今日から通常投稿に戻します。
「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅ」
「さっすがに疲れたわー」
持ち場を待機していた第二軍と入れ替わったニニャとクレマンティーヌは指揮所近くの地面に大の字になって寝っ転がっていた。息をするたびに肩が大きく動き、所々怪我をしていた。さすがのクレマンティーヌも疲れ果てており動く気さえないようだった。
ニニャは先ほど配られた青い回復用ポーションを傷口にかける。これらはヘルシングより無償で配られた物だ。他にも折れた剣の交換や必要なアイテムもくれると言うのだから現場的にも王国的にも助かるのだがどれだけの赤字が出るのかは考えたくないだろうなと思う。
「はぁ~…あと10分は休憩したいね~」
「大丈夫ですよ。この次は第三軍ですから僕たち第一軍はその後ですよ」
「それは良い事聞いたわ」
軽口を叩く余裕さえなかったクレマンティーヌはそのまま目を閉じて眠ったようだった。
現状王国側が有利に事を運んでいた。戦力は元居た王国兵士に加えてスカーレット教会からの兵力の提供にヘルシングは兵力に加え物資まで、さらに王が最前線に出ることで王の護衛を行なう王国戦士長でさえ参戦しているのだ。後はアダマンタイト級冒険者である『蒼の薔薇』と『漆黒』
負ける気がしない。
それがニニャの率直な思いであった。
「どけえ!!」
戦場の端より叫び声が響いた。飛び起きてその方向を見やると噂に聞いたガゼフ・ストロノーフと互角に戦うといわれるブレイン・アングラウスが悪魔を切り裂きこちらに走ってくる。
後ろには大勢の一般人らしい人々が居た。
最初に動いたのは同じく下がっていた蒼の薔薇であった。
「おおおおおらあああ!!」
ガガーランが巨大な鎚でモンスターを吹き飛ばすと開いた隙間から二人の忍び、ティアとティナが一般人を守る為に護衛する。
「《四光連斬》!!」
「《六光連斬》!!」
一般人に反応して寄って来る悪魔をブレインが昔のガゼフとの試合で見た技を使用すると同時にさらに進化したガゼフの連斬と合わさり合計《十光連斬》が悪魔達を一気に切り裂いた。二人は驚いたような表情をお互いに向けるが次にはニカっと笑っていた。
「さすがガゼフだな。そこまで練り上げるなんてな」
「まさか《四光連斬》を使われるとは思ってなかったぞ」
互いに健闘し合う中、横を大勢の一般人がすり抜けて行く。なかでもクライムは早かった。途中で背負ったマインをいち早く治療する為に指揮所に駆け込んだ。
「ラナー様!」
「クライム!良かった無事だったのですね」
「はい。けれどもマイン殿が」
「なっ!?これはいけない。早く奥へ!ポーションを掻き集めてくれ。かなり疲弊している」
クライムの姿を見たラナー王女はほっとしたが背負っているマインを見てラキュースは青ざめる。マインの様態も芳しくないこともあるのだがそれ以上にあの腕前のマインがこんな状態になるなんてと言う驚きの方が強かった。
「・・・マイン」
意識が朦朧としていたマインは聞き覚えのある声を聞いて顔を向ける。
そこにはレイルを連れているアルカード・ブラウニーが立っていた。
「…申し…訳…ありません…術式を…使ってしm」
途中まで喋るとアルカードは優しく頭を撫でた。安らぎを感じたマインは再び意識を失った。
「・・・良くやった」
マインを抱えたアルカードは奥へと運んで行く。すると外より悲鳴が上がった。ラキュースが何事かと思い天幕から外に出ると、最前線のど真ん中に場違いな少女が立っていた。
「邪魔でありんす」
軽く手を横に振るうと敵意をむき出しにしていた人間の首だけがキレイに宙を舞った。兵士が騒ぎ始めた。中には勇敢と呼べば良いのか無謀と呼べば良いのか立ち向かっていこうとする者が居た。
「そいつに手をだすんじゃねえ!!」
怒号にも似た叫びに兵士達は立ち止まる。発したのはブレインだった。かのブレイン・アングラウスが額からは冷や汗を掻き、手が震えている。兵士達はどれ程の者か理解して引いた。
剣を構えたガゼフがブレインの横に並んだ。
「それほどの相手なのか?」
「ああ!例の奴だ」
「!?あれがシャルティア・ブラッドフォールンか!!」
つい先日に教えられた名前を思い出したガゼフは副官の方に手で合図した。副官の顔が強張った。合図の意味は『王を連れて逃げろ』。王国戦士長とブレインが居る中でのその意味は…。歯軋りを堪えて急ぎ本陣へ向かって行く。
「今日は喚きながら逃げ出さないんでありんすか?」
言葉を投げかけたのは黒いボールガウンやフィンガーレスグローブで身を包む吸血鬼の少女。シャルティア・ブラッドフォールンだった。その表情からこちらの反応を窺っているのが分かる。無理に笑いながら答える。
「逃げる訳には行かないんでな!それよりあんたはあのヤルダバオトの仲間って事で良いんだよな?」
「そのように思って頂いて結構でありんすよ」
「ヤルダバオトとあんたではどっちが強いんだ?」
「……ヤルダバオトの方が強いでありんすよ」
「って事は奴の下っ端って事なんだよな?」
「さっきから質問ばっかりでありんすな!」
目付きが変わり殺気がじわりと濃さを増した。ゴクリと喉が鳴る。
「ブレインさん!」
「下がってろ。俺やガゼフぐらいじゃないと傷もつけられねえよ。お前は姫さん連れて逃げろ」
「!!…分かりましたご武運を」
「そう言う事なら私を含めて四人で相手をする事になりそうね」
「らしいな」
「死ぬかも知れないぞ」
「それがかの有名なブレイン・アングラウスの言葉かよ」
「…最初から全力で行くぞ!!」
ガゼフとブレインの横にガガーランとラキュースが並ぶ。後ろに居る者達を考えると不安や焦りの感情がすーと抜けていった。ラキュースよりかすかに呟かれた言葉に頷く。
ガガーランを先頭にガゼフとブレインが左右に周る。ラキュースはその場で動かず剣の魔力を込める。
いつものように余裕がある表情だが内心は違った。今度は失敗が許されないために脳内はフルで働いている。この突撃してくる三人は囮。あの奥の女が何かしようとしているのは明白。ならばこの三人を吹き飛ばした後ですぐに切り裂く。
「らあああああ!!」
渾身の力を込められた巨大な鎚が上段より振り下ろされる。それを簡単に指一本で受け止められたのだ。余りの出来事に表情が凍り付く。
「五月蝿いでありんすよ」
「のうわっ!?」
そのまま軽く押されただけでガガーランごと宙に浮かされて背中から地面に落ちた。
痛そうに苦悶の表情をするガガーランを気にする事無く左右より二人が斬りかかる。
「《六光連斬》!!」
ガゼフが放った六つの光り輝く斬撃が襲い掛かる。
反対側のブレインは技名を叫ぶ事無く刀を振るう。《領域》と《神閃》を合わせた秘剣《虎落笛》でさえ前回通じなかったんだ。ならばとそこに《四光連斬》を合わせる。
左右からの斬撃を小指の爪を合わせる事で打ち消していく。驚いている暇などない。立ち止まれば餌食になってしまう。次の武技を使用しようとしたガゼフが手の平で軽く押されるだけで3メートルほど吹っ飛ばされた。次はブレインに攻撃しようとしたが急に動きが止まった。
ブレインの攻撃を受けた爪に小さな傷が入っているのだ。先の一瞬で《四光連斬》をすべて寸分たがわずに同じ箇所に叩き込んだのだ。
「爪切りとしては合格でありんしょうかえ」
「そうか…今度は届いたか」
「嬉しそうでありんすね。では、さよならでありんす」
微笑んだシャルティアの一撃がブレインに届く前に何者かが割り込んだ。
「っ!?神父」
「争い事は苦手なのですが!!」
割り込んだスカーレット神父は両手の指の間に挟んだ剣の柄に魔力を注いで刃を作り、合計六本の刃を合わせて一撃を耐えようとするがブレインを巻き込み吹っ飛ばされてしまう。
なぜ神父が飛び込んできたのか分からなかったがこれであの女を始末しようかと動こうとした瞬間何かの声が聞こえた。
「《疾風走破》《超回避》《能力向上》《能力超向上》」
声のする方向を向くと軽装の女が短剣二本で速い速度で突っ込んできた。
片手を振るわれるとそれを受け止めるようにスティレットを構える。
「《不落要塞》」
防御系の武技を使用して強化する。手が触れる直前嫌な予感がしてスティレットを手放す。
「《流水加速》」
無理な動きを武技により敢行して手と自ら放したスティレットを回避する。そして残ったもう一本のスティレットを突きつける。もう一方の片手でつままれたが関係なかった。
「こういうのもあるんだよ!!」
スティレットの刃先から発せられたファイアーボールにて視界が遮られる。少しは利いたかと期待したクレマンティーヌだったが煙を払うような仕草で炎は掻き消され、中から無傷の少女が現れた。
「クソがっ!!」
ただ一言呟くと急いで後ろへと飛び退いた。
「まったくこんなんじゃあ蟲でさえ殺せないであり…ん?」
先ほどの女がその場に居ないことに途惑ったシャルティアは完全にラキュースの事を忘れてしまっていた。
「超技!ダークブレードメガインパクトォオ!!」
構えた漆黒の剣『魔剣キリネイラム』からシャルティアへと無属性の爆発が襲い掛かってきた。また油断した事に歯軋りをするが対処は早かった。
「不浄衝撃盾!!」
手の平から発生させた赤黒い衝撃波で爆発を防ぐ。あたりで立ち止まっていた悪魔達が吹き飛んでいく。人間達の方からは見えないだろう。皆、爆発が収まるのを待っていた。
爆発が消え去りそこに無傷で立っていたシャルティアを見て皆が絶望を感じ取った。
「さて、蹂躙を始めるでありんすか」
一歩踏み出そうとしたシャルティアは動きを止めた。こちらに向かってくる男に向かって微笑みかける。
「貴方様がお相手くださるんでありんしょうか?」
「・・・ああ」
短く返事した男は付けている仮面を外して着ているコートの中へと仕舞う。シャルティアはスカートを軽く摘むとお辞儀をする。
「シャルティア・ブラッドフォールンと申すでありんす。お名前を聞いても?」
鼻下と顎にひげを生やした威厳を持った歴戦の戦士を思わせる彼は穏かに笑いながら被っていたシルクハットを胸の辺りに押し当てお辞儀する。
「私はアルカード・ブラウニー。ただの貴族ですよ」
頭を上げた二人の視線が交差した。
レベル100のシャルティアにレベル30が10名以下程度集まったところで勝てないですよね。
さてアルカードとして出会ったぼっちさんはどうするのか?
次回『アルカードVSシャルティア』
お楽しみに…