学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*06 戸惑い

《鳳凰星武祭》五日目。シリウスドーム。

観客席からの収まらない熱気をステージで浴びながら、晶はごきりと首を鳴らした。

 

「ふぅむ……相手はクインヴェールか」

 

反対の入り口から入場してきたツインテールとポニーテールの少女を一瞥すると、同じように対戦相手を見ていた綺凛が驚いたような声を上げた。

 

「お二人とも、すごく綺麗ですね……」

 

「まあ、でなければクインヴェールには入れんだろうよ。彼処は少々特殊であるしな」

 

クインヴェール女学園、六花では最も小規模の学園だ。しかし逆に最もファンの多い学園でもある。

名の通り女子しか入学できないこの学園は、いわばアイドル養成所のような側面を持つ。であるが故、《星武祭》での総合成績は度外視しているという。

だからと言って生徒が弱いということは決してない。

実際、前回の《王竜星武祭》では序列一位が準優勝している。

 

「ある意味で、底が知れん所だよ。クインヴェールは」

 

二人の少女が観客席に向かって手を振る度に沸き上がる大歓声に苦笑いを浮かべつつ、綺凛の頭をぽんと優しく撫でる。

 

「何、綺凛も十分、いや十二分に可愛らしい。自信を持て」

 

「はにゃ……!?」

 

突然の誉め言葉に綺凛は耳まで真っ赤にして、ジト目で晶を見上げる。

 

「先輩、ズルいです……」

 

「ズルい?」

 

「な、なんでもないです!」

 

意外な反応に首を傾げると、綺凛は慌てたようにそっぽを向いてしまった。

晶は晶で最近よく言われるワードに自分がまた何かやってしまったのかと思い返そうとした所で、試合開始の合図が鳴ってしまった。

 

「仕方ない、後で考えるとするか」

 

「来ます!」

 

頭を軽く振って気持ちを切り替えると同時、綺凛の声が対戦相手の接近を伝える。

ツインテールの少女は双剣、ポニーテールの少女は槍型の煌式武装という、近接戦を主眼においた武装チョイスだ。微笑みこそ絶えてはいないがその動きには洗練されたものがある。

 

「よろしい、では『掃討』するぞ」

 

「……了解!」

 

目線を一度交わすと晶が先んじて駆け出す。

 

「まずは一太刀」

 

「わぁ!?」

 

加速の勢いをのせた闇鴉の一閃を辛うじてツインテールの少女が双剣を交差して防ぐが、腕を弾かれてしまう。

それを確認することなく晶は足に星辰力を集中させると今度はポニーテールの少女へと半ば残像を残すようなスピードで突撃する。

その背後では、見事に体勢を崩された少女へ間を置かず綺凛が肉薄していた。

 

「ええっ!?」

 

「ーーー疾ッ」

 

影から出てきたかのような綺凛に驚愕するが、制服の裾を犠牲にしてギリギリの所で放たれた逆袈裟を回避する。

 

「遅いーー!」

 

綺凛は更に一歩踏み込み完全に懐へと入り込むと真一文字に千羽切を振るった。

手に確かな感触を感じ、息を吐くと胸元から相手の校章破壊の宣言がアナウンスされる。

まずは一人、と呟いてポニーテールの少女へ向かった晶を見ると、かなりの余裕をもって少女の槍を捌いていた。

 

「何で当たらないのー!」

 

「狙いを一点に絞り過ぎだ。それでは避けて下さいといっているようなものだぞ?」

 

繰り出される刺突の数々を納刀した闇鴉で反らしながらまるで教え子に語る教師のようにアドバイスする。

 

「それと、槍のリーチをもっと生かすべきだな。攻撃と距離に応じて持つ位置を変えたりすると良い」

 

「だったら、これで!」

 

空を裂く音を鳴らしながらポニーテールの少女が槍を突き出す。

攻撃の瞬間持ち手の位置を後ろに変えたそれは、端から見れば槍が伸びたように錯覚させる。不意を打つには最適の一撃だ。

しかし、その穂先は何も貫くことはなかった。

 

「即座に実践か、しかも中々に筋が良い。だが」

 

穂先の数ミリ横、闇鴉を突きだした体勢で晶は満足げに微笑む。

その鞘の先端は少女の校章を砕いていた。

 

「詰めが甘いな」

 

「試合終了!勝者、八十崎晶&刀藤綺凛!」

 

決着を告げる機械音声が鳴り渡り、観客席からの歓声が場内を沸き立たせる。

 

「まあ、楽しかったぞ。ありがとう」

 

その最中、腰が抜けたのか、へたりこんでしまった少女へ手を差し出して晶は励まそうとそう言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、つかれましたぁ……」

 

「全く、くどいにも程がある……」

 

試合終了後、相も変わらず長々しいインタビューを切り抜けた晶と綺凛は控え室に入るやいなやソファに座ると脱力した。

 

「はぁ……綺凛、なにか飲むか?」

 

「あ、すいません。それじゃあスポーツドリンクを」

 

溜め息を吐き、ぐずる精神を叩き折って冷蔵庫からスポーツドリンクを二つ取り出すと、片方を綺凛に渡して再度ソファに体を落ち着ける。

二人同時にペットボトルの蓋を開け、喉をならして飲み下す。

 

「ぷはぁ」

 

「生き返るな……」

 

長いこと話し詰めで渇いていた口内が潤う感覚にすっかり肩の力が抜けていく。

そうして気楽な沈黙が暫く続いた後。

 

「む、そう言えばこの時間はーー」

 

「どうかしたんですか?」

 

ふと何かに気付いたのか晶はテレビをつけるとチャンネルを回していく。

 

「何、少し気になる試合があってな。っと、これだな」

 

「あっ!先日の」

 

モニターに映った画面には、レスターと相方であるランディ。そしてーー。

 

「……イレーネ」

 

血のような赤髪赤眼に長大な鎌を持った少女が立っていた。

『まるで吸血鬼のような』歯を覗かせ笑うイレーネの姿に、晶は言い様の知れない、ざらついた感覚を覚える。

 

(やはり……『侵食』がかなり深くなっている、か)

 

始まった試合を眺めながら考えているのはイレーネの持つ《覇潰の血鎌》、その能力の代償だ。

その代償の大きさ故に、適格者は多くあれど『担い手』になれる者は極僅かとさえ言われる代物なのだ。《覇潰の血鎌》という純星煌式武装は。

 

「……あ、もう一人の方も先日お会いしましたよね?」

 

「ああ、プリシラだな」

 

「戦闘には参加していないようですけど……」

 

「プリシラは戦えんよ。いや、この場合は戦われては困るのか」

 

試合開始と共に動き出したカメラの映像に映ったプリシラを見て、晶は綺凛の疑問に答える。

実際のところ、プリシラに戦闘能力というものは殆ど無い。というのもイレーネの過保護さと、何より本人の性格に依るものが大きい。

星脈世代である以上、常人程度ならなんとかなるだろうが、同じ星脈世代相手なら間違いなく容易く手に掛かってしまうだろう。

そうさせない為に晶も護身術を教えてはいたが、焼石に水と言ってしまえばそれまでだ。

 

「戦われては困る、というのは?」

 

「プリシラはイレーネが戦ううえで生命線だからだ」

 

そこまで言ったところでレスターの放った一撃を受けたイレーネが吹き飛ばされるのを見て、言葉を切る。

《覇潰の血鎌》の能力によって、すでにランディはステージに伏せたまま気を失っていた。その周囲には放射状の亀裂が蜘蛛の巣のように広がっている。まるで巨大な何かに潰されたように。

 

「《覇潰の血鎌》の能力は重力操作。効果の程は今見た通りだ。そして」

 

吹き飛ばされたイレーネがむくりと起き上がり、プリシラを呼ぶとその首筋を顕にした。

 

「その代償はーー血だ」

 

まるで怪奇小説の吸血鬼のようにプリシラの首筋にイレーネが歯を立て噛みつく。

彼女が《吸血暴姫》と呼ばれる所以を目の当たりにして綺凛の額から冷や汗が流れた。

イレーネが血を嚥下する度、悦びを表すように《覇潰の血鎌》の刃が脈打つように輝く。

 

「…………勝敗は、決したな」

 

不安や焦りがない交ぜになった声が口から溢れる。

どこか重くなった感情のせいなのか、自然と組んでいた手に力が籠る。

自分でもわからない心の揺れに、晶は知らず動揺していた。

 

(私は……イレーネを、どうしたいのだ?)

 

一際強まった重力波によりレスターが膝をつく。

紅く、紅く染まった瞳でその様子を眺めながら首筋に大鎌を突き付けるイレーネの笑みは、晶の知るイレーネの笑顔とは程遠かった。

ナニカが混ざったような、澱んだ目。

 

(…………私は)

 

細波立つ感情を抑えるように腰に提げた《闇鴉》の発動体に触れる。

彼女の笑顔、ふてくされた顔、どこか嬉しそうな顔。

それらを失う。そんな『あってはならない未来』が脳裏を過る。

 

(…………)

 

ーーーぐるぐると回る自問自答は結局、試合が終わり綺凛に呼び戻されるまで終わることはなかった。

 


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