ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地であるナザリック大墳墓は指揮者不在の事態に陥っていた。そもそも総指揮を執るはずのアインズは帝国に行っており、当然のように総指揮権は守護者統括のアルベドに移った筈だった。が、今確認してきたのだが未だにベッドを濡らしている。
「まったく何をしているのですかね」
呆れを含んだ呟きを漏らしつつ眼鏡をかけ直し、急遽設置された実験場に向かう。
アルベドが指揮を執れない状況なら私がとも思ったのですが生憎アインズ様とぼっち様から実験の指揮を頼まれている為に自分から動けない。次に声をかけようと思ったモミはナザリックに姿無し。今回はサボリではなくアインズ様のご指名で任務についている。近い内にぼっち様が対処すると言われていたから今日明日にでもお姿を現しになられるだろう。
実験場とは第五階層に急遽建てられた大きな箱型の建築物で、中にはアインズ様が仕留めたフロスト・ドラゴンが防腐処理を施されて置かれている。扉を開けて中に入るとフロスト・ドラゴンの近くに置いてあった台に腰をかけて何者かが酒を口にしていた。
「誰ですか?ここには私以外は入ってはいけないことになっていますよ」
「―で、あるか」
振り返った人物を見て固まった。右目は眼帯で隠し、鼻の下や顎の辺りには髭を生やした50代の人間。服装は『ドウギ』に似た衣類を着ており、臙脂色の羽織を腰で結んでいる。掻き上げて長髪をすべて後ろに垂らすと、ニタリと笑みを向けてきた。
知らない気配に見覚えのない人間。防衛網が破られた様子もなく、ここに居る事自体が異質。
「何者です?」
「俺か?俺は織田 信長。織田前右府信長である」
「織田…信長?」
その名には覚えがあった。至高の御方々が持ち込まれた書物にあった人物。小さな領地を持つ王だったが多くの戦いを乗り越えて国全土を手中に納めかけただったか。記憶を振り返りつつこの者が言った事が真実かどうか精査するのと同時に手を打とうと模索するがあることに気付いて中止した。
ニタリと嗤った時に見せた深遠な闇を思わせるような瞳に覚えがあったからだ。
「し、失礼致しましたぼっち様。お越しになるならお出迎えいたしましたのに」
「構わぬ。楽にしろデミウルゴス」
許可を得て立ち上がり後ろに付く。すると資料を手渡された。スラスラと目を通して行くとそれは現在のナザリックの指揮権の代行と方針、そして実験の数々が書きとめられていた。
「指揮権をま、マーレとアウラにですか」
「不服か?」
「至高の御方がお決めになったことに対して不服を抱く事などありえません」
「が、聞きたいと言ったところか」
「ハッ!どのような意図があるのか知りたく思います」
「で、あるか…」
酒瓶を台の上に残して立ち上がり、相対したぼっち様の表情はとても儚く、悲しげな表情をされていた。
「マーレは賢い子だ。アウラもまた然り。あの二人はこれから多くの事を体験し、学んでいくだろう。代行を務めさせるのもいいと思った」
「しかし、総指揮官と参謀ではなく、二人の指揮官と言うのは…」
「まとまりがなく、下手をすればふたつの命令系統を生んでしまうか」
「そ、その通りでございます」
「それも試練のひとつとして気付く…もしくはなってから学習するのもありだろう。最低限の修正の為にハイネに参謀役をしてもらっているし問題はないだろう」
確かに答えを与えたり、レールを用意して走らせるよりは多少失敗しても行なわせ経験として刻み、学習したほうが効果がある。ただそれはその人物の性質によるがぼっち様がそう判断したのなら大丈夫だ。デミウルゴスは「さすがはぼっち様」と言葉を続けようとしたがぼっちの言葉で止められた。
「と言うのは表向きである」
「表向き…」
「本当の事を言うとここに近付かせない為だ」
意味を理解できないでいた。ここの実験にアウラとマーレを近付けない事になんの意図があるのか読み取れない。情報漏洩を恐れて?二人が漏らす要因に検討がつかないし、漏洩を恐れるのなら私以外を近づけない方が良いのだ。
「ファフニールと言うドラゴンを知っているか?」
「ええ、確かシグルズに討たれた神話に登場する元人間、またはドワーフでしたか」
「その通りだ。話には血を舐めるだけですべての言語を理解する力を得たとある。
俺やアインズさんの産まれた世界にはドラゴンの伝説が多く残っている。中には不老不死を得たものまで」
「不老不死ですか?」
「馬鹿げた話と思うか?」
「種族変更アイテムを使ったのなら理解できますが血を浴びただけでというのは少し…」
「だろうな…だが、俺はそこに希望を抱きたいのだ」
間が空くと余計に悲しみが伝わってくる。それと同時にぼっち様が何を言わんとしているのかを理解した。アウラとマーレ、不老不死…答えはひとつだ。
「ぼっち様はアウラとマーレの不死化を望んでいらっしゃられるのでしょうか?」
そうとしか考えられなかった。このナザリックで不老不死を必要とする存在などほぼ居ないのだから。当てはまるとしたらそれは歳をとる事の出来るダークエルフのアウラとマーレが筆頭に挙げられるだろう。大きく頷かれた事でこの考えが正しかったと証明された。
「俺やアインズさん、ナザリックのほとんどの者が死とは縁遠い存在だ。人間から見たら永久に近い年月を生きると言ってもあの二人には終焉は必ず訪れる」
「でしたらアンデットに種族変換出来るアイテムをご使用しては如何でしょう?」
「茶釜さんの設定を捻じ曲げてもか?」
「―っ!?失言でした。申し訳ありません」
「出来るなら今の状態で不老不死だけを与えたい。本人の意思も尊重するつもりだがこの案は希望でしかない。ゆえにあの二人には知られたくない。ぬか喜びなんてさせたくないしな」
そこまで我々の事を想い、悲しんでくださるのか…。
瞳から一滴の涙を流しながら抱いた感情は感謝だった。しかもこれはぼっち様一人ではなくアインズ様、つまり至高の御方の総意なのだ。
「このデミウルゴス。非才な身ではありますが全力で事にあたらせて頂きます!!」
深々と頭を下げた私の肩を軽く叩いて「頼む」と言われ出入り口に向かわれたが、扉を開ける前に立ち止まられた。
「聞いておきたいのだが何故正体が解った?気配からステータスもすべて変更していたはずだが…」
「瞳でございます。ぼっち様の瞳が私にぼっち様である事を教えて下さいました」
「そうか。瞳か…今度は気をつけよう」
「今後はどちらに?」
「闘技場だ」
「試合の観戦をなさるので?」
「いいや、俺とマインとの試合だ」
扉を開けると同時に姿が真っ赤なスーツに仮面を被った姿に戻り、消えるように去って行った。