学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
「お前のそれは、間違っている」
「まち……がい?」
晶の発言に、綺凛は呆然となった。
「ああそうだ、間違っている。終着点を見定めていようとも、刀藤自身が選んだ道ではない。人は結局、自分の決めた道しか走れん。他人の……あまつさえ、お前を否定する輩が敷いたレールの上を走っているのならば。遅かれ早かれ破綻してしまうだろう」
結果の為に過程を歪める。そんなことはあってはならない。ましてや大切な人を救うために自分の意思を殺していってしまえば、行き着く先は何も見えない闇だ。
そんな業に傷付き折れていく綺凛を、見たくはない。
「……だけど、わたしには無理です……わたし一人では、そんなーー」
「一人ではない」
晶は身体を横に向けると、綺凛の頭を軽く撫でた。
そのまま諭すように言葉を続ける。
「刀藤、お前は一人ではないんだ。私が居る。お前が知り合った人間が居る。その全てが力になるだろう。刀藤が己で選び、その道を走ると言うのならば幾らでもな」
「己で選ぶ……ですか」
「ああ、そうだ。叔父の意見も何も無い、他でもない刀藤が決めた道をだ」
振り向いた綺凛の視線が、晶の横顔を捉える。
その表情は固いが、頭に乗せられた掌から確かに感じる暖かさに、綺凛の瞳が揺らいだ。
「恐れることはない。刀藤が道に蹴躓く時があるならば支えてやるさ。……まあ、存外頑固者そうだからその心配はなさそうか」
「わ、わたし頑固じゃないですよ!」
晶の言葉に、慌てた声で反論する綺凛を見て、ふと笑みを浮かべる。
先程までの鬱屈としたものは一切感じられず、寧ろ少し明るくなった様子だ。
それを確認したところで、ふと視線が合った。
お互い、顔に向けていた視線を段々と下げていき……
即座に身体を反対に回した。
「す、すまん、不躾だった」
「いいいいえ、わたしこそ!」
お互いに謝りあって口をつぐんだところで、上から人の声が聞こえてきた。
転落からおよそ一時間、救助隊が来たようだ。
「ここだ!ここに居るぞ!……さてはて、遅刻せずに済むかな」
自分の居場所を叫んで知らせてから、やれやれと肩を竦める。
そこで、背後から綺凛が声を掛けてきた。
「あの、先輩」
「どうした?」
「先輩が…ここで闘う理由はなんですか?」
その問いに、晶は間髪いれずにこう答えた。
「救いたい奴が居るーーその為に私は闘っている」
その日の夕方。晶はウルサイス姉妹宅にてプリシラに詰め寄られていた。
「晶さん、本当に大丈夫なんですか!?」
「だから無事だとさっきから言っているだろうに」
理由については言わずもがな、今朝の大穴の件である。
事が事だけにすぐに情報は広まり、今日の学園での会話の殆どはその説明であった。
綾斗たち知り合いの人達は心配そうではあったものの、同時に安堵した様子だった(なんと珍しくユリスまでも)。
そうして何とか一日を終えたかと思えばプリシラから呼び出され今に至る。
「プリシラ、そこまでにしとけって。コイツがそう簡単にくたばる奴じゃ無いくらいわかってるだろ?」
若干辟易としていたところで、リビングのソファに座った私服姿のイレーネから的外れなフォローが飛んで来る。
対してプリシラはキッとイレーネを睨むと反論する。
「晶さんはお姉ちゃんと一緒で無理しそうだから心配なの!」
「う……」
自覚しているが故にイレーネが言葉を詰まらせる。
プリシラも何となくだが感じているんだろう、イレーネの『状態』を。
「プリシラ」
「晶さ……ん!?」
矛先が変わりそうな空気を感じ取り、プリシラを呼んで頭を撫でる。
こうすると何故か大抵彼女は大人しくなる。
「すまないな、心配をかけた」
「……本当に、心配したんですからね?」
「ああ」
プリシラの心からの言葉に答えながら手を止めずに撫で続ける。
彼女は何かを無くす事に酷く怯えている。それはこの姉妹の過去に起因しているのは確かだ。
ーーだからこそ、今回のような事はなるべく起きてほしくはない。その分、この年下の少女の心に痛みを重ねてしまうから。
「……今日は色々あって疲れた。プリシラ、何か一品作ってはくれないか?」
手を話してそう聞くと、プリシラは深呼吸をしてから笑顔を浮かべる。
「はい!一品といわず何品でも作っちゃいます!」
「ああ、期待している」
袖捲りするようなジェスチャーをしてキッチンへと入っていくその背中を見送って、ほっと一息つく。
ソファに座った所で反対の位置に座るイレーネが何かを投げつけてきたので、キャッチして見ると、缶コーヒーだった。
「……おつかれ」
こちらを一瞥もせずただ一言そういって沈黙してしまう。
イレーネなりの労いのつもりなのだろう。
そんな不器用な優しさに少し笑って、プルタブを開ける。一口飲めば、安物らしい大雑把な味が口内に広がっていく。
暫くコーヒーに舌鼓を打っていると、ぼそりとイレーネが再び口を開いた。
「あたしが言えたタチじゃねえけどさ」
「ああ」
「……あんまり、無理すんなよ。お前が居なくなったら、その……プリシラが悲しむ」
少し突っ掛かりながらも言われた言葉に、晶は無意識に質問した。
「イレーネはどうなんだ?」
「…………教えるかばーか」
返ってきたのは回答拒否。だがその横顔は少し赤らんでいて、晶は視線を反らしつつも笑った。
そんな態度では答えを言っているようなものだろう。そう思いながら。
「何笑ってんだよ」
「いや……素直ではないな、とな」
「う、うるせぇ!」
「おい、あまり暴れるな!」
八重歯をちらつかせてイレーネが肩を怒らせ詰め寄ってくる。
堪らず晶も横へ横へとずれていく。
しかし如何に大きめの物とはいえ所詮はソファ。すぐに肘掛けに腕が触れた。
最早後は無し。からかいが過ぎたと若干後悔していると、遂にイレーネが飛びかかるように身体を上げーー
「「…………」」
そのまま硬直した。
数回瞬きしながらお互い見つめ合う。
間近に迫ったイレーネの顔を、瞳を見て、「ああ、やはり綺麗な目をしている」と声に出さないで内心で溜め息をはく。
対するイレーネは、段々と顔を真っ赤に染め上げていっていた。
その内面はというと。
(か、顔近ぇ……!何やってんだあたし!?何でこんな顔あっついんだ!?というかこいつはなにを呆けてんだよ!?そしてあたしは何故身体を動かさないんだよ!?)
と、何々尽くしの混沌とした状態だった。
もう後数センチで唇が触れてしまう距離。晶は体勢的に迂闊に動けず、かといってこのままだと色々とマズイ。主に理性が。
いかに性格が野生染みていてもイレーネは間違いなく美少女の類いなのだ。前世でも今世でもその手の経験が無い晶には刺激が強すぎるのだ。
出来るならすぐにでもソファから立ち上がりたいが、イレーネが覆い被さるようになっているために身動ぎすらままならない。
(いかん。これは実にいかん……特にプリシラに見つかったら余計にいかん。直感がそう告げているーー!)
プリシラが調理を終えてしまう前にこの心臓に悪い状況を打破しなければ。
そう決意した矢先。
「二人とも……何してるのかな?」
にこにこと大変朗らかな笑顔を浮かべたプリシラがソファの後ろに立っていた。
流石のイレーネも気付いたのか、ブリキの玩具のように首を回す。その顔色は先程とは正反対に真っ青になっていた。
「プ、プリシラ」
「これはだな、あれだ。じゃれ合っていただけだ。なあ、イレーネよ?」
「お、おう!そうだぞ!ちょっと遊んでただけだ!」
今までの硬直など無かったかのようにさっと二人距離を離して咄嗟に説明する。
「む~~……お姉ちゃんばっかりズルい」
唸るような声の後、プリシラがぼそりと呟いた。
「「ズルい?」」
「何でもない!それよりもうすぐ出来るから、テーブルの方に座ってて」
取り繕うように慌てた様子でそう言い残すとプリシラは再びキッチンへとパタパタとスリッパを鳴らして行ってしまった。
何かしら言われることを覚悟していたからか、肩から力が抜ける。
「……なあ、あたしの何処がズルいんだ?」
「私に訊かれてもな……わからん」
揃って首を傾げた所で、唐突に晶の携帯端末から着信音が鳴った。
「おい、携帯なってるぞ」
「こんな時間に誰だ……む」
ポケットから端末を取り出して画面を開くと、見知った名前が表示されていた。
「少しベランダを借りるぞ」
「あいよ」
イレーネに一礼して窓を開けてベランダに出、通話の表示を押すと、直ぐに聞き慣れた後輩の姿が画面に映った。
「夜分にすいません、八十崎先輩」
「気にするな。それでどうした?何かあったのか」
「……その、先輩にお願いしたい事があって、連絡させていただきました」
「ほう?」
画面越しに見える綺凛の顔を見て、目を細める。
今朝の時とは違う、強さのある眼(まなこ)をしていたのだ。
一体どんな願いだろうか。そんな期待を込めて問い掛ける。
「お願い、か。聞こうじゃないか」
返ってきた答は。
「八十崎先輩……わたしと決闘してくれませんか」
強い、どこまでも強い意思の篭った『お願い』に、晶は迷うことなく頷いた。
「その願い、叶えようじゃないか」
口元に、笑みを浮かべてーー。
次回、次々回で第2章終了……の予定