リ・エステーゼ王国から仲介されたバハルス帝国救援目的で占拠されていた砦近くの陣地で待機していたアインズは、目の前の相手の対処に困っていた。
「あ…えっと…大丈夫ですか?」
「いえ…ご心配……なさらず…ウプッ」
目の前では青くなった顔色で平静を装おうとしているバハルス帝国のジルクニフ皇帝が、しきりに漏れそうになる胃の内容物をださまいと膨らむ口を押さえて堪えていた。前に見た顔は頭が切れそうなイケメンだったが今の彼はそのなりを潜めてしまっていた。
隣では酷い目に合わせたアルシェが目線を絶対に合わさないようにしながら帰り支度をしていた。
……人間が耐えれるギリギリの速度で連れてこられたらそうなるわな…
砦に来る前に魔法学園を訪れていたジルクニフを砦攻略に間に合わそうとしたらこの世界の移動手段では無理だ。そこでぼっちがアルシェに頼んでジルクニフを抱えたまま飛ぶという提案をしたのだ。アインズに挨拶すら出来てないのという事から渋々提案に乗ったが二度とこの移動手段を使うことは無いだろう。
「此度は帝国の救援…感謝致します。そして出迎えや歓迎が何も出来なかった事を謝罪させて欲しい」
「そちらの都合は理解している。それぐらいで悪くは思わんよ」
「ありがとうございます」
「して、バハルス帝国皇帝としては何かあるかな?」
「なにかとは?」
「例えば砦は無傷で取り返して欲しいなどだ」
「欲を掻けばありますが現状彼らの排除が優先。砦などは二の次です」
「分かった。なら好きにさせてもらおう」
何とか体裁を取り戻しつつあったジルクニフから言質を取ったアインズは早速魔法を唱えながら肉体強化や仕掛けを施す。斜め横ではアルベドがニンマリと微笑み、無表情にしか見えないシズがジッと見つめていた。
「では、始めるか…」
魔法を発動させる為に自分を中心に多くの魔方陣が空中に展開される。見たことの無い神秘的な光景に兵士たちは口を開けたままただ見つめていた。同じような魔方陣が砦を囲むように展開されて辺りを照らす。
アルベドも力を見せ付けたほうが何かと便利そうとか言ってたし、これぐらい使ったほうが良いか。
後は発動するのを待つだけなので二人にメッセージを入れようとするが、デミウルゴスとモミはメッセージを入れる前に表門より飛び出してきた。背後には隊列を組んだ魔物の群れがゆっくりと出てきていた。
兵士たちはモンスターの姿だけで怯えていたがあのモンスター達がここまで来る事はないだろう。あの速度なら射程内だ。どうやら魔法の威力を見せる為にモンスターが喰らっている様を見せ付けるつもりだ。
「《フォールンダウン》!!」
超位魔法である【フォールンダウン】を発動させると攻撃地点に設定した砦を中心に周りのモンスターを巻き込む巨大な光が発生した。光が辺りを飲み込みつつ激しく照らす。少し経てば光は消えてなくなり、砦もモンスターも光に包まれた生物も無機物も綺麗さっぱり消えて無くなっていた。
「こんなものか…行って来る」
「ご武運を」
驚きすぎてハイライトが消えた瞳に壊れた笑みを浮かべる皇帝の表情に満足し、アルベドとシズに出ることを伝えると二人とも深々と頭を下げて送り出す。
ゆっくりと進んでいくとデミウルゴス――ヤルダバオトとデスナイト5匹を従えた千年公を名乗るモミが現れた。
「まったく非常識極まってますなぁ♪」
「さすがはアインズ魔導王ですね」
ヤルダバオトは礼儀正しく、千年公は礼儀正しいようで言葉が馬鹿にした感じだ。微妙にヤルダバオトの額がぴくぴく引き攣っているように見えるのだがモミ…あとでなんとかしといたほうがいいぞ。
ギリギリの間合いまで近付き歩みを止める。
「帝国からの要請でな。お前達二人を排除する。抵抗しないと言うのなら安らかな死をくれてやる」
「抵抗すると言うのであれば?」
「選んだ事を後悔するだけだ」
「それは恐ろしい…」
会話しながらヤルダバオトの足に力が込められているのが分かる。来るな…。
すぐに魔法を展開できるように両者を警戒するが千年公はデスナイトを前に出して少し下がっている。戦闘に参加しないようだがどうする気だ?
「悪魔の諸相、八肢の迅速!」
高速で間合いを詰めて来たヤルダバオトに迎撃しようと杖を向ける。が、突如飛び上がることで視線を釘付けにされる。その一瞬の隙を突いてデスナイトの一体が突っ込んでくる。
「グラビティメイルシュトローム!」
「隙ありです!悪魔の諸相、鋭利な断爪」
「クッ…どこに隙があるというのか。グラビティメイルシュトローム!!」
突っ込んで来たデスナイトはグラビティメイルシュトロームで吹き飛ばしたが、跳んだヤルダバオトを迎撃する余裕が無い。鋭く伸びた爪が切り裂かんと振り下ろされるが何とか身を捻って回避する。自身に余裕があるように見せながら背後を晒したところで二発目のグラビティメイルシュトロームを直に叩き込む。
ごろごろと地面をオーバーに転がって演技するヤルダバオトを余所に残り四対のデスナイトが動き出していた。左右に一体ずつ、正面から新たな二体と最初に突撃してきた一体が攻めて来る。
そこで仕掛けてあった地雷――エクスプロードマインが発動して左のデスナイトを足元から吹き飛ばした。罠に気づいて足を止めたが三体固まっているうえに立ち止まるとは好都合この上ない。そこに竜巻に鮫が紛れているシャークスサイクロンでまとめて片付ける。残った一体にはゆっくりと手の向けて破裂を意味するエクスプロードで内部より破壊した。
「まっ、まさかこれほどとは…。私だけでなくデスナイトも同時に相手して掠りもしないとは…。アインズ・ウール・ゴウン魔導王…侮り難し!」
「あ…、ああ、中々に良い動きだったぞ」
使用した魔法とデミウルゴスのステータスを知っているからこそ分かるオーバーリアクションに内心驚きつつ、余裕のある雰囲気は崩さない。
「私も本気を出すとしましょう!」
そう告げると悪魔の諸相【豪魔の巨腕】【触腕の翼】【煉獄の衣】【おぞましき肉体強化】の四つを追加で発動させてヤルダバオトは化けた。
大きく羽ばたくごとに周囲の風を荒立たす翼。
元の何倍にも太く逞しくなった腕に鋭い爪。
速度重視に変化された両足。
服が燃えない火が身体を包み威圧感を放つ。
肉体は総合的に大きく強化され、見ただけでもアダマンタイト級もはだしで逃げ出すほどの容姿になった。
が、これはアインズを強く見せるだけの八百長。デミウルゴスもそのように動いているからあまり脅威には感じれない。
「行きます!!」
「ああ、来るがいい」
巨体に似合わない爆走に周囲は驚きを隠せない。
大きな腕が振り上げられ鋭い爪が力強く振り下ろされる。
眼前でその光景をただ突っ立っていたアインズは避ける事もせずに立ち止まったままだった。
振り下ろされ巨腕は地面から現れた骸骨が密集した壁――ウォール・オブ・スケルトン/により防がれた。突破する方法の無いヤルダバオトは距離を取る為に後ろに跳んだ。それをアインズは待っていた。
「サウザンドボーンランス!」
「無数の骨の槍?ならば空に――ッ!?まさか…」
「言い忘れていたがそこには罠を仕掛けさせてもらったよ」
地面に生えた無数の骨の槍が自分に向かって放たれる前に射程外に逃げ出そうとするが背後に設置されていたドリフティング・マスターマインが起動する。下から無数の骨の槍が迫り、背後より爆発が迫る。
「…タイム・ストップ(ぼそり」
アインズが誰にも聞かれないように呟いた一言と同時にデミウルゴスとアインズなどナザリック勢以外のものすべてが止まった。この時を止める魔法内で動くには時間対策が必要だがこの世界では不可能。動いて居る者が入れば警戒対象として眼を付けるだけだが。
残念なのか幸運なのか動くものはおらず、ヤルダバオトは元の姿に戻り頭を下げる。
「さすがはアインズ様。私の動きをすべて読みきっていたとは、感服いたしました」
「そうかそうか。それにしても中々の演技であったぞ。この私でも騙せるほどにな」
「身に余る評価――恐悦至極に存じます」
「さて、あまりダラダラしてもアレだな。デミウルゴスよ先にナザリックに帰還していてくれ。私が戻った時に頼みたい事もあるしな」
「頼むだなどと…、私達は至高の御方々にすべてを捧げた身。何なりとご命じください」
「う、うむ、分かった。では頼むぞ」
「ハッ!」
短く返事をしたデミウルゴスは走りこの場から離れる。八肢の迅速で強化された速力はあっという間に離れ、翼を生やして空高く飛んで行った。見えなくなったのを確認して止めていた時間を再び動かし始めた。
周囲に居る者の目にはヤルダバオトが爆発に巻き込まれ、無数の骨の槍がその炎の中で焼かれているであろうヤルダバオトに突っ込んで行くように見えただろう。
一瞬の沈黙…そして湧き上がった歓声。中にはアインズの実力に泡を吹きかけている者もいたが、それ以上に自分達を蹂躙しようとしていた圧倒的な敵があっさりと淘汰されたことに喜んでいた。
バハルス帝国皇帝はぼっちにアルシェ、アインズと胃痛の種を抱えてこの日より一ヶ月は公の場で姿を現さなかったという。ストレス性の腹痛で入院していたとは帝国臣民の誰もが思わなかったろう。
そして見せ掛けの勝利した手にしたアインズは歓声を受けながら意気揚々にアルベドの前まで戻ったところで思い出した。
モミが演じていた千年公がいつの間にかいなくなっていたことに…。