学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*12 銀の君

「晶、お疲れさま」

 

「まさか彼女に勝つとはな。ある意味快挙だぞこれは」

 

試合後、アリーナの控え室で晶を迎えたのは見慣れたタッグーー綾斗とユリスだった。

 

「ありがとう。しかし快挙とは些か言い過ぎではないか?」

 

「序列外があの《疾風刃雷》に勝ったんだぞ?もう既に速報が流れている位だ……全く、綾斗もそうだがお前も底が知れないな」

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

手渡されたタオルとスポーツドリンクで汗を拭き、喉を潤す。

そのまま備え付けのイスに腰を下ろすと、漸くとばかりに体から力を抜いた。

決着がついた後、報道系クラブの生徒達を全速で振り切ってここに辿り着いたのだ。試合が終わっても気を抜くな、とは戦闘をメインに活動する生徒らの暗黙の了解だった。

恐らくまだ追いかけてきたのがこの部屋の前に居るだろうが、ロックを掛けておいたので問題は無いはずだ。

 

「ところで、身体の方は大丈夫なの?あの力使ったの久々でしょ、晶」

 

「ああ、少しばかり怠さがあるだけだ。術式拘束も問題なく機能している」

 

確かめるように手を握ってから開いて、綾斗の問いに答える。

 

「あれが以前言っていた『体質』か」

 

「そうだ。そう言えば大衆の前で披露するのは初めてだったな」

 

「真正面から相手はしたくないな、お前とは」

 

「何、種さえ割れれば簡単に崩される。アレはな」

 

試すような物言いで左のこめかみをコツコツと叩くと、ユリスは「やはり底知れないな」と額を押さえて溜め息を吐いた。

 

「さて、もう暫く休んで様子を見るとするか」

 

このまま雑談しながら外が落ち着くまで時間を潰そうか、そう思ったところで、控え室の扉からノック音が響いた。

 

「八十崎君、いらっしゃいますか?」

 

扉の向こうから聞こえてきたのは馴染みのある声だった。

 

「エンフィールドか。待っていろ……すまん、綾斗、開けてもらっていいか?」

 

「お安いご用だよーーっと、どうぞ」

 

「あら、綾斗達も来ていたのですね……お邪魔いたしますね、八十崎君」

 

綾斗がドアのロックを解錠して開けると、入ってきたのは予想通りクローディアだった。

続いて沙夜。そして、もう一人。

 

「……おっす、晶」

 

「お、お邪魔します……」

 

沙夜の隣で身を縮込ませるように立っていたのは先ほどまで激闘を繰り広げた綺凛だった。その顔にはまだ少しばかりの疲れが見えている。

 

「沙々宮さんと一緒にこちらへ向かう途中、報道陣に捕まっていたのを見掛けて、お連れしました」

 

「先程はありがとうございましたっ!」

 

「いえいえ。困っている生徒を助けるのも私の務めですから。それより、八十崎君になにか用があったのでしょう?」

 

綺凛の一礼にクローディアは笑顔で応じる。

 

「用?どうかしたのか、刀藤?」

 

晶へと向き直した綺凛を見て、当人も含めて綾斗とユリス、沙夜も何事だろうかと疑問を顔に出す。

視線が集中した綺凛はびくりと身をすくませたが、深呼吸を一つすると、胸を張って声を上げた。

 

「あの、八十崎先輩っ」

 

「う、うむ?何だ?」

 

「わたしと一緒に!《鳳凰星武祭》に出ていただけませんかっ!」

 

半ば上ずりながらの申し出に、その場にいた全員が面食らったように固まる。

流石のクローディアもこれには予想がつかなかったのか、珍しくきょとんとした顔になっていた。

 

「そ、その、先輩と一緒に……肩を並べて戦えたらな、って思って……ええとっ、私の夢を、一緒に叶えて貰えないでしょうか!」

 

しどろもどろになりながらそう言って深く頭を下げる綺凛に、一同は揃って晶へ視線を向けた。

 

「良いぞ」

 

『えっ!?』

 

即答だった。

一切の間を置かずに出された答えに今度は綺凛が面食らった顔になる。

 

「ちょうどパートナーを探していた所でな。むしろこちらから願いたいところだったのだ。受けないワケが無かろう?」

 

場の空気を感じ取って、つらつらと理由を語ると綾斗達は苦笑いを浮かべ、綺凛はぱぁっ、と目を輝かせて再度頭を下げた。

 

「ありがとうございます!先輩っ!」

 

「礼を言うのは此方だ。これから宜しく頼む」

 

鈍い動きながら右手を差し出し、握手する。

綺凛の顔を見れば年相応の、少女らしい笑顔がそこにはあった。

その様子にクスリと笑った所で、再び部屋の扉がノックされた。

 

「今日は来客が多いな……誰だ?」

 

「刀藤鋼一郎だ。綺凛はそこに居るか」

 

威圧感のある独特の声を聞き、晶は傍らに立つ綺凛に目線を送る。

綺凛は、ただ真っ直ぐ扉を見つめ、頷いた。

ついと視線を交わすと、沙夜がロックを外した。

小さな空気音を鳴らして、ドアがスライドして扉向こうの人物を招き入れる。

 

「…………」

 

「叔父様……?」

 

部屋に入って、無言で立つ鋼一郎の様子に、綺凛は違和感を感じた。

今まであった圧力のような、張り詰めた雰囲気がどこか和らいで見えたのだ。

長い沈黙の後、鋼一郎は口を開いた。

 

「私はお前に課してきた事に対して謝罪することなど無い。誤りであったことなど認めるものか」

 

「っ……」

 

「綺凛。一つ、答えろ」

 

「え?」

 

一拍、間を空けて。鋼一郎は綺凛が聞いた事の無い、穏やかな声音で問うた。

 

「この決闘は、楽しかったか?」

 

思わず、息を飲む。

しかし綺凛は敢然と鋼一郎に向き合い、答えた。

 

「はい。とても楽しかったです」

 

「そうか……」

 

得心がいったと瞑目して、鋼一郎は背を向けて部屋の外へと歩き出した。

 

「綺凛」

 

「はい」

 

廊下に一歩出たところで立ち止まり、鋼一郎は振り返らずに一言だけ口にした。

 

「……これからは、好きにしろ」

 

扉が締まり、足音が遠ざかっていく。

怒るでもなく、ただ静かな空気を纏っていた彼は、何かを得たのだろうか。

 

「これまで……ありがとうございました……!」

 

誰もが声を出せずいた中、ただ一人、綺凛は涙ぐんだ声で感謝を述べ、深く、深く礼をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《疾風刃雷》とタッグを組んだあああああああ!?」

 

「間近で叫ぶな喧しい」

 

決闘から一日経った、翌日の放課後。

学園の大衆食堂すべてに響くようなリスティの叫びに晶は顔をしかめて軽くチョップを繰り出した。

 

「というか知らなかったのか。今朝の時点でかなり情報が広がっていたと思うのだが」

 

「私が学報とか噂とか気にすると思う?」

 

「そうだな……そういうヤツだったな、お前は……」

 

しれっと言ってのけるリスティに呆れながら嘆息する。

何せ彼女はPSO2でも攻略情報を碌に調べずにレイドボスへ特攻をかまし、安値で買えたアイテムを時期を逸して高額で買ったりと兎に角情報に疎かったのだ。

どうやらその癖は転生した今でも変わっていなかったらしい。

 

「しっかしまあ、あっきーが刀藤ちゃんとねぇ……不意討ち意外で勝てるビジョンが見えないんだけど」

 

「お前は私を何だと思ってるんだ……」

 

「ダークファルスの一体、XH仕様」

 

「ボスキャラか……」

 

まさかの返答に天を仰ぐ。

ちなみにダークファルスとはPSO2でのボスキャラで単体で惑星を破壊出来たりする。XHとは、エクストラハード。クエスト難易度において最高難度である。

つまり人外扱い。これは酷い。

 

「だから私とあっきーとで組みたいなって思ってたのに~」

 

「そんな素振りが一度でもあったか?」

 

「あったよ⁉やったよ⁉何かと邪魔されたけど!」

 

「邪魔されていてどう気付けと」

 

ウガーと吠えるリスティにげんなりとした表情で返す。

 

「うう、やっぱり胸か、胸なのかな。というか刀藤ちゃん属性過多でしよ、ロリで巨乳で妹属性とか……はっ、もしかしてあっきーはロリコーーン゛ッ!?」

 

「止まれ阿呆」

 

暴走し始めたリスティに拳骨を落として大人しくさせる。

涙目で恨みがましく睨んでくるが幼い顔立ちのせいで全く怖くない。

 

「そういった理由で組む筈が無いだろう。彼女の強さに引かれたのは確かだが」

 

缶の緑茶を飲みきってからそう答える。

 

(あのような真っ直ぐな目で頼まれては断るという選択は出来なんだな)

 

昨日の一幕を思い出してふと笑って、晶は席を立つ。

そこで調度、食堂の出入り口から呼び声が聞こえた。

 

「先輩っ、そろそろ行きましょう」

 

「これから訓練?」

 

「ああ、そういうことだ。すまんが行かせてもらう」

 

「いいなぁ……」

 

空になった感を専用のごみ箱へ投げ入れ、リスティのぼやきを耳にしながら待ち人の元へと歩き出す。

近付くとその銀髪の少女は、はにかむように笑った。

 

「では行くか。"綺凛"」

 

「はいっ、"晶"先輩っ」

 

日の照らす青空へと肩を並べて踏み出す。

その歩みは真っ直ぐに。

その背中は、どこまでも楽しげだったーー。

 

 

 

 

 

 





短めですが、今回で原作二巻のお話は終了です。
キャラ設定等の後、《鳳凰星武祭》編スタートの予定です。

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