骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

144 / 233
第134話 「ぼっち参戦」

 『城』

 王国が誕生する前から存在する建造物。何の為に何時建てられたかも不明で、その用途すら誰も解らなかったし解ろうともしなかった。だからこれは偶然だったのだ。アルカード伯がいないからと挙兵したぺスペア侯爵は王国軍を甘く見ており、連戦連敗の結果を出してしまった。アルカード伯が戻ってくるまでに王国の三分の二を手に入れ、交渉をしようと考えていたがそうも言って折れず、領地内にあった『城』に逃げ込んだのだ。その結果、『城』はそこらの砦を越えた要塞だった。中は迷路になっており本丸に近付こうと進むと行き止まりや弓兵用の高所櫓が待ち構えていたりと攻め難い構造になっている。その癖に守るのは容易く、万人の敵に数百も居れば事足りそうなぐらいだ。

 

 ガゼフ・ストロノーフ将軍が指揮を執るリ・エステーゼ王国主力本隊本陣はまるで通夜でも行なっているかのように静かだった。主だった武官もガゼフも忌々しそうに『城』の上部にある天守閣を睨みつけている。

 

 高い士気に敵を圧倒する数を誇ってた主力本隊の半数以上が負傷し、すでに士気もギリギリ保たれているだけである。今日ここにアルゼリア山脈から帰還したアルカード伯が到着する事になっている。士気が保たれているというのはそれが大きいのだ。あの方がくればこの戦は勝てる。戦意すら無くしそうだった兵士たちが話を聞いた瞬間に活気に溢れたのを思い出す。

 

 現在本陣には主だった武官にガゼフ以外にラナー女王陛下も入っていた。どうもあの『城』にはぺスペア侯爵以外に第一王女様にウロヴァーナ伯爵も逃げ込んでいたらしい。そこをアルカード伯が攻めるのだ。実の姉である第一王女さえ抑えればこの戦のほとんどの者が大儀を失って降伏するだろう。つまりここが事実上の決戦となるのだろう。

 

 ラナー女王を守るように白銀の鎧に真っ赤なマントを羽織ったクライムの部隊『赤薔薇隊』と女性武官だけで構成された白銀の鎧に白のマントを羽織った『白百合隊』が展開していた。その中でクライムは何とも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 

 涼しげな顔でただアルカード伯を待つラナー女王に話しかけたら爆発しそうなくらい不機嫌なガゼフ将軍。空気が重過ぎて胃が痛くなってきた。

 

 「アルカード伯がいらっしゃいました」

 

 本陣入り口を守る隊員が幕を潜って報告するとすぐにアルカード伯がいつもの真っ赤なスーツ姿で現れた。軽く手を挙げる様などまるで散歩でもしているかのようだった。

 

 姿を見て一番に動いたのはガゼフ将軍だった。駆け出して何も言わずに両手で手をとって申し訳なさそうにした。

 

 「すまない。アルカード伯にも期待されたというのにこんなに不甲斐ないとは…すまない」

 

 今にも泣きそうな将軍の肩を軽くポンポンと叩いて顔を上げさせる。

 

 「誰にでも失敗はあります。後はそれを生かすか殺すかですよ」

 「アルカード伯…ありがとう」

 「アルカード・ブラウニー伯爵」

 

 短い会話を終えると同時にラナー王女が立ち上がり前に立つ。ガゼフ将軍は横へ下がり、アルカード伯はその場で膝をついて頭を下げる。

 

 「よく来てくれましたね」

 「いえ、私が不在の為に来るのが遅れてしまい申し訳なく」

 「…それも貴方の策略なのでしょうね(ぼそぼそ」

 「?…なにか」

 「いえ、なんでも。それで勝てますか?アレに」

 

 指を刺す『城』を見上げると微笑んだ。なにやら嬉しそうに笑ったまま顔を戻す。その純粋な少年のような笑みに魅入ってしまう。なんて惹かれる笑みを浮かべるのだこの人は。

 

 「そうせよとご命じください」

 

 なんの問題もないように告げられた一言に皆は驚くが納得して押し黙り、ラナー女王は大きく頷いた。

 

 「かくあれかしとご覧に入れましょう」

 「それは本当に頼もしい。では『城』攻めの全権をガゼフ将軍からアルカード伯に委譲します。異論はありませんね」

 「ハッ!それが最も最善かと」

 「では、早速かかるとしましょう。時間もありませんし」

 「時間とはなんでしょうか?」

 「まぁ、こちらの予定でね。それで話は変わりますがクライム」

 「な、なんでしょうかアルカー…義父様」

 「孫の顔は何時見えますかね」

 「まっ!?え、あ、な、なにを!こんな時になにを仰って」

 「会ったからには聞いておこうかと」

 「場所を弁えてくださいよ!」

 「そうですよアルカード伯爵。私とクライムはまだ」

 「ラナー様までなにを言おうとしているのですか!?」

 

 重い空気が残っていた本陣に笑い声で溢れる。それを聞いた周りの兵士達が不審がって本陣を見つめるが幕で覆われている為にまったく中の様子が見えない。が、入り口からアルカード伯の姿を見ることで理解した。

 

 「一日もあれば十分か…」

 「アルカード伯。兵士の配置は如何致す?」

 「とりあえず待機で」

 「待機ですか。ちなみにアルカード伯は何人ほど連れて来られたので」

 「今は三人ですよ」

 「三!?」

 「じゃあ、行ってきます」

 「え、アルカード伯!?」

 

 外で待機していたルーク(ニグン)とマインを連れて『城』へ向かって歩いて行く。本当に散歩にでも行くように無用心に向かって行く。さすがに危険だと思って止めようと動くがラナー女王に止められる。

 

 「行かせなさい」

 「しかしラナー様…」

 「あの伯が言われたのです。大丈夫ですよ」

 

 期待と不安を抱いきつつ向かって行くアルカード伯をただ見送った。

 

 

 

 どうみても日本の城にしか見えないというのが『城』を見たときの感想だった。白い壁に鬼瓦、天守閣の上にはしゃちほこと何とも懐かしくも悲しくも思う。失われた過去の遺物をこの目にする事に感激し、長年放置されたことに見るも無残に寂れている姿に嘆く。

 

 後ろを何も言わずに追従するニグンとマインに目を向ける事無くただただ歩き続ける。腕や足を包帯でぐるぐる巻きに巻いた負傷や待機中の兵士の輝く眼を受けながら通り過ぎて行く。本陣から各防衛戦を超えて最前線までただ進む。さらに進んで王国軍野営地から抜けてどんどん城門へと向かって行く。

 

 「どうなさるのですかアルカード様。このままだと敵に射程に入ってしまいますが」

 「ああ…もう少し近付かないと声が届かないと思ってな」

 「声…降伏勧告ですか?」

 「勿論。戦わなくてすむのならそれが良いだろう」

 「まぁ、確かにその通りですが…」

 「望んではないんですよね?」

 「・・・ん?どういうことだい」

 

 マインの言葉に首を捻りながら振り向くと楽しそうに笑っていた。なにが可笑しいのか分からない。それでも彼女は笑い続ける。

 

 「だってアルカード様楽しそうですもん」

 

 そうか笑っていたのか。いや、だって笑うしかないじゃないか。こっちはゆっくりしたいだけなのにいきなり最前線の状況を打破してくれって…一貴族の仕事じゃないような気もするんだよ。…やるけどさあ。王国貴族としては命令を受けない訳にも戦果を出さない訳にはいかないじゃん。

 

 城門の上に構える弓兵の射程外で停止して口を開く。

 

 「聞こえるだろうか。私はアルカード。アルカード・ブラウニー伯爵。貴公ら、貴君らに対して降伏勧告を行なう」

 

 声が届いたのだろう。弓を構えていただけの兵士が慌ててこちらを確認しようと身を乗り出して覗き込む。他にも声を聞いた兵士達が城門へ現れてただこちらを睨みつける。

 

 「私は無用な殺戮を望まない。無駄な戦いを望まない。ゆえに今降伏すれば全軍でないにしても個々の罪を軽くするように女王陛下に掛け合おう。命は粗末にするものではない。降伏せよ」

 

 少しとはいえ戦いを楽しみにしている自分のどの口が言うかと言いたいがここは抑える。ハァ・・・こんな時になってやっぱり人間だった頃と変わってしまったんだな。こんなに好戦的な…違うな。俺は戦争の熱気を得たことで生きているのだろうか?否と否定したいな。帰ったら久しぶりにシャルティアと紅茶でも楽しもうか。

 

 応じる訳はないと思っていたがせめて言葉で返して欲しかった。射程外にも関わらず放たれた力なき矢の群れが上空から降り注ぐのを見つめながらため息をつく。

 

 「そうだ。命は粗末にするものではない」

 

 矢が届かないと分かっていても身を案じる二人を余所に腰に提げていた刀を抜いて睨む。

 

 「短い期間にさくっとすませるとしよう」

 

 腰や背に背負ったレインに製作してもらい改造した武具を早く試したい気持ちもある。この戦いは後一時間も持たないのだから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。