骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第144話 「ジエットの仕事」

 午前五時三十分起床

 

 三回ほど瞼を上げ下げして顔を上げて時刻を確認する。まだ眠気に苛まれている身体を無理やり起こして睡魔を呼び込む布団からの脱出し、うんと背筋を伸ばしたり肩を回したりして節々の筋肉を解す。

 

 ジエット・テスタニアの朝は早い。モミさんの宿屋で住み込みで働くようになって一週間が経った事でようやく仕事に慣れてきた。起きたら手早く布団を畳んで寝巻きから簡素なジャージを着用する。まだ寝ている母親を起こさないように静かに部屋を出ると一階へと降りて行く。

 

 一階には寮長室とキッチン、そして大浴場があり、一日の始まりは大浴場の掃除から始まる。現在二階の個室は満室でその半分以上が女性なのだ。ゆえに朝風呂に入る事が日課となっている人も居て大浴場は朝と夕方に掃除するのだ。

 

 「おはよ~…」

 「おはようネメル」

 

 大浴場に入る前のロッカーよりブラシを取り出しているとネメルが眠たそうに目を擦りながら降りて来た。服装はジエットと色違いのジャージ姿である。ジエットがここで仕事する事になってからネメルも一緒にしたいとモミさんに申し出て同じく住み込みで働いているのだ。

 

 「髪跳ねてるぞ」

 「え!?わぁぁ本当だ」

 

 手櫛だが急ぎ跳ねた髪を直す姿に小さく笑ってから自分の担当の男湯の暖簾を潜って掃除を始める。この宿で働いているのはジエットにネメルの二人だけではなかった。もうひとりここで働かされている奴がいる。二階で足音がし始めたから起きたのだろう。

 

 「まさかこうなるとは思わなかっただろうに…」

 

 同情ひとつせずに呟きタイルを磨くブラシに力を込める。

 

 ランゴバルト・エック・ワライア・ロベルバド。ジエットを目の仇にして、自分に近しいネメルに虐めを行なっていた貴族の三男。側室の子で三男という事で普通は相続の対象外に追いやられる筈なのだが、魔法の才があって良い扱いを受けていた。が、モミさんにネメルを苛めて居る所を咎められてその生活は一変した。その日のうちに貴族でそこそこ力を持つ父親に話して仕返しをしようと画策したのだが、帝国四騎士で『死地』異名を得たカストル・トレミー相手にはまったく意味がなかった。むしろ鮮血帝の耳に入ったらと恐れて父親が頭を下げに来たのだ。対してモミは性根を鍛えてあげましょうか?と提案し、父親は二つ返事で了承して今に至るのだ。

 

 タイルを磨き終えて用意されていた大きな水桶の水をタイルと掃除道具に撒いて汚れを流していく。大きく息をついて掃除道具を持って大浴場から退出する。まだまだ仕事は残っているのだ。ここで時間をかける訳にはいかない。通路に出てロッカーに掃除道具をしまっていると階段上にいるランゴバルトと目が合った。ジエットと同じジャージ姿でトイレ用ブラシを入れたバケツを持つ姿には貴族の威厳は欠片もなかった。

 

 「あら?おはようございますジエットさん。ランゴバルトさん」

 「「おはようございます」」

 

 部屋から真っ白のカッターシャツに藍色のスカート姿のモミさんが微笑みを浮かべながら挨拶を交わす。ジエットは感謝の念も含んで挨拶しているが、ランゴバルトは違った。学園内では貴族の子というステータスと魔法の才でちやほやされ、ボスザルのように好き勝手していた彼だが彼女と出会って大きく変わったのは彼自身もだった。最初こそ報復を画策していたが今までにいなかった堂々した態度で引く事無く接する彼女に惹かれて行ったのだ。本人は否定しているが多少なりとも頬を染めて挨拶している姿に説得力無し。

 

 

 午前六時零零分

 

 

 次の仕事は食堂にて食器棚より取り皿などを並べていく。女性が多い事で朝食はサラダが大皿で出てくるのだ。瑞々しいレタスの上にプチトマトや輪切りにした茹で卵を乗せ、上から特製のドレッシングをかける。味もさることながらカロリー控えめという事が女性に大人気で売ってくれと言ってくる同級生も多くいる。

 

 にしてもサラダを作りながら12人分の弁当を作っていくのだから驚くばかりである。丸っこい『ちゅうかなべ』なるフライパンで人参にたまねぎ、たけのこに揚げた豚肉をあんを絡めながら豪快に炒めたと思ったら隣のフライパンでスクランブルエッグを作っている。しかも『ちゅうかなべ』とフライパンを温めている調理台の下で火を起こしているかまど内に《フローティング・ボード》の上にパンやウインナーを入れて焼いたりもしている。

 

 「痛ッ!?な、なんだ?」

 「いつまで見惚れているの?」

 「違ッ、そうじゃなくてな…」

 

 見つめていた事に対してネメルに腹部をつねられて注意される。しかも『見惚れる』の一言でトイレ掃除を終えてキッチンに来たランゴバルドに冷たい視線を向けられる。

 

 「朝食はもうすぐですからネメルさんとジエットさんは洗濯物を干してくださいな。ランゴバルトさんは薪が少なくなってきたので」

 「薪割りですね。すぐに」

 「…モミさんの前だと人が変わるな」

 「何か言ったかな?」

 「別に何も」

 

 本音は一度だけでさっさとキッチンを出て再び大浴場の更衣室に向かう。そこには昨日洗濯した衣類が水に晒されており、一度絞ってからかごに移して中庭に運ぶ。中庭には全面ガラス張りで数箇所通風孔を設けられた小屋がある。ここに洗濯物を干していくのだ。雨が降っても濡れる事無く、安心して学園に行く事が出来る。ちなみにだが防犯用の魔法を仕掛けて出て行っているらしいので許可なく入ろうとすると手痛い反撃を受けることになる。この前は見たことないおっさんが全身麻痺状態で転がっていたっけ。

 

 女性物の下着類はネメルが干し、男性物とタオル類はジエット担当である。

 

 

 午前七時零零分

 

 

 七時は朝食の時間なので10分前には各部屋へ伝えに走る。女性陣は六時半には起きて身嗜みを整えているから返事早くすぐ出てくる。数の少ない男性陣のアインはノックをする前には出てきて、食堂の席で朝食が出るのを待ち続けている。

 

 今日の朝食はパン一つにスクランブルエッグ、ウインナー二本だった。この朝食は朝早くから働いたジエットにネメル、ランゴバルトにアイン、そして母さんの五人で、他の女性陣は小皿にサラダを盛ってはドレッシングをかけて食していた。ジエットは皆が食べ始めると同時に食べずにおぼんに置かれた母さんの朝食を持って二階へ上がる。

 

 母さんは病気でかなり弱っていた。ここに来る前は家事ひとつこなすだけでもその命をすり減らしているようだった。それが家事は自分達やモミさんがこなし、ゆっくり過ごせる時間が出来てからは前よりかなり回復したように感じる。おぼんを持って部屋に入ると布団から上半身を起こしてゆっくりと食していく。食べ終わるまでは見守って食べ終わるとおぼんを持って下に降りる。そうして自分の朝食をとるのだ。この頃には皆朝食を済ませており、モミさんが淹れたコーヒーを味わいつつ一息ついている。ネメルは使った食器をモミさんと一緒に洗ってから飲むらしくカップは空のまま置いてあった。

 

 後は夜に集めたゴミを通学途中にある収集所に置いて午前の仕事は終了である。出かける前には弁当を受け取るのを忘れない。今日の中身は甘酢あんの酢豚がメインだった。

 

 

 

 午後六時三十分 

 

  

 学園から帰宅してからこの時間までは魔法で塩や香辛料を作り続けている。前のバイト先でやっていた事だが今ではモミさんが同じ金額で買って下さるとの事で宿で作業を行なっている。これはあれば買う程度なので仕事とは考えてない。ジエットの中では午後の仕事の始まりはこの時間からである。七時から夕食なのでそれまでの三十分で済ませないといけない仕事があるのだ。ランゴバルトは今頃食器を並べて、ネメルは朝風呂に入った方がいるなら大浴場の掃除で居なかったらモミさんに料理を習っている事だろう。で、自分は中庭の小屋の掃除である。洗濯物は帰ってからすぐ畳まれているが男性陣の分はモミさんにアピールする為に飛ぶように帰ったランゴバルトが片付けているのはもはやいつもの事である。

 

 この掃除を行うときが一番怖い。帰ってから防犯用の魔法を解除されていると解りつつももしもを考えてしまう。大きく深呼吸して濡れたタオルでガラスを拭いていく。吹き終えたら渇いたタオルでふき取り、最後は床を掃いて終了。作業としては簡単なのだが不安で動きが鈍くなるせいか夕食ギリギリになってしまう。

 

 夕食はビーフシチューだった。ここに来て食事の時間は今まで以上に幸福の時間だった。4回もおかわりしていたらネメルに食べすぎだよと笑われたが、食後に出されたミントアイスを6回もおかわりしていたのはどうなんだ?それにしても収入と支出があってないような気がする。どう考えても食事で予算オーバーなのだが…。本人は趣味の範疇だからと言って気にしてないみたいなのだが本当に良いのかな?

 

 午後の仕事は午前よりも楽だ。食器の片付けにゴミの収集、衣類の洗濯の三つだけである。今までと同じように女性物の洗濯はネメルで男性物は自分が。ゴミの収集と食器はランゴバルトが行なう。それ以外の時間は塩と香辛料の生成に励みたいのだが勉学を疎かにしたら怒りますよと笑顔で言われたので復習・予習もちゃんと行なう。

 

 これが俺、ジエット・テスタニアの一日である。


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