「母の病気を治す薬があるんですか!!」
料理を作り終えて着ていたエプロンを脱いでテーブルの席についたぼっちに興奮しきったジエットの唾と口の中の食べ物が降りかかった。仮面に付着した物をハンカチで拭いながら、失礼しましたと畏まっているジエットにコクンと頷いた。
ひと段落着いた街でぼっちは困った事に泊まる所が無い事に気付き、モミが宿泊所をしていると言っていたのを思い出し来たのだが、幻術を見抜くタレント持ちであるジエットが居る事で戻ってない事を知ったのである。宿屋の前でどうするべきかと悩んでいたぼっちを見つけたジエットが一部屋貸してくれて、だったらとお礼に夕食を作って今となる。
「今は持ってないが領地にある」
「本当に…」
「良かったねジエット」
嬉しそうに喜ぶ二人を見ながら作ったハンバーグをナイフで一口分切り分けて食す。
美味い!
やはりエミヤさん家のレシピ通りに作ったら美味くいったな。初めてだったからハラハラしたけど良かった。モミだったら私より上手に作るんだろうけど。料理人のレベルはモミのほうが高いからなぁ…。
ハンバーグの出来に満足しながら舌鼓を打っているといつの間にかジエットの表情が沈んでいた事に気がついた。
「どうした?」
「いえ…値段が如何ほどなのかと」
「別に良いよ」
「そういう訳にはいきません!お金はすぐには払えませんが一生かかっても払いますんで…その」
ぼっち的には大したアイテムじゃないので別に代金を貰わなくても良いのだが、こういう場合は「いらない」と言っても「そんな高価な物をただでは貰えません」との繰り返しになるのは今まで何度か体験してきた。
だったらお金ではなく別の物で立て替えてもらおうか?と言っても幻術を見破るタレントがあるぐらいで何を頼めば良いか……。
そう思ったがだから良いのかと考えを決めて提案してみる。
「お金はいらないからうちで働かないか?」
「はい!・・・・・・はい?」
「いやぁ、領地で温泉旅館を経営しているんだけど思ったより人が来て大変なんだ。どうだろう。住み込みで働く条件でアイテムを渡すと言うのは?」
「住み込みって?え?」
「ああ、勿論他の社員同様給金は支払うよ。
基本月給は金貨四枚で残業をした場合は時給で二銅貨。三食まかない付きで週休は日はずれるけれど二日で長期休暇なんかは働いて貰うけど平日に同じ分だけの休日を用意する。有給もあるし労災もしっかりしてるよ」
平然と説明するぼっちにジエットはポカーンと開いた口が塞がらなかった。
それもその筈。
日本円に換算すると月収40万で残業代は時給2千円。週に二日の休みを約束されている。こんな好条件は帝国の職をすべて調べても無いだろう。有給と労災に関してはジエット達は理解してないが月収の時点で好条件過ぎるのだ。
ちなみに職人が一日1銀貨(1万円)いかない程度なので大体週休二日で月収を換算すると20万円前後といった所だ。
一般人である自分に対する条件には良すぎて逆に不安になる。
「――大丈夫。アルカード伯関連の職では大体それぐらい」
ハンバーグを食べきり、皿についていたソースをパンで拭き取りつつ口に入れたアルシェが一言呟いた。
いくら帝国内でも英雄と呼ばれるアルカード伯からのお誘いでも怪しい事には変わりなかったが、貴族だった頃は自身の主だったアルシェの言葉を聞いてそこまで疑うことは辞めた。
「んぐんぐ…ぷはぁ。あと騎士になりたいんだったら騎士の育成もしてるし、魔法詠唱者目指すんだったら領地内の魔法学校にも通えるよ」
「アルカード伯の領地にはいろいろあるんですね」
「他にも食べるだけで高い回復効果のある葡萄を使ったとっても美味しい葡萄酒直売店にさっき言った大きな温泉旅館。温泉旅館を中心に広がった店々には寿司にお好み焼きに焼き鳥に天ぷらに和菓子にケーキ屋に駄菓子屋に洋菓子店にステーキハウスに焼肉にすき焼きにうどんに蕎麦にラーメンにおでんに――」
「――待って。ほとんど食べ物屋しか言ってない。大型の図書館にごみ収集施設、子供たちが遊べる遊具を置いた青空広場とか大きな病院もある。武具店も充実しているし、美味しい物や特産品が多くあるから旅行者や冒険者達が立ち寄って大きな収益を上げている。治安もかなり良い」
「まぁ、今すぐ答えを聞こうって言うわけではないから一日考えてみてください」
悩むジエットの横で少女がどこか悲しそうに見えたからぼっちは他の皆さんもどうです?と誘い、同じ条件で明日までにきめてという事だけ言い残して食事を続ける。
ハンバーグにコーンスープ、それにパンを食べきると散歩がてら外に出ることにする。
夜風に当たりながらぶらぶらと歩いていると後ろを誰かに付けられているのに気付いた。アインズ・ウール・ゴウンの索敵担当を尾行するなんて良い度胸じゃないか。スキルを発動して正体を掴もうかとする前に相手のほうが動き出した。
「動くな!手を挙げろ!」
「・・・どっちだよ」
カクンとこけそうになりながら振り向くとそこに立っていたのはモミだった。いつもはしていない化粧にブロンドのロングヘアーのかつらを被って別人にしか見えなかったが何となしに一言で理解した。
「ふひひひ。どっちにしろアウトって感じで」
「・・・で、どうした?遊びに来たのか?」
ふざけた感じのモミにサボりに来たんだろうなと思って言ってみたがモミは左右に頭を振って否定した。
「重大発表ってね。秘密裏に調べてたんだけどなんか大規模のゴーレムの群れを確認したんだよね」
「ゴーレムの群れ?前にマインやアルシェが言っていたような奴か」
「同タイプも確認したけれど別のもちらほら。いろんな所に潜ましているらしくて全体像はまだだけんどね」
「ふむ・・・戦かな」
「かも知れないね」
アインズやぼっちには大した相手でなくてもこの世界の兵士なら十分脅威となる。数によっては国を制圧される可能性も否定できない。対策としては攻めてくるところを空から魔法詠唱士の絨毯爆撃かドラゴン達を援軍で送るぐらいか。
戦になることを想定して考えているとモミのにやけ面が気になって仕方がない。にまにまと笑ってくる頬を摘み、左右に引っ張る。抵抗もせずにただただ目を見つめてくる。
「ひょのひゃはひ」
「すまない・・・手を放すからもう一度」
手を放すと頬を軽く擦りながらモミが「もう乱暴なんだから」とくねくねしながら言ってきたので拳骨を頭部に落とす。今度は無表情ではなくぷぎゃと変な声を漏らしていたが。
本気で頭部を押さえながら頬を膨らましながら先の話に戻す。
「その中にね。ぼっちさんの前のギルメンであるプロフェッサーを確認したんだ」
「プロフェッサーが?って何故モミが知っている?」
「あんれ?前に話してくれなかったっけ?」
話した記憶が思い返せないのは放っておいても相手にプレイヤーであるプロフェッサーがいるのは問題だ。同じギルメンだった頃は後方に待機するか作成したゴーレムに命令して戦っていたのを記憶していた。その時のゴーレムの性能を考えるとアダマンタイト級を束にしないと勝てないクラスだ。それを大量に…は無理でも簡易版でもかなりの力を持っているのは間違いない。
仲間だった事から出来れば敵に回したくないが説得できるほど知らないんだよなぁ。なにせ話したことも最低限だった気がするし。
「モミ」
「あいよ!ビオの復活の儀式だね」
「儀式はいらないけど復活は視野に入れたほうが良いかな」
「それとプロフェッサーの居場所を捜さないと。ミイちゃんに頼んでみようか?あとはナザリックの防衛体制の強化と弱体化した帝国にちょっかい出さないか警戒するぐらいかな。おっと法国忘れてた」
「法国ならザーバが行くけど」
「ドS神父が法国に!?さて誰を殺すのかな?」
「違う。法国の神官達がザーバが広めている教えを聞きたいってさ」
「それって異端審問とか言わないよね?」
「・・・さぁ?」
兎も角やることが増えたことで急がなくてはならなくなった。予定通り明日には一部を引き連れてアルカード領に行き、急ぎ大墳墓に帰還しなければ。
アルカードはメッセージでモミから聞かされた事と明日からの予定をアインズに伝える。
すでに手遅れかも知れないが。すでに時間はそう長くないのだから…。