骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第191話 「血を受け継いだ者」

 マイン・チェルシーは伏した状態でただただ刀を仕舞って背を向けて歩き出した神父ぼっちを見つめていた。

 袈裟斬りされたが刀の切れ味と神父ぼっちの本気の一撃により痛みは感じない。斬られた傷口より血が流れ続け大きな血溜まりが出来、頬も血で濡れて来た。動こうとしても指先一つ動かせず、意識が徐々に薄らいで行く。

 

 ――ここでボクは死ぬのか…

 

 死にたくないと感情が訴えるが蘇生アイテムを持って居ない為に死からは逃げれない。もし持っていたとしても目の前の敵には勝てない。短く息を吐いて重くなった瞼を閉じた。

 

 『なんだ――もう寝てしまうのか?』

 

 聞き覚えのある声に瞼が持ち上がる。

 先ほどと変わらぬ景色なのに世界がモノトーンに染まっている。

 色だけでなく神父ぼっちも、塵も、風も、すべてが制止してまるで時が止まったようだ。

 

 そんな中を透き通るような長い水色の髪をなびかせた軍服姿の女性が眼前に立ち、つまらなそうに見下ろしてくる。

 声が出ずに困った笑みを浮かべて見上げようとすると、実に忌々しそうに睨んでガシガシと頭を掻き毟る。何かを言おうと口を開こうとするが言葉にならずに口を開けては閉じてを繰り返す。その度に苛々が増していっている気がする。

 

 『子供に当たってどうする?少しは落ち着かんか』

 

 いつの間にか和装姿で陣羽織を羽織った男性が床に腰を下ろして無表情でため息をついていた。

 よくロートル先生と鍛錬中に死にかけた時に出てきた二人だ。しかしこうやって二人同時に居る事なんて今まではなかったな…。

 男性は少し悩んでから立ち上がり、血で袴が汚れることなど気にせずに片膝を付いてマインの頭を優しく撫でる。

 

 『お前はここで朽ち行くのか?』

 「……ぃきようと…したぁ…いのですが……力が…」

 『そうか。生きたいのだな』

 『―ッだったらそう言え!』

 『怒鳴るな。すぐに怒るのは直したほうが――ってもう遅いか』

 『不満があるなら聞くがどうする』

 『いや、良いさ。それもお前だ』

 

 腕を組んでそっぽを向く女性に苦笑いを返して男性はしっかりと瞳を見つめてきた。

 

 『俺とあいつが君にきっかけを与える。それを上手く使えるかは君次第だ』

 「きっ…かけ……ですか」

 『ああ、きっかけだ。出来るなら助けてあげたいのだがな』

 『死者にはそれは出来ぬからな!だから後はお前次第という訳だ』

 『それで……だな。頼みがある』

 「……頼み」

 『奴を―――あいつを解放してやってくれ』

 『私達は望みすぎたんだ。ぼっちさんが居なくなった心の隙間を……存在を……役割をあいつに押し付けてしまった』

 『本来なら俺達がするべき事だ。だが……』

 「ボクには人を……救うなんて高尚な事はできません……でも、出来るだけやってみます」

 『すまないな』

 『ふん、では―――』

 

 頭部に二人が手を添えると温かみが伝わり、身体の奥底から強い力を感じる。

 徐々にモノトーンの世界が色を取り戻しつつある最中、二人の姿は逆に薄れて行く。

 

 『これより負ける事は許さんからな』

 『ぼっちさんによろしく伝えといてくれな』

 『『俺(私)の血を引く者よ』』

 

 「――カハッ」

 

 神父ぼっちは死んだ筈の少年が立ち上がった事に心底驚いた。

 あれだけの出血をして置きながら生きているなど人ではありえない。

 

 「――何をした?どうやった?」

 「ふぅ…取引ですかね」

 「取引だと?何を言っているんだ」

 「とりあえずボクがやれる事は貴方を斬る事だけです」

 「もはや実力差は解りきっているだろうに!!」

 

 声を荒げると同時に最高速度で突っ込み、刀を振り下ろした。今度は情けをかけずに真っ二つにするつもりだった。振り下ろされた刀は一本の刀で受け止められた。先ほどまで受け流す事しか出来なかった相手が片手で飄々とした表情で受け止めている。

 驚いて手が止まった瞬間に左手で握られていた刀で切りつけられる。

 舌打ちしながら一旦距離を取ろうと後ろに飛び退くが、それに勝るとも劣らない速度で突っ込んで来た。

 

 「なに!?」

 「逃がしませんよ!」

 「チィイイイイイ!!」

 

 足が地面に付くと同時に前に出て刀を振るう。反応速度にものを言わせた剣戟の応酬が始まる。先ほどと腕力も速度も反応も桁違いに上がり、自分との差を詰めている。

 ふと視線が袈裟斬りにした傷口に向かうとそこに塞ぐような氷の線を見つけた。

 

 「氷結させて傷口を塞いだのか!?まさか魔法詠唱士か!」

 「ボクは剣士です!アルカード伯――ぼっち様を師匠に持ち、武士と騎士のご先祖様に迷惑ばかりかけている剣士です!」

 「ぼっちの弟子だと!?」

 

 刀と刀がぶつかり火花を散らすながでマインの菊一文字が雷斬で真っ二つに折られた。咄嗟に地面に落ちかけた刃を蹴飛ばし、顔面に迫った神父ぼっちはギリギリのところで避けた。視線が折れた刀身に注がれた隙を突いて、手元に残っていた短剣のようになってしまった菊一文字を左腕に深々と差し貫く。

 腕の筋肉が切断された事で天羽々斬を落とし、痛みに耐えながら蹴り飛ばす。

 

 使い物にならなくなっただらりと垂れ下がった腕をチラッと見て、雷斬を握る手に力を込める。

 ――まただ。また頬が弛んできている。急に同格まで上がった敵を前に片腕を潰されて不利になりつつある戦況で何故笑うのだ私は。騎士としてそんな相応しくない感情も表情もいらない。私は淡々と責務をこなす為だけの…。

 

 「『つまらぬ事を考えていそうだな?』」

 

 マインが喋った筈なのに違う声が耳に入った。

 喋った本人は一瞬キョトンとしたが、すぐい理解したのか満面の笑みを向けてきた。

 

 「『色々背負わせて悪かったな』」

 「なんだ?何のことを言っているんだ!?それにこのお声は…」

 

 先と違って低い男性の声に耳を疑った。男性の声も女性の声もとても聞き覚えがあった。忘れようとも忘れる事は出来ない。あの方々を…。

 黄金に輝くエクスカリバーを両手で握り締め、マインは短く息を吐いた。

 

 「もう良いでしょう。義務や務めなんて…騎士の誇りもあるんでしょうけど――好い加減うざったいですよ!」

 「なんだと!」

 「自分はこうじゃないといけない。こうしなくちゃいけない。そんな自身への強迫観念に駆られた太刀筋なんてボクには届きませんよ!」

 「ふざけるな!貴様のような自由に生きれる者と違って私には役割があるのだ!!それを――」

 「所詮人は誰かの為に、なにかの為に刀は振れませんよ!すべては己の為でしょう!自分がそうしたいからそうする――貴方だってそうしたって良いんだ!そうじゃなきゃいけないんだ!だから――――お前の全てを出し切って見せろよ!!」

 「……理解不能。いや、理解する必要性すら感じない。―――だが最後の言葉は納得だ。ごちゃごちゃ考えていたら貴様には勝てない。私の全力でお前を屠る!」

 

 忌々しげに叫んだ言葉だったが、何処か楽しげに笑っているかのような神父ぼっちの表情にマインは短く笑いながら突っ込む。

 

 「私の――――いや!俺の敵を排除しろ雷斬!!」

 

 振り切った雷斬の刀身より幾つもの雷撃が放たれる。それを切り払い、避けきり、掠めながらも突き進む。

 両手で握り締める力が余計に篭る。

 

 「『零度の軌跡』!!」

 

 急に辺りの気温が下がり、吐き出す吐息が白く染まる。

 マインの後ろに氷の粒子が舞い散る。その光景に見惚れそうになりながら横薙ぎにしようと雷斬を振るう。

 

 「『二の太刀要らず』!!」

 

 自身の防御力を半分にして攻撃力を二倍にするスキルで強化された一撃で雷斬は粉々に砕けた。

 刀が砕けた事よりも先ほどの声に使用された二つのスキルにお二人――ぼっちのギルドメンバーでビオの教え子であるスサノオとエスデスの姿がマインに重なる。

 

 「エクス――」

 「まさか…貴様は!?」

 「―――カリバァアアアアアアアア!!」

 

 レイルに作られた贋作であるエクスカリバーで斬られると同時にギミックが発動して内部に貯められていた膨大な魔力が放出される。

 吹き飛ばされた神父ぼっちはHPが残り少ない事を理解し、自身が敗北した事に笑ってしまった。負けたというのにどこか清々しい気分だ。全力を出した事もそうだが今は亡きあの方々に会えたのだから…。

 

 そう言えばあの二人がヴァイス城から離れたのは身篭られてからだったか。あの喋れば喧嘩ばかりしていたお二人が付き合っていたと聞いた時は耳を疑ったものだ。ほかの皆様は知っておられたようだったが。そうか――お二人の子孫に私は敗れたのか。

 

 「悪くない気分だ…」

 「いやいや、身体半分消し飛ばされて悪くない気分だって言われてもホラー要素しかないですよ!?」

 

 剣を鞘に収めたマインは半ば困ったように笑いながら傍まで近づいてきた。

 

 「貴様……いいや、貴殿のおかげだ。感謝する」

 「えと…どういたまして?」

 「さて、意外に痛いのでな。そろそろ止めを刺して貰えればありがたいのだが?」

 「止め?刺しませんよ」

 「はぁ?」

 「だって弱った相手を斬っても面白くないじゃないですか」

 「面白い面白くないではない。敗者に情けをかけて生き恥を晒さすな。騎士として――」

 「えー…そうだ!だったら今度は貴方がボクに挑んできて下さいよ。楽しみに待ってますから」

 「なっ?どうしてそんな話に繋がる?言葉のキャッチボールと言う言葉を知らないのか?」

 「すみません。今、グローブをきらしてまして。それではボクはここで失礼しますね。また会いましょうね!」

 

 ニカっと笑ってさっさと駆け出していくマインを何とか上半身を起こして見送った神父ぼっちは苦笑いを浮かべた。

 

 「まったく、なんでこう…」

 

 呆れたように呟くがその表情はとても清々しい表情をしていた。

 こうしてプロフェッサーが引き起こしたすべての要因は片付けられ事件は終結したのであった。

 ……ただ考えなしに魔法ブッパさせたぼっちの責任は別とされた。


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