「かんぱ~い!」
ジエットは高らかに杯を掲げ一気に飲み干す。まだ未成年なので葡萄酒ではなく果実をすり潰したジュースだ。甘みより雑味が多いが疲れた身体に甘味が染み渡る。それはネメルもオーネスティも同じようで一気に飲み干して一息ついていた。
ナマズと呼んでいたゴーレムを撃破した後のジエット一行は疲れた身体に鞭を打ってでも移動を開始した。それはゴーレム達が向かっていた村である。村と言っても中々大きいもので、兵士10人程度が駐留している。兵士に自分たちが帝国魔法学園の生徒である事と倒したモンスターの確認を行なってもらったのだ。長年働いている兵士はまた今年もそんな時期かと思い軽い気持ちで確認しに行った。森の中に広がるゴーレムの群れをその目におさめるまでは…。
「俺達やったんだよな」
「アレだけの事やったんだもん。合格は決まったようなもんでしょ」
「私達がやったんだよね…」
嬉しそうな表情の中には多少の罪悪感が現れていた。ジエットは周りの村人に継ぎ足されたジュースを含みながらアルシェの事を考えていた。
『―戻らなきゃ』
村に行く前にアルシェが呟いた言葉だ。考えてみればすぐに理解出来る。詳しく話してくれた内容ではアルカード領にいたゴーレムを逃してしまいここまで追ってきた。つまりは王国のミスで帝国の民に被害が出かけた上にアルシェとマインは正規の手段で帝国領に入った訳ではない。前者だけでも国際問題になるような大問題に発展する事は容易に想像でき、二人がここに居たという事を知られる訳には行かない。
理解すると同時に別れの寂しさと安堵感を覚える。彼女は『戻らなきゃ』と言ったのだ。それは戻るべき場所があると言う事。それも嫌々ではなく微笑みながら言えるぐらい良い所なのだろう。
「もう!もっと嬉しそうな顔しなよ」
考え込んで表情が沈んでいたのだろう。勢いよく近付いてきて頬を引っ張っられる。お返しとばかりにチョップをしてやるとテヘッと舌をチロッと出しながら笑う。
この村は大変な騒ぎである。ゴーレムなど目にする事など一生の中でも出来ない者の方が圧倒的に多いはずなのに、中央にはそれが山積みに置かれているのだ。しかもゴーレム達がこの村に向かっていた事を話せば村を守った英雄として持ち上げられ祝いの席まで用意されたのだ。
ちなみにあのナマズはアルシェとマインが回収していった。何でも調べる事があるらしいのだが内容までは教えてくれなかった。
「楽しんでいるか?」
「そっちは?」
「質問攻めで楽しむ間が今までなかった…」
「では、乾杯」
「乾杯」
剣の実力からアインが多くのゴーレムを屠った事にした為に興味を持った兵士から質問攻めにあっていたのだ。杯を渡してカンと軽くぶつける。今度は一気に飲み干さずに少し含む程度で止める。飲んだアインは顔を顰めつつ飲んでいたが、あまりお気に召さなかったようだ。
「そういえばあの少女とは知り合いだったのだな」
「あの少女とはお嬢様…アルシェ様のことですか?(ぼそぼそ」
「ああ…そうだ。ヤケに親しそうだったから聞いてみたのだが主と従者の関係だったのか」
「ええ、まぁ…」
「悲しそうだな。やはり別れはいつでも寂しいものだ」
「そうですね。でも良かったです。元気に暮しているようなので」
「会いに行ってみればいいじゃないか?」
「無理ですね。王国に行くのも大変ですが母を置いていけないですから」
「問題はないだろう。これから騎士となって働けばすぐにでもお金を貯めて一緒に行けば良い」
「場所も分かりませんし…」
「アルゼリア山脈は知っているな?」
「帝国と王国の境に位置する山ですね。ドワーフの国があるとかいう」
「王国側の麓に位置するようだぞ」
「かなり近いですね!」
「働き甲斐が出てきたな。頑張れよ」
気持ちを察してくれたのかいろいろと話してくれる。何処となく彼自身のほうが寂しそうに見えるが同じように会えなくなった人が居るようだ。聞く事は出来ずに食べ物や飲み物を口にしつつ話を進めていく。そこでふと気付いた。モミさんの姿が見えないことに…。
「はぁ…はぁ…はぁ…クハッ」
カジットはひとり闇夜に包まれた森の中をただひたすらに駆け回っていた。
今までの人生で強い奴に出会った事は何度かあったが絶望的な力の差を突きつけられるという理不尽はなかった。あのエ・ランテルでカッパーのプレートの冒険者に出会うまでは…。
『漆黒の英雄』と謳われているがアレは英雄なんて者じゃない。何処の世界にスケリトル・ドラゴンを吹っ飛ばせるような人間がいようものか!それに第七位階の魔法を使えるナーベ。博士に蘇えらせて頂いてから出合った剣士と魔法詠唱者…マインとアルシェはたったふたりでゴーレムの軍勢を殲滅した。そして今はまた別の化け物が迫ってきている。
「カジット~。ど~こ~にいるのかしら~?」
「あ、《アシッド・ジャベリン》!!」
不気味な少女の声が聞こえると同時に酸で出来た槍を乱射する。そこにはあの少女は居らず、木々に直撃して木そのものを溶かす。焦りつつも辺りを見渡すが影も形もこの森の中では見つける事は叶わなかった。カジットの目で探しだすことは…。
「後ろをバックに!…なぁんてね」
「クッ!?《アシッド――」
「…遅いよ」
振り向き様に杖を振るって魔法を使用しようとしたがそれより早く少女の拳が腕に突き刺さる。骨を折るどころか腕ごとくの字に曲げる。それで終わらず殴った拳は腕を貫通して姿を現す。普通なら血飛沫が上がるところなのだが舞ったのは土埃のみ。
「私の腕を…よくも!」
「痛みなんて感じてないでしょうに」
「ぶぎゃ!?」
カジットが逃げていた相手―モミ・シュバリエは頬を吊り上げて笑う。千切れた腕が付いていた右腕を強く押さえながら睨みつけるが、顔面を殴られて吹っ飛ばされる。地面を転がりまわるカジットには目も向けずに転がった腕を凝視する。
表面は人間の腕にしか見えないのだが問題は中身にあった。人の皮の中に土が詰っていたのだ。土といっても砂のような物ではなくブロック状の物が積み重なっている。寄生する昆虫系や取り憑く死霊系などの人間種に住み着くモンスターは知っているがこれは初めてだ。
人間をゴーレムに変える技術…。
ユグドラシルになかった事からこの世界で発展した技術なのだろう。しかし村で祝杯を挙げていた兵士に聞いた話ではそんな技術以前に作る者がいないらしい。ならばこれはどういう事なのだろうか?
腕を見つめながら悩んでいる隙に立ち上がってその場を駆け出す。少しでも遠くへ、遠くへと逃げる為に。人間をゴーレムにした技術に興味を持ち、自身の本性を少しでも知った相手を逃がす気なんて微塵もなかった。黒い影が横を通り過ぎたかと思うとそこには禍々しい雰囲気を放つ棘棘の鎧を着込んだ大柄のアンデット――デスナイト二体が道を塞いでいた。
「…そのまま逃げようとしてもいいけど…お勧めはしない」
「くっ……ワシをどうするつもりだ」
「フヒヒ♪後でのお楽しみ」
デスナイトに押さえられたカジットをゲートにてナザリック地下大墳墓第十一階層に送ると何事も無かったように演技をしながら村へと戻るのであった。