学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*02 開戦の号砲

シリウスドーム。

各《星武祭》を執り行うに当たって毎回メインステージとなる巨大アリーナ、それは六花の中心部に燦然と存在している。

現在そのシリウスドームではいよいよもって始まった第二十五回《星武祭》の開会式が始まっていた。

 

「毎度のことながら、まあ凄まじい人の数だな」

 

「前回もこれくらいの多さだったの?」

 

長々と続く六花の市長からの挨拶を聞き流しながらぼやいた晶に、後ろに立つ綾斗が小声で訊ねる。

晶達が立っているのはステージの中央。その広さは今大会の出場者が整列しても余りあるほど広大だ。

学園ごとに列をなして式の進行を聞いている。

 

「ああ、出場者然り、観客然り、満員御礼は《星武祭》では常だ。桁違いの衆人環視だ、今のうちになれておけよ?」

 

「ちなみに全世界へ中継放送もされているぞ」

 

晶に続くユリスの補足に綾斗が苦笑いを浮かべる。

ドームの収容人数は約十万人。しかし現状は通路すら埋まりかねない超満員で十万はとうに超えているだろう。

加えて全世界同時中継となれば観客数は数えきれない。

雑談を終えて視線を前に戻すと、ちょうど市長の挨拶が終わり入れ替わりで短く顎髭を蓄えた壮年の男性が演壇に立った。

 

「諸君、おはよう。こうしてまた今年も君たちの勇壮な姿を見ることができて嬉しい。そして今年、このアスタリスクにやってきた者には初めましてと言っておかなければならないね。《星武祭》運営委員会委員長の、マディアス・メサだ」

 

マイクを通さずとも会場全体に届く落ち着いた声でそうマディアスは挨拶すると笑みを浮かべる。

フォーマル、という言葉が似合う男性の言葉に観客席の一部から小さく黄色い声が上がる。

しかし、晶の目にはマディアスは違って見えた。

 

(……底が見えんな。ヤツは)

 

直感のようなものではあるが、そう感じた。

見た目通りの人間ではない、何かの澱みを持った男だと理性ではなく本能が囁く。

マディアス・メサと言えば星導館学園のOBで、かつての学園を《鳳凰星武祭》優勝に導いた強者でもある。

少しでも戦うことを経験した者ならばいやでも解るだろう。

 

「先輩、マディアス・メサさんは……」

 

「ああ、"強い"な。笑ってはいるが、全くもって一分の隙もない」

 

隣立つ綺凛に頷き、晶は彼の体から抑制されてもなお強大な星辰力を感じていた。

そうしてマディアスを眺めていると、ふと視線が合ったーー気がした。

 

(私と……綾斗を捉えた……?)

 

ほんの一瞬の視線の動きに晶は表情には出さないものの、内心困惑した。

偶然、というには些か強いそれは、一体何の理由があってのものなのか。

 

「ーーさて、長々と話をしても興を削ぐだろうから、最後に一つだけ諸君に重要な大会レギュレーションの変更を伝えて終わりにしようと思う。まあ、一部の者には既に漏れ伝わっているようだけどね」

 

思考を遮るように響き渡るマディアスの言葉に、晶は嫌な予感を感じつつも耳を傾ける。

回りくどい解説の先、マディアスが一つのルールを宣言する。

 

「ーー"自律機動兵器の代理出場"を認めることとする」

 

と。

 

 

 

 

 

 

「テメェの予想が的中したな、八十崎」

 

マディアスの挨拶を最後に開会式を終えて会場から引き上げた晶達に声を掛けてきたのは、相方のランディを連れたレスターだった。

 

「当たってほしくはなかったがな……」

 

肩を竦めて返すとレスターは鼻を鳴らして不機嫌さを表す。

 

「また大会委員の連中が面倒を増やしてくれやがった」

 

「だとしても、お前は叩き潰すだけだろう?」

 

「はっ、当然だ。テメェも精々首洗って待ってろ」

 

口こそ悪いが、彼なりの応援のつもりなのだろう。

立ち去り際、

 

「天霧のやつにも伝えとけ。オレたちに当たるまで負けんじゃねえぞ!」

 

そう捨て台詞を吐いて立ち去るレスター達の背中を見送って、晶は笑いながらやれやれと首を振った。

ユリスよりかはマシとは言え、レスターも素直な性格ではないらしい。

 

「男のツンデレなぞ需要が無かろうに……」

 

「つんでれ?って何ですか」

 

「……綺凛にはまだ早い」

 

呟いた言葉に反応した綺凛に、途端に真顔になってそう告げておく。

今だ純真無垢な少女にこの手のワードは尚早と言うものだろう。遅かれ早かれ知られるだろうが。

 

「さて、私達は今日が第一試合だ。綾斗達と合流して昼食としよう」

 

誤魔化し半分、手をぱんっと一度叩いて提案すると、綺凛は首肯した。

 

「はいっ」

 

「では……この人混みの中、探し当てるとするか……」

 

振り返れば見渡す限りの人だかり。綾斗とユリスは見つけやすいだろうが、あと二人は小柄故に見付けにくいのは必至だ。

とりあえずと、晶は綺凛に手を差し出す。

 

「はぐれてはたまらないからな。繋いでいくとしよう」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

少し頬を染め、慌てた様子で綺凛がその手を掴む。

あまり異性と関わったことが無い綺凛にとって初めて若い男と手を繋ぐ行為は多大な緊張があったのだが、とうの晶はというと。

 

(やはり年頃の少女だからか気恥ずかしいのだろうか?)

 

などとズレた事を考えていた。

ともあれ、これではぐれることも無い。

改めて、晶は人混みに向かって歩き出すのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫く経ち、場所は同ドーム内にある選手専用の控え室。

 

「……御馳走様でした」

 

空になった弁当箱を前に、晶が両手を合わせた。

 

「お、お粗末様でした」

 

それに対し反対に座る綺凛が恥ずかしげに縮こまる。

多少時間はかかったものの、何とか綾斗達を見付け、全員そろって控え室で昼食を食べることとなったのだが、何と綺凛が晶に弁当を作ってきていたのだ。

せっかくなので買ってきていたコンビニのおにぎりを何故か来ていた英士郎に投げ渡して晶は弁当を完食し、今に至る。

 

「いやあ、私も教えた甲斐があったね。感謝してよ?あっきー」

 

「……料理出来たのか、楠木」

 

「失礼な!?」

 

晶の物言いに沙夜の隣に座っていたリスティが頬を膨らませて憤慨する。

何を隠そう、綺凛に料理を教えたのはリスティだったのだ。しかもかなり上手いという、普段の弾けた彼女を見てきた人間にとしては意外や意外と思わせた。

さらに驚くことに、リスティは沙夜とペアを組んで《鳳凰星武祭》に出場することになっていると言うことだ。

 

「沙々宮と楠木が組むとはな……流石に予想外だぞ」

 

「いやいや、共通点ならあるぜ?」

 

心情そのままに語るユリスに対し、英士郎がニヤリと笑う。

もうその時点で結末がなんとなく予想がついた晶はサッと目を反らす。

 

「共通点?何かあったっけ?」

 

「ズバリ、二人とも色んな意味でちっちゃいーーーがはぁ!!」

 

綾斗の質問に答えようとした所で英士郎に件の二人が眼光鋭く拳と蹴りを叩きこんだ。

椅子に座っていたはずなのだが、瞬きの間に壁際の英士郎に切迫していた。コンプレックスの怒りは遂に時間をも超越したようである。

 

「……ほんのちょっと僅かばかり失礼すぎる」

 

「仏だって一回目でキレる事もあるんだよ?夜吹せ・ん・ぱ・い・?」

 

「ファ◯通を懐に入れてなければ即死だった……!」

 

小柄な体から発せられる殺気にもめげず英士郎が呻きながら立ち上がる。

二人も二人なら英士郎も英士郎でタフである。

むしろ雑誌一冊で何故あの一撃を耐えられるのか。

 

「さて、自爆した阿呆(夜吹)は放っておくとして、そろそろ私達の試合時間が近いな」

 

友人をさらっと見捨てつつ時計で時間を確認する。

今部屋にいる面子で今日試合があるのは晶達だけだ。残りのメンバーは明日からとなる。

 

「それじゃあ、俺達はここで観戦しながら待ってるよ。頑張って」

 

「お前達二人ならば苦戦すら論外だろうが、まあ頑張ると良い」

 

綾斗とユリスから激励を受けて晶は当然だと笑い、綺凛はこくりと頷いて立ち上がる。

すると丁度、部屋に備えてあるスピーカーから放送が入る。

 

『八十崎晶選手、刀藤綺凛選手。試合開始まで残り二十分となりました。入場ゲートまでお越し下さい』

 

「よし、では行ってくる」

 

機械的な呼び出しを聞き終え、綾斗達に見送られながら控え室を出る。

入場ゲートまで続く長い廊下を歩いていると、綺凛がふいに呟いた。

 

「いよいよですね」

 

「ああ。共に勝利を掴もうじゃないか」

 

「……はいっ」

 

少し緊張が解れたのか、いつもの笑顔を浮かべた綺凛の頭を軽く撫でながら、晶は勝利というその二文字を胸に刻み込む。

……そう、敗北は許されない。少なくとも"彼女"を救う、その瞬間までは。

 

ーー決意の熱をたぎらせて、始まりへと歩みは進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは!本日の第二試合、Cブロック一回戦一組の試合を始めまーす!』

 

響き渡るアナウンスに続いて広大なステージを揺るがす大歓声。

様々な色合いのライトが駆け巡る中、晶と綺凛は入場ゲートからステージへと足を踏み入れた。

 

『まず姿を現したのは新進気鋭の勢いで星導館学園序列一位となった八十崎晶選手、そして《疾風刃雷》こと刀藤綺凛選手です!八十崎晶選手といえばアスタリスクでは噂の何でも屋ですが、実力については殆どデータがありません!そしてその二つ名は《告死鳥(ヒュッケバイン)》!』

 

『今回の《鳳凰星武祭》で唯一の序列一位ッスねー。あまり決闘の動画も出回ってないッスから、正に未知数の選手。刀藤選手共々、期待したいッスね』

 

『そこなんですよね。動画の殆どが公式序列戦以外なもので、全くもってして実力不鮮明なんですよね。あ、そうだ!そういえば八十崎選手は《闇鴉》という特有の純星煌式武装の担い手らしいですが、チャムさんはご存じですか?』

 

『いわゆる『四色の魔剣』には劣りますけど、以前から噂はよく聞いたッスね。これまで殆ど失敗続きだった刀型の純星煌式武装、唯一の完成品ッスから。スペックについても全くわからないッスねー』

 

『ますます八十崎選手の謎が深まりますね……。しかもパートナーはあの刀藤選手!この二人、優勝候補の一角とも言えるんじゃないですか!?』

 

『そうッスねー。何にしてもこの試合、色んな意味で注目ッスよ』

 

なおも続く実況の梁瀬ミーコと解説のファム・ティ・チャムのやり取りにに晶は苦笑いを浮かべて額を抑える。

 

「好き勝手に言ってくれるな、全く……」

 

「それだけ晶先輩が注目されてるってことですよねっ」

「なぜ若干嬉しそうなんだ、綺凛……と、来たか」

 

キラキラとした顔ではにかむ綺凛に癒されてから、前を見る。

丁度、反対側の入場ゲートから純白の制服を纏った二人の青年が煌式武装を携えてやってきた。

騎士道精神のようなものが根付いている校風故か、どちらも剣型の物のようだ。

 

「ふむ、共にアタッカーと来たか。まあ、問題ないが」

 

紫の焔を立てながら《闇鴉》が起動し、晶の手に収まる。

綺凛もまた、無言で《千羽切》の柄に手を添えて構えた。

胸に着けた校章が発光し、戦いの準備が整ったことを伝え、観客席も静まり返る。その場にいる者全てが一重に望むは開戦の号砲。音もなく引き上がっていく熱が臨界に達した、その時。

 

「《鳳凰星武祭》Cブロック一回戦一組、試合開始!」

 

晶と綺凛、二人の戦いの始まりを示す合図が響き渡ったーー。


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