骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第166話 「密会」

 リ・エステーゼ王国とバハルス帝国の中間地点に位置するアルゼリア山脈にはアルカード伯により建てられた館がある。館といっても別荘として建てたのではなく、ラナーに建てて欲しいと言われて建てた監視所のようなものだ。帝国軍がアルゼリア山脈越えを行なった際には防衛拠点としても使えるように。

 

 険しい山道を越えるは大勢の帝国軍ではなく、バハルス帝国皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスであった。後ろには帝国最強の魔法詠唱者のフールーダ・パラダインに四騎士筆頭バジウッド・ペシュメル。そして帝国のアダマンタイト級冒険者チームの『銀糸鳥』と『漣八連』の二チームと共に登っていた。別に皇帝に山に登る趣味があるからなんて理由ではない。もしそんな理由で山に登っているならどれだけ楽かと本人が思うだろう。

 

 現在の帝国は崩壊の危機と言っていいほど追い詰められていた。カッツェ平野への防護として建てた大要塞はスケルトンの軍勢に奪われ占拠された。その場に居た帝国軍1万2000もの騎士の大半が屠られ、無事だったのは半数以下の騎士とカルトルとバジウッドぐらいだ。ここまででかなりの痛手を食らわされたというのにヤルダバオトと千年公は『宣戦布告を受けた』と言って悪魔とデスナイトの混成軍で侵攻を開始。瞬く間に幾度もの防衛ラインを突破された。このままだと帝都へ攻め入られるのも時間の問題だ。しかし混成軍は足が遅い。かなり遅い。まるでわざとそうしているかのように。いや、わざとしている。抗って見せろといわんばかりに。もしくは何かを待っているようにだ。

 

 だからジルクニフはここに来た。奴らが天上で余裕をこいて胡坐を掻くというのならそこから引き摺り降ろしてやる。目には目を。歯には歯を。化け物には化け物にでだ。

 

 屋敷の前で足を止めて振り返ったジルクニフは『銀糸鳥』と『漣八連』に待機を命じて中へと足を踏み入れる。外見もそうだが中も中々手が込んだ細工が施され、自身の別荘並みに豪華なのではないかと思うほどだ。別に金銀財宝で飾ってある訳ではなく、木造である建物に馴染むような置物や細工がされているだけだがそれゆえに美しいと思った。特に入り口に飾ってある鷹の木彫りなど今にも動きそうなほどの出来栄えであった。

 

 奥に進むと執事らしき男が立っており、扉をゆっくりと開けた。目を合わせる事無く突き進み中へ入ると目的の人物と視線を合わした。

 

 リ・エステーゼ王国女王ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。ジルクニフが警戒し、『気持ち悪い』と称していた女狐。善意の塊のような政策を打ち出してはわざと破綻させるなど訳の解らぬ事を平然とやってのける。しかもそれを理解して行なっている節があるから尚更だ。普通なら無知か馬鹿と称するところだがそれは違うと自身の脳が理解してしまう。結果的にそれは当たっていた。奴が女王になってその政策はがらりと一変した。非の打ち所のない出来上がった政策を打ち立てる。今までは何故隠していたなどは聞こうとも思わないし、知りたいとも思わない。今はただ帝国の先のことだけを考えるのみ。

 

 ラナーの横には女王専属騎士であるクライム・ブラウニーと王国最強の魔法詠唱者アルシェ・イーブ・リイル・フルトの二名が立っていた。こちらがフールーダと四騎士を連れてくると読んで対抗戦力を用意したわけだ…。口をつけていたワインをサイドテーブルに置き、席に座るように促される。ここでは名乗る事も不必要。時間が無いゆえ建て前や口上を陳べなくて済むのは助かる。

 

 「到着早々だが本題に入らせてもらうが―」

 「構いません。そちらにもこちらにもあまり時間はなさそうですからね」

 「ええ…もはや隠す意味も無いだろうからありのままに話すが、現在帝国はヤルダバオトと千年公という化け物の侵略を受けている」

 「話は聞いています。それで今回の密会を開きたいと言って来た訳ですか」

 「こちらは王国のアダマンタイト級冒険者で『漆黒の英雄』と呼ばれるモモン氏を雇おうと思っていたのだが忙しいと断られた。なにやら王国でも大きな事柄があるようだが」

 

 実際は先約が入ってて断れないとやんわりと断られたがそこは良いだろう。問題は話を聞く限り紳士的な常識人で驕りもなく誰からも慕われる英雄的な彼が帝国滅亡の危機と聞いて断った事実。王国でもそれと同等の事が起きていると考えて間違いないだろう。躊躇う素振りなど見せる事なくラナーは口を開いた。

 

 「ええ。モモンさんには吸血鬼の群れを討伐を依頼しておりますゆえ」

 「吸血鬼?」

 「かなりの数が王都へ侵攻しようとしていると言えばそちらとさして変わりませんか」

 「首都が狙われているところはな…。これで合点がいった。ゆえにこちらは八方塞だ。そこでだ…」

 「アインズ・ウール・ゴウン魔導国と話をつけて欲しい」

 「―っ!?」

 「と、言ったところでしょうか」

 「…ああ、その通りだ」

 

 多少なりとも冷や汗を流さぬように心がけながら内心で目の前の女を疎ましく思う。そこまで読んでいたということは出来る限りこちらに求めるだろう。金銀財宝や人的資産、領土…下手をすれば属国にまで堕ちるかも知れぬが滅びるよりはましか…。

 

 「帝国としては出来る限りのお礼をしようと考えている。といってもゴウン殿がどれほどの物を望まれるかはわかりませんが」

 「こちらとしては構いませんというか是非ともやらせて頂きます。元々血を流し合う敵同士だったとしても隣人がただ滅ぼされるなんて悲劇じゃありませんか」

 

 嘘だ。言葉のままに振舞っているがそれが演技だとなんとなしか理解している。信じているのは隣に居る騎士ぐらいなものだろう。そもそもフールーダとアルシェは興味が無いのか視線すら向けてない。

 

 「ゴウン様はお優しい方なので問題はないと思われます」

 「そうか…それはありがたい。それでどうすれば良い?」

 「どうとは?」

 「他国の代表に仲介を頼むのだ。しかも散々争った相手に。それなりの対価を払うべきだと思うが…女王陛下は何をのぞまれるのか?」

 

 ふと、考え付いた一手に出てみた。この女は国の事を思って政策を出してたんじゃなくて隣の平凡そうな騎士に良い印象を持たせようとしているのではないか?先の演技で関心したような素振りを見せる騎士を気付かれぬようにチラッと見ると同時に一瞬だが喜んでいたように見えた。過去の失敗した政策は失敗しても騎士に良い印象を与えようとして行っていたのではと。であるならば騎士がいるこの場で条件を引き出したほうがいいのではと思いついたのだ。

 

 「そうですね。では帝国と王国間での商人の行き来を自由にして。自由に商売ができるようにしませんか?」

 「………すべての商人が…か」

 「ええ。すべての商人です」

 「…………解りました。では、出来るだけ早くお願いいたします」

 「帰ったら早速にでも」

 

 短い話の為に長い道のりを歩いてきたけれどそれなりの価値はあった。少なくとも帝国が滅びない程度には…。

 

 部屋を早々に出て屋敷の外へと向かう。『銀糸鳥』と『漣八連』と合流して早速山を下る。その道のりでバジウッドは軽い笑みを浮かべる。

 

 「いやぁ良かったですね。商人の自由貿易だけなんて。もっと無茶なことを言われるかと思いましたよ」

 「何を言っている。あれの何処が良かったというのだ?」

 「え?だって商人の自由貿易でしょ…」

 「やつは全ての商人の自由貿易を言ってきたのだ」

 「どういう事です?」

 「リ・エステーゼ王国には商人であり貴族の者が居るだろうが」

 「あっ!?」

 

 小さな商人であった者が貴族になり、力を付けるんじゃなくて王国の使える力を丸呑みにし、多くの店舗を設置して国全土に大きく根を生やした。貴族から大貴族になり、驕ることなく人心を握ったまま維持する。いや、それ以上に引き付ける王国で最も警戒すべき男。英雄級の人材や各分野に秀でた人間を見つける眼に敗北寸前の戦況を翻すだけの戦術・戦略を用いる男が帝国を自由に闊歩し、根を張れる権利を得たのだ。下手をすれば内部から食い破られる。

 

 「とんだ爆弾を抱えさせられたものだ…」

 

 化け物を排除できた後はあの男に警戒を向けなければ…アルカード・ブラウニーに…。


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