学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
綺凛ちゃんはジッサイカワイイ。いいね?
「先日は大変失礼しました!」
男子寮内にある応接室に案内して開口一番。綺凛は晶に対して頭を下げた。
「……刀藤が謝ることでは無いだろう。とりあえず、座ってくれ」
突然の謝罪に驚いたが、直ぐに立て直してそう返すと、晶はお茶を出して綺凛をソファに座らせた。
応接室は本当に簡素な造りで、それなりの広さの部屋の中に皮張りのソファとお茶出し用の湯呑みとポットが置いてあるだけのものだ。
外に面してもいないので自動スクリーンで常時それらしい景色が流して誤魔化すという手抜きっぷりも垣間見える。
「それに、謝罪するべきは私の方だ。すまなかった」
「い、いえそんな……!」
反対に、晶が頭を下げると綺凛は慌てた様子で首を振る。
「あの、怒ってないですか?」
「ん?……いや、何故私が刀藤を怒るような事があるのだ?」
頭に疑問符を浮かべて逆に聞くと、綺凛はすこし安心した表情になる。
「だが、鋼一郎氏に思うところはあるがな」
綺凛から視線を反らし、少しの苛立ちを吐き出すように息を吐く。
決闘前のあのにやけた顔がどうにも心を笹くれ立たせる。
「それは、その、本当に申し訳な……ふぇ?」
「もう謝らんでいい。こっちが萎縮してしまいそうだ」
再び謝ろうとした綺凛の頭を軽く撫でてふと笑う。
本土に居たときはこうして年下の弟弟子たちを宥めていたのを思い出す。
綺凛の銀髪はふわふわとしていて、彼女の小動物のような雰囲気をさらに助長させている。
「あ、あの……」
「ああ、すまない。いきなり頭を触るのは失礼だったな」
「い、いえ、大丈夫です」
恥ずかしげに見上げてくる視線に手を引くと、咳払いをして話題を変える。
「それで、他に用事はあるのか?」
「?」
「……まさかとは思うが、謝罪するためだけに男子寮(ここ)に来たのか?」
「いえ、そうですけど?」
「……そうか」
天井を仰ぎ、溜め息一つ。
刀藤綺凛という少女はその実力とは裏腹に、律儀かつ少し天然ぎみな性格らしい。
知り合いで言えば沙夜も大概天然だが、それとはまた別ベクトルの天然さだ。
「年頃の少女が、無用心すぎるだろう全く……」
「え、えぇと?」
「幾ら実力が有るからといって、男しか居ないような空間に易々入るなと言ったんだ。現にーー」
言葉を切ってソファから立ち上がり、音もなく扉に近づいてドアを一気に開くとーー
『どわぁ!?』
「こういう輩が沸く」
中の様子を伺わんとしていた男子達が雪崩のように転がり込んできた。
その先頭。雪崩の一番下に倒れているパパラッチに向かって声をかける。
「さっきぶりだな、夜吹」
「よ、よぉ、いい天気だな?」
ギギギと、軋んだ音が鳴るかのように首を上げた夜吹がひきつった笑顔でそう言うと、晶もまた笑顔で答えた。
「盗み聞きとは不届き千万……さあ、ひれ伏せ。懺悔の時間だ」
「ちょ、ま、なんで俺だけええええええええ!?」
死刑宣告が放たれ、夜吹の断末魔じみた叫びが応接室に木霊した。
所変わって学園の敷地内にある遊歩道。
昼間ほどでは無いとはいえ暑さの残る夕暮れの道を晶と綺凛は並んで歩いていた。
「……あ、あの方々はあのままで良かったんでしょうか?」
「構わんさ、どうせ直ぐに立ち直る。前よりしぶとくなってな」
苦笑いを浮かべる綺凛に諦めたような顔で返す。
アルゼンチンバックブリーカー一発でダウンする程度なら、元より野次馬などやっていられない。特に、この六花では。
「タフなんですね……」
「見習うなよ?あれは最早執念の領域だからな」
「流石にそれはちょっと……」
白目を向きながらも身体を動かしていた様子を思い出して口端がひくつく。
「ところで刀藤」
「な、なんでしょう?」
目線を前に向けたまま晶が口を開く。
「先程から歩調がバラバラだが……緊張しているのか?」
「あ、そのごめんなさいです。わたし、家族以外の男性の方とこうして歩くの初めてで……父が、厳しかったものですから」
照れたように笑う綺凛に、納得がいったように頷く。
さすが風に聞くは刀藤流宗家。家風も厳しいようだ。
「刀藤流は厳格な流派とは聞くが、家庭内でもそうとは思わなんだ」
「うちの流派をご存じなのですか?」
「知らぬはずもあるまい。剣を握る者なら大抵は知っているだろうよ。私の流派なぞ、足下にも及ばん」
少し自嘲気味に言った一言に、綺凛の目の色が喜色に変わる。
「そういえば、八十崎先輩の流派は独特ですよね?基本姿勢から動きも」
「ああ、まあな……あの打ち合いでそこまでわかったのか」
時間にしても五分あるかないかのあの決闘の最中、此方の動きを観察できる余裕があったことに晶はこの少女の強さに舌を巻いた。
確かに、晶が使う流派……八十崎流(ひいてはPSO2における抜剣の動き)は特徴的だ。
綾斗が使う天霧辰明流のように身を深く落とす事もなければ、刀藤流のような直立姿勢でもない。
腰を少し落とし、抜刀術であるにも関わらず鞘を手に持ち、その持ち方も太刀と同じ、刃を下にしたもの。
何より、カウンター或いは奇襲用である抜刀術を通常戦闘用にしたかのような技の数々。
どう考えても普通じゃ無いことは確かだ。
「抜刀術(カウンター)の構えであるのに直接攻めに来る姿勢、運び足も古流ではあり得ないモノでしたし……」
「まあ、な。何せ妖魔祓いの為の剣術らしいからな」
「ふぇ?」
綺凛がすっとんきょうな声を上げるが、これは事実だ。
八十崎の抜刀術は古くより続く祓魔の剣なのだ。幼いころにこれを知った晶は『魔(ダーカー)を祓う為の剣とかけているのか?』と神の皮肉を笑ったものだ。
「ようは奉納剣舞などの類いに近いものだ。とはいえどかなり廃れてはいるがな」
「成程……だからあれほど流れるように連撃を」
得心がいったように頷く、少し興奮気味な綺凛を見てつい晶はまたその頭を撫でてしまう。
「刀藤は剣術が好きなのだな」
「は、はいっ」
「だが、それ故に謎だ。何故それほどの強さがあって鋼一郎氏の言うことに従っているのだ」
「それはーー」
手を離してそう訊ねると、うって変わって綺凛の顔は寂しげに陰る。
「私には、剣術以外才能が無いですから」
「………」
「わたしは頭も良くないですし、ドジで、臆病で……でも、わたしには叶えたい願いがあるんです」
震えた声であったがその最後の一言にははかりしれない決意の重さがあった。
だが同時に、焦りや不安といったものも晶は感じていた。
「成程な……それ故に鋼一郎氏と共にいるのか」
「伯父様は……わたしと違ってとても有能ですから。わたしは運が良かったんです。伯父様はわたしの願いを叶える為の道を示し、その過程で相応の利益を得る……対等の取引をさせて貰えたんですから」
淡い笑みを浮かべてそう言い切った綺凛だが、その表情は今にも瓦解しそうなほどの危うさを同時に見せる。
彼女は『純粋』だ。あまりにも。
放っておけば何時しか独りでに壊れてしまいそうなその双肩に、晶は眉間に皺を寄せる。
「刀藤、お前はーー」
声を出したが、その先を言わずに口をつむぐ。
生来のお節介焼きが首をもたげたが、それを理性で抑える。
これ以上は踏み込むべき領域ではない。なまじ敗者である今の自分なら殊更に。
この先を言うべきは、少なくとも今ではないと自分に言い聞かせて。
「先輩?」
「ああ、すまない。何と言おうとしたか忘れてしまった……この歳で痴呆とは、笑えんな」
「せ、先輩はまだおじいちゃんじゃないと思います!」
無理矢理吐いた誤魔化しに対しての綺凛の的を外したフォローに、思わず吹き出してしまう。
「くくっ……刀藤、それはフォローになっていないぞ、ふふっ」
「え、あ、今のは違くて……!」
わたわたと全身を使って慌てる綺凛に、先程までの陰りは無い。
彼女もこの力技じみた誤魔化しには気付いているだろうが、乗ってくれただけでもありがたい。
これ幸いにと、晶は笑いを抑えて問い掛ける。
「ところで刀藤、一つ聞いても良いか?」
「な、なんでしょう?」
「そう構えるな。何、普段どのような鍛練をしているのかとな」
「鍛練、ですか……」
何てことのない質問であったが、綺凛は少し難しい顔になる。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……基本的には走り込みと素振り、型の通しです。自分で決めたメニューではあるんですけど、ちょっと不安で」
「ああ、一人だと組太刀も出来んからな。気持ちは分からんでもない」
「で、ですよね!」
同じく似たようなトレーニングをこなす晶が頷くと、同士を見つけた嬉しさからか表情が華やぐ。
その様子に少し心癒されつつ、晶は一つ提案をする。
「ならば、一度共にトレーニングでもしてみるか?流しではあるが、組太刀も出来るだろう」
「えっ?い、いいのですか?」
意外な提案に綺凛が大きく目を見開く。
「ああ。とはいえど、やるのは早朝だ。放課後は何かと忙しいからな」
主にリスティの相手をしたり、依頼をこなしたりと放課後は用事が立て込んでいるのだ。ついでにウルサイス姉妹にも今度会いに行かねばならないので、本当に首が回らない。
「そ、それはつまり八十崎先輩と、その、二人っきりで、ということですか?」
「そうなるが……ああ、流石に不躾が過ぎたな。すまない」
「い、いえ……あの、八十崎先輩の事は、信用してますので、その、宜しくお願いします」
はにかみながら、綺凛は頷いた。
「……全く、うれしい事を言ってくれる。こちらこそ宜しく頼む、刀藤。では細かい時間は追って伝えるとするが……刀藤、連絡先を聞いても良いか?」
「あ、はい、ちょっと待ってください……」
持っていた鞄から携帯端末を取り出した綺凛と連絡先を交換する。
それから暫くお互いの剣技について話に花を咲かせていると、いつの間にか女子寮の前に着いていた。
「あの、今日はありがとうございました」
「こちらこそ、だな。中々に有意義な時間を過ごせた」
「私も、楽しかったです!そ、それではまた明日、宜しくお願いします」
「ああ、また明日」
綺凛はしっかりと頭を下げると、パタパタと小走りで女子寮へと入っていった。
それを見送って、晶は踵を返す。
紺色に染まった空を見上げれば、少なからず星が見え、月が浮かんでいた。
「……たまには、ゆっくり帰るのも一興か」
そよ風に鳴る葉擦れの音に耳を済ませて、晶は来た道を引き返すのだった。
誤字脱字等ありましたら教えていただけると幸いです。