「ったく、敵は無尽蔵か!!」
「まったくだ!刀が鈍になっちまった…」
ガゼフ・ストロノームとブレイン・アングラウスは背中合わせに己の武器を構えてゴーレムと対峙していた。
エ・ランテルにて終結した戦力の大半が使い物にならない状態で10億のゴーレムの相手は不可能化と思われた。が、ゴーレムはゾンビほどではなく動きは遅く小回りは利かない。これに気付いたジルニクフ皇帝の指示で防衛戦術から機動戦術へと変更。動きに動き、引いては攻め、移動し戦い逃げ回る。おかげで弱りきった王国・帝国・魔導国・カルネの四勢力からなる連合軍でも何とか攻勢を凌いでいた。
発案者のジルニクフ皇帝が何故あんなにやつれて、無気力な瞳をしていたのかは会議場に居た誰も知らなかった。
一部ゴーレム達が舞っている所があるがアレはモモンの戦場だ。あそこにだけは近づけない。運が悪ければ降って来たゴーレムの下敷きになって死んでしまう。
「あの狼煙…総員撤退の狼煙じゃないか?」
「なに!?」
ブレインが気付いたエ・ランテルより上がっている狼煙の色は赤。戦う前に定められた意味は【全軍城砦内まで撤退せよ】だ。つまりは現状ではどうしようもない事態が起きたに他ならない。急ぎ撤退したいが馬の無い状況では走るしか手が無い。城壁まで近付けば城壁で待機している魔法詠唱士が攻撃魔法の援護射撃を受けられるのだがそれまでは地獄だ。
マッドゴーレムなんかは弱くて腕か数さえ居れば木製の武器でも倒せる。が、ストーンゴーレムやアイアンゴーレムとまでなると並みの兵士では相手は難しく、モンスターとの戦いに慣れている冒険者チームの方が適任だろう。
邪魔をするゴーレムだけ斬りながら門まで駆ける二人の前に5メートルはあるマッドゴーレムが現れた。苦々しく舌打ちをしながら駆けて行くとゆっくりとだが大の大人を頭から足先まで握れるほど肥大化した手を伸ばしてきた。一瞬視線を合わせて左右に飛び退き、ブレインが指先を、ガゼフが腕を切り落とす。
本来なら腕を切ろうとも体当たりや蹴りなどで攻撃してくるものなのだが、このゴーレム達は死亡しそうな攻撃は一切して来ない。代わりに捕縛しようとするのだ。捕まるぐらいならと思っていた者も居たが、人間とゴーレムが混ざり合った者を見て理解して青ざめていた。………捕まったらああなると。
なんとか門まで辿り着いた二人は乱れた息を整えながら辺りを見渡す。40万以上居た連合軍は二分の一ほどまでに減らされ、門まで戻ってこれたのは四分の一も居るか居ないかだ。
「ご無事でしたか将軍」
「こ、これは女王陛下!」
いつものふんわりとしたドレスではなく、ドレス風ではあるがライトアーマーを装備したラナーが姿を現したことで、片膝を付こうとすると肩に手を置かれた。
「今は良いのです。それよりも時間が惜しいですから」
「ハッ!」
「…これより撤退準備に入ります」
「は、はぁ?それは―」
耳元で囁かれた言葉に驚愕し、口を開こうとあいたガゼフはラナーが人差し指を唇に当てた動作で口を閉じる。
冷静に考えればこのまま戦っても勝ち目はない。あのゴウン殿や自分たちを圧倒したシャルティアが居ても現状は押され続けている。ならば撤退を選ぶのは間違っていない。ただ逃げる場所がないだけで…。
「何処へ向かわれるのですか?他国まではこの状況では難しいでしょう?」
「アルカード領へ向かいます。あそこなら兵力が残ってますから」
「しかし民はどうするのですか?」
「置いて行きます」
「…了解しました」
「冗談です。民を捨てては行けませんとクライムに怒られてしまったので。ですので民を護衛しながらの撤退となります。カルネ村のエンリさんを中心とした方々が先行し、帝国・王国の連合軍が民を護りつつ撤退。ガゼフ将軍は撤退の指揮を願います」
「了解いたしました。殿は誰がするので?」
「バハルス帝国皇帝が残られると仰ったので四騎士の皆々様と直属部隊、そしてゴウン魔導王が残られます」
「ゴウン殿が!?ゴウン殿なら逃げる術を持っているでしょうがジルニクフ皇帝は…」
「なにか考えがお有りなのでしょう。では指揮はお任せします」
去ってゆくラナーの背中を見送り、短く息を吐き出した。
囚われた仲間や戦友があのような化け物にされると思うと罪悪感が押し寄せてくる。しかし王国の将軍を預かる身として女王陛下の命令は聞かなければならないし、戦う力を持たない民を護るのは軍人として勤めとして当たり前だと理解もする。何とも遣る瀬無い気持ちが押し寄せてくる中で、空を見上げてある人物を思い浮かべる。
「こんな時にアルカード伯は何をなさっているのか…」
鎧姿で城壁よりゴーレムの群れを眺めていたシャルティアはある者を視界に収めると血走った眼でずっと追っていた。
グリーザ…プロフェッサーの切り札と思われるNPC。そしてぼっち様の敵討ちを邪魔した敵。
ギリリと歯軋りがなる中でシャルティアの横にコキュートスとセバスが並ぶ。
「二人とも邪魔しないでおくんなまし」
「シャルティア様。アインズ様のご許可なしに仕掛けるおつもりですか?」
「ソレハ至高ノ御方ノ意思ニ在ラズ。勝手ナ行動ハ御方ノ迷惑ニモナル」
「解っているでありんす!しかし!けれど……私は…」
護れなかった…。
初の仕事ではぼっち様に庇われ大変なご迷惑をかける大失態を犯した。
死罪を承る覚悟もあったというのにあっさりと許され、前と変わらず優しく接してくださった愛しき至高の御方を。
傍に居たというのに護る事も身を挺することも何も出来なかった。
不甲斐ないと思う以上に情けなく、苛立つ。
自分自身に対してもだがあのいけ好かない男をだ。
あのお優しいぼっち様に騙まし討ちをしたプロフェッサーだけは肉体が滅ぼうとも絶対に殺してやる。
殺気立つシャルティアに二人は軽く身体を動かしていつでも動ける準備を行なう。
「先ほどアインズ様より命令が有りました。三人がかりであの愚かなNPCを屠れと。駄目なようなら撤退ですが……倒しきりましょう」
「ナニモボッチ様ヲ失ッテ怒ッテイルノハオ前ダケデハナイ」
「私達は至高の御方に忠義を尽くすだけの存在。多くの御方がナザリックを去られたにも関わらず、お残りくださったあの方を消し去るなど…許せる訳もなし」
「私モダ。奴ラニドレダケノ大罪ヲ犯シタノカヲ骨ノ髄マデ叩き込ンデヤル!!」
「では、早速行くでありんすよ!!」
立っていた足場が吹き飛ぶほどの力を込めたシャルティアの突撃はグリーザの短距離転移魔法で避けられる。先走ったシャルティアにセバスもコキュートスも出遅れ、急いで後を追っている為に援護は期待できない。
避けられたシャルティアは見上げる形でグリーザに顔を向けると喉元に向けて蹴り込もうとしているところだった。
「ふっ、不浄衝撃盾!」
何の考えもなく咄嗟に出したスキルだが短距離転移魔法を唱える前であり、避けるには難しい範囲攻撃はグリーザでも避ける事は出来ずに吹き飛んだ。受身を取る事無く地面を転がったグリーザを見てシャルティアは驚きながら嗤っていた。
「当たった…。当たった!当たった!!」
アインズはこの三人にグリーザを倒せと命じたのは魔法を使わなくとも接近戦で強いからだ。しかし勝てるとは思っていない為に勝てなければ撤退の命令も付けて命じた。半分は威力偵察の意味合いもあったが。
ぼっちもアインズも気付いていなかったが階層守護者の中でグリーザに一番有効なのはシャルティアなのだ。魔法でなくスキルの為に魔力耐性は意味を成さずに、必中を付与することが出来る清浄投擲槍に避ける隙間のない不浄衝撃盾。それに眷属招来やエインヘリヤルで数で押す事だって出来る。
グリーザは倒れた状態からノーモーションで起き上がり、攻撃を当ててきたシャルティアを見つめてゆらゆらと揺れながら迫ってくる。
そこを遅れて到着したコキュートスが斬りかかり、セバスが殴りかかる。攻撃力は高いが大振りなコキュートスの一撃は身を捻って避けられるが、セバスの素早い拳は避けれずに捌き切ろうと対処してゆく。
「二人とも下がるでありんすよ!」
飛び退くと同時に再び不浄衝撃盾の衝撃に襲われて吹き飛ばされる。そこに光り輝く槍――清浄投擲槍が突き刺さる。
傷口を軽く撫でたグリーザは首を捻りながら三人を見つめた。
武器を構えるコキュートス。
握る拳に力を込めるセバス。
清浄投擲槍を手にしながら眷属招来でエルダー・ヴァンパイア・バット、ヴァンパイア・バット・スウォーム、ヴァンパイアウルフで囲ませ、自分の分身であるエインヘリヤルを作り出した。
こんな状況でグリーザは仮面の下でニタリと嗤う。
アインズはモモンに化けているパンドラズ・アクターとナーベと合流していた。
近くには撤退準備に勤しむクライムやガゼフ、ラナーも居るがこちらを見る余裕もない。それだけ絶望的状況で生き延びようと必死なのだ。
「さて、シャルティア達はゲートを使って逃げれるがお前たちは撤退する彼らと共にアルカード領へ向かって貰う」
「かしこm…」
「声を高くするな!それと敬礼をするなと言ったよな?」
「も、申し訳ありませんアインズ様…」
「ったく、ナーベも解ったな」
「はい。アインズ様は如何なさるのでしょう?」
「私はギリギリまで残る」
「まさか最後まで戦われるのですか!?でしたら私も――」
「勘違いするな。今の私では勝てない事も理解している。だがMPが残っていてな。一発なら超位魔法が使えるのだ。奴らがエ・ランテルに入りきったところで一気に吹き飛ばす。アイテムもあるから問題ない」
「しかしアインズ様お一人残して撤退など…」
「あら?そのために私が居るのよ」
漆黒の鎧で身を包んだアルベドの姿にナーベラルは納得する。確かにアルベド以上に守りに徹した守護者も居らず、グリーザの戦闘法から護る事は容易いだろう。
そう思っているとエ・ランテルの門が砕け、大量の破片が降り注いできた。アインズを護るように三人が囲み、周囲の人間は何事かと見つめる。砕けた事により発生した煙の中より何かが飛び出した。それは地面を二転三転して止まった。
「シャ…シャルティア?」
それは紛れもないシャルティア・ブラッドフォールンだった。
鎧の所々がひび割れ、血反吐を吐き出して、指一本を動かすのも困難な状態。慌てて駆け寄り支える。
「何故!いや、勝てそうもなければ撤退しろと言っただろう」
「もぅ…し訳…ありんせん」
「クッ!喋るな…すぐに回復を」
「逃げて…おくん…なまし…」
煙が収まりつつある門より左手でコキュートスの首根っこを掴み、引き摺りながらゆらゆらと揺らめくグリーザが姿を現した。抵抗しようとしているコキュートスだが腕も足も稼動範囲を超えた方向に肘や膝が曲げられ満足に抵抗できては居ない。
怒りが込み上げて来るアインズとグリーザの視線がぶつかる。
逃げなければならないと思うがこのまま引き下がる訳にも行かない。
「お逃げ下さい!!」
背後よりセバスがしがみ付いて動きを止めようとするが、短距離転移魔法で姿が掻き消え、セバスの横合いより横っ腹に蹴りを入れる。もろに蹴りを受けたセバスは身体をくの字に曲げて建物四件ほどの壁を打ち破って行った。想定以上のダメージを負ったセバスにグリーザは左手で持っていたコキュートスを投げ付ける。避ける事は叶わずに直撃してさらに壁をぶち抜きながら吹っ飛んでゆく。
圧倒的な強さ。
アインズでさえ勝てるかどうか解らない相手にガゼフとブレインが斬りかかる。
軽く刀身を掴まれ砕かれる。呆けた二人を指で弾いて4メートルほど吹っ飛ばす。
青の薔薇のガガーランが巨大な刺突戦鎚を振り上げて迫るが簡単に受け止められ、胸倉を掴まれ放り投げられる。投げられた方向にはラキュース達が居り、巨体のガガーランを何とか受け止めようと青の薔薇以外の数人も踏ん張ったが耐え切れず倒れこんでしまった。
「アインズ様。急ぎ撤退を…」
「それは出来ない」
「御身に危険が及ぶ可能性があります。人間など下等生物など見捨てて…」
「アルベド…私は誰だ?」
アインズの身を案じて護るように前に出ていたアルベドは振り向き姿勢を正して口を開く。
「我らが主――アインズ・ウール・ゴウン様です」
「そうだ。ナザリック地下大墳墓の主で至高の42人のまとめ役。アインズ・ウール・ゴウンである!
私はどうしようもなく怒っている。仲間が創り上げた子供のような存在を。友人であるぼっちさんに手を挙げたことに怒っている。
それ以上にアインズ・ウール・ゴウンに敗北をありえない!いや、許されない!!」
無理をしてでも戦わなければならない。
杖を振り上げて超位魔法を展開使用とした瞬間……何かが横を通り過ぎた。
杖を掲げたアインズをターゲットに定めたグリーザは突如飛び出してきた【白銀の騎士】の斬り込みに捌ききれず剣先が何度も掠める。ならば回避しようと考えたグリーザの足元に影が伸びた。
「影縫い&足殺し」
振り返った先にはいつの間にか【二刀流の忍者】が佇んでおり、影を伸ばして何かをしているようだった。急に足が重く感じ、思うように動けずに剣戟をもろに喰らった。このままでは危ないと短距離転移魔法で距離を取るが影が落ちた。
「せーの!」
そこには半魔巨人が立っており、巨大な拳が眼前まで迫っていた。
避けようにも足が重く動けない。顔面で拳を受けたグリーザは目にも映らない速度で吹っ飛ばされ城壁に激突し、城壁が崩れ落ちた。
突然の出来事に呆けながらアインズは喜びを隠せないで居た。
「どうして皆さんが…」
「そんなの決まっていますよモモンガさん。困っていたら助けるのは当たり前じゃないですか」