骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第187話 「ぼっち」

 ――――夢を見た…。

 

 俺は周りからは羨ましがられる良い家に産まれた。小さな物は医療用のナノマシンから大きな物は都市型シェルターまで造る世界屈指の大企業の家に生まれ、語源能力に問題がある事で失敗作の烙印を押された。

 時期当主として英才教育された兄には見下され、兄より優秀な姉には差別する対象にされていた。母も父も不合格品としていつも差別していた。

 そんな幼少期に俺はひとりの老執事に連れられ、屋敷の外に連れて行かれた。

 どんな境遇を受けているか知って父が社長を務めている大企業を創設した曽祖父が何故か面倒を見ると言い出したのだ。すでに社長業を退いたとは言え影響力は父より絶大で、社の幹部達は父より曽祖父の言葉を聞いている。そんな存在の相手を父でさえ無視する事が出来ずに頷くしかなかった。

 

 どうでも良かった。

 だってどんな相手だろうと俺に対する待遇は変わらないと思い切っていたからだった。だが、曽祖父と出会ってその考えは間違いであったと知る。

 自分に対しては狭く、辛い屋敷より大きい屋敷の扉が開かれ現れた光景は………。

 

 「貴様!見ているな!」

 

 スキンヘッドのお爺さんが真っ黒のサングラスに亀の甲羅を背負って、筋肉隆々の胸板に北斗七星を模った七つの傷を描き、身体を捻り、半眼を左手で隠して右手でこちらを指差していた。

 ここまで連れてきた山田と名乗る老執事はそっと扉を閉めて「少々お待ち下さいませ」と告げて中に入っていった。中から老執事の怒鳴り声と頼りない爺さんの声が聞こえてきた。確か俺はあの大企業を創った恐れられる曽祖父に会いに来た筈なんだけど…。

 頬を掻きながら困惑している俺は始めて曽祖父と出会ったのだった。

 正直この出会いは先にも過去にも最高の物だったと考える。

 この頭の可笑しい爺さんと思ってしまった老人は色々な物を教えてくれた。この時代では入手ですら困難な紙媒体の漫画や自ら直しに直しまくったDVD及びブルーレイディスク再生装置などを使って過去の二次元作品を片っ端から叩き込まれた。

 ゲームだった世界が死をも伴う世界にされた主人公が仲間と共に戦いつつも日住を楽しむ物語や、同じ能力者でしか見えないスタンドを持ちえた主人公が母親を救う為に強大な力を持つ吸血鬼を追う話。

 ロボット物、SF物、ファンタジー物、異世界転生物……ありとあらゆる物語に魅了され取り込まれていった。自分では体験できない経験に人生、英雄譚に心踊らされた。

 さすがに自動運転装置付きの自動車免許を取りに行くと行った時に見せてもらった豆腐屋の息子さんが峠で車のバトルをして行く物語を見て興奮して、研修を受けに行ったらマニュアル車がないことに絶望した。

 そんな曽祖父も今は居ない。亡くなったのは分からないが最後に『ワシ、ワンピース探してくる!』と言う連絡以降誰も姿を見ていない。行方不明扱いで年数が経って死亡扱いになってはいるが真相は誰も知らない。

 

 ただ可笑しくて馬鹿なことばかりする曽祖父は本当に『家族』と呼べる唯一無二の存在だった。

 そんな曽祖父が居なくなった家柄に興味はなく、二年の時を経て高校を出た俺は親の関係する会社を避けて就職した。

 本来なら曽祖父が居なくなる前に会社の持ち株40%を俺の物にしてくれていたので就職する必要もなかったんだけど、それを使ったりしたら今までの曽祖父との関係を捨ててしまうような気がして、執事の田中さんに管理してもらって曽祖父の屋敷の管理費以外は貯金してもらっている。または紙媒体のお宝購入費にしている。それなら昔から曽祖父が使っていたので問題ないと判断した。

 

 そして会社を務めながら趣味に走り、ユグドラシルをプレイして多くの仲間と出会って……それで………私は……。

 

 

 

 

 

 

 眼を覚ました――― ――は瞼を開けて真っ白い天井を見つめる。

 『知らない天井だ』とは決して言わない。昨日目覚めた時に言ったから。

 上半身をベッドから起こして辺りを見渡すが昨日と変わらず個室病棟だ。起きたら夢でしたなんて事はない。こちらが俺が生まれ育ったリアルの世界なんだ。

 二日前に路上で倒れた――は救急車で緊急病院に運ばれた治療を施されている間に、警官が身元を調べようと持ち物を探ったが身元が分かる物を何も所持しておらず困り果てていた時、応援で駆けつけた警官が行方不明リストに似た人物を見たと言って身元が判明。異世界では相当日数が経っていた筈なのだが、こちらでは三分の一ほどしか経っていない。どうやら異世界の一日はリアルの世界の8時間程度らしい。

 突如場所も離れ、関係性が感じられない集団失踪事件が起こった。ひとつだけ類似点があるとすれば全員がユグドラシルの最終日ギリギリまでログインしていた事のみ。世間では【ユグドラシル失踪事件】と呼ばれる謎の多い未解決事件で知られ、――は唯一の生還者なのである。

 目が覚めたばかりだと言うのに警官や記者達が入れ替わり、立ち代りで質問攻め。行方不明の子供が帰ってきて泣きながら抱擁してきた両親は小声で消えるんなら株を寄越せと言い出す始末。

 俺に安らぐ時間はないんだろうか?モモンガさん達はどうなったのか?それ以上にあの異世界での出来事は本当だったのだろうか?

 

 「わ~た~し~が~――」

 

 などと考えに浸っていたら扉の向こうから元気の良い女の子の声が響く。スッと置いてあった枕を手に取る。

 

 「普通に扉から来た!」

 「喧しい」

 「ワプスっ!?」

 

 勢い良く入ってきた学生服の少女の顔面に容赦なく枕を投げつける。ごろんと転がった少女は何も無かったように起き上がり、にへらにへらと笑っていた。

 

 「お久しぶりですね叔父さん」

 「・・・ああ、久しぶり」

 「どうどう?このおかっぱに学生服。こっくりさんのこひなみたいじゃない?リアルコスである」

 「…ハイライトが元々無いからこひなと言うより化物の扇ちゃんっぱいぞ」

 「はっはー。ならピンク色の制服の高校に転校しましょうかね」

 

 入ってきた少女は兄の次女でまだ中学生二年辺りの時に曽祖父に預けられてきたのだ。どうやら父が兄に情を移させて良いように扱えるようにしろと命令して送りつけてきたらしいが、曽祖父と曽祖父に染められた俺と接しているといつの間にかこちら側に染まってしまっていたのだ。真実を話してくれた姪っ子を責める事もせずに俺と曽祖父は受け入れた。今は田中さんと共にあの屋敷で住んでいる筈だ。

 

 「暇な叔父様にブックス持って来たよ。紙媒体で状態は良好のヒロアカ!読んでないでしょう?」 

 「あぁ、まだ読んでないな。えらいぞ姪っ子。百万年無税」

 「褒めるがよい、褒めるが――って叔父様そんなに喋れたっけ?」

 「ぅえ?…そういえば」

 

 精神の安定化も演技も無しに普通に喋れている。おお!と驚きながら口元を押さえていると開きっぱなしの扉をコートを着た警官が三回ほどノックした。

 また尋問…コホン、質問攻めかと眉間にしわを寄せていると姪っ子がニンマリと笑う。

 

 「さぁ、リアルで友人が一人も居らず、私やお爺様を除けば誰とも繋がりを持ってないぼっちでぼっちの名前を自分に付けたぼっち叔父さんのお友達を連れてきたよ」

 「連呼すな。それと繋がりが無いなんてこと……ない……うん、無い筈だ」

 「おーい、弱々しくなってるよ」

 「元気そうで何よりですぼっちさん」

 「え?…あ?は…はぁ!?」

 

 聞き覚えのある声に飛び起きるとベッドから転げ落ちて後頭部を強打してしまう。慌てて駆け寄る警官は心配そうに手を差し伸べる。

 

 「大丈夫ですか?」

 「ええ、大丈夫です―――たっちさん…ですよね?」

 「はい、たっち・みーです。こうやって会うのは始めましてですね」

 

 この声、この感じはまさしく【たっち】さんだった。しかしどうして?どうやって?何故?と疑問が脳内で溢れかえっていると三人の男女が入ってきた。よれよれのトレンチコートを来た疲れ切った男性になにやらパンパンに膨らんだ紙袋を片手に下げている男性、その男性を睨んでいたがこちらの視界に捕らえると笑みを向けて来た女性の三人だった。

 

 「ぼっちさん元気そうで何よりですよ。私なんか普段からぼろぼろで」

 「入院生活は暇だと思って選び抜いた至高の名作を持って――痛い!!」

 「この馬鹿弟!病院になんて物持って来てんのよ!!」

 「ヘロヘロさん…ぺペロンさん…ぶくぶく茶釜さん」

 「ちょっと待って!姉さんやへろへろさん、たっちさんまで覚えてて俺だけ名前間違っているんだけど!!」

 「冗談ですよペロロンチーノさん」

 

 まさかリアルで会うなど露ほども思っていなかった。

 なんでも被害者のひとりが見つかったという事で事件を見直すことになり、ユグドラシルプレイヤーで俺と同じギルドに所属していたたっちさんが俺の担当になったそうだ。そこで昔の仲間から話を聞くこととなり戻ってきたことを祝して集まる事になったのだ。明日が休日で【へろへろ】さんも土曜出勤でないことから全員が集まってくれたのだ。

 

 「と、いう事でこの後飲みに行かないですか?他の皆も懐かしい記憶に浸りながら飲みたいってさ」

 「それって部外者の私が行っても良い?」

 「飲むのは駄目だけどぼっちさんの姪っ子ならOKでしょ」

 「あんたが言うと事案にしか聞こえないわね」

 「本当に扱い酷くね」

 「大丈夫ですよ。もしもの時は逮捕しますから」

 「手を出すことが前提かよ!」

 

 ふふふと笑いながらぼっちは入院着から用意されていた普段着に着替え付いていく。病院の近くの居酒屋で検査入院で異常がないとはいえ、無理はさせられないと一人タクシーに乗せられ短距離を移動。マジで申し訳なさ過ぎて辛かった。

 居酒屋の中には【モモンガ】さんを除き、自分を含んだ41人が勢揃いした。

 誰が誰だか解り易くて助かる。特に【ウルベルト】さんとか。【たっち】さんが店に入るなり、顔を顰めてそっぽを向いていたし…。そんな険悪な二人の間しか席が残っておらず、向かいに座る【るし★ふぁー】さんの悪意を感じる。

 姪っ子は声優である【ぶくぶく茶釜】さんから離れなかった。姪っ子は除くがこの面子が揃えば自然とユグドラシルの話となる。懐かしい冒険の数々、そして行方不明となった俺の話しになった。

 皆には話すべきだろう。今までの警官には異世界に渡った日から記憶喪失だと嘘を言ったが皆には体験した事を話した。例え夢物語と笑われても。

 

 モモンガさんが冒険者として重ねた冒険譚。

 アルベドの設定が変わってモモンガを溺愛している事。

 ワールドアイテムが起動して仲間内で殺しあってしまった事。

 シャルティアの事。アウラの事。マーレの事。コキュートスの事。デミウルゴスの事。セバス、ユリ、ナーベラル、ソリュシャン、ルプスレギナ、エントマ、シズ、モミ、ステラ、ハイネ、リ・エステーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国etc.etc.話に話しまくった。誰一人馬鹿にもせずに聞き入っていた。特に【たっち】さんはセバスにツアレニーニャという恋人が出来たといったら大喜びしていた。逆に【ペロロンチーノ】さんにシャルティアの首筋に口を当てて血を啜ったと言ったら血涙を流しそうな勢いで殴りかかってきそうになった。来たら【たっち】さんが軽く組み伏してくれたが。

 

 話せば話す度にアレは夢や妄想の類じゃないと確信できる。何としても戻らないと…でもどうやって?この世界では何の力も持たない人間なんだ。

 曽祖父ならこんな事どんな事を言ったのだろう。夢で見たからか曽祖父の事を思い浮かんだ。多分曽祖父なら…

 

 『諦めたらそこで試合終了ですよ』

 

 いつもの幻聴が聞こえた。

 そうだ。今まで何で気付かなかったんだろう。これまで聞こえていた幻聴は曽祖父が教えてくれた作品の数々の台詞。そして絶対曽祖父がドヤ顔で言ってきた言葉。

 諦めたらか…なにか…何かあれば…。さすがにゼロの使い魔みたいに日蝕時に戦闘機で突っ込んで行ける筈もなく、ワールドアイテムなんて持ってない。けれど諦めきれない。部屋に戻ってユグドラシルをプレイしていたコードを刺したらもどれるか?倒れたところに行ってみるか?

 

 『ぼっちおにいちゃん。お誕生日おめでとう』

 

 何でも良いから行動を起こそうとしようとした瞬間、頭上から【ぶくぶく茶釜】さんの誕生日メッセージが鳴り響いた。そう言えば外でバーベキューをした時にシャルティアが誕生日パーティーをしましょうと言ってくれたっけ。

 ………ところで時刻設定時にはさん付けなのに誕生日だけおにいちゃん呼び。なんか皆と扱いが違わないか?

 鳴る時計を止めようと慣れた手付きで手を伸ばす。突然聞こえた誕生日ボイスに【ペロロンチーノ】を筆頭に飲み物を口にしていた奴は全員噴出して笑い出した。手を伸ばしたぼっちに視線を向けるまでは…。

 笑っていた皆の視線が集まると全員が眼を見開いて驚愕の表情を見せていた。

 

 「叔父さん!手!手が!」

 「手?―――え?」

 

 言われて視線を向けると俺の手は何も無い空間に入っていた。まるでユグドラシルでアイテムボックスに手を入れているように…。


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