冷たくて指が動かない…
王都リ・エスティーゼ
リ・エスティーゼ王国の王都で古き景観を強く残した歴史ある都市…と言えば聞こえはいいが華やかさは無く、帝国や法国のように道路を舗装しきれてない現状が多く見られる。
その王都の高級住宅街から馬車で移動してきた二人の男女が小さな教会の前に立った。
「お兄様。お早く!」
「人前だぞエイナ。貴族たる者もっと優雅に…」
「もう、置いて行っちゃいますよ?」
日が昇りきった昼ごろ、グエンはやや興奮気味の妹エイナと教会へと向かっていた。
グエン・ポルグレッサは中級貴族であるポルグレッサ家次期当主である。ポルグレッサは元々無宗教なのだが最近王都に来た神父に妹のエイナが御執心なのだ。
確かに自分も彼には好印象を抱いた。礼儀正しく温厚、あの垂れ気味な目など笑みで浮かべられた時は本当に優しげに感じた。そしてあの端整な顔立ち…もしエイナとの子が出来ればかなりの美形になるだろう。
妹のエイナも他の誰にも負けないぐらい綺麗な顔立ちをしている。一度しかお会いした事ないがあのラナー王女とどちらが綺麗?と問われれば迷う事無くエイナを挙げるだろう。自分でも少しシスコン気味だと思うが…
軋む音を立てながら扉が開かれる。窓ガラスはステンドガラスではなく通常のガラスで、奥の女神像は彫刻ではなく手彫りの木像など質素な造りの教会である。その中央の長椅子に腰掛ける人物を発見する。
「おや?これはグエンさんにエイナさん。ようこそいらっしゃいましたね」
「はい。いらっしゃいました」
「はは、エイナ…言葉がおかしくなってるぞ(ぼそぼそ)」
「ふぇ!?え、あ…」
「ふふふ、お茶の用意でもしましょうかね?」
赤らめながら慌てるエイナに微笑んだ神父、スカーレット・ベルローズはお茶の用意をする為に奥の部屋へと消えていく。
この神父は神父を名乗っているが神父らしくないのだ。以前に他の神父の元へ行った事もある。神への信仰を第一に考える聖職者だったのだろう。しかし自分にしてみれば何故そんなに神頼みで済まそうとするのか分からなかった。
それに対してお茶とお茶菓子を持って戻ってきた神父は信仰を求めないのだ。求めてくる者は拒まずにこちらからは求めさせない。最初に来た時は驚いた。今日と同じようにお茶の用意して話をするだけなのだ…
彼はしっかりと話を聞きかなり正確なアドバイスなどをしてくれる。相談から雑談までいろんな話をしている内に時間が過ぎていく。彼の雰囲気がそうさせるのか、彼の人徳なのか分からないが心安らぐのだ。
「おや?もうこんな時間ですか…」
神父が言うように来てからずいぶん時間が経ってしまったようだ。
「あ、お兄様…そろそろ…」
「そうか…今日はキャロルと夕食をすると言っていたな。行っておいで」
「はい、行ってまいります。神父様…また…」
「ええ、また会いましょう」
笑顔のまま教会から出て行くエイナを見送ると自分は真顔になる。ここからは誰にも聞かれては不味い重要な話だ。
「今日…決行する…」
神父はそうですかと呟くと嬉しそうに微笑む。
さきほど名を出したキャロルと言うのは元貴族のヴェルシー家の子で昔から付き合いのある少女である。ヴェルシー家はもともとは商人の家であったが徐々に認められ先々代で貴族になったのだが先代当主が欲を出しすぎた為、六大貴族の半数の怒りを買い没落させられる。
ヴェルシー家にはもう一人エイナムと言う男が居るが父上はエイナとの婚約相手として話を進めている。父はヴェルシー家の商人として蓄えられた知識や情報を欲しているのだ。
このような婚約は貴族の間でも普通にあるだろう。だが、自分は許容できる物ではなかった。あの肥えた豚のような容姿、下卑た表情、見栄だけの無能者に誰が好んで最愛の妹を送り出せるというのか!
そのことを出合って三日しか経ってない神父にぽつりと話してしまった。自分としては適当に相槌を打つと思い込んでいた。
「ならば話を御破算にしてしまえば良いのでは?」
「はぁ?」
いきなりそんな事を神父に言われれば誰だって驚くだろう。
「何言ってんだあんた?そんな事出来ればもう…」
「これは独り言です。聞くも聞き流すのも自由です。………例えば婚約相手が死んでしまえばどうでしょう?」
「なぁ…!?」
「私は相手を殺せる知識を持っている。私は殺した犯人を隠せる手段を持っている。しかし殺す事は私はしない………どうしますか?」
「………」
その悪魔の言葉に迷う事無く頷いた。それ事に後悔はない。
用意したのは神父に教わった毒薬…手段は自分でその後の事はしてくれるらしい。
その夜、王都から離れた別荘で父の誕生会を行なう事になっている。毎年母と過ごした別荘で誕生会を行なうのが習慣となっていた。誕生会と言っても家族と近しい物を1,2人誘うぐらいである。
「んー」
「どうしたのですグエン。さっきから唸ってばかりですよ」
「ふふ、エイナと離れ離れになったものだから気になっておるのだろう」
「なっ!?父上、母上いきなりなにを言い出すのですか?」
「隠さずとも良い。お前が溺愛しているのは皆が知っているしな」
はぁ~と観念したようにため息をつくと二人は笑いあう。
ドルザーグ・ポルグレッサ。ポルグレッサ家当主である。まだ50歳と言うのに髪は白く染まり、天辺は禿げているためもっと高齢のように見える。
マリール・ポルグレッサ。元々この別荘と呼ばれる小屋に住んでいた彫刻家の娘で父が一目惚れをして結婚した。紫色に染められた髪を大きく広げた髪型をしている。たまにヒステリックを起こすのが問題なぐらいの優しい母。
しかし妹の婚約の事を決めた両親を俺は良く思っていない。まだその事に気付かれていない。
笑いながら話しているとドアを叩く音がした。
「うん?エイナム殿かな」
「どなたかしら?」
ドアを開けて入ってきたのはエイナムではなく神父であった。
「これはベルローズさん。いらっしゃい」
「ええ、マダム。お招き頂き感謝いたしますよ」
いつものように微笑みながら礼儀正しく会釈をした神父をマリールは優しく抱きしめる。
「母上、神父様に…」
「マダムのような美しいご婦人のハグは嬉しく思いますが御主人が見ておられますよ?」
「あらやだ私ったら…」
年甲斐も無く赤らめる母にあっけに取られながら父もグエンも軽く笑う。
「お誕生日おめでとうございますポルグレッサ卿」
「うむ、ありがとう。ささ、席へどうぞ」
神父は促されるように入り口に近い席に座る。一人で殺人を起こすのだが共犯者がこの場に居るのと居ないのではまったく違ったであろう。両親に神父を誘っても良いかと話を出しておいて良かったと思う。すると、
「いやいや遅れて申し訳ない」
ちりちりの赤毛を揺らしながらドアを開けた中肉中背の男。奴こそ俺のターゲットであるエイナム・ヴィルシーである。
殺意の篭った目を向ける事無く笑顔で奴を迎えた。
「待ちわびましたぞエイナム殿」
「少し準備に手間取ってしまい大変申し訳ない」
そう言いつつ二本のワインを取り出す。
毒入り…変な不安が過ぎる。殺す側のはずが何故かそんな不安を頭に過ぎらせてしまう。
「これは上等そうなワインですね。どうも私、ワインには目が無くて。テイスティングしてみても?」
「え?ええ、私は構いませんが…」
「ああ、わしも構わないよ」
言い出したのは神父であった。エイナムは父に視線を送り許可を得ると一本を開けた。
香りや色を確かめ口に含んだ。一回頷きグラスを置く。
「ふむ…50年もののログゼでしょうか?」
「おお!神父殿は味が分かる方でしたか。正解ですよ」
驚きの視線を受けつつ微笑む神父と目が合った。どうやら彼は毒見役を買って出てくれていたらしい。
そして皆が席に付き奴のワインが注がれたグラスを手に取る。俺は笑い出すのを何とか堪える。すでに奴が手にするグラスには毒を塗っており飲んだ瞬間奴は死ぬ。席は上座に父、父の隣に母、その隣に俺と決まっていた。客人の席は反対側で自由だが神父には事前にそのことを伝えており問題はなかった。
「ではポルグレッサ家とヴィルシー家に幸多き事を願って」
皆がワインに口をつけた。液体が喉を通るのを見守った。その視線に気付いたのかエイナムが不思議そうな顔をして首を傾げた瞬間首を押さえ始めた。
声にもならぬ声を漏らしつつもがき苦しむ。俺の表情を理解したのかテーブルの上にあった燭台を投げつけてきた。方向は大きく外れ窓を突き破って外へと落ちた。
そして倒れた。
ただ倒れたのは奴…だけではなかった。
父が血も噴出し倒れたのだ。
意味が分からなかった。なぜ父が?
隣の母がパニック状態になりつつ俺の両肩を掴んできた。
「まさか貴方も!?なんてぇぐ!」
怒鳴り上げようとしていた母の声がくぐもりそのまま倒れた。
想定外の現状に付いて行けず訳が訳が分からなくなった。
「皆さん食事中と言うのにはしたないですね」
その中悠々とワインを口にする神父を見つめる。
聞きたいことが山ほどあるが言葉が出ない。
「どういうことだ!?とでも聞きたそうな顔をしていますね?いいでしょうお答えしましょう」
席を立ち俺のそばまで寄って来た神父は耳元に口を近づけ、
「すべて私の計画通りです」
いつものように微笑んでいるだけなのだがそれはとても人間には見えなかった。
「どう…いう事だ?」
自分を落ち着かせながら言葉を口にしつつ席につく。
「簡単な事ですよ。皆様より相談を受けておりまして」
「相談?」
「ええ、ある方は妹の婚姻の話…これは貴方ですね。若い男と浮気している妻をどうにかしたかった夫…これはドルザーク殿。遺産を欲し旦那を邪魔に感じていた婦人…マリール婦人。とっとと相手方の両親と息子を亡き者としてすべてを手に入れたい者…エイナム殿ですね」
「エイナムとも!?」
「彼が私とも面識があったのが分からなかったのですか?」
「……」
もう言葉すら出なかった。
「ふむ…見知った人が死ぬとはこういう感じですか…まぁ上々でしょう」
「…!?エイナは?エイナに何かした訳ではないだろうな!!」
「エイナ嬢とキャロル嬢には何もしていませんよ」
「本当だな?」
「ええ、本当ですとも。そしてこれで貴方はエイナムを殺し、邪魔だった両親は勝手に死んだ。あとは………貴方だけですね?」
「はぁ?」
突然の言葉に間の抜けた声を上げてしまった。俺を殺すと言ったのかこの男は?それとも別の…
『とっとと相手方の両親と息子を亡き者としてすべてを手に入れたい者…エイナム殿ですね』
待てよ!母は父が、父は母が、エイナムは俺が、ならばエイナムはなにをしたんだ。
口に手を当て考え込むと窓の外が明るくなっていることに気付いた。
「どうやら気付いたようですね。消音魔法解除と同時に範囲防御魔法解除」
神父がそう呟くと熱気と木が燃えて弾ける音が広がった。
窓の外と言うかこの建物すべてが燃えていると気付いた。
「エイナムは予め火付けの準備を行なって遅れたのですよ。これですべては燃え犯人はこの中に居ないことになりましたね」
「貴様はどうする気だ!ここまで燃え盛っていては逃げ出すことは出来まい!!」
「それはどうでしょう」
空間が黒ずみ、人一人が入れる楕円を形成してその中へと入って行く。すると下半身を隠すように楕円が小さくなった。俺を通す気は無いということだろう。
「さて、最後に何か言い残すことはありますか?」
「……妹を…妹には!?」
「そこまでで結構。彼女は彼女が進みたい道へと進むことをお手伝いしましょう」
こんな状態でも妹のことを考えるとは…本当にシスコンだったんだな。そう思いつつ消えていく神父を目だけで見送る。
「Good Luck!また…いえ、もう会うことはないでしょう。さようなら」
これで妹を利用するものは消え、あとは祈るだけだ。
「エイナの未来に幸多からんことを…」
グエンの肉体は炎の中に消えていった。
スカーレット・ベルローズ…いや、ザーバ・クンスラァは暗い倉庫へとゲートで転移した。
彼は自分の任務を確認する。それは簡単な手入れである。貴族の中で無能、もしくは有用ではない貴族の手入れである。
知り合いになった貴族を手入れするのは中々楽しいものがあるが今は少し物足りなさを感じている。
最初の時は自分が思う芸術の様な殺人を行なってきたが誰にも気付かれることも無く終わってしまうので今日は簡単な物で済ませてしまった。
張り合いが無いのだ。決してばれてはならない任務でこんな事を思うのもなんだが好敵手のような者が欲しいと思ってしまう。
そんな感想を抱きつつ倉庫の古めかしい扉をあける。
「遅いですよベルローズ様!」
倉庫から戻ったザーバを出迎えたのは兄とは違い、ちゃんと手入れをしてさらさらの赤毛を肩まで伸ばしているキャロル・ヴィルシーであった。少し待ち侘びたのか頬を膨らませていた。
「もう、神父様に失礼ですよキャロ」
「固い!固いよエイナは。ねぇ?」
困ったような笑みを零すエイナはキャロルを軽く言うがキャロルは受け流していく。
「申し訳ありませんね。中々見つかりませんで」
今日二人は夕食を楽しんでくるといって家を出たのだ。先はレストランと両家では思っていたようだが実際は神父のところであった。
食事をしたり会話をしたりで時間を潰していて、その途中で抜け出したのだ。
「で、なにを探していたんですか?」
「これですよ」
後ろに隠していた物を二人に見せる。それはエイナムが用意した二本目のワインだった。
「わぉう!結構高いんじゃないコレ?」
「高いでしょうね」
「え?良いんですかそのような…」
「だから三人の秘密にしましょうかね。どうです?」
「乗った!」
「もう!キャロったら…」
「でもエイナも飲むでしょう?」
「…うー」
「じゃあ私と神父様と二人っきりで頂いちゃうから(ぼそ)」
「!?私も飲みます!」
「ふふ、ではグラスと何かつまめる物を用意しましょうか」
ザーバは微笑む。いつもと変わらぬように。そして朝になり兄と両親のことを知った彼女達がどんな表情でどんな選択肢を選ぶのか…今から楽しみでならない。
あと少しでDVD&BDオーバーロード第六巻が発売する。
二期しないのかな?