魔法学園屋上よりモミは千年公の幻術を展開したまま街の様子を眺めていた。その表情は前日の楽しげな笑みからかけ離れた残念そうなものだった。
モミとしては少しは骨のありそうな者が挑んできたり、ぼっちが突撃をかけていたりして楽しめると踏んでいたからだ。最悪こそこそと動いている元ぼっちのギルメンがちょっかいだしてくるかとも思ったのに兆候すらない。要するに暇すぎるのだ。
当たり前と言えば当たり前だ。
誰が好き好んで死の片道切符に手をかけるというのか。ならばと断然難易度の低い七つの玉探しや街中に潜んでいる十二匹のモンスターを倒すほうを選ぶ。玉は六つまで揃い、十二匹中七匹は討伐された。残り時間まで1時間を切って十二匹は難しいが玉のほうなら何とかなると――思っちゃってんだろうねぇ。
クククと悪役……小者?がするような笑みを漏らしたモミの後ろで扉が開かれた。首を傾げながら振り向くと眼前のファイアボールの群れが――。
「ぎゃああああああ!!」
ダメージ自体は入らないものの眼球が熱に晒されたことと、眼前で起こった火の手に思わず声を挙げてしまった。前が確認できない為に炎を手で払おうとすると…。
「飛天御剣流――龍翔閃!」
「グラブロ!?」
打撃が腹部に叩き込まれながらかち上げられて、宙を短い時間だが浮遊した。打撃を受けながら攻撃を喰らった時にガンダム系の名前を叫ぶのは忘れない。自由落下を開始しようとし始めた頃に今度は上より腹部に何かが押し付けられる。
「――堕ちて―ドラゴンライトニング」
「ザクレロォオオオ」
「からの――牙突零式!!」
「ピグロ!!」
電撃の勢いをつけた急降下に強烈な一撃を受けて地べたを転がりまわる。
何事かと顔を上げるとそこにはジエット達とアルシェにマインが各々の武器を構えて対峙していた。
震えながらこちらを睨むが、完全に敵視出来ていないジエットにニタリと微笑みかける。幻術を見破るタレント持ちと知っていたが高位の幻術まで見抜けるとは想定外だった。
「フヒヒヒヒッ♪楽しめそう」
「楽しむ間など与えぬよ」
突如の声に慌てて振り返ると変装用のスライムを剥いだアインズ・ウール・ゴウンが重力の弾を手の平で構築しながら空中で待機していた。
ジエットはギリギリまで玉を捜していた。マインは路地裏などを、アルシェは上より捜索していた。しかし結果は五つ星の玉を入手しただけで二個目の発見には至らなかった。時間も残り少なくなって皆で廃墟の一室に集まった時になってひょっこりとアインが帰ってきたのは今日の中で一番ホッとした瞬間だった。
しかし問題は解決できてない。再会できた喜びを暫し味わったらすぐにこれからの事を考えなければならない。
「玉は六つまで集まったらしいから残り一個か」
「――本当に集まればですが」
「それはどういう事?」
「――相手は見た目からゴブリン系か悪魔系のモンスター。希望を見出させといて本当は助かる方法はありませんでしたなんてありえる話じゃない」
「っていう事は討伐しか無いって事か…」
討伐の言葉を聞いてジエット達とアルシェもがっくりと肩を落とすが、マインだけは目をキラキラと輝かせていた。
その中でメネルがはっと閃いたと言わんばかりの顔で見渡してきた。
「そうだ!あのアルカード伯なら何とか出来るんじゃないの?確か王国でヤルダバオトに近しい力を持った化け物と戦ったって聞いたけど」
メネルの言う通りだ。アルカード伯がここに来てから噂話程度だが情報収集してメネルに教えていた。伯爵は何十本の剣を装備して、アダマンタイト級冒険者が束になっても勝てなかった吸血鬼と対等に近い勝負をしたのだ。現在この街にいる中で唯一の勝機である。
期待の眼差しでアルシェをジエットが見つめるがアルシェはアルシェでマインのほうを見つめていた。
「――そういえば朝から伯爵を見ていないんだけど」
「ああ!師匠なら朝からやりたい事があるって出て行ったきりです」
「それでは打つ手はないというのか!?」
ランゴバルトの叫びは皆が思っていることを代弁しており、これに異を唱える意見はまったくと言っていいほど出てこなかった。
と、思っていたのだが一人だけ居た。今日合流したアインだった。
「一つだけある」
「あるのか!?」
「あるんだがそれには皆の協力が必要なのだ」
キョトンと首を捻りつつメネルやオーネスティと顔を見合わせるとコクンと頷いた。ランゴバルトは先に頷いていたがアルシェとマインは頷く事もせずにただ見つめていた。
アインは頬の辺りに指をかけると摘んだ皮膚をみかんの皮を剥ぐように剥いて行った。その光景にギョッとしながら尻餅を付いてしまう。
「皮膚が!皮膚がぁ!?」
「違う!皮膚じゃない…スライム?」
「その通りだ。これは変装用のスライムだ」
「変装用スライム?そんなものが…いや、それよりアイン、君は……」
「これまで君たちを騙してしまっていてすまない。私は――私の本当の名はアインズ・ウール・ゴウン。アインズ・ウール・ゴウン魔導王である」
「「「「魔導王!?」」」」
「へぇ~、魔導王だったんですね中身」
ジエット達が驚き、アルシェが青ざめた表情をしているとマインだけ呑気な言葉を口にする。アインズは少しだけ俯き、顔を開けて口を開いた。
「私はこの街に奴が潜んでいるとの情報を得たのでな。こうして姿を変えて調べていたのだ」
「調べていたという事は貴方は千年公を――」
「排除する。どう考えても私の邪魔だしな」
「一つだけ…一つだけ聞きたい事があります。アインズ魔導王陛下」
「今はまだアインでいい」
「では、アイン。何故協力が必要なんです?」
腰は尻餅をついてから地面を離れようとせず、声は上擦り震えているが、それでもなんとか疑問を口にする。
アインズの実力なら強力を自分達に頼むなんて事はありえない。なのに協力を頼んできた。自分達では時間稼ぎも出来ないのは自分たちが良く理解している。囮としても、援護にしても千年公にとってもアインズにとっても取るに足らないもの…。
そう思っていたジエットにアインズは苦笑いしながら答えた。
「私ではあやつに勝てるかどうか分からないからだ。
早とちりはしないでくれ。実力で言えば私が勝つのは必定だ。だが、私は帝国と親交を深めようとしている身でな。全力の戦いなどしてしまえばこの街どころか辺り一面が消失してしまうだろう。そうしてしまったら友好もなにもない。
しかし力をかなり絞って戦う私と全力を出せるあいつでは分が悪い。そこで手伝って欲しいのだ」
「手伝うって言っても出来る事は少ないと思いますが」
「それについては私に考えがある」
アインズ――いや、ジエットにしたらアインの考えとは目暗ましである。
『千年公は魔法詠唱者であって索敵系特化のモンスターではない。一応索敵用の魔法も習得しているだろうが戦闘中にそちらまで気は回らないだろう』
言われた通りに顔面目掛けてファイヤーボールを放つと迎撃こそするもののこちらの位置を完全に把握できていないようだった。視界を塞がれた千年公にマインとアインズが切り込み、アルシェが機動力を生かした死角からの魔法攻撃。一方的に見える戦いに罪悪感が募る。
作戦開始前にアインに『千年公の正体がモミ』と教えてくれなければ動揺して攻撃はできなかっただろう。今、ジエットの瞳には歪んだ笑みを浮かべて戦うモミの姿が映っていた。
「ふひひひ♪やっぱり強いねぇ……じゃなかったお強いですね♪」
「くっ!手加減しているとはいえここまで押されるとは…」
すでに屋上から街中で交戦している二人は至近距離で魔法を撃ち合う。本当ならこの言い方があっているのだろうが見ている者からしたら殴り合っているように見える。二人が手の平で生成した黒い球体をぶつけ合う。爆発と同時に離れた千年公にジエット達は援護しようと杖を構え、アインは射線上に被らないように追撃する。
「けひひひひ【ウォール・オブ・スケルトン】」
「させるか!【リアリティ・スr――ぐあっ!?」
魔法を放とうと構えた瞬間にアインは弾け飛ばされた。狙ったかのように横の建物の壁より人骨のみで作られた壁が出現してアインの横腹に直撃したのだ。しかも壁はジエット達の放ったファイヤーボールを防ぐ形で出現させられており、全弾が壁に当たって爆散してしまった。
「はい。何度目かの【グラビティメイルシュトローム】アーンド【マジックアロー】」
弾かれた隙を見逃さず黒い球体を叩き込まれて空き家の壁を打ち破りアインは衝撃で崩壊した建物に埋もれた。援護しようと背後に回っていたアルシェは顔も向けられずに放たれた魔法の矢を足に受けてしまった。振り返りもせずに当ててきた動揺を隠せずに一時建物を盾にしながら姿を隠す。
「首!頂きます!!」
「甘いが間合い――じゃなかった間合いが甘い!」
「ふわぁあああああ!?」
横より首をは刎ねようと瞬間的に間合いに飛び込むが、振られた刀が触れるか触れないかの位置で避けられ、振りぬける前に両手で襟元を掴まれて、ぶん投げられた。
地面を転がり、置かれてあった空箱の山に突っ込んだ。
頼りにしていた彼らが一時的にとは言え返り討ちに合った様子に震えが止まらない。アインと千年公が戦い始めて離れながらも物陰より見つめる者達は近づく事はなく、ジエット達だけが千年公を対峙することに。
首を捻りながら懐に手の伸ばした千年公に警戒したが、取り出されたのは手の平サイズの懐中時計であった。
「いやっはっはっは。今日は楽しい一日でしたよ。どうもありがとうございました。しかし楽しい時間とは早いものでしたね」
そう言いながら懐中時計をこちらに向けてきた。時刻を見ると制限時間終了までの秒読みが開始されていた。何も出来ないと知りつつも腰の剣を抜いて斬りかかろうとただひたすらに突っ込む。後ろからメネル達の声が聞こえるが気にする余裕は無い。剣を振り上げて千年公へ振り下ろそうとした。
「私を斬るんですかジエットさん?」
「――っ!?」
剣は瞳に映る悲しそうな顔をするモミの眼前で止まり、振り下ろされることは無かった。情によって斬れなかったジエットに嗤いかけ、口をゆっくりと開いた。
「残念でしたね。時間です」
たった一言…その一言が脳内に何度も繰り返された。