学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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今回より原作三巻目、《鳳凰星武祭》編スタートです。



Code3 Phoenix show down
*01 ある約束


ーーボトリ、と。何かが落ちた音がする。

 

「ひ、ひぃ……来るな来るな来るなぁぁぁ!!」

 

辺りに広まる血の海と、噎せ返るような臭い。

そして悲鳴。

 

しかし、真夜中に賑わう街中に、その声は響かない。

退廃的でディストピアめいたここは六花のある意味、"負の温床"と呼べるだろう。

歓楽街(ロートリヒト)。人はそう呼んでいる。

繰り返された増築によって異常なまでにいりくんだビルの森、その中でも奥まった位置にあるビルの一室でそれは起こっていた。

 

「……………」

 

数秒前まで鳴っていた銃声は消え失せて、変わりに死体が生まれた。

その只中、たった"一人"の死神が佇んでいた。

【仮面(ペルソナ)】。

六花に点在する『非合法の組織』のある取引原場に突如として現れたのだ。

 

「人身売買と聞いて来たが……此処も"外れ"か」

 

誰に言うでもなく呟いた【仮面】が壁際へと逃れた、スーツ姿の三人の男達へ振り向く。

名を表すようなその仮面には、返り血がべっとりと付着していた。

男達の喉が音をたて、冷や汗が流れて小さな悲鳴が何度も出るが、恐怖からか体が動かない。

ボディーガードは既にそこらで死体となって転がっている。

それなり以上の広さの部屋に十人は居たのだ。それが一分足らずでこの有り様だ。

部屋は防音壁で四方を囲まれており、叫んだところで意味はない。

挙げ句【仮面】が現れたのは一つしかない出入り口の前だ、つまり逃げ場は無い。

 

「貴様等に一つ聞く」

 

びちゃりと血の海の中を【仮面】が男達に向かって歩き出す。

 

「あ、ああああああ!!」

 

その最中、何を血迷ったか、三人の内二人が【仮面】の横をすり抜けようと駆け出しーー

 

「小癪」

 

次の瞬間にはその首が飛んでいた。

崩れ落ちる死体に目もくれず、最後の一人の正面に立つ。

血にまみれた姿は正しく死神のソレであった。

体と顔からあらゆる液体を垂れ流し、血走った目で男は【仮面】を見る。

途端、片手で襟首ごと体を持ち上げられ壁に押し付けられる。

 

「ぎ、ぁっ……!」

 

「答えて貰うぞ」

 

「な、なにを……」

 

苦しさの中、動揺を隠さずに声を絞り出すと、【仮面】は静かに問うた。

 

「天霧遥を知っているか?」

 

「あ、天霧だと……」

 

薄らいだ意識で【仮面】の出したワードを理解して男は微かな記憶を思い出した。

 

「……」

 

【仮面】が何かを察したのか男を下ろすと、少し咳き込んだ後にポツポツと話す。

 

「いつぞやの、カジノで見たことはある……」

 

「その後は」

 

「分からない……唐突に消えちまったとは、聞いたがな……だが『あんだけの怪我』だ……どっかの病院にでも、いるんじゃないか……?」

 

「……そうか」

 

ボソリとそれだけ言うと、【仮面】は男の鳩尾に拳を入れて気絶させると、そのまま横たえる。

呻き声すら聞こえない沈黙が落ち、小さな赤色電球が微かに【仮面】を照らしていた。

 

「ここも違う、か……もう時間も少ないというのに」

 

聞き手の居ない、独白が澱んだ空気に押し潰される。

 

「これで"千二百番目"、か。私は後何回 繰り返す のか……」

 

一度だけ、何も映さない天井を眺めて、【仮面】は闇に溶けるように"消えた"。

後に残ったのは、死体と血の海、そして一人の男だった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刀藤綺凛と組んだだとおおおお!?」

 

「その反応は最早聞きあきたぞ」

 

夏の暑さの中、青空の下で少女の叫びが響き渡った。

場所は市街地にある何時ものカフェ。

そして叫んだのは最近よく会う赤毛の少女。

 

「大体、もうすでに一週間だぞ。イレーネ」

 

「いや、眉唾もんのウワサだとばかり……」

 

唖然とした表情を浮かべながらも椅子に座り直すイレーネを見て、晶は呆れながらもアイスコーヒーを口に運ぶ。

綺凛との決闘から早一週間。

この間に目まぐるしく晶の周囲は動きに動いた。

報道系の部活の生徒が学園問わずに押し掛けインタビューをしかけてくるわ、本人は辞退したのにクローディアが二つ名を考えてくるわ、他の星武祭参加者に警戒の目線を送られるわと、心の休まる時間がほぼ無かった。

放課後の綺凛と行う特訓か、こうしてウルサイス姉妹と駄弁る機会がなければストレスで倒れていただろう。

 

「しっかし、よりにもよって《疾風刃雷》とかよ。マジでやりにくくなったな……」

 

「お互い出来れば当たりたくは無かったが、そうも言ってられなくなったようだしな」

 

懐から携帯端末を取り出して少し操作すると画面をイレーネに向けた。

 

「《鳳凰星武祭》のトーナメント表か……ってこの組合せ」

 

「早い段階でぶつかりそうだな。お互い、勝ち進めればだが」

 

画面に詰まるほど並んだ出場者の名前と、さながら塔のように高く積み重なったトーナメント表を見てあからさまにイレーネの顔が歪む。

 

「勝ち進めるに決まってんだろ。アタシは絶対に負けないし、アンタもそれは同じだ」

 

「随分と買い被ってくれているのだな?」

 

「ばーか、そんなんじゃねぇよ。当たり前のことを言ったんだ」

 

少し頬を朱に染めたイレーネが誤魔化しまじりにアイスティーを飲むのを見て、晶はふと笑って携帯端末をしまう。

 

「それにだ。ディルクの依頼云々は抜きにしても、アタシはアンタと全力でやりあってみたいんだ」

 

真っ直ぐに晶の目を捉えてイレーネがそう言い、思わず動きが止まる。

それは驚きからくるものでは無く、あることを危惧しての硬直だった。

イレーネの『全力』。その意味を知るがゆえに。

 

「……おい、何か言えよ。こっ恥ずかしいだろ!」

 

「…………ああ、すまない。じゃじゃ馬娘の一言に驚いてしまった」

 

「誰がじゃじゃ馬だ!!」

 

咄嗟に吐いた虚言にイレーネが吠える。

 

「すまん失言だったな。猪突猛進娘か」

 

「猪でもねえよ!?アタシを何だと思ってんだ!?」

 

「大事な奴だ」

 

さらっと言った一言にかちん、とイレーネが固まった。

呼吸さえ止まったような完全な停止だが、徐々にその顔が赤くなっていく。

例えるなら、沸騰するやかんだろうか。

 

「だだだだだ、大事な奴とか何いってんだアンタは!あ、頭おかしいんじゃないか!?」

 

「失礼な。事実をのべたまでだぞ、私は。お前と居ると楽しいと思うし、最近はここでお前と話さないとどうにもしっくり来なくなってしまった」

 

つらつらと流れるように理由を話していく晶に、イレーネの顔は赤を超えて深紅に染まっていき、遂にはテーブルに突っ伏してしまう。

頭からは湯気が幻視できてしまいそうな、そんな様子だった。

 

「む?どうしたイレーネ、大丈夫か?」

 

「もういいからちょっと黙ってろ……頼むから」

 

耳まで真っ赤なイレーネに突っ返されて、晶は首を傾げながらも言葉通り押し黙った。

 

(なんでアタシは、こいつの一言でこんなに心がざわついてんだ……?)

 

ひんやりとしたテーブルに額を付けて頭を冷やしながら

イレーネは自問自答する。

 

「…………」

 

「…………」

 

長い沈黙の後。

何かを思い付いたのか、イレーネは顔を上げる。

 

「おい、八十崎」

 

「む、なんだ?」

 

「ーーアタシと一つ、勝負をしないか?」

 

聞かされたのは意外な提案だった。

 

「勝負だと?どういう風の吹き回しだ」

 

「まあ聞けって。話は単純だ……アタシとアンタ、《鳳凰星武祭》で確実にぶつかるだろう。さっき言った通りアタシは全力で戦うつもりだ。んで……負けた方が勝った奴の言うことを何でも聞くって"景品"を設けようって話だ」

 

「ほう。随分と面白い事を言うな」

 

「で、どうする?乗るか?」

 

「乗ってやろうじゃないか。言っておくが、三回回ってワンと吠える程度ではすまさないからな?」

 

即答で了解しながらいたずらっぽく晶が笑うと、イレーネもまたニヤリと笑って犬歯を顕にする。

 

「はっ、そっちこそ。容赦しねえかんな?」

 

どちらからともなくコップを持ち上げ軽くぶつけ合う。

これは約束だ。《鳳凰星武祭》で必ず戦い抜き、そして相対する為の。

 

「負けんじゃねえぞ、八十崎」

 

「お前もな、イレーネ」

 

そうして、お互い笑いあってその日は別れた。

それぞれの胸の内に小さな決意を秘めて。

 

 

 

 

 

 

決戦

《鳳凰星武祭》の舞台まで、後数日ーー。

 


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