学戦都市アスタリスク-Call your name-   作:フォールティア

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*09 epilogue

逃げる。駆ける。

再開発エリアのビル群の影の中をサイラス・ノーマンはひたすらに駆けていた。

制服は元の白さが消え、ボロボロになり、体の至るところには傷がつき、血が滲み出ていた。

それでも彼は駆けていた。あの『死』の感覚から少しでも離れようと足掻いていた。

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・!なんで、なんでアルルカントの連中は来ないんだ!僕が捕まれば彼奴等だって困るはずなのに!」

 

「自惚れも甚だしい男だな。サイラス・ノーマン」

 

「なにっ!?」

 

そんな彼に唐突にかかった声に、サイラスは足を止める。

 

「そう驚くこともないだろう。貴様は此度だけとはいえ『裏』に関わったのだから。私の存在は知っているだろう?」

 

ボイスチェンジャーを使っているのか、何処かくぐもった声と共に、まるで影によって象られたかのような存在がサイラスの前に現れる。

その異様な姿が何なのか認識した途端、サイラスの体はカタカタと震え始める。

知っているも何も、知らないほうが可笑しい。

たった一度でも、ここアスタリスクの裏に関われば嫌でも耳にする"都市伝説"。

 

その者は漆黒の仮面を被り、闇より暗いコートを纏い、そして、身の丈ほどの大剣を以て罪人を裁く。

名を、

 

「【仮面(ペルソナ)】・・・」

 

【仮面】と呼ばれた男は、ただ無言でサイラスを眺めていた。

ゾワリ、と全身が総毛立つ。【仮面】からまるで溢れ出すように感じる死の感覚がサイラスの心をへし折った。

 

「あ、ぅぁ・・・し、死にたくない・・・!」

 

「・・・・・・」

 

その言葉に耳を傾けず、【仮面】は袖口から煌式武装の発動体を取り出す。その先端には紫のマナダイトが埋め込まれていた。

 

「そ、そうだ!僕は今までお前が斬ってきた奴等にくらべて、やったことは軽いじゃないか!な、何も斬る必要なんてない筈だ!」

 

「・・・・・・」

 

マナダイトが輝き、煌式武装としての姿を象る。

長い柄を覆うように展開されるのは禍々しい深い紫の刃を持つ大剣、改造煌式武装《コートエッジD》。

血に濡れたような跡を残すその大剣を見て、サイラスの膝はガタガタと震えだし、顔からは涙も鼻水も関係なしに流れ出す。

逃げたくても、逃げられない。

すでに足は立っているのが不思議な程であるし、何よりもこんな殺意の塊に背を向ける方が自殺行為のように思えて仕方がない。

 

「っ・・・ひっ・・・た、助け」

 

「その心肝に刻め」

 

紫紺の刃が振り上げられる。

サイラスの目には、それが断頭台で刑死者を待つギロチンのようにも見えた。そして理解する。【仮面】(こんなヤツ)に命乞いをする時点で間違っていたのだと。

 

「ーーこれが『裏』に関わるという事だ」

 

そして、冷徹に、冷酷に。一切の慈悲も救いも無く、刃が彼の体を切り裂いた。

 

「・・・・・・ぎ、ぁ・・・っ」

 

袈裟に切り裂かれた体から、バケツを返したかのように血が吹き出し、アスファルトを染め、血溜まりを作る。

ばしゃりと音を立て、膝から崩れ落ち、自身から溢れ出た血の海へと沈む。

サイラスが最後に感じたのは、鈍い痛みと、生温い血の感触。そして、

 

「・・・・・・眠れ」

 

どこまでも暗い、声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、一足遅かったようですね」

 

「女狐か・・・」

 

サイラスが意識を失った直後、涼やかな声が路地裏に響き渡る。

【仮面】がそちらを向くと、金髪を緩やかに波立たせた少女が現れる。クローディア・エンフィールドだ。

 

「殺しては・・・いないようですね」

 

「この程度、殺す必要もないだろう。これの処理はそちらに任せる」

 

サイラスに見向きもせず、【仮面】はそう答えると《コートエッジD》の展開を解除して発動体を袖口に戻す。

そしてアスファルトに落ちていたコンクリート片を手に取ると、何処に向かって投げ放つ。

遠くでガシャリと何かが壊れる音が響いた。

 

「今のは?」

 

「・・・『鼠』が一匹程、鼻を効かせていたようだ」

 

「あら・・・」

 

「ここは、"六花"だ。貴様も、周りには目を配ることだな」

 

それだけを言い残し、【仮面】は現れた時と同じ、影に同化するようにしてその場を去っていった。

【仮面】の背中を見送って、クローディアは肩を竦める。

 

「つれないですね・・・もう少し会話してくれても良いと思うのですが」

 

「うへぇ、アレを相手によくそんな事が言えますね」

 

「まあ、多少知った仲ですから」

 

「マジですか・・・」

 

クローディアの背後、ビルとビルの隙間から現れたパーカーに制服を羽織った青年、英士郎が口元を歪めてなんとも言えない表情を浮かべる。

星導館どころか、この六花で裏に関わる者総ての恐怖の対象たる【仮面】。

それと知った仲と言われればこうもなる。

 

「恐らく、彼は矢吹君に気付いていましたよ」

 

「いやいや、まさかそんな・・・って言えないのが【仮面】でしたね」

 

「彼はそういうモノに敏感ですから」

 

クスクスと笑いながらそういうクローディアを見て英士郎は【仮面】もそうだが、彼女も大概だと、思ってしまう。

そんな彼の心を知ってか知らずか、クローディアは一つ手を鳴らすと横たわるサイラスに背を向けて歩きだす。

 

「さて、矢吹君。後始末の方は任せましたよ」

 

「了解・・・全く、人使いが荒いぜ・・・」

 

クローディアの言葉に愚痴混じりに応え、英士郎は溜め息を吐いてサイラスに近付く。

 

「お前さんも運が無かったな。ま、これも因果応報ってヤツだ、諦めな・・・って聞こえちゃいねぇか」

 

苦笑いを浮かべ、英士郎はサイラスを担ぎ上げて闇に向かって足を進め、姿を消した。

後に残ったのは噎せ返るような血の臭いと、夜の帳が落ちた暗闇だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。市街区にあるカフェにて。

 

「ーー後始末も完了、か。漸く一息つけるな」

 

サンドイッチ片手に携帯端末を弄っていた晶は画面に映るデータに鼻を鳴らして椅子の背凭れに体を預け、目を瞑る。

放課後の時間帯だからか、通りに面しているテラス席からは密度をました人の喧騒が耳に入ってくる。

そんな中、ガタリと間近で物音が立った。

 

「これで暫くは楽に過ごせるか・・・綾斗とリースフェルトが鳳凰星武祭にエントリーもしたことだ。エンフィールドも文句はなかろう」

 

「へえ、良いこと聞いた。で、アンタは出ないのか?」

 

「生憎と、パートナーが居なくてな。・・・脱獄でもしてきたのか、"イレーネ"」

 

晶が閉じていた瞼を開けると、正面の席に悪戯っぽい笑みを浮かべた少女がテーブルに片肘をついて座っていた。

 

「彼処が脱獄出来るような場所じゃねえ位知ってるだろ。条件付きで出してもらったんだよ」

 

制服を着崩した赤髪の少女はそういうと、お冷やを持ってきたウェイトレスにアイスカフェオレを頼む。

 

イレーネ・ウルサイス。プリシラの姉であり、純星煌式武装《覇潰の血鎌》の使い手だ。

レヴォルフ黒学院の《冒頭の十二人》に数えられる実力者でもある。

 

「ほう?条件付きとな」

 

「ああ・・・天霧綾斗と八十崎。アンタを潰せってな」

 

さらりと機密であろう情報を話すイレーネに晶は苦笑いを浮かべる。

 

「話して良いのか?機密事項だろう」

 

「別に構わねぇよ。この前プリシラと遊んでくれた礼みたいなもんだ」

 

「相変わらず、義理堅いな。それが他にも活かせれば大層モテそうなんだがなぁ」

 

「余計なお世話だっての」

 

からかいの言葉に対してイレーネは唇を尖らせてそっぽを向く。

なまじルックスが良いから様になってしまっている、彼女のそんな態度に苦笑いも微笑みに変わってしまう。

 

「・・・何ニヤニヤしてんだよ」

 

「いや、お前は本当に可愛いヤツだな、とな」

 

「なっ、は、はあっ!?」

 

何の気なしに晶が言い放った言葉にイレーネは顔を真っ赤にして立ち上がる。まわりの目線が一気に集中するが、それを気にする余裕はイレーネの脳内から消え去っていた。

 

「む?どうした?」

 

「いや、おまっ、あた、あたしが可愛いとかなに言ってんだ!?」

 

「事実だろう。それが何か問題でも?」

 

「大有りだバカ野郎!」

 

言った本人の素っ惚けた言葉にテーブルを叩いて吠える。

それは本来妹であるプリシラに向けられる台詞であって自分が言われる様な事は断じて有り得ない筈なのだ。

そうよく分からない感情のまま言い訳をすると、晶は口端を吊り上げて笑う。

 

「そういういじらしい所が可愛いと思ってしまうのだ。悪気は無い」

 

「・・・・・・う、うるせぇ」

 

真っ直ぐに、堂々とそう言われて気勢を削がれたイレーネは自分の顔の熱さを自覚しながら椅子に座り直す。

 

「私と、綾斗を潰す。か・・・レヴォルフの悪鬼も焼きが回ったか?」

 

「・・・さあな。天霧ってヤツがどういうのか知らないが、取り敢えずアンタに喧嘩を売ろうだなんて自分から死にに行くような物だろうに」

 

脱線した話題を元に戻すと、イレーネは呆れたように肩を竦める。

そこにウェイトレスが現れ、アイスカフェオレを置いていく。薄茶色の水面が夕日を浴びて淡くきらめく。

 

「それをイレーネは頼まれたのだろう?」

 

「間違っても非公式な市街地での決闘なんてアンタには挑まねえよ。あたしだって命は惜しい」

 

「故に、《鳳凰星武祭》か」

 

「そういうこった。だからアンタも早くペア見つけて参加しろ」

 

そう言ってイレーネはアイスカフェオレを一気に飲み干し、この話しは終わりだと言外に示す。

晶もそれについて是非は無いのか、サンドイッチの最後の一口をアイスコーヒーで流し込む。

 

「さて、好きなものを頼んで良いぞ」

 

「どういう風の吹き回しだよ」

 

「脱獄祝いだ」

 

「だから脱獄じゃねぇ!」

 

晶のからかいに律儀に付き合いながらもイレーネはテーブル脇のメニューを開く。

 

他愛ない話。二人の会話はコップの氷が溶け、夕暮れが夜に変わるまで途切れる事はなかったーー。

 





これにて原作一巻での話しは終了となります。
次回から章を新たに原作二巻のお話しです。

感想待ってます。

では、また次のお話しでノシ

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