骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第082話 「蟲とりんご」

 エントマは暗い表情で目的の場所に向かっていた。行き先はぼっち様の私室。前ならば軽かった足が今日はとても重く感じた。これもあの忌々しい女のせいだ!!

 『ゲヘナ』で戦った『イビルアイ』と言う魔法詠唱者は対蟲用魔法に特化しておりエントマとは相性最悪であった。その魔法で身体中に仕込んだ蟲達がやられてしまったのだ。その中には口唇蟲と言って人の声帯を貪ってその声を真似る事が出来る物まであった。おかげで今は無機質で違和感のある声になってしまっている。エントマはその自分本来の声が嫌いである。

 アインズ様はそのままの声でも良いと言ってくれたけれどもぼっち様もと言うことは無いだろう。もしこの声で嫌われでもしたら…

 胸を締め付けられたような痛みが襲う。

 ドアを開けるか開けまいか躊躇うが何時までもここに居るわけにはいかない。

 

 「失礼イタシマス」

 

 ノックを二回行い声をかけた。自分の声が耳に届くたびにあの女に対する恨みが募っていく。

 

 「はぁ~い。どうぞ~」

 

 ドアを開けようとした手が止まった。中にはぼっち様が居るのだが今の声はぼっち様の声ではなかった。けれど聞き覚えは十分にあった。

 中にはぼっちの姿は無くエントマだけだった。

 

 「んふふふ~。いらっしゃい」

 「…エ?」

 

 エントマが居た。そう、居るのだ。自分以外エントマが居るのだ。困惑する。がある事を思い出した。以前アウラ様が言っていたぼっち様の変身能力を。

 

 「おどろいたぁ~」

 「オドロキマシタ…」

 

 ころころと嬉しそうに笑うぼっち様に妬みの視線を向けてしまう。こんな事してはならないのだがあの声を聞いてしまってはどうじようも無いのだ。

 

 「ゴ用件ハ何デショウカ?」

 「あ~、そうだった。え~と、口唇蟲って出せる?」

 「ハイ。出セマスガ…」

 「一体出して欲しいなぁ」

 「畏マリマシタ」

 

 言われるままに口唇蟲を一体召喚した。それを手に取るとまじまじと観察する。少し観察するとエントマに向き直った。

 

 「お水貰えるかなぁ~」

 「ハイ。スグニ」

 

 とりあえず胸を撫で下ろした。別にこの声が嫌いとかそんな事は仰られなかった。だからと言って好きとも言われてないけれども…

 お水をコップに注いでぼっちの元まで戻った。

 

 「・・・っ!!」

 「?」

 

 違和感を感じた。さっきと何か違うのだ。よーく観察してみる。顔は歪んで見えるが格好は自分を模したままだ。手はぎゅっと握っているが………『握っている』?気付いた。手に持ってていた口唇蟲が消えているのだ。

 もう一度良く観察してみる。握り締める拳に顔は苦悶の表情を浮かべている。そして喉がもごもごと動いている。

 

 「何ヲナサッテイルノデスカ!?」

 「こぽうっ!!」

 

 嗚咽したぼっちの口からは血と共に口唇蟲が吐き出された。頭が真っ白になった。何故ぼっち様がそのようなことをなさるのか理解が出来なかった。

 ゆっくりと伸ばされた手に気付くまで時間がかかってしまい。気付いた時には手からコップを取った後であった。水を喉に流したぼっちは元の姿に戻っていった。転がった口唇蟲を取ると水道で洗ってから差し出してきた。

 

 「ドウシテ…」

 「・・・エントマが気にしてると・・・聞いて」

 「私ノ為ニ…」

 「・・・悲しそうなエントマは・・・見てて悲しい」

 

 ふるふると首を振って差し出された口唇蟲を手の平に乗せる。

 涙が流れた。エントマは面を被っている為に表情は読めないはずなのにぼっち様は『悲しそうな』と言った。それほど気にかけてくれた上に自分の為に変身して自らの声帯を食わしたのだ。

 口唇蟲を口へと運び含んだ。意思に従ってゆっくりと移動して前に居た位置で待機する。

 

 「あ~、んん」

 

 久しぶりに聞く声に心の底から嬉しくなる。それにこの蟲は…

 そこで気付いた。今喉に定着させた口唇蟲はぼっちの声帯を貪ったのだ。ぼっちの身体の一部を取り込んだのだ。

 風船が破裂したような音を立ててエントマから湯気が上がった。顔は面の為に変化は無いが変わりに顔の温度が上がり、目がくるくると回転し始めていた。

 

 「・・・大丈夫か?」

 

 異様な事に気付いたぼっちは額をエントマの額にくっ付ける。今度は頭だけでなく耳からも湯気が出そうだった。ただ目の前にあるぼっちの顔を凝視するだけで動けず固まった。しばらくしてそっと離れた。

 

 「・・・熱がある」

 「ひゃい…」

 「・・・ゆっくり休め」

 「ふぁい…」

 

 熱があると判断されたエントマはぼっちにお姫様抱っこされてベットへと運ばれた。そして布団をかけられれば脳内パニックが最大になっていた。

 喉にはぼっち様の声帯が!布団からはぼっち様の匂いが!!

 余計に熱が上がったエントマには気付かずキッチンへと向かって行く。

 

 

 

 ボックスよりりんごと包丁を取り出す。

 ため息を付いたボッチは先程の事を思い出す。

 手の平で蠢く蟲をなんとか口に含むと口内から喉へと『ゾゾゾゾゾゾ…』と這って行く感触が嘔吐感と嫌悪感となって襲ってくる。次いで喉に痛みが広がっていく。どういう蟲か知っていてやったのだがこんな痛みは初めてだった。内部から喰われるのだ。力も入れ難く、防御的にもなにも出来ないところだからただ耐えるしかなかった。

 うぷ…思い出しただけでも吐きそうになる。もう二度とやりたくない。『やりたくない。やらせないで!!』。なんか違うな…

 『撃ちたくない・・・撃たせないで』

 ああ!それだ。

 ひとり納得している間にりんごを兎型に切り、皿に載せていく。フォークを手にとってエントマの元へと戻って行く。ベット脇に腰掛けると未だに湯気が出るような温度を維持したエントマの口元へとフォークを使ってりんごを持って行く。ほぼ放心状態のまま無意識でりんごをしゃりしゃり音を立てて食べている。

 

 「・・・おいしい?」

 「………――っ///お、おいしいです…」

 

 我に返ったエントマは目をぱちくりしながらぼっちを見つめた。

 

 「・・・熱が下がるまで・・・居なさい」

 「畏まりました~♪」

 

 機嫌良く返事されてその場でただ座るだけってのも暇なのでとりあえずで頭を撫でてみる。すると子猫が甘えてくるように手に擦り寄ってくる。

 うおぅ…なにこの感じ!?アウラやマーレみたいに『もっと撫でて』オーラを出す感じも可愛いんだがなにこの小動物みたいなこの感じ!!

 

 「~~♪」

 

 そのまま撫で続けているといつものパターンを思い出した。途中で誰かが来るんだけどスキルで確認したところ、誰もこちらに向かって来る様子が無かった。そのままのど元を撫で回したりまるで猫の扱いであった。

 夕刻になりユリよりエントマが何処に居るかの連絡を受けるまでそのままの時間を過した。部屋を出て行くエントマは茹でタコのようになっていたが…




 エントマが可愛そうだったので書きたかった。別に深い意味は無い…

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