学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
今回短い上に読みにくいかも知れません。
「晶、目は大丈夫?」
「ああ問題ない。ただまあ、体力はそれなりに持っていかれたがな」
心配そうに見てくる綾斗にそう返して晶は苦笑いを浮かべて高い天井を仰ぐ。
ここはユリス専用のトレーニングルーム。
彼女が気を効かせて連れ込んでくれたお陰で、パパラッチ紛いの生徒も流石についてくることもなく、静かに身体を休ませてもらっている。
とはいえ、かつて沙夜が派手に開けた壁の大穴はそのままだが。
「それで、どうしてお前はあの序列一位とやりあっていたんだ?」
壁に寄りかかり、腕を組んだユリスがそう問うと、綾斗もやはり疑問に思っていたのか頷いていた。
「それはだなーー」
息を一つ吐いて、晶は事の顛末について最初から最後まで話した。
「ーーとまあ、こんなところだ」
「成程な……」
「確かに、晶じゃなくてもそれには文句を言うだろうね。俺もきっとそうしていただろうし」
全てを聞き終えて、ユリスは話の内容を噛み締めるように眉をひそめ、綾斗は納得顔でそう言った。
「しかしまあ末恐ろしいものだな。あれで齢十三とは」
「じゅ、十三歳!?」
ぽつりと呟いた言葉に綾斗が驚きの声を上げる。
中等部の制服から年下なのはわかっていたが、一年生だったのは流石に予想外だったのだろう。
晶もあらためて考えてみてその規格外さに肩を竦める。
剣技の冴えもさることながら、身のこなしや間合いの判断は最早達人レベルの域に達している。
そして何より、恐ろしいのはそのスピードだ。踏み込みの速度に至っては視認するのが困難な程に速い。
「リースフェルトから見て、どうだった?」
「正面切って闘うのはごめん被りたいな。八十崎も大概だったが、改めてみて、刀藤綺凛の速さはそれ以上だ」
そこまで言って、ユリスは先程から思っていた疑問を口にした。
「……ところで八十崎。その目は一体どういうことだ?綾斗は衝動、と言っていたが」
それは晶の未だに瞼を閉じられている左目についてだった。
「ああ、これか」と左目に手を当てて、ふと笑う。
「これは私の体質のようなものさ」
「体質だと?」
「ああ。体内への万応素を星辰力に変換しての貯蔵と、開放だ」
コツコツと左のこめかみを人差し指で叩きながら話を続ける。
「元来、万応素は特定の条件を満たした生物の意志に反応し、周囲の元素とリンクしあらゆる事象・物質へと変化する、いわば単なる外部的なエネルギーだが、私はそれを体内に溜め込み、星辰力として一気に開放できる。とは言っても、開放し終えると一定時間は星辰力のコントロールが極端に不安定になるデメリットがあるがな」
「《魔術師》ではないのか」
「括りとしては、綾斗と似たようなものだ。……六花に来てからは一度も開放していなかったが、久々の強者に拘束が緩んでしまったようでな」
あくまで溜め込んだ万応素を爆発的な出力で開放するというもので、言ってしまえば体質的なものだ。
基本的には自力で発動をコントロール出来るが、今回のような強者との闘いにおいては本能的に拘束が外れることもある。今回は未遂に終わったが、かつて本土に居た頃に発動させてしまった際は実家の道場が吹き飛んだ程だ。
「綾斗の姉……遥さんに拘束式を施してもらっていたが、流石に年数が経ってガタが来たようだな」
「大丈夫なのか、それは」
「ああ。一度強く抑えれば暫くは勝手に発動することはない」
声を揺らすユリスにそう答えて、立ち上がる。
調子を確かめるように左目を開いて、出入り口のガラスに映る自分の顔を見れば、目の色は元の金色に戻っていた。
そこで丁度、始業前を知らせるチャイムが鳴る。
「世話になったな、リースフェルト、綾斗。借りは返す」
「構わん。襲撃事件の時に助けてもらった礼だ」
「幼馴染みを放っておくなんて、俺は出来ないしね」
晶の言葉に口々にそう返すと、二人は先に部屋を出ていってしまった。
その背中を見て、息を少し長く吐いてから、歩き出す。
「全く……つくづく友人に恵まれているな、私は」
どこか嬉しそうな声が、残響した。
「はぁ!?あの話マジだったのかよ!?」
「往来で叫ぶな、喧しい」
翌日の放課後、委員会センターへと向かい壊れた校章を新調した晶は、何時ものカフェでばったり出くわしたイレーネと話していた。
流石に情報が速く、晶の決闘については他の学園でも流れていたようだ。
「とりあえず座れ。そして落ち着け」
「つってもよー……」
椅子に座り直したイレーネが乱雑に頭を掻く。
「何も腕を斬り飛ばされた訳でも無し。そう騒ぐことでもなかろうよ」
「いや、なんつーか……何であんな声だしたんだあたし?」
「……それはこっちが聞きたいんだが」
首を傾げるイレーネに冷静に突っ込みを入れてからアイスを一口食べる。
キンキンに冷えた甘味が口に広がり気温の暑さを一瞬でも忘れさせてくれる。
「……いやまさかあたしが……心配するわけ……だいたい……」
目の前のイレーネは何かぶつぶつ言っているが声量があまりに小さく聞き取れないが、若干トリップしているのは確実だ。
「イレーネ」
「そもそも……プリシラが……ありえな……」
「……戻ってこんか」
言って、アイスの入ったガラス容器をイレーネの頬に付ける。
因みに容器はアイスを極力溶かさないようこちらも同じく冷やされている。
「うっひゃあ!?」
当然、不意打ちにそんな事をされれば驚く訳で。
イレーネは目を白黒させて、椅子に座りながら飛び上がるという器用な真似をした。
普段では想像もつかないイレーネのそんな姿がツボに入ったのか、思わず晶は吹き出してしまう。
「……ぷっ、くく」
「…………や、や、八十崎テメェ……!」
「いや、お前が中々反応を返さなかったのでやったんだが……くくっ」
「コロス、絶っ対にコロス!」
恥ずかしさからか顔を真っ赤にしたイレーネが拳を上げて……直ぐに下げた。
そして、落ち着いた声で、
「……本当に、大丈夫なんだな?」
そう聞いた。
笑っていた晶もイレーネの様子に顔を引き締めて真面目に答える。
「ああ、大丈夫だ」
「そっか……ならいい」
返答に満足したのか、或いは他の理由があったのか。何処か安心した様子でイレーネはふと笑った。
何時もの獰猛な笑みとは違う、穏やかな笑みに、晶は自分の心音が大きくなるのを感じて固まる。
「おい、八十崎?どうした?」
「……いや、お前もやはり女なんだなと感じたまでだ」
「どういう意味だそりゃ」
「美人だなと思ったんだが」
「……~~っ!?」
率直な言葉を述べた途端、今度はイレーネが固まってしまう。
どうやら、この手の科白にめっぽう耐性がないらしい。
言った当の晶も何故イレーネが固まったのか解らないのか首をかしげる。
その様子を見ていた他の従業員や客はこう思った。
「ラブコメなら他所でやれ」と……。
怒れるイレーネを何とか宥めすかし、予定よりも少しばかり早く寮に戻った晶が見たのは入り口に出来た人だかりだった。
何事かと思い近付いていくと、集団の外側に居た数人の学生が晶に気づく。
「おい、来たぞ……」
「八十崎め、地味だと思っていたのに……」
「天霧といい、モテ男は爆発すればいいのに」
ざわざわと小さく飛び交う言葉の端々から悲しい男子学生の嘆きが聞こえてくるが、それを無視してさらに進むと集団が道を開けるように割れた。
まるでモーセの十戒のようだと呆れ半分に思いながら寮の入り口を見ると、見知った二人に両サイドをガードされた小柄な少女がオドオドとした様子で立っていた。
「あ、晶」
「よう八十崎ぃ、お客さんが来てるぜ」
少女の両隣に立っていた二人……綾斗と英士郎が声を上げると、少女もまた晶を見た。
腰ほどまで伸びた銀髪、肩に掛かった刀入りの袋。
「ど……どうも」
刀藤綺凛は掻き消えそうな細い声とともに一礼した。