学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
「ーーさすが夜吹だな。きっちり報酬分の情報だ」
明くる日。昼休みに活気づく学園。
校舎群から少し離れた渡り廊下で晶は一人柱に寄りかかりながら携帯端末を弄っていた。
画面にはところ狭しと文字と画像が表示されては指のフリック操作によって下から上へと消えていく。
昨日の一件の直後、アルルカントの最近の動きが気になった晶は、英士郎に依頼をしていた。
金欠と嘆いていたのでいつもより割増しの金額を払ったら、喜んで情報を集めてくれたようだ。
「相も変わらず、アルルカントの派閥の多さには辟易とさせられるな」
一通り全ての情報を読み終え、携帯端末をポケットにしまいこむ。
アルルカントは一応生徒会も、生徒会長も存在するがその内実は多数の派閥がひしめき合う混沌としたものだ。
その中でも有名、また代表的なものは《獅子派》だ。
アルルカント内で最大規模を誇り、その代表は昨日出会ったカミラ・パレートである。
主に行っているのは煌式武装の研究開発で、その技術力はかなりのものだ。
他にも、あの奔放そうな少女、エルネスタが率いる擬形体等の開発を行う《彫刻派》、生体改造技術を研究する《超人派》など、とにかく数が多い。
「エルネスタ・キューネ……夜吹でもあの狸の情報は掴めなんだか」
息を一つ吐いて柱から離れ歩き出す。
英士郎への依頼にエルネスタについての情報も含めていたのだが、彼ですら大したモノは掴めなかったようだ。
情報の最後に謝罪の一言が添えられていたことから、本人も悔しいのだろう。
逆に言えばそれほどまでに情報の隠蔽が巧いのだ、エルネスタ・キューネという少女は。
「あの狸の動向は、注意するに越した事は無さそうだな」
そう結論づけて、あの二人に対することを考えるのを止める。
問題の先延ばしともいうが、現状やれる手を使ってこの結果なのだ。ならば下手に嗅ぎ回ってアルルカントにイチャモンを付けられる位なら後手に回る事の方がダメージが少ない。
「しかし情報を見る為とは言え、食堂には完全に出遅れたな…」
微かになる腹の虫の音に、今頃食堂は混雑しているだろうと経験則から導きだし、苦い顔になる。
さりとて腹は減る。多少の苦労は飲み込もうと心に決め、歩みを速めたところで渡り廊下の柱の影に見覚えのある二つの人影を見つけた。
星脈世代ではない偉丈夫と、刀を肩に掛けた少女。
「あれはーー刀藤鋼一郎か。一体何の用でここに…」
最後まで言いかけて、その言葉尻はパァンという乾いた音にかき消された。
刀藤鋼一郎と呼ばれた男が、少女の頬を平手打ちしたのだ。
「……全く、私は何故こうも厄介事から目を背けられないのか」
溜め息一つ。晶は食堂とは真反対にいる二人へと歩く向きを変え、近付いていく。
「それはお前が考える事ではないと言った筈だぞ、綺凛」
「で、ですが伯父様、わたしは」
「口答えを許した覚えもないぞ!」
「そこいらで止めておいたらどうだ」
鋼一郎が綺凛へと拳を振り上げた処で話しに割り込むと、鋼一郎からは怪訝な、綺凛からは驚いたというような目線を向けられる。
「なんだ、貴様」
「通りがかりの一生徒だ見てわかるだろう?」
鋼一郎からの問いに毒を吐いて返し、綺凛を背に相対するように二人の間に身体を入れる。
「貴様……今のはただの躾だ。身内の問題に部外者が口を出すな」
「衆人環視の中で平手打ち。気にせず、口を出さないという方が無理な話だな」
「……学生風情が生意気な口を叩くものだ。貴様、名前は」
「八十崎晶。序列外のしがない生徒だ刀藤鋼一郎氏」
「八十崎……貴様が《何でも屋》か」
苛立たしさを隠しもせず、侮蔑混じりの視線を晶に向ける。
晶が星導館のみならず、他の学園の生徒からも依頼を受けている事はその物珍しさから噂になっている。
「まさか、貴方まで知っているとはな」
「ふん。そんな事はどうでもいい、それでこうして割り込んできたのだ。貴様は私にどうして欲しいんだ」
「彼女への暴力を止めてもらおうか」
ノータイムで発せられた回答に、鋼一郎は悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「いいだろうーーただし、貴様が決闘に勝ったならばな」
「……成程な。そう仕向けるか」
鋼一郎は《星脈世代》ではない、常人だ。そして学生でもない。そんな彼がわざわざ『決闘』と言うからには、相手は決まっている。
「私に刀藤綺凛と……《疾風刃雷》と闘えと言うことか」
「そうだ。それがこの六花の、貴様らのルールだろう?」
笑みを一層深めると鋼一郎は綺凛の背後へと回り、その小さな肩を叩いた。
「私は貴様らのような星脈世代(バケモノ)ではないからな。代理という訳だ。安心しろ、貴様が負けたところでこちらは何も要求しない」
「伯父様!わたしは……!」
「ーー綺凛。私に逆らう気か?」
「っ……」
「《闇鴉》の担い手を下したとなれば、多少は箔がつく……やれ」
鋼一郎はそう言い残すと、肩で風を切りながら距離を取った。
気圧されたのか、唇を噛んだまま綺凛は小さく震えている。晶としても口を挟む間もなくこんな事になってしまったので、息を吐く。
気付けば野次馬根性逞しい生徒たちが遠巻きにこちらを眺めている。
「刀藤綺凛、私は」
「……ごめんなさいです」
食い気味に放たれた謝罪と、震えの止まったその姿を見て、晶は目を見開く。
「……刀藤綺凛は、八十崎晶先輩に決闘を申込みます」
小さく、しかしはっきりと聞こえる声によって二人の校章が光りを放つ。
視線が交錯する。
「お願いします、先輩。ここで引いてください。そうすれば収まります」
「……」
綺凛の言葉に、晶は沈黙する。
確かに、ここで自分が引けば何事もなく話は収束するだろう。
そう、何事もなく。だが、こうして関わってしまった。『刀藤綺凛』を知ってしまった。その仕打ちを見てしまった。
理不尽な暴力にさらされる彼女を見過ごすなど、出来るはずがない。
そのためにはまず。
「断る」
闘う他ない。
「な、なんで」
「外道の言葉に従うのは癪だが……今のお前は看過できんからな。止めさせてもらうぞ」
言って、その手に《闇鴉》を顕現させる。
「故にーー八十崎晶は決闘を受諾する」
校章が一際輝き、決闘へのカウントダウンが始まる。
渡り廊下から中庭へと歩き出す晶の背に、綺凛が呟く。
「……八十崎先輩は、優しいですねーーですが、私も負けるわけにはいかないんです」
振り返った晶が見たのは、己の得物を構えた彼女の姿だった。
それは柄の部分などは現代的な意匠ではあるが間違いなく日本刀だ。
正しく刀人一体。いっそ冷たさを感じさせるかのような立ち振舞いに、目を細める。
「我が心、静謐なる湖面の如し」
アベレージスタンス、発動。
「我が刃、注ぐ月光の如し」
フューリースタンス、発動。
二つのスキルによって、全身に巡る星辰力を攻撃へと集中させる。次いで、念のため《闇鴉》の持つ〔力〕を抑える。
これで、準備は整った。
「では、先輩」
「ああ」
カウントダウンが、零になった。
「ーー参ります」
綺凛が開始の合図がなった瞬間、彼我の距離を詰め刀を振るう。
「速い、な。序列一位たる所以が垣間見えた」
校章を狙ったその一閃を《闇鴉》の鞘で受け流しながら呟く。
身のこなしは『疾風』。振るう『刃』は『雷』。二つ名に偽り無し、ということだろう。
お返しとばかりに鞘を跳ね上げて打撃を狙うと、今度は晶が攻撃を受け流される。
そこから綺凛は逆袈裟に斬り込もうとするが、即座に身体を屈ませる。
先程まで彼女の頭があった場所に強烈な回し蹴りが通りすぎ、更に続けざまに《闇鴉》の刃が下から上へと綺凛の眼前に迫る。
「ーーっ!」
「……やはり速いな。まさかあの位置から避けられるとは」
跳び下がり、間合いを開けた綺凛に追撃を掛けず、晶は刃を鞘に戻す。
その頬には冷や汗が一筋垂れていた。
あの一瞬の攻防、紙一重で退かせたものの、ともすれば開始数秒で校章を破壊されていた可能性が高かった。それほどまでに刀藤綺凛の技は研ぎ澄まされている。
「八十崎先輩、お強いですね。びっくりしました」
「吃驚したのはこちらの方だ……だが、だと言って退く気は無いが、な!」
今度はこちらの番といわんとばかりに、晶が綺凛へと踏み込む。
その速度は一瞬消えたかと野次馬達に錯覚させる程のものだった。
「ーー朝霧連断(アサギリレンダン)」
鞘を上へ投げ、放たれるは文字通りの連撃。
振るっている腕も刃も見えず、ただ剣閃の残像だけがその太刀筋を辛うじて示す。
対する綺凛はその一閃一閃を視認し、いなし、受け流す。
だが、
(重いーー!)
一撃を反らす度に腕が小さく痺れる感覚を伝えてくる。
同じ刀を扱う者として驚嘆する。技と力をここまで合わせるものかと。
現に、受け流した先の草が消え、その下の土すらも剣筋に沿って『剣閃より大きく』抉れていた。
一瞬か、一分か。都合七閃の斬撃を耐え、綺凛が攻勢に転じる。
「疾ーっ!!」
「ちぃ!」
左からの横払いにキャッチした鞘を盾代わりに使い凌ぐ。
返す刀で右逆袈裟が襲うが、それを身体を左へとずらすことで回避。
「「……っ!!」」
軌道を変えて振り下ろされる袈裟斬りを《闇鴉》が捉え、鍔競り合う。
瞬く程度の拮抗の後、お互いに刃を弾き、距離を空ける。
「全く、末恐ろしい限りだな。序列一位とは」
「八十崎先輩こそ、本当にお強いです。序列外なのが不思議な位です」
「それはどうもありがたいお言葉だな……」
納刀しながら苦笑いを浮かべる。
軽口を言い合ってはいるが、お互い、一挙手一当足見逃さないように感覚を張り詰め、じりじりと円を描くように動く。
「でも、勝たせていただきます」
「それは、此方の台詞だ」
言葉が先か、刃が先か。
二人が踏み込んだのは同時だった。
世界が、加速する。
刃鳴りが響き、火花が幾つも咲いては散る。
野次馬はその美しさに感嘆の声を上げるが、その声も、剣戟の音すら二人には聞こえていない。
ひたすらに一手一手を打ち込み、弾き合う。無呼吸で行われる連撃。
「っ」
綺凛が小手狙いの一閃を狙えば晶はそれを流し、晶が小脇を狙えば綺凛は刀の腹でいなす。一進一退ここに極まれり。
だが、このままでは千日手だと考えたのか、綺凛が《闇鴉》を弾き、大きく下がる。
そして、もう一度。今度は更に速度を上げて踏み込むーー!!
「ちぃっ!?」
予想を上回る加速度に内心舌を巻きながらも、対応するべく《闇鴉》を振るおうとした、その瞬間。
斬リタイーー。
左目が、疼いた。
「ぐ、くーー!」
唐突に漏れだした内側からの衝動を、瞼を閉じて無理矢理押さえ込む。
スローモーションのように流れる世界の中で、綺凛は確かに見た。
閉じられる寸前の瞼の奥、晶の左目から翡翠色の光が走ったのを。
そしてーー。
「校章破壊(バッジブロークン)。勝者、刀藤綺凛」
晶は敗北した。
「ちっ……久々の強者に、枷が弛んだか……」
「今……のは」
片膝を突いて左目をおさえる晶を見ながら、綺凛は呆然とした声を出す。
「気にするな、此方の詰めが甘かった。それだけだ……さあ、行け。敗者に口はないのだから」
「で、でも……」
「綺凛、行くぞ」
食い下がる綺凛に、鋼一郎が声を掛けると彼女はびくりと身体を震わせてから刀を鞘に納めて一礼する。
「その、ご、ごめんなさいですっ」
そう言い残して彼女は鋼一郎の後を追い去っていってしまった。
小さな背中が廊下の角に消えるのを見て、苦笑い気味に呟く。
「謝る必要など、無かろうに……」
「晶っ」
溜め息を吐いたところで、野次馬の中から焦った様子の綾斗とユリスが駆け寄ってくるのが見えた。
綾斗は近付くと慣れた様子で晶に肩を貸して立ち上がらせ、ユリスも反対側に陣取って視線で野次馬らを散らす。
「晶、大丈夫?無理して抑え込んだんでしょ」
「ああ、問題ない。咄嗟に抑えたからか、大分マシになってきた」
「とにかく今は私のトレーニングルームに向かうぞ。ここよりかは休める筈だ」
「すまない、助かる」
「……礼はあとで良い。急ぐぞ」
少し照れた様子のユリスを先頭に、晶は歩き出す。
胸に小さなしこりを感じたままーー。