骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

193 / 233
第156話 「アルカード旅館開店その六」

 騒動はお互いにあったものの温泉と珍しいお風呂を体験した一同は、腰に手を当てて牛乳を飲むというアルカードの故郷での作法をしたのちに食事を取った大宴会場に集まっていた。食事を取った際とは違って一面に布団が敷かれ、枕が配置されていた。寝るときは男女別の大部屋という事だったのでここで寝る事はないと思う。予定を変更して寝るんだとしても敷布団と枕だけで掛け布団がない。

 

 ニニャは下着の上に指定された簡易的な浴衣姿で待っていると奥から同じく浴衣姿のアルカード伯とマインとモミが並んで登場した。仮面はつけたままで。

 

 「さて、お風呂で気分をリフレッシュした所でゲームをしよう」

 「ゲーム?」

 「枕投げ&帯取り」

 

 軽いルール説明では武器として使って良いのは枕のみで殴り蹴り合いはなしで。そして帯を取られたら負けと言う事で失格。もちろん魔法は禁止である。それをこれからこのメンバーでやるのだ。ラナー様もいるのに本当にするのかと疑問を向けると本人はヤル気十分だった。

 

 「…掛け声は『あ~れ~』でよろ」

 「言わないと駄目か?」

 「駄目っしょ」

 

 この枕投げも帯取りも風呂上りの牛乳と同じアルカード伯の故郷での文化の一つなのだろう。『あ~れ~』という掛け声も。

 

 「手本として…マイン」

 「はい、了解です」

 

 呼ばれたマインは笑顔で答えてモミの帯端を掴む。モミも抵抗することなく引っ張られる心積もりをするとマインが思いっきり引っ張る。が、勢いがありすぎて帯はぬける事無くモミを引っ張って力により壁に激突する。

 

 「だ…大丈夫ですか?」

 「あ……あ~れ~」

 「それでも言うんですね」

 

 ビターンと音を立てて壁にぶつけられた本人は自分で言った掛け声を言いながらずるずると落ちる。皆の視線が集まる中アルカード伯が咳払いして注意を逸らす。

 

 「最後まで生き残った人にはご褒美を用意いたします。っと、言っても私が出来る範囲ですが」

 「アルカード伯が出来る範囲ってほとんどだと思うのですが」

 

 苦い顔をしながらのラナーの突っ込みに全員が納得して頷く。もし出来ないとしたらどのような事だろう。英雄にしてくれといったら伝説級の宝具(ユグドラシルプレイヤーからしたらレア装備程度)でフル装備させてくれるだろう。

 

 「では始めましょうか」

 

 アルカード伯が手を叩くと同時にガガーランが投げた枕がルクルットに直撃して倒れる。ガガーラン以外にティア・ティナ、ラキュースなど蒼の薔薇の面々はヤル気だ。いや、殺る気だ。この状況はかなりヤバイ。自分達も冒険者として荒事は幾らかならこなせる。しかし蒼の薔薇など格が違いすぎる相手が混ざっているのだ。蒼の薔薇の中でイビルアイだけは参加しないようだが。

 

 そんな事を考えているうちにペテルもダインも倒された。女王様が端に移動してクライムの活躍を期待しつつ眺めるだけに徹するようだ。僕はといえばどうするか決めかねて中途半端に立っていた。するとティアとティナが左右から仕掛けてきた。言葉にする事無く目線だけで意図を理解して動くさまは見事としか良いようがなかった。二人が放った枕はまっすぐではなくカーブを描いて迫ってくる。が、直撃することはなかった。狙いはニニャではなく近くに居たアルカード伯であった。投げられた枕はアルカード伯に直撃する前にマインが両方を防ぐ。

 

 「アルカード伯に挑むなら先にボクがお相手しましょう」

 「…やはり」

 「…良い反応…だけど」

 「戦いとはいつも二手三手先を考えて行う物だ」

 

 ティア&ティナとは別方向から現れたモミが気を引かれていたアルカード伯に投げ付ける。『チェストー!』と掛け声と共に放たれた枕は顔を向けずとも受け止められ、大きく一歩を踏み出すと同時に腕を捻りつつ打ち出した。螺旋状に回転しながら風を纏った枕が顔面に直撃してそのまま壁までモミは叩き付けられた。

 

 「マイン。これがイグナイトパス廻だ」

 「おお!身体の連駆と螺旋が味噌なんですね」

 「その通りだ。やってみるかい?」

 「もちろん」

 「の前に負けだけどな」

 「ふぇ!?ああああ!!」

 

 密かに近付いたレイルにより帯を取られたマインが悔しそうに声を挙げる。その間にアルカード伯はティアとティナを戦闘不能状態にしていた。その頃ガガーランとラキュースはガゼフとブレイン相手に枕投げを行なっていた。どれだけマジなんだろうかあの人たちは。

 

 脱落者はペテルにダイン、ルクルットなどニニャが属している冒険者チームのほとんどとマイン、そしてマインの帯を取ったレイルはクライムに討ち取られていた。

 

 逆に参加していないのはラナー女王にエモット姉妹、ナーベとソリュシャンは参加したそうな感じだったのだがアルカード伯がふたりの帯を取ったあたりで不参加を決意したらしい。勝てない勝負は挑まないのだろう。イビルアイは敗北した自分のチームメイトをチラッと見つめて熱戦を繰り広げるラキュースたちを見つめる。

 

 一番参加しそうなイノは酒を持ち込んで良いと許可を貰ったので風呂に浸かりながら一献。ンフィーレアは皆が上がった頃に大浴場にいたのでイノと一緒に入っている。ジェイルとミュランは旅館内を見て周っている。クレマンティーヌはお風呂から上がった後には姿を消していた。

 

 「さすが元王国戦士長…将軍になっても腕は衰えてないわね」

 「蒼の薔薇の実力は凄まじいな。我が軍に欲しいぐらいだ」

 「っても冒険者を勧誘するわけにもいかないだろ」

 「そっちこそ一緒に冒険してみねぇかい?」

 「そのうちな!」

 

 投げている物は枕なのだがどう聞いても枕を投げている音ではないのだが。そんな光景がいつまでも続くと思っていたのだが終わりはあるもので。ブレインがラキュースに、ガゼフがガガーランのを、そして残ったラキュースとガゼフが相打ちという結果で幕を閉じたのだ。

 

 と、ここで参加者を目で追うと…。

 

 目で追っている本人であるニニャ。

 

 中央で腰に手をまわして立っているアルカード伯。

 

 この二人のみで結果は見えている。恐る恐る枕を構えるが勝てるビジョンが一ミリとも浮かばない。ゆったりと近付いてくるアルカード伯に投げることせず固まってしまう。手をつかまれ上に上げられる。

 

 「勝者、ニニャ」

 「え?えええええ!?」

 

 いきなりの勝利宣言に驚き大声を上げてしまった。首を捻って不思議そうにしているがしたいのはこちらの方だ。

 

 「僕が勝利ってアルカード伯がまだ…」

 「私は主催者ですから」

 「だったらティアとティナは…」

 「降りかかる火の粉は払わないと」

 「「「畜生…」」」

 

 がっくりと膝と手を付くアルカード伯に討ち取られた三名を眺めつつこのメンバー内で奇跡的に勝者になったニニャはキョトンと目を見開く事しか出来なかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。