学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*11 銀綺覚醒

翌週、星導館学園総合アリーナ。

ステージを中心に四方を囲む観客席は既に学生によって埋まっていた。中には立ったままの者も居る。

その視線は全て一点を見つめていた。

観客席を越え、透明な防御障壁の先、広大な舞台に立つ、二人の剣士を。

 

「お願いを聞いていただいてありがとうございます。八十崎先輩」

 

「ああも言われれば断る方が不躾だろうよ、刀藤」

 

どこか晴々とした表情の綺凛に、晶は冗談めかして肩を竦める。

 

「良い顏(かんばせ)だ。何か掴めたようだな」

 

「はい。それも先輩のおかげです。だからこそ……その証を立てるためにわたしは先輩に戦いを挑ませて頂きたいのです」

 

音もなく、綺凛は持っていた鞘から愛刀《千羽切》を抜き放つと正眼に構える。

その眼差しは最初の決闘の時とは全く違う、熱を持ったものだった。

 

「了解した。ならばこそ、私も無様な戦いは出来んよな」

 

視界の端、観客席の最上部に目当ての人物が居ることを確認して、口端を吊り上げる。

傍らに立てていた《闇鴉》を握りしめる。出力は前の決闘と同程度に落としてある。

 

「我が心、静謐なる湖面の如し。我が刃、注ぐ月光の如し」

 

アベレージ、フューリースタンスを発動し、全身に巡る星辰力を活性化させる。

思考を纏め、意識を統一し、刀と己を同化する。

観客の声はもはや聞こえず、眼はただ一人、相手だけを捉える。

 

「ーー刀藤綺凛、参ります」

 

「八十崎晶、御相手仕る」

 

静かな口交わし。しかしその闘気は焔のように猛っている。

この先、言葉は不要。ただ剣で語るのみ。

 

「いざ!」

 

「勝負!」

 

裂帛の気合いを吼え、互いに弾丸のように飛び出す。

 

「ふっーー!」

 

一手先に踏み込んだ綺凛が千羽切を袈裟に振るう。踏み込み、速度、威力全てが噛み合った一閃。

相変わらずの驚異的なスピードに闇鴉の鞘を手繰って受け流す。

通常ならば、剣を流されたことで幾ばくかの隙が誰しも生じる。場合によっては姿勢を崩すこともあるだろう。

しかし、綺凛の……『刀藤』の剣に於いてその隙は。

 

「疾ッ!」

 

ほぼ存在しない。

振り切った刃がまるで跳ね返るように逆袈裟の軌道を描く。

続けざまに晶は防ぐが、それこそ綺凛の狙いだった。

 

(先輩の一撃は速く、重い。ならばそうさせない為には!)

 

防ぐと言うならその衝撃すらも活かして刃を振るうのみ。

流れるように、嵐のように、自身に掛けられた二つ名に偽り無しと示すかのように幾重もの剣閃が雷光かくやと放たれる。

 

(やはり『生きている』、な。全く、楽しそうに振るってくれる)

 

対する晶はそれらを防ぎ、いなし、時には避けながら内心ほくそ笑む。

かつてとは比べ物にならない、躍動的な動き。

それは自身の胸を熱くするには十分過ぎるモノだった。

 

(では動くとするか……!)

 

腹を決め、綺凛の放つ次の太刀筋を見極める。

ーー右袈裟からの横薙ぎ。

それに合わせるように、晶は闇鴉を全速で振り上げる。

 

「くっ……!?」

 

振りに至る間を潰され、千羽切を持つ手が大きく弾かれる。

そこで晶は動きを止めることなく、振り上げた勢いのまま身体を捻り柄に手を掛け……。

 

「八十崎流抜刀術、壱刀ノ型」

 

闇鴉を抜き放つーー!

 

「禍反(マガツガエシ)」

 

「っ、う……!」

 

紫炎の軌跡を纏った一閃がギリギリで反応し、体を反らした綺凛の制服を切り裂き、腰の鞘を弾き飛ばす。

カウンターエッジ。PSO2にてクラス・ブレイバーの抜剣使いならば必須とされる技の一つだ。

相手の攻撃に合わせ防御を行い、文字通りのカウンターを見舞うそれは、名を変え八十崎の剣技として存在していた。

そしてカウンターエッジはただそれだけでは終わらない。それを発動キーとしたもう一つのスキルがある。

 

「術式拘束解除ーー刃車(ハグルマ)、起動」

 

名を、カタナギアと言う。

一部ステータスの強化であったスキルは形を変え、晶のみ扱えるものとなった。

内に貯蔵していた星辰力を限定的に解放する。言葉にするならば簡単な話だ。

 

「あの日見せられなかったものを見せよう」

 

距離を取り、体勢を立て直した綺凛を見据え宣言する。

溢れだした星辰力は体を覆い揺らめき、その左目は翡翠に輝いていた。

 

「往くぞ」

 

そしてただ一歩踏み出して。

綺凛の『懐に入り込んでいた』。

異常なまでの踏み込みの速さに瞠目するも、剣士としての勘か、即座に綺凛は千羽切を払う。

 

「ズェア!」

 

「っはあ!!」

 

バチリと小さな火花を散らして闇鴉と千羽切が交錯する。

 

(重い……!速さも何もかも前とは全然違う!)

 

少し押されながらもどうにか踏み止まった綺凛は舌を巻く。

この世界での、カタナギアの能力。それは過剰なまでの星辰力を推進力として移動、攻撃に用いるというものだ。

今の晶を端的に表すなら、軌道を自由に変えられる弾丸、と言えるだろう。

 

(でも……っ!)

 

刃鳴(はな)が散る。

瞬きの間に切り結ぶこと十数。銀の耀きと紫の煌めきが重なり合っては消えていく。

互いに刀を剣を使う者同士。先の読み合いでは拮抗している。

 

(これだけやって攻めあぐねるか。天賦の才とは恐ろしいものだな)

 

一際強く刃を重ね、弾かれるように距離を取る。

能力の暴走を抑えるため、綾斗の姉、遥に掛けられた拘束によって刃車には制限時間が存在する。

最大活動時間は、一分。それを過ぎれば晶は綺凛と『対等に渡り合えなくなる』。

それを何となく感じているのだろう。綺凛は息を吐いて再び構えを取る。

目には攻勢の色未だ褪せず。

 

「…………」

 

返答がわりに闇鴉を構え、腰を落とす。

闘いはまだこれからだ。体感する一秒を悠久と捉え、刹那を活きる。

 

ーー再度踏み出す一瞬前、二人の口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ……これは……」

 

ざわめきたつ観客席の最上部、刀藤鋼一郎は愕然とした表情で試合を観ていた。

いや、正確には試合をしている綺凛を、その動きを見ていた。

只人ではまず捉えることすら困難な剣閃の数々を。

 

「一体なんだというのだ、これは」

 

鋼一郎とて綺凛と同じ刀藤の剣を学んだ者。だからこそ今の綺凛の動きが嘗てより、否、現在進行形で良くなっているのが解ってしまった。

今まで自分が道具として見てきたあの少女の闘いはなんだったのか。

何よりーー。

 

「剣が……活きている」

 

まるで首輪から解き放たれた犬が無邪気に走り回るように、楽しげに、綺凛の《千羽切》が舞い踊る。

自身が彼女を道具としたあの日から振るわれた、無機質で機械的なあの感覚が一切ない。寧ろ正反対だ。いっそ美しいとすら感じてしまう。

腕を組んだ体勢のまま、喰い入るように試合を見ながら、鋼一郎はふと、昨日の出来事を思い出す。

 

『明日、試合を見に来るといい。本当の彼女を観ることが出来るだろうさ』

 

一週間前、あの転落事故から反抗的になり、あまつさえ勝手に決闘を申し込むといった綺凛に苛立っていた時の事だった。

中天に日が照らす街中で、その決闘の対戦相手である彼が出会い頭にそう告げたのだ。

 

『ふざけたことを……!貴様があれを変えたのか!』

 

『どうだろうな?だが、あの事故が何らかの転機なのは確かだろうな』

 

激昂する鋼一郎に対し飄々とした態度で返してそのまま通りすぎようとした彼はすれ違い様、こうも言った。

 

『その目で良く確かめる事だな。彼女の……刀藤綺凛の剣を』

 

その時、あの男は確かに笑っていた。嘲笑うでもなく。

普段であれば怒号を発したであろう口は、不思議と開くことは無かった。

 

「オオオオオ!!」

 

「っ……そうか、貴様の言うとおりだ」

 

アリーナを揺らす程の歓声に、思考の海から引き戻される。

時間にして数秒だっただろう間にも決闘は動きを見せ続けていた。

惜しい、と。鋼一郎は知らずそう溢した。何であれ闘いの経過を見逃したことに、そう『悔やんだ』。

 

「変えたのではなく、変わったのか……ふん、してやられた気分だ」

 

嘯きながらも鋼一郎は薄く笑みを浮かべて鼻を鳴らす。

そしてこれから先の一挙一動を見逃すまいと更に眼を凝らすのだった。

知らぬ内、手に汗を握りながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る。疾る。

刀の切っ先が、脚が、心臓の鼓動が。

 

「ふぅ……っ!」

 

「ジィ!」

 

一刀凌げば更に一刀、尚も防げば追う一刀。刀藤の真髄ここにありと、綺凛が次々と千羽切を躍らせる。

その様は間近で鎬を削る晶ですら綺麗だと称賛したくなるような剣舞。

"連鶴"ーー刀藤流においても使える人間は片手に収まってしまう、奥義だ。

流れるように、途切れる事欠く連綿と続く剣閃が、さながら鶴を折るように軌跡をなぞる。

一度嵌まれば抜けることはほぼ不可能であろう斬撃の檻を、加速した抜刀術と肉体で相殺しながら、晶は嗤った。

 

「全く楽しいな、刀藤!滾ってしようが無い!」

 

「私もです、先輩!」

 

互いに楽しくて仕方が無いといった顔で殺陣を演じる。

どこまでも続けていたい、そう思える程に。

だが何であれ物事には終わりが存在する。

試合時間はまだ十分と経っていないが、既に両者共に額に汗は滲み、制服が所々裂け、血が滲み、疲労が見えていた。

鏡合わせのように同時に距離を開き、三度構え直す。

 

(とはいえタイムリミットも近い……ならば)

 

(連鶴がここまで防がれるのは予想外でした……手数では勝てない。なら)

 

状況を判断した結果、導き出した答は奇しくも同じだった。

 

((ーー次の一撃で決める))

 

ふぅ……と長く息を吐き、止める。体を弛緩と緊迫の挾間へと落ち着け、熱意と冷悧を持って感覚を極致へ至らしめ、構える。

その気に当てられたのか、観客席の歓声は成りを潜め、ただ静かに試合の行方を見る。

張り詰めた糸のような沈黙が落ちる。一秒か、十秒か。

 

ーーカチリ、と時計の針が動いた。

それが、合図だった。

 

爆発したかの如き踏み込み、加速。景色は消え失せ、目に映るは互いの姿。

 

「瞬けーー」

 

「これがーー」

 

そして放つは至高の一閃……!

 

「紅蓮鉄線ッ!」

 

「終の一手です!」

 

斬光が走り、二人は交差する。

技のタイミングは同時、どちらが『斬った』のか、観客席の誰もが解らなかった。

 

「良き、闘いだった」

 

「ふふ、本当に……楽しかったです」

 

納刀して、一言交わす。

そして……綺凛の校章が、パキリと割れた。

 

『校章破壊(バッジブロークン)。勝者、八十崎晶』

 

ブザーが鳴り響き、会場内に勝者の名が宣言される。

 

「ああ、私も、楽しかったよ」

 

そう呟いた言葉は、大きすぎる歓声に飲まれていった。

 

 

 

 

こうして、決闘は晶の勝利で幕を閉じた。

 


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