貴族の虐めを複数目撃した放課後。アイン達は夕日のオレンジ色に染まる中庭に集まっていた。アイン達というのはジエットにオーネスティ、モミにネメルという少女、そしてアインを含めての合計5人である。ネメルという少女はジエットの幼馴染でモミがランゴバルトと名乗った貴族から助けた少女である。
何故放課後の中庭に集まっているかというとメンバーが決まったお祝いを軽くしようとモミに提案されたからだ。ジエットはバイトをしている為に帰りたかったのだろが昼の事を一応生徒会や教員が聞きたがった為にバイトは休みにして今まで話をしていたのだ。店のほうにはモミの迎えに来ていた馬車に行ってもらい事情を説明させた。
「ほう。これは美味しそうだ」
アインの前には芝生の上に敷かれたシートの上にサンドイッチやスコーン、アップルパイにクッキーなどが並んでいた。赤いハーブティーまで用意されそれぞれが目を輝かせながら見つめる。
「…これどうされたのですか?」
「すべて私の手作りです」
「モミ様のですか?」
「ネメルさん。わたくしの事はモミで良いのです」
「え、でも…」
「おじはおじです。それにお友達に様付けなんて可笑しいでしょ?」
「……わかりましたモミさん」
「はい。では皆様どうぞ召し上がってくださいませ」
何度目かの誰だこいつという感想を抱きつつスコーンに手を伸ばす。近くにあったジャムをたっぷりと塗って頬張ると、苺の程よい酸味と調整された甘味が口の中いっぱいに広がる。その後にハーブティーを含むと酸味で顔を歪めてしまった。
「……これは?」
「あ!すみません。飲むときは自分の好みでハチミツを入れてください」
持っていたハチミツの入ったビンを手渡す際に他の皆から表情が見えないのを良いことにニンマリと嗤ってやがった。絶対こうなる事を期待してやがったな。
「なんていう飲み物なんですか?」
「ローズヒップティーですわ。美白効果が高いんですの」
「ああ、だからモミさんはそんなに肌が綺麗なんですね」
「そんな綺麗だなんて」
途中から女子会のような流れになってはぶられている感半端ないのだが、気にせず今度はアップルパイを口に運ぶ。そこで昼に食べ損ねた弁当を思い出してひとり口に運ぶ。冷めてもジューシーさを失ってない唐揚げに舌鼓を打ちながら黙々と平らげていく。そこでジエットが困ったような表情をしたままチビチビと紅茶を含んでいた。
「どうしたんだ?」
「ん…いや、ちょっと思うところがあって」
「何か用事があったなら私がモミに言うが?」
「そうじゃなくて実はかあさんがね」
アインは多少気になったので聞いてみたのだが、母親が病気で苦しんでいるのに自分がここでこうしてていいものかというものだった。思いの他重そうな内容に一瞬どうしたものかと悩むがこれから同じチームとして動く身としては親身に聞いてやったほうが得策だろうと話を聞き続ける。
正直に言えば魔法やアイテムで治療してやっても良いのだが、アインの設定上はやり難い。立場的にはモミのほうが断然やりやすいだろう。モミは四騎士の一員になったカストル・トレミーをおじに持っている設定なので資金には余裕があるわけだ。
という訳で視線を向けてみるとキラキラと表情を輝かせながら女子トーク真っ只中のモミと目が合った。視線とジエットには見えないようにジェスチャーするが意味は理解してない。ただ、ジエットの事で何かあったことは理解したのだろう。ネメルとオーネスティに一言告げてジエットにゆっくりと近付く。
「ジエットさんは楽しくなかったですか?」
「え!?」
「先ほどからつまらなそうにしていらっしゃったので。もしかして迷惑でした?」
「そんな事はないです!少し母が心配だったので…」
ジエットは先ほどアインに話した母の容態に加え、金銭的余裕がまったくなく生活費と母親の治療費を稼ぐ為に今はバイト、卒業後は騎士団に入隊することを語った。オーネスティーは勿論事情を知っていたメネルも暗い顔をして聞いていた。ただモミは眉ひとつ動かさず真剣に聞き、常人なら気付かぬほど僅かに頬を緩めた後、ジエットの手をがっしりと両手で包んだ。
「解りました。わたくしがお力をお貸ししますわ!」
急な行動に驚き目を見開くジエット。アインは何をする気だと不可解な視線を向けていたが、それを気にする事無く話を続ける。
「ジエットさん。わたくしの宿屋に来ませんか?」
「宿屋にって宿に泊まるお金なんて…」
「説明不足でしたね。お客としてではなく従業員として住み込みで働きませんか?」
「住み込みでですか?しかし母を置いて住み込みは…」
「ではお母君もご一緒に。仕事内容は食器洗いやゴミだしなどの雑用で、三食付きで如何でしょう?お金は後で相談と言う事で」
「そんな高待遇で良いのでしょうか?」
「高待遇と言いましたが一部屋六畳半なので二人暮らしするには少しきついですが」
「いえいえ、十分です。本当に宜しいなら宜しくお願いします」
「はい、お願いされちゃいました」
「けれどどうしてそんなに良くしてくれようと思ったんですか?」
ありがたくもあり申し訳なさそうな表情をしたジエットが問うと、少し間を開けて微笑を浮かべてモミは答えた。
「それはこれから共にする仲間ですから」
「で、実際のところはどうなのだ?」
ジエットとの話の後、お開きになって帰りの馬車内でアインズはキャラを戻して胡坐をかいているモミに話しかけた。ん~と唸ってニヤリと嗤った。
「そりゃあ引き抜く為に決まってるっしょ」
「引き抜き?あの少年をか?」
「あれ?アレが幻術を見抜く目を持ったタレント持ちって知ってて近付いたんじゃないの?」
そういえばそんな奴がいるからと幻術ではなく変身用のスライムを使っている事を思い出した。
「ああ、そうか。ジエットがそうだったか」
「マジで知らなかったんだ」
「別に私は彼を引き抜く為に来ている訳じゃないから」
「それもそうだ。どちらかと言えばぼっちさんが欲しがっているからね」
「しかし、幻術を見抜けるタレント持ちは使えるがぼっちさんが欲しがっている理由が解らないな」
どこまで通用するのかは知らないが幻術を見抜くタレントを、索敵や素性を知ることの出来るぼっちさんが欲しがる理由が解らずに首を捻る。対してモミは大きなため息を付いた。
「あのアルシェって子の知り合いだからだって」
「…はぁ?」
「なんか気にしているようだったから向こうもこちらにこさせれるんだったら連れて来てって感じ」
「ふむ…アルシェに対する褒美的な感じか。そういう気配りは必要だしな」
「ウン、ソウダネー(棒読み)」
言葉のままだったのだけど微妙な勘違いが入った事を訂正せずにそのまま流す。
「…にしても幸運だよね」
「何が幸運なのだ?」
「だって母親が病気なんだったらぼっちさんが治療したらどうなると思う?恩を感じてこちらにこさせ易い。アルシェがいるから迎える理由や会う口実はいくらでも作れるしね。しかも気にしている幼馴染の一家ごと引き抜く事だって資金的に可能。いっそ幼馴染のネメルにはもっと酷い目にあってもらってそれを救う形にすればなお良いかも…フヒヒヒ」
「それは許可できんな」
邪悪な笑みを浮かべて嗤い出したモミを少し声色を変えて制止する。その声色は素ではなく、ナザリック地下大墳墓の主であるアインズ・ウール・ゴウンとしての声色だった。
「どうしてかな?かな?」
クスクスと嗤いながら聞くモミに睨みを入れるがまったく効いてはいない。
「これから実技試験で仲間を組む相手にするべきではないと判断したからだ」
「ふむふむ、仲間意識ですか…了解です。どのみちナザリックの主であるアインズ様の命じゃ聞くしかないですからね」
「モミ…お前は彼らのことを何だと思っている?アルベドやナーベラルのように思っているのか?」
「……人は人でしょう?別にあの二人のように毛嫌いしている訳じゃないですよ」
「・・・・・・」
「そんなに睨まないでよ。照れちゃうじゃないですかぁ」
冗談っぽく返されため息をついて呆れた表情を向ける。その様子を笑って返す。
「…明日は何にしましょうかね?」
「……肉巻きでお願いします」