学戦都市アスタリスク-Call your name- 作:フォールティア
「ひっさーつ・・・スライドアッパー!」
ギュォ!!と空気を切り裂くような音ともに真下からリスティの青い手甲が跳ね上がり、晶の顎を打ち抜かんと迫る。
「ふっ」
それを顎下ギリギリの所で星辰力を纏った拳で弾き飛ばす。
攻撃を弾かれたリスティはその勢いを利用して空中で体を捻り、手甲と同じ青い脚甲で回し蹴りを放つ。そのスピードは最早殺人的ですらあった。
打撃音、次いで掘削音。
首をへし折る勢いで振るわれた脚甲はしかし、リスティに獲物を逃がしたという感覚を伝える。
とうの獲物である晶は床に突き刺した紺色に黄色の光学刀身を持つ大剣を引き抜いて手繰り弄んでいた。その前は刃によって床が削られ、線が出来ていた。
蹴りが放たれる瞬間、大剣を楯にしてそれを防いだのだ。
「おい、楠木。今、殺す気で蹴りをかましただろう」
「さてなんのことでしょ?」
「この貧乳ゴリラめ」
「よーしぶっころーす、直ぐにぶっころーす」
殺気の籠った視線を向けてくるリスティに対し、晶は何処吹く風と言わんばかりに右手に持つ銀河製煌式武装〔ラムダアリスティン〕の切っ先を下げる。
ここは、星導館学園の敷地内にある訓練棟。《冒頭の十二人》各自に与えられるトレーニングルームである。
ちょっとした体育館程度の広さを持つリスティ専用のその場所で、晶は約束のスパーリングに付き合っている最中だ。
開始してからかれこれ二時間。防御に重きを置いた立ち回りをしていた晶はさほど汗をかいていないのに対し、攻めに攻めまくっていたリスティはトレーニングウェアがどしゃぶりの雨にでも降られたかのように濡れていた。
「冗談だ・・・それと一旦休憩としよう。少々動きすぎだぞ、楠木」
天井付近の壁に投影された時計を見て、そう言うと〔ラムダアリスティン〕を待機形態に戻す。
晶の行動を見てリスティは不満そうに頬を膨らませる。
「えー!漸く盛り上がってきたのに~」
「戯け。ただでさえお前のバトルスタイルは異質で、体力を消耗しやすいのだぞ。本来なら一時間程度で休憩を入れるところなのだからな」
出入り口のすぐ横に置いておいた小さなクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出すと半分ほどまで一気に飲む。
リスティのバトルスタイル。それは前世でのPSO2における武器種、〔ナックル〕と〔ジェットブーツ〕の同時装備だ。
基本的に地に足をつけて戦う〔ナックル〕とその正反対に空中戦を得意とする〔ジェットブーツ〕。同時に使用するには余りにも相性が悪すぎるその組み合わせをリスティは「なんかロマンあるよね!」というしょうもない理由と天才的なセンスで使いこなしている。
現在彼女が使用しているのは入学当初から使っている、銀河製手甲型煌式武装〔ディオエイヴィント〕。同じく銀河製の脚甲型煌式武装〔ラムダラウンジブル〕の二つとなる。
「ぶーぶー」
「喧しい、これでも飲んでいろ」
尚もサイドテールに纏めた髪を揺らすリスティにクーラーボックスから新しく取り出したスポーツドリンクと乾いたタオルを投げ渡す。
「わっとと・・・ありがと」
それを受け取り、礼を言ってスポーツドリンクの蓋を開けてごくごくと飲むと、身体中に染み渡るような感覚が走るのを感じ、壁を背凭れ代わりに座り込む。
晶の言った通り、思いの外疲労していたようだ。
「あぁー染み渡るぅ~」
「年寄り臭いぞ」
「うら若き乙女にそれは無いんじゃないかな!?」
「ぶっとんだバトルジャンキーを乙女とは呼ばんぞ」
吠えるリスティに冷静にツッコミを入れ、晶はタオルで汗を拭う。
その様子は二時間もの間《冒頭の十二人》の一人の猛攻をスパーリングとは言え防ぎきったとは思えない程疲労感を感じさせなかった。
「相変わらず体力お化けだよねあっきーってさ」
そんな彼の顔を見てリスティはげんなりとした表情で天井を仰ぐ。
「誰が体力お化けだ。誰だってそれなりに体を鍛えていれば自ずとこうなるだろうよ」
「ならないならない」
手をヒラヒラと振って晶の言葉を否定する。彼の見てくれこそそれなりに鍛えているように見えるが、その実あの筋肉モリモリマッチョマンにして一部では『オッサン』と呼ばれるレスターに体力テストで勝っているのだ。
「そう言えばさ、あっきーは『鳳凰星武祭』には出ないの?」
「生憎とパートナーが居なくてな。昨日もイレーネの奴にさっさとパートナー見つけろと急かされてしまった」
リスティが話題を吹っ掛けると、晶は肩を竦めて首を横に振る。
「イレーネって・・・レヴォルフの?」
「そうだが。それがどうかしたか?」
「べっつにー、何でもないですよーだ」
晶が逆に問い返すとリスティは何とも言い難い表情でそっぽを向いてしまう。
自分の発言が原因とはいえ、どんな対応をすればいいのか解らない晶はただ首を傾げる他無かった。
「イレーネさんと仲良いんだ」
「仲が良い・・・というか、うむ」
言われてイレーネと自分の関係について考える。
出会う度にからかい、その都度良いリアクションを返してくる。プリシラと共に居るとき、話題に入ってこれない時に構えと言わんばかりに話掛けてくる。
「・・・猫と遊ぶ飼い主のようなものだな」
「なんじゃそりゃ」
思ってもみない返答にリスティは肩を下げる。
というかレヴォルフの《冒頭の十二人》の一人を猫と呼べる精神がわからない。
言った当の本人は得心したように頷いている。
前世も合わせて晶とはそれなり以上の付き合いになるが未だに彼の感性はわからないと言うか予想の斜め上を行く。
「・・・話が脱線したな。私は参戦できていないが、楠木はどうなのだ?」
「あー実は私もパートナー無しなんだよね」
「ほう?お前なら引く手数多だと思ったんだが」
「はっはっはー、バトルジャンキーなめんな」
「ボッチか」
「ボッチ言うなし!ただ連携取れる人居ないだけだし!」
「自分の性格が原因じゃないかそれは」
理由が理由なだけに晶も呆れ顔になってしまうここに来て自身の猪突猛進さを自覚したらしい。
というか何故自分の回りには猪突猛進な性格の者が多いのか。
「そ、それでモノは相談なんだけどさ」
「む?」
「わた、私と組ーー」
バゴォン!!
リスティが言葉を言い切る直前。
唐突に、何の前触れもなく、二人の右手側にあるトレーニングルームの壁が吹き飛んだ。
幸いにして壁の破片は離れた場所に居た二人に届く事はなく、爆心地付近に落下していた。
「「・・・・・・」」
仮にも《冒頭の十二人》が使うトレーニングルーム。それ相応の耐久性と分厚さを持っているそれが爆ぜ飛んだという現実に、無言で二人は顔を見合わせる。
「・・・この星辰力、沙々宮か」
ぽっかりと空いた穴から漂う星辰力の残滓を感じた晶は犯人の目星をつけた。
「行くぞ、楠木」
「あ、ちょっと待ってよ!」
いざ説教せんと首と拳をゴキリと鳴らして歩き出す。
パラパラと未だに小さく崩れる穴を越えて隣の部屋に入ると、そこには見知った顔が多く居た。
綾斗、ユリス、紗夜、そしてレスター(オッサン)。
「おいいま何か失礼なこと考えなかったか八十崎?」
「さて何の事やら。・・・それで沙々宮、貴様〔ウォルフドーラ〕を射ったな?」
「・・・ごめんなさい」
「「沙々宮(チビ)があっさり謝った・・・!?」
晶に何か言われる前に即座に頭を下げた紗夜の行動に、ユリスとレスターは顔をひきつらせた。
何故こんな素直に謝るのか知っている綾斗とリスティは苦笑いを浮かべるばかりだ。
「晶のお説教は長い上に理詰めだから精神的にクるんだよ・・・」
「しかもその間は絶対に正座だからねぇ」
げんなりとした二人の横では既に紗夜が固い床の上に正座させられた上で説教されていた。
これまで何かと自由な振る舞いの紗夜しか見ていなかったユリスとレスターはただただ唖然とする他無かった。
「それで、四人で何をしていたのだ?この阿呆が〔ウォルフドーラ〕を射ったということは、戦闘でもしていたのか?」
「《鳳凰星武祭》に向けて、紗夜とレスターに頼んで模擬戦をやっていたんだ」
「それも開始して三十秒足らずでご覧のありさまだがな」
それから暫く。紗夜の説教を終えた晶が原因について訊ねると綾斗に続いてユリスが呆れ顔で答えた。
レスターに抱えられた紗夜がピクピクと震えながら「あ、足がぁ・・・しびれるぅ・・・」と唸っているのを見てリスティは息を吐いた。
「成程ねぇ。模擬戦なのは解ったけど、あの〔ウォルフドーラ〕、だっけ。威力高すぎない?」
「光線砲(レールカノン)、しかも戦闘出力で射ったからな。閉所では出力を押さえろと言ったのだがな」
額を押さえて頭を振り嘆息を吐いていると、カツカツとヒール特有の音が三つ、トレーニングルームの入口から聞こえてきた。
「大きすぎる音が聞こえたと思ったら・・・これはまた派手にこわしてくれたものですね?」
トレーニングルームのドアが開き、現れたのは星導館学園生徒会長であるクローディアだった。
その後ろには星導館(ここ)の制服とはまた違った意匠の制服を着た女子が二人、風穴に目を向けていた。
「このトレーニングルームはあなた方《冒頭の十二人》に貸しているだけですので、あくまで学園の設備であるのをお忘れなく」
「・・・理解している。これは不慮の事故だ。好き好んで壊したわけではない」
「なら結構」
クローディアが鷹揚に頷く、その後ろから先程からうずうずしていた女子の一人が口を開く。
「いやー、びっくりしたよねぇ、カミラ。分厚い筈の壁がこんな穴空いちゃうなんてさー。変って意味じゃうちも相当なもんだと思ってたけど、他所は他所で変わってるよねー」
「頼むからあまりはしゃがないでくれ、エルネスタ。これ以上の面倒は御免被りたい」
小柄なその女子を諌めるように、カミラと呼ばれたもう一人が呼び掛けるも、エルネスタは体を揺らすだけで答えない。
その姿を見てユリスとレスターの目付きが鋭くなる。
「それで、何故アルルカント・アカデミー(変態集団)の人間がここにいるのだ?エンフィールド」
それを察して晶がクローディアへと問うと、二人からの剣呑な雰囲気を意にも介せぬ様子でぽんと手を打つ。
「ああ、ご紹介しておかなければなりませんね。こちらはアルルカント・アカデミー(変態集団)のカミラ・パレートさんとエルネスタ・キューネさんです」
「ねえ今、変なルビ振られたような気がするけど気のせい?」
「気のせいだから静かにしてくれ」
最早頭痛が痛いと言えてしまえそうな顔でエルネスタの口を塞ぐと、カミラは一礼した。
「紹介に預かった、カミラ・パレートだ。宜しく」
「今度我が学園とアルルカントが共同で新型の煌式武装の開発をすることになりまして。こちらのパレートさんと正式な契約をするためいらしてくださったんです」
「・・・・・・成程な。また面白い落とし処に持っていったものだな、エンフィールド?」
褐色肌の女性を見ながら晶は鼻を鳴らす。
当のカミラは切れ長の目を少し細めただけで何も言うことは無かった。
「どういうこと?晶」
「サイラスの一件。その見返りというやつだろうよ。原因がアルルカントであることを告発しない代わりの技術提供、といったところだろう」
綾斗に対する晶の回答にレスターが絶句し、リスティと紗夜は何がなんだかという表情を浮かべる。
「八十崎もそう考えたか」
「こんな中途半端なタイミングだ。それぐらいしかなかろうよ」
「さて、何の事でしょう」
ユリスと晶の怪訝な眼差しを受けて尚、クローディアは笑みを浮かべるだけだ。
それだけでも十分な回答と受け取り、晶は肩を竦めた。
何にしても学園のトップは彼女なのだ。今更何をいったところで無駄と悟ったとも言える。
晶が下がったところで今度はユリスが前に出て口を開いた。
「用件については理解した。だがなら何故ここに来る必要がある?契約をするだけならわざわざここに寄る意味などーー」
「はいはーい、それはあたしが見たいって言ったからでーす」
ユリスの言葉を遮って手を挙げたのはいつの間にかカミラの拘束から逃れていたエルネスタであった。
制服の上に袖余りの白衣を羽織った、茶髪の少女で、カミラと比べると少し小柄だ。
そんな彼女が次に放った言葉は・・・
「いやー、ぜひとも直接見てみたくってさー。・・・・・・『あたしの人形ちゃんたち』を全部ぶった斬ってくれちゃった剣士くん二人をさ」
「え?」
「は?」
「あら?」
とんでもない爆弾発言だった。