの」

 

「そうなのですか?」

 

「ほんとですよ。普段のお姉ちゃん、いっつも仏頂面ですから」

 

困ったもんです、と続けるもどことなく嬉しそうな色が声に滲んでいた。

そして思い出すのは自分達が彼に会ったあの日の事。

 

「初めて会った時は大変だったなぁ……」

 

「?」

 

「お姉ちゃんが出会い頭に晶さんに斬りかかっちゃって」

 

「ふぁ!?」

 

物騒なワードに綺凛が素っ頓狂な声を出したのを見て、口許を押さえながら笑いつつも、改めてその時の事を思い返す。

 

「私達が晶さんに会ったのは去年の初夏の頃で、今回の件と似たような感じで不良に絡まれてた所を助けて貰ったんです。何でも迷子を探してたら偶然見掛けたからなんだそうですけど」

 

「今回と同じ理由ですね……」

 

「それには私もびっくりしました……それから表通りに送って貰ってる最中にお姉ちゃんに見付かっちゃって」

 

「晶さんは斬りかかられたと」

 

「問答無用で……」

 

見掛けるや否や《覇潰の血鎌》を構えて晶に突っ込むものだから血の気が引いたのを覚えている。

そして、当時ですらかなりの強者であった姉の攻撃を難なく防いでいた姿も脳裏に刻まれている。

 

「その後何とか誤解を解いて、お詫びに食事に誘ってから私達と晶さんの関係は始まったんです。お姉ちゃんと私が一緒に居られる時間をたくさん作ってくれたり、私に料理を教えてくれたり……晶さんが居なかったらきっと、お姉ちゃんもあんな風に笑うことも少なかったかも知れません」

 

「プリシラさん……」

 

「ごめんなさい、なんだが辛気くさい話しちゃって」

 

「いえ、私から聞いてしまったようなものですし……あ、宜しければ先輩の話、もっと聞かせてもらってもいいですか?」

 

知り合って間もないが、珍しく綺凛が好奇心を前に出して訊ねるとプリシラの方も気分が乗ったのか嬉々として語りだす。

キッチンからそう離れていない故に話が耳に入ってしまった晶は気恥ずかしそうに喉を鳴らした。

 

「むぅ……何とも恥ずかしいものだな、これは」

 

「あんたが照れるなんて珍しいのが見れたな」

 

対戦を終えてコントローラーを置いた所でイレーネがそう言われて肩を竦める。

 

「私とて気恥ずかしさくらい感じるさ……それよりも」

 

そこで言葉を切ってイレーネへ顔を向ける。

 

「侵食、だいぶ進んでいるようだな」

 

「……流石にバレてるか」

 

小さく溜め息を吐いてガシガシと頭を掻く。

晶が問うたのは《覇潰の血鎌》の代償、否、性質だ。

《純星煌式武装》のコアとして使われる《ウルムマナダイト》にはそれぞれ性格のような物が存在する。

綾斗の《黒炉の魔剣》のように持ち主に抵抗するような物もあれば、《闇鴉》のように比較的おとなしいものもある。

その中でも《覇潰の血鎌》は相当性格が悪いと言えるだろう。

 

「以前の試合を拝見したが、かなり『荒れて』いたぞ」

 

「……」

 

何せ担い手の精神を蝕んでしまうのだから。

使う度に持ち主の戦闘意思を増長させ、果てにはーー。

その先を想定しかけて頭を振る。

 

「……イレーネ、お前は」

 

「大丈夫だ」

 

言葉尻を被せ、イレーネの瞳が真っ直ぐに晶を見つめる。

 

「だから、明日は全力だ」

 

止めろ等と言うな、と言外に語るような眼差しにもどかしさを感じて額に手を当ててしまう。

先程までと違う、虚ろさのある表情に心がささくれ立つ。

彼女にとってこうなる他に道が無かったと知っている。だが、だからこそ。

 

「八十崎?」

 

「……ああ、明日はお互い全力でぶつかろう」

 

八十崎晶は望むのだ、何のしがらみもなく彼女が笑える時が来るのを。

 

(その為にはーー)

 

夜が更けていく。

約束の時は眼前にある。

束の間の安らぎの中、晶は一つの決意を固めるのだったーー。




次回、ついにイレーネ戦……!

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