学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*07 気分転換と迷子

「試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛!」

 

《鳳凰星武祭》七日目。

もはやお決まりとなった大歓声の中、晶は何処までも高い天井を眺めて息を吐いた。

実況と解説の声が試合について色々と話しているが、それすら、今の晶には曖昧にしか聞こえなかった。

今回の相手は界龍のタッグだったが、晶が速攻で一人を倒したことで終始有利に試合を進め勝利した。

 

「……うぅむ」

 

だが、その勝ちの余韻すら晶は感じることがままならなかった。

先日のイレーネの試合を見てからというもの、自身でもよく解らない感情の揺れのせいでこうなってしまっている。

 

「先輩、晶先輩っ!」

 

「ん、ああ……すまない、綺凛」

 

袖口を引っ張られ、思考の海から引き上げられる。

不安げな綺凛の表情を見て、これはいかんと、頭を振って意識を切り替える。

気付けばすでにステージから離れ、控え室へ向かう通路を歩いていた。その事実にどれだけ自分が考え込んでいたのか理解した。

 

「……これでは腑抜けだな」

 

「この間からずっとあんな調子でしたけど、何処かお身体が悪いのですか?」

 

「そういう訳では無いんだ……柄にもなく、考え事をしてしまってな」

 

苦笑しながら手慰むように頭を掻く。

彼自身、こうして長いこと悩む事が無かった故に、上手い『落とし所』が見付けられないでいた。

無事予選を抜け、本選へと至れたというのにこの調子ではいけないとわかってはいるのだが。

 

「明日は休養日ですし、気分転換に出掛けてみるのはどうでしょう?」

 

彼女なりに晶の悩みについて考えたのか、綺凛がそう提案してくる。

確かに明日は本選前の息抜きとして、訓練もない完全な休みにしていた。

綺凛の言うとおり、気分転換には丁度良いタイミングだ。

 

「そうだな……綺凛は明日はどうするのだ?」

 

「私は、《千羽切》の手入れをしたら特には予定はないですけど……」

 

「ふむ、では明日共に出掛けみるか?」

 

「ふぁ!?」

 

予想だにしていなかった返しに綺凛の身体がびくんっと跳ねる。

まるで子犬が驚いたような反応に微笑ましくなりつつも晶はいたずらっぽく言ってみる。

 

「ははは、提案したのは綺凛だぞ?なら付き合って貰わないとな」

 

「え、えええと、それはつつまり、二人きりという事でしょうか……」

 

「明日、綾斗達は試合。楠木と沙々宮はその応援だ」

 

「はぁうぅ……」

 

言外に二人きりだと答えられ、綺凛は首の下まで真っ赤に染めて顔を抑える。

その内心は嬉しいやら気恥ずかしいやらで混沌とした状態になっていた。

 

「まあ、無理にとは言わん。駄目であるなら仕方な」

 

「行きますっ!」

 

半ば叫ぶような綺凛の反応に若干驚きつつも、晶は「そうか」と笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。晶と綺凛の二人はそろって何をするでもなく商業エリアをぶらついていた。

流石に《鳳凰星武祭》も一週間が過ぎ、人波の忙しなさも幾分か落ち着いている。

 

「思ったほど混んでいなくて良かったな」

 

「ですね、この間みたいな人混みだったら大変でした」

 

ショーウィンドウに並ぶ服や雑貨の数々をゆっくりとした足並みで眺めていく。

珍しく日差しもそこまで強くなく、時折吹く風が心地好い。

綺凛の言った通り、気分転換にはもってこいの日である。

 

「綺凛」

 

「ふぁい?」

 

「今日はありがとう」

 

そう素直に感謝の気持ちを伝えると、道すがら屋台で買ったシュークリームを頬張っていた綺凛が固まる。

 

「?どうした、綺凛」

 

「……今のは反則です」

 

疑問に思って振り返ると、小さく綺凛が呟く。目元こそ髪に隠れてしまっているが、耳元が赤くなっているのが見えた。

果たしてなにが反則なのだろうかと思いつつも晶は徐にハンカチを取り出すと、それを綺凛の頬に当てる。

 

「ひゃわっ」

 

「ほら、クリームが付いているぞ……これでよし」

 

撫でるような力加減でクリームを拭うと、「ゆっくり食べるんだぞ?」と言って笑う。

その笑顔を見てさらに綺凛の顔が赤くなるが、とうの晶は気恥ずかしいのだろうかと的外れなことを考える。

 

「……な、なんだか今日の先輩は元気ですねっ」

 

「綺凛のおかげだ。おかげで気分が幾分か晴れた」

 

もし出掛けないで一人で居たならばどんどん鬱屈とした考えに陥っていただろうが、今は心に多少の余裕が生まれている。

 

「そ、それなら良かったです……」

 

恥ずかしげに笑う綺凛に心暖まりながら歩いていると、不意に携帯端末から着信音が鳴った。

画面を見れば、楠木リスティの名が。

何事かと思い空間ディスプレイを開くと慌てた様子のリスティの顔がアップで映った。

 

『あっきー、ヘルプ!!』

 

「とりあえず落ち着け。そして画面から離れろ」

 

音割れする程の大音声と周囲からの目線に顔をしかめながらも、綺凛を連れて歩道の端へと移動する。

 

「それでどうした。綾斗達の応援は終わったのか?」

 

『ああうん。試合は先輩達の勝ちで終わったんだけど……その後沙々宮先輩と商業エリアで遊ぼうって事で歩き回ってたらいつの間にか』

 

「居なくなっていた、と」

 

事態を察して「またか」と若干呆れたような顔で肩を落とす。

 

『携帯に連絡したら「THE迷子」とか言ってるしでさぁ。私も商業エリアは表道しかわかんないからどうしようかと……』

 

「そうか……ふむ」

 

不安げな表情のリスティに相づちを返して、横で待っている綺凛に視線を送ると、少し残念そうながらも首を縦に振った。

健気なその振る舞いに小さく「すまないな」と謝ると画面に向き直る。

 

「私と綺凛も丁度今商業エリアに居る。一度合流するとしよう」

 

『あ、じゃあアリーナ近くのコンビニに来て』

 

「了解だ。念のためにも綾斗にも連絡しておいてくれ」

 

『わかった!って、刀藤ちゃんと一緒ってもしかしなくても二人きーー』

 

ぶっつりと通話を切って端末をしまい、やれやれと苦笑する。

 

「沙々宮先輩、大丈夫でしょうか?」

 

「むしろ何時もの事だ……それより、すまんな。折角の日だというのに」

 

「いえ、流石に看過はできませんから」

 

「全く……出来た娘だな、綺凛は」

 

懐深い綺凛の頭を撫でて、晶達二人は集合場所へと足を向けて歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……居るとしたらこのあたりだろうか」

 

少し寂れたような町並みを眺めて晶は首を鳴らす。

ここはアスタリスク西部、商業エリアの外れだ。リスティと合流した後、紗夜に再度連絡を取り得た情報から大まかな当たりはついたが、流石に一区画だとはいえかなりの広さだ。

 

「あとは数を揃えて足で探すのみだな」

 

その為、リスティと綺凛、そして晶の三人でそれぞれ散開して探すことになった。

残念ながら綾斗とユリスは、綾斗の休息もあるため参加出来なかったのが痛手ではある。

紗夜探しが得意な綾斗が参加出来たのならかなり楽になったのだが。

 

「……楠木と綺凛は表道、となるとあとはこちらしかないか」

 

ビルとビルの隙間、明るい今時分ですら関係ないような薄暗い裏路地に足を踏み入れる。

途端に少し冷えた空気と澱んだ臭いが体を包んだ。

それに特に眉をしかめるでもなく、慣れた様子で進んでいく。

 

「ふむ……こちらは外れだったか?」

 

奥まった所まで進んだところで立ち止まり、踵を返そうとしたところで、小さな声のような音が聞こえた。

 

「……っ!放してください!」

 

一際大きな悲鳴が晶の耳朶を叩いた瞬間、その体は声の方向へと加速した。

聞きなれた声だ、ほぼ毎日聞く声だ。故に聞き逃す訳にはいかない。

こんな裏路地だ。どんな状況かなんて簡単に想像がつく。

そして声の元、少し広めの路地の先。

数人の男に囲まれ、押さえられたプリシラが見えた。

 

「ーーーー」

 

途端。一拍も置かず駆け出して、小さく跳躍。

 

「おい、今なんか」

 

「がっーー!?」

 

感付いた男が振り向いたと同時、その隣に立っていたもう一人が吹き飛び、ビルの壁に叩きつけられると伸びた蛙のように気を失った。

ざわついていた空気が、止まった。

 

「おい、貴様等」

 

その場にいる全員の視線の先、男を蹴り飛ばした足から薄い煙を上らせた晶がゆっくり振り返る。

 

「ーーーー何をしている?」

 

淡々とした問い。しかしその声音にはまるでギロチンのような冷たい重圧が潜んでいた。

 

「て、てめぇ!」

 

漸く脳の処理が追い付いたのか、男達が一斉にナイフ型の煌式武装を起動するが、その隙を以て晶はプリシラを抱き抱えてすり抜ける。

 

「なぁっ!?」

 

「プリシラ、少し目を瞑って耳を塞いでいろ」

 

「え、あ、はいっ!」

 

まだ何が起きたかわかっていないプリシラに言い聞かせて、言った通りにしたのを確認すると、晶は男達へと振り返る。

 

「さてーー貴様等、よって集って一人の女子(おなご)に襲い掛かっていたと見受けるが、相違無いな?」

 

「うるせえ!お前ら囲いこめ!そうすりゃやれる!」

 

問い掛けを無視して男達が通路を塞ぐようにじりじりと広がっていく。

背後は袋小路、文字通り八方塞がりの状態だ。

だがそれでも晶は表情を崩さない。

 

「態度でもって肯定とみなす。で、あるならば」

 

「おらぁ!」

 

口を開いたのをチャンスと見たのか、正面の一人がナイフを振り上げ迫り来る。

 

「疾くーーーー去ね」

 

その刃が触れる寸前。全くの無拍子で撃たれた掌底がその体を弾き飛ばし、爆ぜるような音を立てて壁にめり込ませた。

あまりの出来事に再び固まった男達へただ一言、宣告する。

 

「赦しも懺悔も要らん……ただただ、潰れろ」

 

ーー正しくそれは、死の凶鳥の刻鳴であった。


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