骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第188話 「敗北の兆候と希望」

 ぼっちが世界から消えて五日が経った。

 初日は今後の対策の会議と戦支度で費やし、二日目はリ・エステーゼ王国とバハルス帝国に共同戦線の話を持って行き、事の重大さを理解したラナー女王は即座に王国軍をエ・ランテルに集め、冒険者に高額な依頼を出して人員を集めていた。一方バハルス帝国はこの間の一件で被害がどうのこうのと言って来たが、数ヶ月前とはうって変わって弱々しく今にも倒れそうなジルクニフは身体に鞭打って人員を集めさせた。

 予想以上の30万を超える軍勢にリザードマンやカルネ村の兵団も終結した人類と亜人、異形種の連合軍を眺めるのは少し思うところがあった。

 

 ユグドラシルをプレイし始めた頃はよく異形種がと侮蔑を込めて言われ、何度も狩られたものだが今は一つの事に協力して並んでいる。勿論実力の話ではなく同じ目的の為に事を成そうとしている事でだが。

 

 勝てるんじゃないか。

 初日はそう思ったさ。初日は…。

 ゴーレムの軍勢がエ・ランテルに進軍してきたのは一昨日。数は10万程度で圧勝。

 多少の被害が出たがナザリックの守護者達も立場を偽って参戦したのだから数で勝る状況で負ける可能性はワールドアイテムでも使わない限りありえない。その日の夜は宴会騒ぎと相成った。相手は四分の一ほどの敵ではあったが勝ちは勝ち。勝利の美酒に酔い痴れていた。

 そのタイミングを狙ったかのように20万ものゴーレム軍勢が幾つもの部隊に分かれて奇襲・強襲をかけてきたのだ。油断していた所への奇襲は効果が高く、対応しようとした兵士も酔いが回っていた。仕方がなくナザリック勢で対処したが多くの兵士や騎士が討たれてしまった。索敵特化のぼっちさんが居ない事が本当に悔やまれる一戦だった。

 まさかと構えている昨日の昼頃には50万もの軍勢が現れた。前日の奇襲で夜通し不安を感じていた者では役には立たずに、超位魔法を駆使して一気に半数を葬って勢いをつけようと無双した。

 殲滅させるとカッツェ平野から100万を超える軍勢が現れ、本隊と判断して魔力を使い切ってまで前線で戦い続けた。

 

 そして魔力が枯渇してゆっくりと回復しているアインズは城壁より眺める。

 大小、強弱とはないゴーレム10億もの大軍勢を…。

 ナザリックのモミと連絡をとったが向こうも規模は違うものの同じような状況らしい。プロフェッサーなる者は何時から準備を進めてきたのだろうか?これだけの軍勢を湯水のように使うという事は何百年も前から計画していたのではないか?そんな相手に碌な準備も出来ずに、接近戦や索敵の要となるぼっちさんを失った状態で勝てるのか?

 心の中で不安が渦のように平常心をかき回していくと精神の安定化が起こって元に戻った。

 

 「ふぅ……持っても一日と言ったところか…」

 

 連合軍のほとんどの生物が連戦の疲労で弱っており、かなりの負傷者と戦線離脱者が相成って数も減っている。ナザリック勢は疲労しないマジックアイテムを所持しているから何時までも武器を振るえるが、あれだけの数に無傷では済まない。しかもゴーレムの先頭にはグリーザなるNPCも確認できた。

 

 「ぼっちさんの元ギルメンと弟子だけが頼りか…」

 

 プロフェッサーを発見できない以上目星をつけた所に二人を送っているのだが、吉と出るか凶がが出るか…。

 それでもアインズは期待する。今はそれしか勝つ手段を見出せないが為に…。

 

 

 

 

 

 

 ぼっちが以前拠点として活動し、この異世界にナザリックよりも大分昔に転移してきた【ヴァイス城】。

 プロフェッサーが居るとしたらここだと当たりをつけたミィに連れられたマインは腰に下げている獲物を確認しつつ踏み込む。気合十分で踏み込んだ割には罠は解除され、何事もなく城へ入れた事は幸いだ。相手が敵対する生物ならまだしも罠の類を看破する能力を持っていない。もし敵が出てくるような罠ならば食い破って仕掛けた奴の喉下に食らい付くのみ。

 

 壁沿いに騎士の鎧が並べられたホールに入ると向かいに神父らしい厳つい男性が腰に下げている刀の柄に触れながら会釈をして来た。隣で無邪気に辺りを見渡していたミィさんの機嫌が一気に悪くなったのを感じる。

 

 「ようこそヴァイス城へ。招待した覚えはありませんが」

 「うっさいわ贋作!私が何時戻ろうと勝手でしょう!!……にゃあ!」

 

 口癖のにゃを忘れるぐらい機嫌が悪いんだ。というかアレは口癖だったんだ。種族的な物かと思ってたんだけどな。

 頬を掻きながらそんな事を思っていると神父の雰囲気が変わった。先ほどまで敵意も見せずに平然としていたのに、今では殺気をびりびりと感じるほどだった。冷や汗が吹き出るほど感じるがミィさんは涼しい顔をしながら怒りを露にしているが戦闘態勢に入ってない事から気付いてないのだろうか。

 

 「ミィさん。次へ行って下さい」

 「ほぇ?」

 「彼はボクが抑えますんで」

 「ちょ…どうし…」

 

 マインは菊一文字とエクスカリバーを鞘から抜き放ち、相対する神父は雷斬と天羽々斬を抜いて構える。

 二人が睨み合い、動きを見逃さないようにする。その異様な空気に気付いたミィは数歩下がる。

 

 「どうやら向こうさんはヤル気満々みたいですから」

 「私の意志ではないがプロフェッサーとの取引でな。足止めさせて貰う」

 「なのでボクが足止めをしようとする神父さんを足止めするのでプロフェッサー捜索の方をよろしくお願いします」

 「大丈夫なのかにゃ?」

 「多分…きっと…どうでしょう?」

 「不安しかないにゃ!」

 「でも、それが正しい選択でしょうし……ボクとしては苛々をぶつけたい対象が欲しい所でしたから」

 「――分かったにゃ!ここは任せた」

 

 後ろに飛び退いたミィを斬り付けようと跳んだ神父の前に立ち塞がり、振り下ろされた一刀を受け止める。

 重い!

 一撃が人が放てるような威力じゃない。まるで大型魔獣の一撃を受けているかのような攻撃を受けきるのはレベル40越えを果たしたとしても無理だ。斜めにずらして受け流すがすでに腕や足が痛む。

 一瞬の足止めであったがミィが視界から消えるのには十分だった。逃げられた事を理解した神父は少し悩み、距離を開けて見つめてくる。

 

 「君は何者だい?ただの人にしては良い装備をしているし、中々に強い」 

 「ボクはマイン・チェルシー。アルカード・ブラウニー伯爵の弟子だ」

 「聞いた名だ。私はぼっち。スレイン法国を守護するNPCだ。今は居ないがこの世界には私の元となった本物がいるから神父ぼっちと名乗っておこうか」

 「正直貴方には恨みはありませんがプロフェッサーの協力者ならば問答無用で斬らせて頂きます!」

 「挑んでくるか?騎士としてその挑戦に受け答えよう」

 「それっじゃあ!」

 

 一気に懐に飛び込もうとひっ飛ぶ。

 無表情のままの神父ぼっちは落ち着いて雷斬を振るって雷撃を足元の辺りに打ち込み、土煙で視界が塞がり、足元の着弾で怯んで足を止めたであろう位置に天羽々斬を振るって八つの大蛇で捕縛しようとする。

 ぼっちがカーミラと名乗っていた時に一度だけ教えられた戦法。正々堂々接近戦で戦う事を好むが、あの圧倒的な戦い方を忘れる事は出来ず、幾度となく練習してきた。

 八つの大蛇がマインを捕らえ、壁に叩き付けた後に雷撃を撃ち込み、再び八つの大蛇で捕まえる。

 そんな動作を繰り返すだけの作業。

 無意識のうちに自身の勝利を確信していた神父ぼっちの考えは一瞬にして霧散した。

 

 大蛇が土煙に入る直前にマインが跳び出して来たのだ。

 足元に雷撃が着弾したと言うのに一切怯むことなく突っ込んで来た事に驚き、眼前に迫った大蛇をギリギリで避けながら進む技量に興味が湧いた。すかさず雷撃を複数はなって様子を見ると雷撃と雷撃の隙間を縫って突破してきた。

 近距離へと迫るマインに対して中距離技はもはや無意味。素早く何度も何度も斬り付けて来る斬撃を受け止め・受け流し防いでいく。

 

 「先ほどの回避はまぐれではないな。反応速度は私以上か」

 「何でも反応速度に特化しているらしいですからね!」

 

 腕の立つ剣士でも剣筋が目で追えないような二刀をすべて防いでいる。されど神父ぼっちは勢いを殺しきれずに一歩、また一歩と後退している。

 パワーや技術で勝っている筈なのに何故押されているのか?と疑問を抱きながら、心臓の辺りがざわついて気になってしょうがない。自分がここできっちり仕事をこなさなければ騎士であった皆様が守り、育て、導いたスレイン法国があのプロフェッサーの手で蹂躙されてしまう。焦り、憤り、無慈悲に剣を振らねばならないというのに至る所から心地よい熱を感じる。

 自身の身に何が起こっているか理解できない。そして先ほど『プロフェッサーの協力者ならば問答無用で斬らせて頂きます!』と怒りを露にした少年はどうして楽しそうな笑顔を向けているのか?

 刀と刀がぶつかり合った際に顔を近づける。

 

 「どうして君は笑っている?」

 「え?だって楽しくないですか?戦いの高揚感!死と隣り合わせの斬り合い!自分より上の相手との死力を尽くした全力バトル!!男でも女でも燃えるものでしょう!!」

 「理解不能だな。貴様の思考は歪んでいる」

 「そうでしょうか?でも貴方だって楽しんでいるのでしょう?」

 「なに?」

 「そんなに楽しそうな笑みを浮かべているのですから」

 「――ッ!?」

 

 言われた一言に動揺して一太刀浴びるが、まるで効いてないかのように微動だにせず蹴り飛ばす。5メートルほど吹き飛ばしたマインに目もくれずに恐る恐る頬に触れる。口はしが攣り上がっていた。

 今まで心地よい熱だったものが急に冷えていく感覚を感じた。

 

 「不愉快…」

 「くぁ!?」

 

 騎士は剣であれば良い。

 大儀を成す為に感情を無くして一個の凶器として相手を屠る物であれば良い。

 だから今までも創造主のギルドメンバーでも斬って来たし、これからも斬って行くだろう。

 なのに私は戦いの最中に楽しみを感じたと言うのか?

 

 ――――――否!否!否!否!否!否!!

 断じて否である。それは自分が定められた騎士の姿とはかけ離れた戦闘狂。

 許容出来る訳も無し、容認出来る筈も無い。

 

 この日、神父ぼっちは正々堂々の戦いの中で抵抗が出来る状態ではない相手をたたっ斬った…。

 

 

 

 

 

 

 神父ぼっちが守ろうとしているスレイン法国は曇り空の下で戦火に塗れていた。

 確かに実験には使わないとも制圧するとも言っており、約束通りと言えば通りなのだがやりすぎ感は否めない。

 街々に火がついてゴーレム達が徘徊する。その中でスレイン法国の神官達は法国でも一部の者しか入れない施設を開放してまでも教徒を救うべく非難させていた。

 スレイン法国は拗れに拗れたエルフと武力衝突しており主力軍を欠いていた所を襲われて防戦一方。陽光聖典や風花聖典という精鋭部隊を失っていた手前防衛は不可能と思われたが、精鋭中の精鋭である漆黒聖典に防衛戦に参加したザーバ、そしてザーバと同じ教えに崇拝する信者―――ニグン・グリッド・ルーインと元陽光聖典の活躍により未だ防ぎきっていた。

 法国の民を守らんと奮戦したニグン達に神官達は驚きを隠せず裏切り者と罵っていたが、何を言われても民を護り戦う姿に心打たれて今では頭を下げて国の為に戦ってくれている事に感謝している。

 

 「これは不味いですね」

 「ザーバ様。こちらの半数が戦闘不能です」

 「良く持ち堪えたほうでしょう」

 「そちらのシスター達は?」

 「体力的限界です。戦闘を主体とした者ではありませんから」

 「そうで――イフリート!!」

 

 返事をしようとする間に現れた泥人形――マッドゴーレムに炎で生成された召喚精霊【イフリート】を差し向ける。といってもマッドゴーレムなら近づけるだけで水分が蒸発して泥が固まり、勝手に砕け散るから攻撃するまでも無い。

 ザーバは召喚時よりもふた周りも小さくなったイフリートを見てニグンの限界も近いことを知る。

 こうなるならクレマンティーヌを連れて来れば良かったなどとニグンは言うがザーバはそうは思わないし、口が裂けても言えない。

 クレマンティーヌを含むアルカード領に存在する者も物もすべては創造主たるぼっちの所有物だ。それを勝手に持ち出す事など自らの崇拝対象に対する不敬。ニグンは前もって許可を貰ったから良しとするが他は駄目だ。

  

 「ぼっち様が戻って来られるのなら良いのですが…」

 

 心から思っての言葉だろうが、ザーバにしたらぼっちがこの世界に戻ってくるなら居ない間に全てを殺し、晒し、壊し、狂わせ、蹂躙したらどんな反応をするかと余計な事を想像してしまう。帰って来れそうにないとモミに聞いているし居ないのであれば楽しみようもないので考える間もないが。

 何気なしに懐から剣の柄を取り出し、魔力を込めて刃を発生させて投擲する。建物の裏から現れた人体と融合したゴーレムの頭部に刺さり、ゴーレムは目や口から血を溢れ流して地に伏した。

 

 「プロフェッサーでしたか。中々良いご趣味をしていらっしゃる」

 「私にはその辺は理解できませんが…」

 「しかし美学が足りませんね」

 

 人体――死体ならゾンビなのだろうがアレはまだ生きていた。

 心臓は鼓動を刻み、血は血管を伝って全身を駆け巡り、手足は動かせ、思考も働いており、血走った眼は獲物を求めて世話しなく辺りを探り続ける。そして強化の為に取り付けられたゴーレムの部品が獲物を砕き、引き千切る。

 中々にグロテスクで近親者に見せたらどんな反応を見せてくれるのかと興味が注がれ興奮すら覚える。が、プログラムで動くのならゾンビと何ら違いは感じず、使い勝手の悪い玩具程度にしか捉えていない。

 

 「なんにしてもそろそろ潮時ですかね?」

 「そんな!?ぼっち様が私達をここに寄越した理由も望んだ事柄の断片も知り得ていないと言うのにですか!」

 「気にはなりますがここで全滅しては元も子もありません。私には至高の御方を広く伝えるという使命が――」

 

 教会内から外の様子を見ていた教徒達がざわめき始めて付近を見渡す。

 屋根という屋根に…。

 廃墟となった建物の中に…。

 道という道に…。

 瓦礫という瓦礫の上に…。

 人間や亜人や異形種や獣など他種の生命体と融合を果たしたゴーレム達がゆっくりと押し寄せてくる。

 グロテスクな光景に教徒全員がこの世の終わりを感じ、最後の一瞬まで神に祈り助けを請おうとする。

 ザーバはレベル100のNPCではないし、MPも残り少なく倒しきるのは不可能。ニグンは強がっているがほとんど尽き掛け…。

 本気で撤退を考え始めた時、一つの光が空を舞った。

 光は吸い込まれるように一体のゴーレムに突っ込み周囲を焼き払った。

 驚きに目を見開いていると次々と空から光が降り注ぎ直撃したゴーレムを中心に付近のゴーレムも巻き込んで消滅させられる。

 確実に人為的な攻撃である事は明白で、何事かと理解しようと振り返るが教会からぞろぞろと出てくる教徒以外に何も居ない。

 それより何故教徒達は出てきたのか? 

 何故空を見上げているのか?

 何故空に祈りを捧げているのか?

 

 教徒の視線の先を辿るように教会の天辺へ視線を向けると、曇り空の一部から日光が照らし、空から教会の天辺に降り立った金色の弓と鳥を模した人物が降り立った…。


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